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僅かな語らい

生きてます(懺悔)


2月の間バイトで潰して投稿していないうんこまんですが、それでも生きてます!!

わあい!!

4月から就職だけど、それまでの自由期間で完結させる(予定)から安心してくれよな!!!




 その『輝き』が瞳を灼いた瞬間、肌が栗立った。

 アリシアの眼前に立つ兄が途端に悍ましきナニカにしか見えなくなる。

 喉元を押し広げるドロドロとした殺意の言葉。

 数え切れないほど多く、測りきれないほど大きな感情の意はあまりにも重たくて、なかなかどうして実際の音として吐き出せない。



「  ー 、 。」



 気が狂いそうだ。

 不快で、悍しくて、憎い。


 柄手がカタカタと震える。

 次第に血の気が失せ、白くなっていく指先。そこへ、代わりとでも云うようにドス黒い殺意が通っていく。

 どろどろ、ねちゃねちゃと粘り気を帯びた仄暗い憎悪。それはアリシアの精神を苛むには十二分の濃度を持っていた。



「アリシア」



 ――しかし、どれだけの熱量を発しても、寸前の瀬戸際で押し止められる。引き留められる。

 アダムの齎した『祝福』はアリシアに正気を押し付け続けるのだ。

 決して狂えぬ不壊の加護。

 アリシアの手綱を握り続け、最終的な勝利を絶対のモノにするための策だが……今にアリシアはなんともそれが邪魔くさい。


 吐き出したいのに吐き出せない。

 これのなんと憎らしいことか!



「……アリシア」


「ああ……わかってる。わかってるさ……」



 ジワリ、と肌に滲み始めた黒を抑え込む。

 ()()()。今はまだ、ただのアリシアでいなければならない。

 必死に意識を固めようと柄を握りしめ、深く長く呼吸を繰り返した。



「……じゃあ」


「ああ」


「殺すね」



 だから、そう。ただのアリシアとして殺す。

 彼が兄だろうと関係ない。

 たとえ過去に何があろうとも、どんな愛が潜んでいてもだ。

 アップルパイのように甘い過去はもう去った。

 今にあるのは汚泥が如き淀んだ因果。


 アリシアは、『敵』へ向けた赤い瞳に明確な殺意を乗せた。



 ……ああ、けれど。ひとつだけ。

 アリシアはひとつだけ伝えたい言葉があった。



「兄さん」


「……なんだ」


「あなたが焼いてくれたパンは、とてもあたたかくて、うまかった」



 ――そう、か。


 男は小さく瞳を見開いた。

 かすかに震える唇から溢れたその言葉。一体それに何を込めたのだろう?


 ……けれど、それだけだ。

 その先などありえない。

 まかり間違っても融和の道など存在しない。

 アリシア達の前に害意を携え立ち塞がった時点で、どちらかが果てるまでの殺し合いしか先にない。



「……それだけだ。それだけ、なんだ」


「ああ」



 ジャキ、と鋼の鳴らす音が幾百に重なり合う。

 建物内部であるという関係上、どうしてもアリシアの物量というのは十全に活かしきれない。

 当然だ。


 しかし、いくら斬り殺した所で尽きることは無いのだから関係ないか。

 アリシアはただただ屍を積み重ねればいい。

 その果てにこそ、恩敵の亡骸が積み上がるのだから。


 兄は所詮、老いること、成長することのみに焦点を当てられた試作品。

 その真価は()()()()()()()に到達する事。

 数多の技術の頂きに君臨し続ける異形は、しかし人の範疇を逃れられない。

 英雄といえども彼は魔性を殺すことではなく、裏方の諜報や工作にてその地位を確立しただけ。


 父の愛?

 そんなモノがあった所で、その刃を向けられた所で。所詮、薄っぺらで希薄な祝福の何が恐ろしい?

 アリシアは思わず失笑した。


 だから、そう。

 正面からのぶつかり合いで彼が勝てる道理など、どこにも無いのだ。始めから。















「……ここ、か」



 アリシアの眼前。

 重厚で麗しき装飾の為された両開きの扉が聳え立つ。


 この先だ。

 この向こうに、咽そうになる清浄な神気の発信源がある。


 微かに震える右手を握りしめ、左を主教が。右をアリシアが手をかける。



「……開くぞ」


「ええ」



 ギィ――。

 重苦しく軋む音が鳴る――かと思いきや、丹念に手入れがなされた金具は軽やかに駆動し外界との接触を始めた。

 そして途端に溢れる神気。

 あまりにも清浄だ。

 目が痛いほど輝いている。

 何処までも美しく――


 ――くそったれ!悍ましい!ああ、吐きそうだ。気持ち悪い、気持ち悪い!


 顔を嫌悪に歪めつつ、しかし両足に活を入れ一気に開き切る。



「よく、来たな」



 その先、部屋の中、純白の華美なる椅子。そこに座す主人は嬉しげに微笑んだ。


 金の髪、金の瞳、細身ながらも均衡の取れた躯。

 男が想像する理想の肉体、その一つの完成形がそこに在った。


 とはいえ、アリシアから見てしまえばなんとも薄気味悪く見えてしまう。

 気のせいだろうか。どこか、うすっぺらで、その向こうさえも透けて見える薄紙のように思えて仕方がない。



「気持ち悪い……気持ち悪いぐらいに、あいつの匂いが染み付いてる。魂もズタボロじゃないか……」



 アダムは不機嫌そうに瞳を細めた。


 男はその視線を受け、それでもひび割れたような笑みをより一層深める。


 背凭れに全体重を預ける姿に覇気は無い。どこか草臥れた老人を想起させる。

 少なくともアリシアの目にはそう見えた。


 しかし彼こそは神の傀儡。下界に干渉する為の端末。

 本来、金貨の輝きに目を灼かれただけの男。

 しかしてその弁舌の才をもってギルドの長となった怪傑である。


 ……あった、が。もはや残骸だ。

 ここにあるのは嘗ての夢の末路。

 愚かな追憶者の骸とも言うべきか。



「……ああ…ああ。歓迎しよう……まだ見ぬ金貨を運ぶ筈()()()……新世界の御使いよ」


「は、ははっ……この期に及んで金貨、だと?お前は正気か?」


「無論、正気じゃないさ」



 男――ヘンリッヒはカラカラと笑い声をこぼした。

 アリシアが眉を顰める姿を見て、独白というには些か軽すぎる論調で語る。



「そう、正気じゃなかった。だからあの存在の助けを受け入れた。干渉を許容した。そして、引き際を見誤った。程々の所で干渉を断ち切り、幾ばくかの寿命と引き換えに目的を達成する筈だったが……」



 深く息を吐き、とてもとても、これ以上なく無念を残し後悔した。



「誤算は、そう……だな。神という存在そのものを軽視しすぎた」


「……馬鹿が」


「その通りだな。はは、文字通りの節穴だった訳だ!!」



 ギチギチと軋む肉体を引き絞り、ヘンリッヒはゆらりと立ち上がる。

 罅が走り、所々が欠け崩れ、その内側から輝くナニカが漏れ出す。


 あまりにも希薄な存在。その残り滓を喰まれながらも止まれない。

 穴だらけで、もはや原型を保っていることさえ奇跡と呼べる自我はただただ笑った。笑うことしかできなかった。


 ここまで来て!ここまで研鑽を重ねて!その果てが、用意された結末が()()()()()だとは!!



「お前!一体何を――!?」


「ははは!ははははっ!!ここまで滑稽な道化は他におるまいよ!!こんな、こんな結末のために今日まで生きて来たとはなァ!!」



 ひび割れる。

 その玉体の表層を亀裂が縦横無尽に駆け回り、溢れる光輝がアリシアの眼前で――



「アリシア!」


「大主教!!」



『開門』



 光輝が()()を包み込んだ。









 ――光が収まり、眼前を塞いだ腕を退ける。

 アリシアは幾度か瞼を瞬かせ、ゆっくりと視線を彷徨わせた。



「は、ははっ……お前、唐突すぎんだろ……」



 そこはうっとりと見惚れるような美しい緑が茂る大地が広がっていた。

 果ての見えない白亜の柱が天蓋を支え、地平線の彼方までを余さず網羅する。

 白い鳥が平和を唄い、背に翼を持つ人々が平等に、和を乱さず慎ましやかに暮らしている。


 清貧を美徳とする神の教えのままに行動をしていたのだろう『彼ら』は――やはりと言うべきか。

 弾けた光の中に居たアリシア()を目視した次の瞬間、その手に剣を握りしめていた。



「……それもまた神の教えってやつか?」



 幾百にも並んだ彼らは能面の如くに厚く固めた表情を微塵も動かさない。

 幽かな揺らぎもなく、僅かな疑念もなく、ただただ愚直に殺意を迸らせた。


 それは、ある種最も純粋な、親の言葉を信ずる無垢な子供のようだとも思える。

 ただ、()()()だと言ったから()()なのだ、といった具合に。



「アダムはどう思う?」


「はは……さすがに僕にも理解できないや」



 アダムは肩を竦める。

 アリシアもそれもそうだと返しつつ、ご丁寧にも転送された総体の全てに剣を握らせる。

 ここにあるのはアダムとアリシア、そして敵のみ。

 老年の主教の姿はない。


 一体如何な理由なのか……。

 彼だけは取り残され、アリシア達は迎え入れられたのは何故だろう?

 文字通りの意味で、神に選ばれなかった、という陳腐なものかもしれない。

 アリシアからすると、だが。彼は幾千年も続く忌み者達の拠り所の主なのだから、十分に特殊で偉大で、大きな器を持つ漢だと思うのだが。



 ――ともかく、だ。

 アリシアがどう思おうとも、到達したのは二人だけ。

 そして相対する敵がいる。


 だから次に起きるアクションも当然存在する。



「侵入者」


「侵入者だ」


「異端者だ」


「大罪人だ」


「殺せ」


「裁きを」



「う、お!?」



 ギィ!剣が噛み合った悲鳴が耳を貫く。

 僅かにブレて姿を消した敵――『天使』の姿を追いかけ、その姿が眼前に現れた瞬間だ。アリシアは半ば反射の域で剣を翳したがそれが功を奏した。

 異常なまでに恐ろしく早い速度で斬りかかって来た天使の攻撃を防ぐことが出来た。


 出来たが――



「づぅ!!」


「なろ……!!」


「ぁああ!!」



 剣戟が重なる。

 次々と天使達が翼をはためかせ、微かに身体を浮かせた瞬間――アリシアは心腑を貫く悪寒に従い剣を振るう。

 運が良ければそこで鋼を打ち鳴らし、戦力を不意に減らすこと無く鍔迫り合いへ移行できた。


 運が悪ければ――まあ、当然だが……そこかしこで転がる血袋の仲間入りだ。



「援護するよ!」



 アダムは両手を打ち鳴らす。

 魔力を練り合わせた掌の衝突によって即席で魔法を編み込み、微かに煌めいた緑の光がアリシアを包み込んだ。



「お、おおおお!」


「 」



 斬撃が空を奔る。

 強化された瞳が天使の姿を捉え、両足が人外の域へ向けて跳び出した。



「はぁ!!」


「ぎ!!?」



 ザン!

 振るわれた刃は見事に目標を達し、百の首が空を舞う!

 緑豊かな草原へ赤い燐光を撒き散らし、非物質であるが故か僅かな時間で気化した。

 アリシアは強化された躯体を存分に活かし、強引に天使達のくびをひたすらに斬り付ける。


 一つ二つ、五つに九つ!

 切れ味の悪い鈍らを赤で彩った。


「迎撃せよ」


「迎え撃て」



 ――が、彼らは揺らがない。

 すぐ隣に立つ天使が斬り殺されたというのに、その能面に微かな揺らぎも生み出さず淡々と戦闘に移行する。

 そんな在り方のなんと薄気味の悪いことか。



「おらァ!!」



 限界を超えた体が軋みを上げる。

 アダムの常識を逸した強化は、いとも容易くアリシアの肉体を傷付け続けた。

 とはいえそんな負傷も次の瞬間には癒やされるわけなのだが。


 アリシアにとって、一つ二つの肉体が死んだ所で――いや、それどころじゃなく、幾千幾万幾億と死んだ所でどうでもいいのだ。

 その果てに逆襲できるのであればそれでいい!


 気が狂っている?リターンと釣り合っていない?そもそも必要ない?

 それがどうした。

 そんな正しいだけの理屈で踏み留まれるのならば、今頃こんな、補助が無ければ正気を保てないような愚か者になど成り下がってはいない。



「行くぞ!あの祭壇だ……!!」



 小高い丘の上。

 そこには慎ましやかで上品な――しかし、荘厳であり壮大な白亜の祭壇が建っている。

 見るも不思議な、見上げれば首が痛くなるほど巨大なソレ。その中枢にこそ、ソレにふさわしい(そう思い込んでいる)偉大な存在(愚か者)がいるに違いない。


 アダムの視界には然と映り込んでいた。

 こちらを見下す絶対者の様に踏ん反り返るその姿が。



「おおおお!!」


「ふぅ……!」



 銀閃が宙を舞う。

 緑光が縦横無尽に駆け回る。

 アリシアはその手に握る剣で道を切り開き、アダムがその両手両足に過剰な強化を施す。


 前へ。

 前へ。

 前へ!



「し、ねェ!!」


「がッ」



 天使の首を落とす。

 アリシアの心臓を光の杭が貫く。


 天使の腕を飛ばす。

 アリシアの首が宙を泳ぐ。


 天使の翼を捥る。

 アリシアの両足を奪い取る。


 どちらも互いに互いの死を積み重ね、胸に抱いた目的のために直走る。


 天使は()の為に。

 アリシアは過去の精算(利己)息子(利他)の為に。

 果たしてどちらがより愚かなのか?



「ここだよッ!この扉の向こうだ!」


「ああ!強引にこじ開けてやる!」



 敵地に於いて扉は開くものではなく、こじ開けるもの。

 アリシアは残存する肉体、総勢三十万を駆使して背後から迫る天使に対応し――いや、不足だ。

 更に増やし、もっと増やし、総体から滲む黒紅の雫から更に千万に届く器を用立てる。



「これなら――」


「いいや、不足だ」



 門を開こうと群れをなして近付いた――瞬間。

 ()()を防ぐ事が出来たのは、まさしく奇跡だった。

 背筋に張り付いた悪寒に従い剣を振るえば、アリシアの目の前でのボロボロの鉄が砕けて舞い散った。

 一歩間違えれば散ったのは自分の頭だった――とはいえ、今更()()()()()()なんぞ気にしてはいないが。



「お前は……!?」


「なんだ……私達の事を忘れたのか?」


「………忘れていたかったよ」



 アリシア達の眼前に四の人影がゆらりと浮き上がる。

 彼等、彼女等は皆金の頭髪を輝かせ、門を守るように立ちはだかった。



「こいつらは……?」



 アダムの言葉に、アリシアは懐かしげに瞳を細める。

 幽かな哀愁を込めて、今は亡き過去を想起した。



「俺の、兄と姉だよ」



 叡智の根源。


 集合の要。


 闘争の病根。


 継承の因子。


 人類が、人類として栄えるために獲得した――獲得すべき主要素。

 それを神の手で備える為に多様な試行錯誤を繰り返された実験体(モルモット)達。

 遥か過去に廃棄された筈の彼等は今再び立ち上がった(叩き起こされた)


 なんと、醜い。

 アリシアはその姿を見て、何よりも怒りを抱いた。

 自分勝手な都合でゴミのように投げ捨てて、また必要になったからと無理やり蘇生を施した。

 まさに生命の冒涜だ。

 あれが神だからとか、そういうのは関係ない。

 ただ、自分たちを道具としてしか見ていないことが何よりも腹立たしい……!!



「……だから、今度こそ眠らせてやるよ」


「は、ははは……出来るものなら、やって見せてくれよ」



 長兄は軋む表情筋でうっそりと笑みを浮かべた。

 体の末端に炎を燻ぶらせ、『叡智』とは程遠い野蛮な殺意を迸らせる。

 ソレに合わせて、『集合』と『闘争』が何処か希薄な笑みのままにゆっくりと重心を落とす。

 それぞれの手に黄金に輝く剣を携え、歯抜けの精神のまま空っぽの殺意を撒き散らした。



「……期待、してる、ね?」


「ああ……見てろよ。姉さんもしっかり殺してやる」



『継承』――一切の戦闘能力を持たない、アリシアと瓜二つの少女はころころと笑った。

 身構えた所で、どちらにしろ抵抗なんぞ出来ようもないと理解している。だから、どうせならゆったりと、妹とのあり得るはずのなかった最後の時間を楽しもう。『継承』は、自分たちが望外の幸運に恵まれたことに(不本意だが)天に感謝した。



「ははは……っ。ほんの僅かな時間だけでも、お前を、お前の……成長を、見せてくれ」


「勝手に見てろ!」



 剣を握る。

 同時に、アダムに目配せをする。



「……わかったよ。気を付けてね?」


「ああ!」



 一拍。

 その小さな手を打ち合わせる。

 込めた音色は摩訶不思議。

 この世にあらざる魔音は、アリシアの体――その内部、魂の奥底へ染み渡る。



「お、お」



 ガチリ、ガチリとナニカが千切れる音が響く。

 音が一つ、また一つと鳴る度に、アリシアは高鳴る鼓動に体を震わせた。


 ガチ、ガキン!


 鎖が千切れる。

 枷が外れる。



 ――つまるところ、アダムによって無理やり持たされていた制御の手綱を放り捨てている!



 正気が削れる。

 精神が沸騰する!

 利他という他者を思いやる"余裕"をかなぐり捨てて、ただ自分の為だけに殺意を漲らせた。



「殺、す」



 肌に浮かぶは純黒の憎悪。

 回す烙印は"増殖"の理。

 神によって焼き付けられたソレは、しかし今となっては彼の手を離れ新たな担い手の下に委ねられた。

 即ち新世界を開闢する鉾と成ったという事。

 アリシアは旧世界の神の尖兵を討ち果たす為の牙を剥いた。



刻印解脱:第五深淵(ロウカスト・アバドン)



 打ち捨てられた、血さえも通わぬ天使の死骸を喰らう。

 喰らって、貪って、その全てを有効活用(栄養素に)する。

 増えて、増えて、増えて。

 只管に増えて、即席の軍勢を築き上げた。


 所詮個の力では誰にも勝てないのだから。

 アリシアはそんなに強くはない。



「……思えば、お前と戦うのは初めてだな。いや、そもそも私は戦ったことなどなかったか」



 しかし!それでもアリシアは彼等を殺せる。

 圧倒的な群の力は()()を可能にするのだ。



 ――しかし、長兄はカラカラと、何を気負うわけでもなく笑い続ける。

 最早それしか出来ぬとでも云うように。


 だが、そうだ。

 事実それしか出来ぬ。

 今の己等は、失われた筈の魂を無理やり復元されただけの影法師。本物の自分達は時空の狭間に溶けて消えた。

 加え、嘗て蓄積されていた情報の殆どを遥かな過去に焼却された故に不完全。ああ、まさしく欠陥品だ。


 見よ、この肉体を。

 今にも崩れ落ちそうに歪み、崩れ、四肢の端から徐々に砂へと解けてゆく。


 ……だが、それでも神は無理やり"愛"を押し付け、意思に関わらず強引に戦闘要員に仕立て上げた。

 自我とは全くの別系統の指令に従い駆動を続け、嫌でも妹と殺し合う羽目になってしまう。



「だが、それでも……」


「オレ達は」


「なんだか嬉しくて仕方がない」


「……そう、かよ」



 限界を超えた怒りが血管を圧迫し、ビキビキと罅割れたような純黒の凶相がギシリと嗤った。


 ああ。笑顔、笑顔だ。

 どいつもこいつも常に笑っている。



「気持ち悪い、気味が悪い……!!」



 心底、理解できない!

 怒れよ、憎めよ!

 あの畜生に良いようにされて何故そうも笑っていられる!?

 理解不能だ。その思考に何故至った!

 そんなにも笑っていたいのか?

 そんなにも今が楽しいか?

 それほどに今が美しいか?


 ああ、ああ。

 ならば。



「じゃあ、俺も嗤ってやるよ。嗤って嗤ってお前らを殺して死骸を積み上げて、あの糞への踏み台に仕立て上げてやる」


「ああ、是非とも」


「望むところだ」



 長兄(叡智)の体が紅蓮に燃え上がる。

 次兄(集合)から他者へ金糸が繋がる。

 三兄(闘争)の両手足に真紅の雫が纏わりつく。


 そして、長女(継承)はそんな姿を笑顔で見つめていた。



「ああああああ!!!」


「筋力、強、化!」



 アダムの緑光が軍勢に纏わりつく。

 地を走る黒は即座に加速し、幾条もの轍を刻み突進する。


 ――それを迎え撃つは三兄の拳。



「おおおおォ、らァ!!!」



 次兄の金糸が拳へ絡まり、存在ごと補強する。

 幾重にも重なった黄金はボロボロの肉を補強し、一時的に全盛の域へ押し上げ――十全に整えられた一撃が大地へ突き刺さった。



 ――ドグン!瞬間、轟音を立てて大地が捲れ上がり、鼓膜を破いてしまいそうな圧と共に天を隠す。

 畳返しもかくやと云わんばかりに数百メートルの地表がそのまま軍勢へ襲いかかった。



「無駄ァ!!」



 しかしそんなことは関係ない!

 アリシアは構わず突進し、当然土に呑み込まれる――前に、更に更にと次々後方から体を押し付ける。

 一人ならば当然のように地中に埋もれただろう。

 だがアリシアは群れだ。軍勢だ。


 この世のおよそ全て、物量さえ用立てられるなら障害など障害ではないのだ!



「おおおおおぉォォ!!!」


「なんと……!?」



 圧制する大地は絶えた。

 アリシアは罅割れた大地の破片を体の上から弾き飛ばし――そして突進する。

 最早敵と自分を隔てる障害など無い。

 ならば殺そう!

 今すぐ殺そう!


 その果てを求めるのだ!



「覚悟……!!」


「いいや、まだだ」



 長兄は、騒然と迫る大軍勢に掌を翳した。

 アリシアは未だ燻る肉体を訝しげに眺め――瞳を沸騰させた『熱』に驚愕した。



「ああああァ!?」



 両手で失われた瞳の洞を抑え……そして、その姿さえも炎に包み、灰も零さず燃やし尽くした。

 炎は津波のように地表を舐め取り、雪崩のように軍勢へと襲い掛かる。

 アリシアの肉体を幾千も同時に燃やして尚、揺らがぬ火力を持って波濤した。



「防護術式、展開……!」



 アダムの補助魔法が肉体に絡みついた。

 明るすぎる炎の光にその輪郭を朧げに崩しながら、それでもアリシアの肉体を守護するという役目を果たす。



「お、おおお、おぉぉおぉ……!!」



 喉はからからだ。

 瞳も既に何の像も結んでいない。



 ――それでも。

 それでも前へ。

 どうせこの程度じゃあ死にきれない。

 ただ、苦しいだけだ。



「そんな、もの」



 けれどこの憎悪に比べれば、ただのゴミクズだ。

 何の価値もないカスだ!


 俺は、ヤツを殺したいほど憎い――確かに、それは利他(息子)の為でもある。

 けれど、根本にあるのは利己(自己満足)だ。


 そうだ……俺は、この過去を精算するためにこの苦しみ(無価値)を乗り越える。

 そうして、この痛みを幾重にも刻みつけてやっと、俺はアダムと真正面から向き合えるのだから――!!



「そこを……ど、けェ!!!」


「馬鹿な!?」



 ――視界が晴れる。

 炎を突っ切り、炭化しかけの足で剥き出しの大地を踏み付け、アリシアは四の人影へ肉薄した。

 ぐじゅぐじゅと音を立てて再生し始めた視界に、ポロポロと崩れかけの肉体で尚闘志を漲らせる姿を目にする。



「|חיזוק מיידי והגנה על הגוף《瞬間強化:肉体保護》!!」



 金糸が光を編んだ。

 次兄は言うことを聞かない四肢を強引に動かし、即席で秘術を展開した。

 それは長兄と三兄の体に纏わり付いて戦闘に耐えうる強化を――否!遅い!!



「はァ!!」



 焦げ付いた剣を振りかざす。

 赤熱し、ボロボロだった刃を更に痛めつけた鈍らを両手に殺意を込めた。

 視界の全てを埋め尽くすアリシアを迎え撃とうと四肢に力を込めるが――もう、その体は砂に解け始めていた。



「ああ――」



 つまり、この"先"はない。

 もう、家族との語らいの時間はお終いなのだ。

 "砂時計"はきっかりと最後のリミットを教えてくれた。



「ははは」



 だから、笑顔を浮かべる。

 笑う、楽しいから笑うのだ。

 どうやら(アリシア)はそれが気に食わないようだが、自分達はこれが間違っているとは思えない。


 ……何故なら、なかった筈のその先を手に入れられたのだ。

 そして、望んでも不可能だったろう、成長した先の妹と時間を共有できた。


 これを喜ばずして、何を喜ぶというのだろう?



「……楽しかったぞ」


「楽しかったよ」


「楽しかったね」


「楽し、かった」



 憤怒に染まった凶相が近づく。

 その切っ先が、自分達の首元へ近づく様が加速する思考と視界に映り込む。


 正真正銘、本当の終焉だ。





 ……ああ、そうだ。

 欲を言えば。最後に見る顔がこれというのは、遠慮したかったかもしれないなぁ。








<TIPS>

「錆び付いた羅針盤」

過去、千年。この期間における航海術の発展は凄まじい物だった。

光学を発明し、天文学が新たに広まり、そして羅針盤が開発された。


故に、それまで大陸の内側のみに向けられていた人々の意識が外へ向くのは当然の帰結。

数多の小島を見つけ、多量の資源で財を成し、航路を確立し、そして東に異なる文明のもと発展した大陸を見つけた。


――東に大陸があるのならば、西には?北、南は?

未だ人類は幼く、その視界は閉じている。





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