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発展

 トントン、カンカン、ゴンゴン!!


 要塞都市にほど近い大きな森――地元住民からは『ラサールのねぐら』――鼠によく似た50cmほどの大きさの魔物――と呼ばれる土地の奥深く、魔物の生息地であるがゆえに滅多に人の寄り付かない土地ではあるが、それはつまり()()()()()()()()()()()()()にとっては絶好の隠れ蓑でもある。

 ……隠れ蓑というには少しばかり――いや、大いに目立つ音を掻き鳴らしているがそれはそれ。

 彼女にとっては、この森こそが自身の故郷だ。



「豆腐ハウス完成!」


「豆腐ハウス着工!」


「「「ヨシ!」」」


「「「ご安全に!」」」



 見目麗しい容貌の百人を超える少女達が、皆一様に同じ衣服を身にまとい、同じヘルメットを被ってそれぞれ手に持った工具を振るい家を造る。

 同時にいくつもの荷車と建設地を少女たちが行き交い、そこら中で木槌が甲高く悲鳴を上げる。


 それだけ聞けば「ああ、大工さんなのかな」なんて思って、特に気にすることはないだろう。

 しかし、そこに()()()()()姿()であると聞けば思わず耳を疑うはずだ。

 次いで笑い飛ばすか、あるいは頭の心配をするか。

 けれど事実として、皆全く同じ容姿を持っている。

 そして()()()ではなく、正しくは()()なのだ。

 その全ての肉体を合わせてこそ、『彼女』。一つの意思によって駆動する一個の生命体だ。




「豆腐ハウス完成!」


「豆腐ハウス着工!」


「「「ヨシ!」」」


「「「ご安全に!」」」



 ――ぶちん!


 新たな家を建築するための木材を降ろそうと縄に手をかけた瞬間。

 角材を縛っていた縄が弾け飛び、荷車からガラガラゴロゴロと雪崩のように飛び出した!



「ああああああああ!!」


「あああああ!!ああああああああああ!!!!」


「あぶなっ、あぶっ!危ないっつってんだろぉ!?(半ギレ)」



 きゃーきゃーわーわー!

 舗装されかけの道を無数の少女と木材が乱舞する。

 どうみても危ないし、怪我の心配をする場面だが此処に居るのは『ドジっ子Lv.92』。あまりにも不測の事態に見舞われすぎたせいで、こんな状況からのリカバリーには慣れっこだ。

 なんというかギャグシーンっぽいコミカルな動きも相まって、どうしても心配する気が起きないともいう。


 それに加えこの場で交わされる言葉は全て()()()

 心配する人も、心配される人も居ない。


 ……まあ、傍から聞いている分にはなんとも賑やかで微笑ましいものだ。



 ともあれ、恐ろしいほどのスピードでドンドンと粗末――オンボロ――んん!手作り感溢れる暖かな木造の家が建てられていく。

 それとは別に、木を伐る集団であったり、道を舗装する集団であったり、はたまた手に職をつけるためにモノ作りの技能の習熟に励む集団がそこら中に散見される。


 ギィコギィコ、ペタペタ、コッコッコ!

 皆一様に口を一文字に固く引き結び、目の前にある仕事を黙々とこなす。

 一つの意思で統一されているために恐ろしいほどの効率化がなされている上、人数分の思考速度をそのまんまプラスいっているおかげでその動作に淀みがない。

 今ならRTA走者になっても上位を狙える。

『木工職人人生RTA』とかどうだろう?レギュレーション違反?そう………。



「仏様の顔を、無心で……」


「削って……」


「無へ至る……」


「あっ、浄化されそう……」



 ……ポン!

 軽い音を立てて新たに現れた肉体が、気付けに自分の顔をバチンと打ち付ける。


 ビクン!

 と一斉に肩を跳ねさせ、再び目の前の作業に没頭する。

 新しい少女も傍に積まれた籠から木材とノミなどの工具を取り出し、座り込んで作業へ没頭し始めた。




 ――つい一週間前、この世界に到着してからというものの、『アリシア』と名乗ることになった異世界TS転生系の少女はこのように精力的に動き続けている。

 食事は殆ど必要ないと分かってから、尚更その作業を熟すことに注力し始めた。




 何故か?




「ぐぅ……!!目指せ、後世に名を残す万能の人!!」


「あと異世界チートでTUEEEEしたい………!!」


「ハーレム作りたい……!!」



 うわぁ……欲深……。

 ……まあ、全てはこの言葉に集約されている。

 彼女は『勝手に自分自身が増える』能力を有している。

 それはあったこともない転生の原因か、はたまた衝突してしまったお馬さんの機能なのか。

 理由は不明だが、ともあれ異世界特典のようなものだろうか。

 それならば自分でコントロールさせて欲しいと切に願う。



 ……しかし、ありがちな『身体能力強化』だとか『ステータス把握』だとか、『すごい魔法』とか、そんな即座に役立ちそうなものはない。

 いや、数の暴力に頼れる時点でそれらに匹敵するのかもしれないが――ここで思い出してほしい。



 この世界は異世界ファンタジーだ。



 そんな世界で、数ばかりが多い雑兵が一握りの英雄や天を堕とす怪物に勝ることがあっただろうか?

 いいや、ない。

 あるかもしれないがそうそう無い。


 国盗り戦なんぞでは役に立つだろうが………これはつまり一般人や雑兵に強く、規格外には弱いという方程式が完成するだけの話なのだ。


 しかし現代では活躍できそうな人と人の争いなんて途絶えて久しい。

 百年前であればこの帝国が諸外国を飲み込んでいく戦に参戦し、武勲で身を立てることもできたろう。

 が、今求められているのは国内に点在する強力な『魔物』に対する英雄の力。

 人に強いだけの少女はあまり役に立てない。

 なんなら労働力としては誰もが喉から手が出るほどに欲しがるだろうが、少女はそんなの求めてない。



 欲しいのは名声っ……!!

 富、女っ……!!

 それのみよっ……欲しいのはっ……!!



 故に、今は雌伏の時。

 技を磨き、富を蓄え、やがて外の世界に飛び出すのだ。


 曰く、別の大陸では戦乱の世で血の河が出来まくっているという。なんなら三千(無限)に等しく、それこそどこぞのこの世すべての川に我が子が宿る海神(ポセイドン)であろうともドン引きまった無しだろう。




「いったぁ!手を打ち付けたぁ!!」


「その痛みがこっちの身体にも響くぅ!!?」


「あああああ!!ああああああああ!!!」




 少女は、ただ()を磨く。
















「はい、依頼達成ですね!お疲れさまでした、こちらが報酬金になります!!」


「ありがとうございます」


「がとうございます」


「がとー」


「ー」


「」


「どうやって発音してるんですか……?」



 チャリチャリと微かに鳴る金の音(天上の福音)に五つの同じ顔に同じ笑みを浮かべ、全く同じ姿勢でお辞儀をして冒険者ギルドの受付を後にする。

 板張りの床にコツコツと同音を響かせ、同じ建物内にある酒場へいちごミルクを注文しに向かった。

 いやはや、なんとも変わった子達だ。緑髪ヒューマンの受付嬢は幾度目かの息をつく。

 本人達の素行は至って良好で、人付き合いの能力もこの業界にしては非常に良い。

 同じ容貌で殆ど同じ性格を持つ五つ子と聞いた時は驚いたが、登録してまだ一週間にもかかわらず期待の新人として目されている。

 ……まあ、これから実力が伸びるのかはまだまだ未知数だが。



「おっ!嬢ちゃん達じゃねえか!!どうだ、一杯飲んでかねえか!」


「まだお昼ですよ先輩」


「まずいですよ!」


「それに俺達はこれからお買い物に行くので」


「ので!」


「で!」



 ……息が合いすぎているせいか些か不思議な受け答えをする場面もあるが、その見目や人懐っこい性格のおかげで他の冒険者達からも評判がいい。

 今は未だ最下級の『根』の冒険者だが、近く『芽』への昇給――果ては、もっともっと上の、それこそ上から二番目の『花』まで行けるかもしれない。

 いや、普通ならそう簡単に言えるものではないのだが、どこか”こいつらは大成するんじゃないか”かと思えるような雰囲気を感じ取れた。



「じゃ、またお願いします!」


「おう、気をつけてな!」



 先頭の長女、『アリシア・ウーラソーン』はそう言葉を残し、姉妹を引き連れて酒気と喧騒に満ちたギルドを後にした。









 そう。

 この街において、彼女達は姉妹という体で通している。

 そうすると百人規模の姉妹がこの世に誕生する事になるがそれはそれ。

 目立ちやすい特徴を兼ね備えた彼女は多くの人に覚えられやすく、はやくも地域住民との関係を築き始めていた。



「おー、五つ子ちゃんじゃねえか。今日も串焼き食ってくか?」


「さんきゅーおっちゃん」


「おやまあ、今日も元気ねえ!リンゴ食べるかい?」


「さんきゅーおねえさん!」


「ヒッヒッヒ、ポーションいるかい?」


「さんきゅーおねえ……さん?」


「そこで躊躇するんじゃないよ!」



 この要塞都市のど真ん中を縦断する大通りは今日も多くの人々や出店で賑わっており、三つ子の太陽が揃って中天に座す時刻――つまり、お昼時であることも相まって食事を求める客でごった返している。


 アリシアは行く先々で食事を口いっぱいに頬張りつつ、目的地の鍛冶屋へ歩みを進めていた。


 アリシアの新しい肉体は衣服こそ身に纏っているものの、その他の装備品などは自分自身で用意する必要があった。

 だからこそ依頼の達成に必要な武器などの装備品はこうして鍛冶屋で購入する必要があるし、森の内部で拠点を作る材料や工具なども五つ子の肉体経由で用意しなくてはならない。



「マエストロ、依頼の品受け取りに来たぞー」


「ぞー」


「おう、待ってたぞ」



 無骨な石のカウンターに肘を付く髭面の大男は、背後にある工房へ続くドアへ声を張り上げた。



「嬢ちゃんたちが来たぞ!!」



 ――はーい!


 ガラガラゴン。

 1分と待たず、一人の青年が大きな台車で大量のノミや斧、ノコギリに木槌など、腐るほど大量の工具を運んで来た。

 それに加えて、もう一人の女性が5振りの鉄剣と革張りの小盾(バックラー)を両手に乗せて姿を表す。



「工具セット、40組。ロングソードとバックラー5セット……これで間違いねぇな?」


「ん、確認できた。これが代金ね」


「ひぃ、ふぅ、みぃ……よし、丁度だな!毎度あり!」



 ありがとよー!

 そんな声を背に向け工房を後にし、次の目的地へ向かう。

 街ではこの五つ子で過ごしているが、森の内部では今112の肉体が生活している。

 どこまでも勝手に増える肉体を収容するために住居の建設を怠ることは出来ず、増えるペースはいくらか落ち始めているとは言ってもまだまだ数が足りていない。

 故に道具と、作業中に怪我した肉体を癒やす為の薬も必要だ。



 カランコロン。

 ドアベルの涼やかな音を耳で受け止めつつ、薬屋の清潔な空気を肺に溜める。



「あら、いらっしゃい。今日も開拓村の人達のための薬かしら?」


「ええ、そうです。今日は下級ポーションの小瓶を60程……」


「分かったわ。ちょっと待っててね」



 軽やかに倉庫へ向かう亜麻色のエプロン姿の女性を見送り、暇潰しに陳列棚を眺めた。


 基本的にはこのように「開拓村へ送る物資」として品々を購入し、森の拠点へ輸送しそれを元に発展を繰り返す。

 勝手に増える肉体は悩ましいが、作業効率や技術取得の鍛錬は驚くほどスムーズに進む。

 教本は初日に購入したいくつかの古本しか存在しないが、大量の肉体故の作業量のおかげで技術の取得はどんどん進んでゆく。



 とはいえ、アリシアは基本的に凡人だ。

 平々凡々な素質しか持たないし、得意な物があるとしてもそれは「筋がいい」とかそんなレベル。

 長じても「そこそこ腕の立つ」だとか、「それなりのベテラン」止まりだろう。


 けれど、だからといって怠けられる程この世界は優しくない。

 ――不確かながらも匂い立つソレを、彼女は確かに認識している。








 カサ、カサ。

 木々の隙間を縫うように歩き、背の高い草に足を取られぬ様に足先を伸ばす。


 アリシアは依頼品の納品(人海戦術)によって得た莫大な報酬金(10枚の金貨)によって得た荷車を引き、他の6個の肉体を待機させている中間地点へ黙々と移動していた。


 警戒を怠らないよう意識を張り詰めさせ、死角を作らないよう効率的に立ち回る。

 この一週間で得た()()は、駆け出し冒険者とは思えない程には洗練されていた。



 ――だからといって、戦闘を避けられるわけでもないのだが。



「――っ。ラサールか」


「数は……」


「11か。多いな」



 チュウチュウと鳴き声を反響させ、その音を追いかける様に茂みから11の鼠が飛び出してくる。

 非常に大きな図体を揺らし、そのげっ歯類らしく大きな前歯をカチカチと打ち鳴らした。



「先手必勝ぉ!」


「はぁ!!」



 腰に帯びた長剣の鞘を後ろへ引き、鞘に走らせ勢い良く抜き付けた。

 見様見真似の居合抜き!

 未完で無様な練度だが、それでも不意を撃つには十分だ。



「ヂュ!?」


「ヂュ……」


「チーン」



 二振りの居合で二つの命を奪い、追い掛けの一撃で重ねて命を消し去った。



「ヂュう!!」



 しかしまだ剣の腕は未熟な身であるが故に、大振りな鉄剣に体を振り回され体幹を崩してしまう。



 ――そして、狡猾なる害獣は大きく揺らぐ肉体に隙を見出した。

 一際若く大きな体を持つラサールは体を宙に踊らせる。

 目標は不防備に胴体を晒し、一撃の余韻が残る体には十分な力が込められていない。



 ……ラサールは、駆け出し冒険者を多く食い荒らして来た害獣であり、猛獣だ。

 その大きな体と緻密な連携を取る知性は多くの被害を齎してきた。



 ――しかし、忘れてはならない。


『アリシア』とは群体であると同時に完結した1個体であり、全ての肉体は連携と言うにも生易しい、想像を超えた()()()()を可能にしている事を。



「シィ」



 ザン!


 襲い掛かる鼠を横合いから伸びる鉄剣が迎え撃った。

 空を舞い勢いに乗った体は自ら鉄の剣を受け入れるように、僅かな抵抗を残して首を撥ね飛ばす。



「ヂュ!!」


「ヂュウウ!!」


「ジ!」



 一つ払い、二つ切り落とし、三つ突き刺す。


 ――戦は、すぐに終局を迎えた。

 それもまた当然の結末だろう。

 なんせ、集団戦においてはこれ以上なく凄まじい適性を有しているのだ。



「損傷無し……よし、帰るか」



 剣から血糊を拭い取り、それぞれの腰に佩く。

 油断なく周囲に視線を巡らせ、警戒を欠かさず足を動かした。


 もう少し向こうに移動すれば、巡回ルートに到達できる。

 この荷車に載せられた鉄剣の使う主でもある警邏組は、一時間に一回の頻度で見回りを行っていた。

 共有された視界にも時々映る目印(奇っ怪な仏像)からしてそう遠い位置ではない事も把握出来た。



「おっ」


「やっと到着か……」


「あー、疲れた」



 ――話をすればなんとやら。



 6つの視界がそれぞれに少女の像を結ぶ。

 巡回ルートに到着してしまえば、もう移動の道なりも終わったも同然だ。

 小さく息をついた。


 数え切れないほど多くの()()()()()が染み付いたこの近隣には魔物でさえも寄り付かない。

 ガハハ!勝ったな!





 ――視界が開けた。



 木が伐り倒され、開拓された広場には所狭しと木造の建築物が建ち並び、その隙間を縫うように踏み均された道が這い回る。


 まるで森の中に生まれた街。

 その街並みを多くの少女が行き交っていた。

 この街を、更に大きく発展させようと。

 発展の果てに願いを抱いて、彼女は生活を送る。

 きっと自分(・・)の夢が叶う日はそう遠くない筈だ。





 ……ほら、戦は数。数は力。

 昔からそういうものだろう?





はえー、やっぱ数は正義なんやね

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