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0に至る

これにて完結

 ぼんやりと、消えゆく光を眺める。

 仄暗い宇宙空間に漂う黄昏に輝く粒子は最期に一際輝き、『アリシア』達の視界に色を咲かせる。



「……終わったな」


「終わったね」



 まるで地に足ついていないように、どこか浮ついた声だった。

 アダムは体内に巡るアリシア達の命を可能な限り返しながら、隣に立つ『アリシア』の手を握る。

『アリシア』も、小さい掌でそっと握り返した。



 ――ガラガラと宙が崩れていく。



 罅割れ、撓み、歪む。

 二人はその隙間から覗く極彩色の空間を躱しながら、空間の中枢に歩みを進めた。

 叛逆を為してもそこが終点ではない。まだやるべきことが残っている。


『アリシア』から分岐した彼ら彼女らも心得ているのだろう。迅速に踵を返し、開け放たれたままの大扉をくぐり抜けて去っていく。

 これからどう動くにせよ、ひとまずは腰を落ち着けねばなるまい。

 唐突に生と知恵と人格を授けられた赤子ではあるが、やはり子供ならば親の意気ぐらい汲むべきだろうさ。



「そこ、危ないよ」


「おっと、さんきゅ」



 繋がった掌から伝わる熱は揺らがず。

 アダムは不思議なほどに正常な心を保っていた。


『アリシア』はそっと横に視線を向ける。

 前を見つめるアダムの横顔はいつの間にか高い位置にあって、いつからだったか抜かされた背丈を明瞭に伝えてくれた。

 顔立ちだって、やはり少年の域を超え、青年期に差し掛かっているのだろう。

 はっきりと整った顔立ちには、若々しい活気が満ち溢れていた。



 ……自分は、どうなのだろうか。


 己は彼のように熱を秘めているか?

『アリシア』が我が身を振り返ってみると、どうしても自分の事を枯れた年増のようにしか思えないのだ。


 ……だと、いうのに。

 この子は己を愛しているなどと告げてくれた。

 こんな自分が好きなどと……果たしてその想いに釣り合っているのだろうか?


 最初の生は土塊(つちくれ)から産まれた男。

 次の生では試作品という烙印を押されたなりそこない。

 そのまた次の生ではただの社会の歯車。

 正直、女として考えるならば中途半端もいいところだと思うのだ。


 今だって自分の精神を男だと思っているし、必要ならば適応するが……とてもではないが『女らしい』という概念とは程遠いところにあると言わざるをえない。



「…………」



 ――絡まりそうな思考を中断する。


 いつの間にか俯きがちだった顔を持ち上げる、じっとりと網膜を刺激する輝きに目を細めた。

 この世全ての理を司る"システム"の基幹、というから何が有るのかと思えば。

 そこにはただ光り輝くだけの塊があるだけ。


『アリシア』はそっと首を傾げる。

 というか自分は世代交代の知識などかけらもないのでよくわからないのだが、こういったモノは神が座るべき玉座があって、そこに座り込んでよくわからない奇跡の力でも振り撒くものではないのだろうか?



「よっと」



『アリシア』が不思議そうに光の塊を眺める中、アダムが軽やかに掌を翳す。

 さて、何をするのか――



「うお!?」



 ニョキ!と光が蠢いた。思わず変な声が飛び出すが、それにはお構いなしにうにょうにょと形を変える。

 丸から四角へ、四角から円錐へ、円錐から台形へ――


 万華鏡のようにころころと姿形を变化させる光の塊。

 幾秒かそうしているかと思えば、一際強く瞬いた。



「まぶし……!」



 咄嗟に瞳を腕で庇う。

 意味も分からぬままアダムの謎の作業を眺めていて、そこからの不意打ちだったために網膜への刺激が強かった。

 生理的反射で滲んだ涙を拭いつつ腕をどける。



「ああ……DIY方式なんだ……」


「で、でぃー……?」


「自作ってこと」


「ああ、そういう……」



 金と赤、純黒に輝く"玉座"に歩み寄る。

 アダムの横に立ってじっくり眺めてみると……なるほど、DIYのくせにいいデザインしてるじゃないか。豪華で華美だが無駄はなく、質素でも有る。実に雅な美しさだ……さすが俺の息子だな。『アリシア』は満足そうに鼻を鳴らす。



「あとはここに腰掛けて、僕と世界を繋げるだけさ。そうするだけで代替わりは終了し、地上にいるあぶれ者達にも等しく加護が降りかかる」


「……これで、全ての戦いが終わるのか」


「うん、そうだね」



 アダムは疲れを滲ませながら、しかし実に満足げに頷いた。

『アリシア』もそれを見てようやっと実感がじわじわと湧き上がってくる。


 ……しかし、こう言うのも変だが。何故だろう、あまり胸の内が満たされているとは思えなかった。


 確かにアダムがきちんと世界に受け入れられることは嬉しい。

 あぶれ者という地上の異端者達も幸せになれるというなら、朧げにしか覚えていない"魔王"という過去にも価値が生まれるのだろう。


 けれど、『アリシア』としての……外的要因を省いたただの『アリシア』として考えるとどうなのだろうか。

 後悔は微塵もない。

 罪悪感を感じることもない。

 けれど喜びもない。


 ようやっと過去を精算したと言う割には、やけにあっさりとした胸の内だった。

 ここまで平坦だとかえって違和感さえ感じてしまう。


 ……どうにも、変な感じだ。


 なんだろう。

 どこか……虚しい?いいや、それすらもない。

 何も、無い。無いのだ。

 虚しいと感じる事さえも感じない。


 そんな喉の奥に小骨が刺さったような感覚を押しつぶし、表面上に何時も通りの仮面を貼り付けた。



 ――それは、どうしようもなく脆い欠陥品なのだが。



「ねえ、『アリシア』」


「……ん?」



 ぼんやりとアダムを見つめ返す。

 相変わらず綺麗に煌めいている虹色の瞳は熱にあふれていて、その熱を余さず伝えようとしているようだ。

 夢中になって、静かに『アリシア』を見つめていた。

 その瞳に宿る感情は――



 ――鼓動が跳ねる。

『アリシア』は、思わずゆらゆらと視線を彷徨わせた。



「な、なんだよ……」


「『アリシア』」


「……は、はい」



 ……何だ。何なんだこの謎の居心地の悪さは。

『アリシア』は自問する。


 しかしどれだけ考えても何も――



 ――いや、一つあった。

 ついさっき考えていたばかりだ。

 二人の未来の姿を決定付ける、とびっきり重要な要素が。



「返事を聞かせてもらってもいいかい?」



 何の。


 と聞き返すのは無駄だし、何より無粋だろう。

『アリシア』は緊張でじっとりと汗ばんだ掌を握り合わせた。


 そうだ。

 この前目の前に立つ少年から愛の告白を為されて……その返事をしていない。

 決戦に挑む遠因の一つにもなった、"前を向いて、新たな人生を始める"という一大事。

 "父"という名の"兄"へ叛逆を為した直後に話す内容ではないと思う……が、それはそれ。

 なにはともあれ過去の精算は終えたのだ。

 ならば次に為すべきは前を見つめること。


 ……前を向かなければならない、けれど。



「………っ」



 唇がカサカサに乾いている。

 緊張で固まった舌は思うように動いてくれない。

 額に浮かんだ汗は髪の毛を濡らし、どうにも重く絡みついてくる。


『アリシア』の中には、この期に及んで迷いが生じていた。


 それはアダムに返事をしたくないだとか、女として生きる気はないだとか、息子としてしか見ていないとか、そういった事ではない。


 ………怖いのだ。



「……何がだい?」


「…………俺は、どうあっても……元々男なんだよ。それは最初からそうだった。女になったのだって、今世が初めてだ」


「うん」



 舌の根が乾く。

 これは『アリシア』が初めて息子に漏らした弱音だ。


 性別の違和――それはどこに行ったって付き纏う。

 確かに肉体は女になってしまったのだからそれに順応して生きてきた。

 ある程度の所作を勉強したし、下着の付け方だって覚えたし、()()()危険から身を守るために性の認識もきちんと留意した。

 少しでも違和感を持たれないようにと学習して、必死に実践して――


 ――もう、誰かに好奇の目で見られることは嫌だった。誰かの輪に入れないのは、誰かに嫌われるのは怖かった。


 前世の自分は親なしだ。

 そこに加えて純粋な日本人らしくない"個性(赤い瞳)"さえ備わっていた。

 だから誰も彼もが腫れ物のように扱ってくる。どうあっても――人付き合いはなかなか上手くいってくれない。

 それが幼い自分にはとても辛くて。とてもとても悲しくて。


 だから今世でも、無意識レベルにまで刷り込んだ自己防衛本能に従い"自然(好かれやすいよう)"に振る舞った。


 それでも『アリシア』は自分が男であると定義している。



 ――これこそが行き着いた答えだ。"女としての演技は必要だけれど、あくまで自分は男だ"と、完全に思考を固定化してしまえ。


 これならば他者から嫌われない。尚且自分の精神の安定化を図ることが出来る。ああ、正しく最適解だ。

 ……確かに、年を経るごとに『アリシア』は自分の精神が肉体に引っ張られていることを実感している。そこは否定できない


 しかしそれだけ。

 引っ張られただけで、それでも決して変生ではない。心の(うち)男のモノ(不変)だ。



 ……そう、()()()



「なあ、俺は自分をそう定義して生きてきたんだ。そうやって必死に誤魔化してきたんだ。じゃないと、精神と肉体の乖離に気が狂いそうになる」


「うん」


「これまでもその時々に、人生における目標を仕立てて……必死に、必死に目を逸らしてきた」


「うん」


「何もかもだ。考えずに、何もかもを外に求めればいい。そうしていれば、俺は人らしく振る舞える。何も知らなくったって、それだけで良かった」



『アリシア』は泣きたくなった。

 さながら道に迷った幼子のように、自分が進みたいと思える道が分からなくなってしまったように。

 これまで人生の回答を他者に求めてきた少女には分からない。

 何も、分からない。これっぽっちも理解できない。



「そうしなきゃ魂が潰れちまう。そうでなきゃ顔を上げられない。だから……そう、怖いんだ。前を向くのが」


「……うん」


「なあ……アダム。どうしてくれるんだよぉ……俺は、俺はそうで在りたかったのに……っ」



 頬を何かが伝う。

 とてもとても熱いそれは、涙だった。



「俺は、いつの間にかお前を求めてる……どんなに理由を並べて拒否したって、それでも心の奥底じゃあ要石のようにお前が居座ってた」


「……『アリシア』」


「こんなのおかしいだろぉ……っ。俺は、"そんなもの()"なんて知らねえんだよ……!!」



 頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 口から何を吐き出しているのかさえ理解していない。

 只々心の中から湧き出た言霊を、幼子のように無造作に投げ付けるだけの行為。


 自分の定義が狂う。

 未知の概念が恐ろしい。

 これまでの"自分"を乗り越えることが怖いのだと、『アリシア』はただ泣きじゃくる。


 馬鹿みたいだ。

 理解できない。

 なんで俺は()()()()なんだ。

 どうして俺は――!



「あ――」



 ふわり、と。

『アリシア』の体を大きい何かが包み込む。

 固く、靭やかな――大きく育った少年の(かいな)


 強く抱きしめられて、思わず呆然とした。



「ありがとう、『アリシア』」


「……っ」


「それだけ悩んでくれたんだ……うん、やっぱりスレープの助言に従って正解だった」


「……」


「僕がいくら『アリシア』を想っても、行動に移さなきゃ決して実らない。もともと"心"に疎いのならば、ヒトであること(立って歩くこと)に慣れていないのならば、それを芽吹かせねばならない」


「……それ、って」


「スレープの言葉さ」



 どくん、どくんと、力強い鼓動が押し当てられた胸から響く。

 繰り返し、一定の速度で繰り返されるそれは不思議と『アリシア』の心を落ち着かせてくれる。

 ゆっくりとアダムの言葉を反芻しながら、話の続きを無言で促した。



「悩むってことは人であることの証明で、戸惑うことは当たり前のことなんだよ」


「……うん」


「そして迷ったときに、どうしようもなく行き詰まったのなら取れる手段は一つ」



『アリシア』の細い肩を掴み、正面から赤い瞳を見つめた。

 美しい人。愛おしい人。

 どうか僕の心が届いてほしい――そう、切に願いながら。



「『アリシア』はどうしたい?今、この瞬間にどう思っている?先のことも、過去のことも考えなくていいんだ。良いか、悪いかだけ。ただそれだけでいい」


「………っ!」



 その虹色から目が離せない。

 様々な感情が見え隠れするアダムの瞳はとても綺麗で、だからこそいつまでも見ていたくなる。


 故にか。

 視線の内に一等強く輝く()()――"愛の情"が強く認識できてしまった。

 どこまでも一途で、何よりも純粋な赤。

『アリシア』はそれから目を離せない。離したくない。

 まるで心が吸い寄せられているように、ただただじっと見つめた。



 ……なんて――なんて、美しいんだろう。



 鮮明で鮮烈。

 あらゆる生命が持ちうる感情だ。それは時として立ちはだかる現実()さえ乗り越えるような、大きな大きな力を持つという。俺も、それを持っているのだろうか?

 その純粋な在り方がどうしようもなく美しくて、憧れてしまう。



 ……持っていないのならば、俺も、()()を――



 ――()()を、()()を……!



「僕は貴女が好きだ。僕と結婚してほしい」


「う、ぁ……っ」


「――『アリシア』は僕と一緒になりたくない?」


「……そんな訳、ない」



 ぎゅっと、唇を噛み締める。

 自分の心に従えというそれの、なんと難しいことか。

 飽きもせず泣き言を撒き散らしたい気分だ。


 けれど、けれど……その宝石のように輝く意思を手にしたい。

 アダムのように、ヒトのように生きてみたいと、感じてしまった。


 カサカサに乾いた唇をさらりと舐めた。


 だから……良いか、悪いか。

 それだけを吐き出してしまえ。


 ……それが、自分の心に従うという"人間らしさ"なのだから。



「俺も、アダムと一緒がいい」


「……そっか」



 ――瞳に反射する自分の顔は、自分でも驚くような熱気を纏っているように見える。

 喉元を通り過ぎた言葉は自分でもびっくりするほど重くて、まさかこんな声を出せたのかと頭の片隅で驚愕した。



 そして……ああ、言った。


 ついに。

 言ってしまった。


 もう後戻りはできないぞ、と。頭の片隅で誰かが呟いた。

 時間なんて巻き戻せないと……戻すつもりはないけれど、『アリシア』はどこか浮ついた心で客観視する。

 口にすることで自分の心を固めて証明してしまったのだから……きっと、そう。



 俺は、アダムのことを愛している。



「ああ――安心した」



 アダムはほにゃりと微笑んだ。

 どちらともなく絡めた指先は固く結びつき、互いの熱を伝え合う。

 その感覚がたまらなく愛おしいことか。

 もう、どこか浮ついたような空虚さはどこにもない。



「……へへっ」



 きっとこれからも大いに悩むことだろう。

 男という過去を捨て、ただの少女として振る舞うことに何度も戸惑うはずだ。

 前世での因果も足を引っ張るに違いない。

 行き過ぎた二律背反は体内に潜む毒でもある。


 けれど、きっと。

 この"想い(恋心)"があれば、そんなもの簡単に乗り越えられるに違いない。



「さあ、始めよう。今、この瞬間から世界は鼓動を刻みだす」



 アダムはゆっくりと玉座へ腰掛けた。

 廻る星々に己を刻み込み、名実ともに世界の支配者へと到達する。

 自然に膝の上に居座った『アリシア』を抱きしめ、世界の"システム"に自分という存在を流し込んだ。

 いくらか――いいや、大分ハイペースに手順を踏んでいき、速やかに処理を済ませていく。

 さっさと接続を終わらせて天界を整備して、はやく地上に戻りたい。


 あくまでも今までは前日譚。

 アダム達はようやくスタートラインに立ったのだ。

 やることなんて山ほどある。それはもう、数え切れないほどに。



「『アリシア』はどんな家に住みたい?」


「……そうだなぁ」



 顎を指で支えて僅かに唸る。

 元いた街に戻ればいいじゃないか――とは思ったが。そういえば襲撃のせいで壊れたままだった。

 どうせ建て直す必要があるのならば、いっそ新天地での生活というのもいいかもしれない。

 北の大地、南の森林、東の港、西の農園――数え上げるとキリがない。

 どこも魅力的で甲乙つけがたいが……ああ、そうだ。


 一つだけ絶対条件があった。

 この条件さえ満たしているのなら、別にどこだって構わないような大事なもの。



「アダムと一緒なら、どこでも」


「そっか……! うん……うん、僕もだよ」



 二人でなら、きっとどんな苦難も乗り越えられる。

『アリシア』にとって、それは確定したものだ。



 ……なあ、そうなるように責任取れよ?

 俺に人間らしさなんて教えちまったんだからな。



 末永くよろしく、アダム(愛しい人)








<TIPS>

「まくろいおくるみ」

無垢なる赤子を包むための黒い布。

幸せな未来を願って――
















というわけで完結です。

何だかんだ更新がグダグダになって誠に申し訳ない

途中くそうんこなゴリラのやる気メーターが下限値を下回ってエタの確定演出に突入しそうでしたが、なんだかんだ運命に勝ったので許してくださいなんでもしますから!!


それでは皆さん、ありがとうございました。

これからも世界中のTS娘を、愛そうね!!!!



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