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ゴリラはもっと上を目指すためのアドバイスも募集しているぞ!!!

「ここはこうしたほうが良い」「この表現はこっちのほうがえろい」「枕営業しろ」「犯すぞ」などの暖かくてゴリラのように優しい言葉を待ってるぜ!!!!!

「ギルド長!!いらっしゃいますかな!!!」


「せめてノックぐらいはしてくれないかな、ニコラウス。キミは私の母親かね?」



 何処かの王城かと見紛う程のスケールを有した豪邸の、その最上階。

 黒と白でシックに纏められ、過度な装飾を廃した気品溢れる執務室、それに見合う――訂正、見合わぬほどにボロボロなドアに目もくれず、ニコラウスと呼ばれた初老の男性は鼻息荒く長机に駆け寄った。



「大変です!大変でございますよ!!!」


「……ああ、うん。まずは落ち着いてくれないかな?」



 ガクガクガク。

 ニコラウスは執務室の主――冒険者ギルドの長『ヘンリッヒ・アドル』の首を揺さぶった。

 彼は年重を感じさせぬ活力で以て口を大きく開き、やかましく喉を張り上げる。



「『セイラン』の魔物が全滅しておりました!!」



 ピキリ。

 ヘンリッヒは、思わず体中の筋を石のように固めた。

 頭が、その情報を理解するのをいやだいやだと拒否してしまう。



 ふぅぅぅ。と、長く重い息を吐き出し、目頭を強く抑えた。



「何だって……?………すまん、もう一度言ってくれ……よく、聞こえなかった」


「ですから!かの要塞都市『セイラン』の魔物が全滅しているんです!!その首魁の死体も確認されました!!」


「……ふぅー……」



 目頭を強く揉んだ。


 もみもみもみもみ。


 ああ、気持ちいい。きっと私は疲れていたんだな、目に凝り固まった毒がほぐれて消えていくようだ。


 あーあ、家に帰ったら上質なワイン……そうだな、『ボヌジュレ・スーボー』でも開けたいものだ。

 きっとこの疲れをさらに癒やし――否、この疲れをも材料とし、味わい深く甘美な”旨み”を感じられるはずだ。


 ヘンリッヒは家に帰った後が楽しみになった。



「お気持は分かりますが今はそうしている場合ではありません!!やらねばならぬ仕事が山ほどあるのですよ!!」


「ああ、うん。分かっているとも。だが現実逃避ぐらい許してくれないかね?」


「駄目です」


「そうかぁ……」



 中空に浮かんだワインとディナーの幻影が遠ざかっていく。

 しばらくはおあずけ――少なくとも数ヶ月は無理だ。



「嫌だと言っても、書類仕事が嫌いというだけで働く(・・)という行為そのものに忌避感はない筈です!!さあ、仕事が――対価(金貨)が待っていますよ!!」


「……ああ、そうだね。その通りだ」



 ヘンリッヒは彼方へ飛んで行った麗しの光景から必死に視線をそらし、かわりに部屋にある本棚に収められた書類を取り出した。


 その手に握られた紙束は――云うなればその災い(・・)の全てを収められた報告書。

 焦げ茶色の瞳を連なる文字の上に滑らせた。



「要塞都市、『セイラン』……二月前リジェーボ()の『大災禍』に飲み込まれ陥落。死者は兵士民草合わせて40万人……加え、超大規模に膨れ上がった群れに近隣の村々まで飲み込まれ、いくらか離れた地点にある『レージエ』の街も墜ちている。被害総額は金貨100万枚――国家予算と同等であり、その影響は計り知れない」


「加えて言えば……我が国有数の要塞都市陥落に機を見出したのか、嘗て『帝国』に侵略された国々の長の血統を旗印に掲げ、各地で反乱勢力決起の兆しさえ見えております」


「……しかし、我らは”冒険者ギルド”だ。細かい政治の話など関係ない……そんなものは貴族のお方々にでも任せてしまえ」


「ならばどうするので?」



 ヘンリッヒは、笑った。


 まるで眠っていた獣がのっそりと目を覚ましたように、心の中、魂の奥底でギラギラと輝く想念が顔を覗かせる。

 恐怖さえ感じる熱気を言葉に溶かし込み、ヘンリッヒは周囲の大気を震わせた。




「――金だ。金のために動く。『セイラン』の滅び?人々が苦しんでいる?はっ、そんなものはどうでもいい。大事な事は金になるのか否か。それだけだ。それさえ分かればいい」


「『セイラン』の復興によって国から出る報酬金。人が動くことにって変動する物価……それも見極めてしまえば金になりましょう。加え、人が動くということは物も動く。それら双方へ働きかけるあらゆる『商品』を提供し、それから得る対価。ああ、我ら冒険者ギルドから物資を卸す事もありましたなぁ……おお、その手数料も含めれば……!!フホホ、素晴らしい!!」



 ニタリ。

 ヘンリッヒは三日月のように裂けた笑みを零す。

 まさに凶相。およそ人が浮かべるものとは思えぬ――まさしく”人でなし”が如く歪んだ感情。その発露を目にしたニコラウスは、しかしそれを当然のものと云わんばかりに舌を回し続ける。



「ならば、ニコラウス。次にやるべきは?」


依頼(クエスト)の発行。冒険者(バカ共)の選定。派遣……そして、金貨を手に入れる」


「そうとも。ああ、完璧だ……」



 ヘンリッヒはギラついた瞳を見開き、執務室に取り付けられた窓に歩み寄った。

 丹念に磨かれた美しいガラスの向こうに広がる――地を埋め尽くし、天を裂き、海さえ割る文明の証(巨大な街)――うっとりと綻ばせた顔のままに見下ろし、そして獣の如き笑みを浮かべた。



「行け、ニコラウス。我らの信条の為に」


「ええ、分かっておりますとも!!全ては――|手のひら一杯の金貨の為に《To enrich greater》!!」



 ニコラウスは来た時と同じように――しかし、恐ろしいほどの喜色を浮かべたままに部屋を後にした。


 それを見送った彼は『帝国』の中枢――帝都の中央でニコニコと笑みを浮かべる。



 己の居城たる冒険者ギルドの拠点と、小高い山の上に立つ華美極まる巨大な白亜の城。

 この『帝都』にある城はこの2つだけである。



 ――そして、その片割れの主は平民だ。



 貴族ではなく、平民。

 ヘンリッヒは城下を眺め、城を持つことを許されていない……そして、個人的に嫌っている貴族の男を遠目に見つけ、彼が自身より格下であることに悦を感じた。


 貴族達に搾取され、労働力を提供し、いくばくかの金銭を受け取る。

 本来の平民とはそんなもの。



 ――彼が現れるまで。



 ヘンリッヒは怪物だ。



 平民の生まれでありながら貴族を凌ぐ知性を持ち、兵士に優る武力を有し、商人のように狡猾に立ち回る。


 その優れた能力で以て、一代にして確固たる地位と莫大な富を手に入れた。


 だからこそ、彼は城を有している。

 多くの貴族達には叶わぬ筈のそれを、ただの平民が。

 ヘンリッヒの影響力が彼らを上回る――それはこの『帝都』に住まう全ての民が知っている程。


 これまでの常識をぶち壊し、圧倒的格上である貴族さえ平民たる自身の下に置く。

 それだけでも、ここまでのし上がった甲斐がある。


 ヘンリッヒはクスクスと笑いを零した。



 けれど、それも仕方がないだろう。

 彼こそは、まさしくおおよそ平民が考えうる『理想』を叶えた男だからだ。



 ……そして、そんな彼は何を求めていると言った?



 金だ。

 金貨だ。

 富だ。



 ヘンリッヒは満ち足りていない。

 まだ足りぬのだ。


 富める民、貧しい民、良き兵士、愚かな貴族。そして強欲なる皇帝。


 彼らの全てを利用して、手にすることが出来た懐いっぱいの金貨。



 けれど足りぬ。


 もっと、もっとだ――。

 もっと、富を、栄華を、幸福を。



 その為に私は生きているのだ、と。

 彼は臆面もなく――不利益がなければ――叫ぶだろう。



 だからドンドン増やした。けれど、ポロポロとこぼれ落ちた。

 そんな宝物が――ああ、また私のもとに帰ってくる。

 他の誰でもない、私のもとへ!!

 ご丁寧に自らを増量して、お行儀よく列をなして!!



 ヘンリッヒは嬉しさのあまり絶頂さえ覚えた!!


 ああ、ああ!!

 これこそが幸福である!!


 善き哉、素晴らしき哉!!

 まさしくまこと貴い『人の至宝』よ!!


 ヘンリッヒは美しいおもちゃを目の前にした少年のように恐ろしい程純粋な喜びを、未だ見ぬ金貨へ向けて押し付ける。



「早く、速く。私のもとへ集まりなさい。愛しい愛しい宝物……」


























 広い広い草原。

 地図で見ても恐ろしく広大な面積を有する緑の土地。


 その表層を蠢くように……しかし素晴らしく統率の取れた戦士の集団が列を成している。

 ああ、いや。戦士と言うには少し雑多な雰囲気が拭えず、統一感もまるで無い。

 まるで個性の殴り合いと云わんばかりの十人十色の戦士――そう、つまり”冒険者”達が行軍していた。


 彼らは先頭に立つ『ギルド特別職員』が掲げる『黄金色の細工を施された黒い旗』を目印に、みなで目的である依頼(クエスト)の達成のために歩き続けていた。


 その列には人種も種族も老いも若きも関係なし。

 中には年若い少年の姿もあった。

 赤髪と同色の瞳で黒い旗を追いかけ続け、冒険者としての研修でみっちりと仕込まれた集団行動のいろはを守り続ける。



 ……が、しかし。


 この年頃の少年心としてはこんな和やかな空気ではなく、殺伐とした冒険こそを味わいたいものだ。


 今回の仕事を始めてからというものの、ただただ集団で歩き続けるだけでちっとも変化がありゃしない。

 魔物一匹見当たらず、一欠片のトキメキなんて夢の彼方。


 少年は不貞腐れた表情を隠しきれなかった。



「はぁー……」


「おいおい坊主!そんな気落ちしなさんなって!今回の仕事は……まぁつまらんが金払いはいい!次の依頼(クエスト)への繋ぎとでも思っとけ!」



 すぐ隣の大男はカラカラと笑い声を上げた。



「そうっすね……確かにそうなんすケド……ねぇ、あまりにもこう、変化がないと……」


「あー、確かに気持ちは分かるが……俺たちゃあ依頼(クエスト)で金を稼ぐ必要があるが、その依頼(クエスト)ってのも代替命懸けだ。今回みてぇに大人数の行動で一人あたりの危険が少ないってのはいいもんだぞ?ノーリスクハイリターンだ!素晴らしいじゃあないか!」


「……そっすね!ボーナスステージって感じに考えときます!」


「おう、そうしとけ!」



 少年は同輩の大男に感謝を告げ、再び黙々と足を動かす。

 数日かけて帝都から近場の街へ馬車で移動し、魔物から物資移送の荷馬車を守るための徒歩移動……それが7日も続く。

 体力に自身はあれど、このスケジュールは中々に辛いものがあった。



 そして6度日が沈み、それと同じ数だけ月が昇る。



 長く続いた屋外での活動に、この場にいる五百を超える冒険者たちは皆疲れを溜めていた。それを言葉に出すことはないが、どうしても隠しきることは出来なかった。



「――見えたぞォ!!『セイラン』だ!!」



 おおおおおおお!!!

 野太い歓声が波濤のごとく草原の緑をのたうち回り、青い空に染み渡る。


 赤髪の少年も例外なく雄叫びを上げ、この瞬間の喜びを精一杯に主張した。



「………はぁ、やっとついた……!んんっ、『音源拡大術式』……《えー、冒険者の皆さん、お疲れさまでした……と言いたいところですが、仕事はこれからです。まずは斥候部隊が『セイラン』の内部を調査し、前情報通りに魔物が全滅していることが確認出来次第復興作業に移ります。護衛部隊の方々はパーティー『大岩』のリーダーの方について行ってください。復興部隊の方はこの旗の付近へ集合し、私の声がかかるまで待機していてください》」


「はぁー、長かった。俺は復興部隊だし少しは休めるのか……?」


「おい坊主!とりあえず集まってからしゃがみな!目えつけられたくはないだろ!」


「あっ、すんません……って、あんたは昨日の!」


「おう、そうだ!そんでおめえの名前は?」


「うっす!《()》等級冒険者、セシルっていいます!よろしくお願いします!!」


「俺は《()》等級のジタンだ!同じ復興部隊として一ヶ月間、よろしくな!!」


「っす!!」



 髭面の大男――ジタンと共に地面に突き立てられた大きな黒い旗の周囲に移動し、斥候部隊の帰還を待つ。

 当初の想定通りスムーズに事が運べば一時間程度だろう。

 それまでは少しばかりの休憩時間だ。

 セシルは既に集まっていた三百人の中に出来た幾つかのグループのうちの一つに合流し、初めて出会った同輩と親交を温める。

 これもまた冒険の醍醐味である。













 それから一時間後。



 巨大な門から30人程度の一団がセシルたちに向かって歩み寄ってくる。

 先行していた斥候部隊の帰還である。



「今戻った。ギルド特別職員殿は?」


「あっちのテントの中です」


「ありがとう」



 先頭の男はどこか上の空で、心あらずといった様子。

 それはどのメンバーにも共通しており、セシルは「何か良くないことがあったんじゃないか」と不安になった。



「……失礼します。斥候部隊よりの報告を――」








 更に30分後。

 テントの中からは終始話し声が響いており、時折『通信魔具』が作動していることも確認できた。

 そのただならぬ様子を見た復興部隊の面々は尚更不安感を強めてしまう。



「よし――っと」



 ハラリとテントの幕が揺らめき、一人の優男が顔を見せる。

 ギルド特別職員である彼の表情は先程と変わりなく、ごくごく普通に振る舞っているようだ。



 《お待たせしました。危険がないことを確認できたので、これより作業に移りたいと思います。私が旗を持って移動するので、六人一グループでついてきてください。順次作業を割り当てます――》



 セシルは思わずほっと胸をなでおろした。

 どうやら予定に変更はなく、無事に事を進められそうだ。


 この依頼(クエスト)の報酬金は金貨10枚。それだけ有れば半年は遊んで暮らせるほどの金だ。

 ……もっとも、セシルは遊びではなく装備品の新調に使うつもりだが。

 装備を整えればもっと上を目指せるだろうし、母の心配も減るだろう。


 ……家に帰ったら、何かプレゼントをしてもいいかもしれない。

 父親が亡くなってからというものの母には負担をかけてばかり。

 たまには日頃の感謝を伝えても……うん。恥ずかしいが、恥ずべきことでは無いのだからやるべきだな。



「……よし!」



 セシルは胸に希望を抱いて、まずは目の前にある石レンガの山を背に乗せた。





















 そして、建物の影に潜むものがそれを見つめていた。

 影――アリシアは活気に満ち溢れた冒険者達の姿に赤い瞳を細めて、微かな足跡と共にひっそりとその場を後にした。



「復興……か」



 先の斥候と思わしき一団は、至る所に飛び散った血痕に動揺しつつも調査を終え、一つとして存在しない魔物の死体に懐疑を抱いて帰還した。

 その様を陰から見送ったアリシアは、てっきり帰るものと思っていたが……正直、あの人数は誤算だった。

 なるほど、あれだけの人数がいれば多少の疑念や危険は無視できるだろう。

 数の力の重みは、他ならぬ己が知っている。




 防壁を抜け、草原を走り、森の中に足を踏み入れた。

 かつては近隣住民より『ラサールのねぐら』と呼ばれたこの広大な森も、もはや己の庭なようなものだ。

 快適で、危険もない。

 嘗ては大繁殖をしていたラサール(ねずみ)も姿を隠して久しい。

 増殖を重ねた己による発展の影響か、嘗ては数え切れないほど存在した他の魔物の多くも姿を消した。



 それほどに発展を重ねたが――無論、自身の存在が露見することを警戒して多少の隠蔽を図り、森の奥地まで向かわねば『アリシア』は見つけられぬようになっている。




 だが、あの土地が復興されるなら――きっと、アリシアは隠れられない。

 隠し通すには、余りにも――『アリシア』という総体は、大きくなりすぎた。


 あの白狼を殺すために一万の肉体を駆使したが、今のアリシアはその時よりも更に多い(・・)



 40万の己など、どうすれば隠し通せる?



 ………着実に、選択の時は近づいている。


 後必要なものは、最後の一ピース。それのみで如何様にも転ずるだろう。





 融和を図るのか、拒絶に狂うのか、はたまた―――。






<TIPS>


「酒場の主人のいちごミルク」


今は亡き『セイラン』のギルド併設酒場のマスターが作ったいちごミルク。

義父の経営する牧場で絞られた牛の乳と、自身の母が経営するいちご農場の収穫物から造られている。

これは彼の家系に代々伝わるおまじないで、嫁と婿の家で造られたモノを混ぜ合わせて己の娘に食わせる。すると、より健康に育つという。


その願いは叶えられなかった。

けれどそのおかげで近い未来、娘のように愛らしい少女に飲ませられた。

ただ、それだけが救いだ。それだけが。


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