幸せと云ふもの
汝らは幸せとは何かを問うたことは有るかの?
わしは恥ずかしながらこの歳まで幸せと云ふものを
理解しておらなんだ。
己が身の出来ぬ事ばかりが目に付き、出来ておる事すらも
見失っておった。
とある電信電話の中でのう?
わしは本音を吐いてしもうた。
相手がどう思うか等少しも考えずにな。
そして相手は皆、一芸どころか多芸に秀で、
わしのような半端者など及びもつかぬ雲の上におわす方々じゃ。
わしは劣等感でくすんでおったのじゃよ。
とうとう只の愚痴になってしもうたおりにの、
ついに叱られたのじゃ。
「主がどれ程不幸かを自慢されても嫌なだけじゃ。」
わしは愚かで在った。
これほど天上の方々になんと言う無礼を働いたのかと怯え、
唯々赤子の如く拒絶を恐れた。
さらに教えを頂戴しての、
「主は我らを支援しておるだけでも誇れる。」
目から鱗の落ちる思いで有ったの。
更なる己が失態すらも指摘を戴いての、
「そのように言われてはかつて許した者さえ遠のくばかり。」
「主を紹介しようにもそのようにいじけておっては出来ぬ。」
「こやつに任せて大丈夫かと疑われるだけでない、」
「あまつさえは紹介した者さえ評価が下がる故な。」
そう、諭されたのじゃ。
わしは気付くのが遅い無能じゃよ。
だからどうか、わしと同じ、才能の無さや、
己の不甲斐なさに悩む者達に、今一度考えて欲しい。
好きな者達に支援が出来るという事も
暖かい布団で眠れると言う事も
明日食べる物が有ると言う事も
明日働く場所が有ると言う事も
天上の方々と会話出来る事も
ましてやその一部でも天上の方々に話を聞いて戴ける事も
全て幸せであろうと。
皆にもきっと気付いておらぬだけで周りに幸せは満ちておる。
分不相応に欲張れば崩れ行くが、
周りにある幸せに気付けなければ、何時まで経とうとも
決して幸せにはなれまい。
身分相応の幸せを貪り、他人を羨めど奪わず。
本当に幸せになって欲しい方々へ迷惑を掛けない事。
そして、認めて貰える程になれるよう、努力を続ける事。
いつか、憧れた天上の方々に紹介して頂き、
或いはお気に入りになれるように。
才能など無くとも、皆の者には心があるじゃろう?
わしにはそれが足りなかったのじゃ。
だからの、
"わしと同じ失敗を繰り返すでないぞ?"
ではの、これでお話はおしまいじゃ。達者でな。