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20/23

宵の明星

学生最後の春休み!!その大半をバイトの出張で押しつぶしましたァン!!!!後悔ィイイ!!!

そのせいで更新できてませんでした!!!!!!!ゆるして!!!!!!!

あと久しぶりに書いたからたぶんアホみたいな文章かも知んない!!ゆるして!!!!!!


2月いっぱいは出張出張あんど出張!

バイトに出張があるなんて初めてしったは……!!!


あと誤字報告兄貴姉貴ありがとう!!!



 この大陸は豊かだ。

 何処を見ても肥沃な大地が広がり、大陸の中心地点――この草原もその分類から外れること無く、恵まれた栄養が地中を満たしている。

 それを貪る種々の緑は雄々しく、美しく育ち、その体を持って己が領地を主張していた。

 圧倒的なまでに"自然"を感じさせてくれるが――しかし、今は違う。

 人の影がその景観に紛れ込んでいる。


 とててっ、たたたっ。

 その影を見て音を表現するのであれば、そう表すのが最も正しいだろう。

 しかし現実に響くはそう可愛いものではない。


 ドドドドドッ!とでも言い表す他ない、暴力的な音の圧政が地を震わせた。

 幾千、幾万に折り重なった小さい足音の主たちは歩き続け、西へ、更に西へ――その先にあるこの国の中枢へ。



「……こんだけ休み無く走ってれば、もうちょっと……明後日ぐらいには到着できそうだな」


「そうだね……。でもアリシア、辛くなったらすぐに教えてね? 好きな女の子に無理はさせたくないから」


「……おう」



 アリシアは複雑そうに浮かべた(かんばせ)にいくらかの朱を混じらせる。

 アダムは二日前の襲撃以降、意図的なものかアリシアをとにかく"女性"として扱っていた。

 元が男であっても女にする――その言葉を虚言で終わらせぬためにひたすらに己の意思を貫く姿はとても雄々しい。努力の方向が些かおかしい気もするが、アダムはこれこそが最適解であると確信している。



「ははは、()()()()は大主教様に余程ご執心のようで……いやぁ、実に素晴らしい!!ええ、ええ、私も嬉しすぎて達してしまいそうですぞォ!!!」



 横合いから飛んできた男の声に、思わず顔を顰めてしまった。アリシアは別にこの声の主が嫌いではない、嫌いではないが……このテンションは些か疲れる。

 昨日合流してからというものの常にこの様に荒ぶっていて、なんと言うか耳が痛い。



「この高ぶりについてはどうぞお目溢しを!幾千年も待ち続けた"希望"がようやっと現れ、我らのような()()()()()()()()()()に自由を齎そうとしているのです!!それはもう高ぶる!荒ぶる!生きた心地がしない程に!!」


「……ま、協力者だしなぁ……」


「僕としては熱烈に信仰されて嬉しいんだけどね? こう、なんというか……『これから神の座を奪うぞ!』って感じがしてさ、とても気分が高揚してる」



 アダムは輝く虹の瞳で背後――疾走する百二十万のアリシアと、それに追従する魔物達、それに跨る()()()を愛おしそうに見つめた。

 アリシア達の目的を手助けせんと力を振り絞るのは、今代の神に不要物とされた者達。


 彼等こそは『宵の明星』。

 一大宗派『明けの明星』に対を成すように作られた邪教であり、忌み者達の為の拠り所。

 その生存さえも不適切であり、嫌われ、不幸を強いられ、あらゆる負債の行き着く先だ。


 そんな彼らにようやっと現れた希望!

 おお、素晴らしい!なんと愛おしい!なんと輝かしい!

 男は鼻息荒く賛美を捧げる。

 気が狂う程に!



「……そう、我らは、待っておりました……!新たな神の誕生を!」


「生命を平等に扱う、"真作"を!」


「そして、巡った因果に応報する機会を!」



 本来与えられるはずの"祝福"を注がれず、あらゆる万物に嫌われてしまった半生。その過去を拭うナニカを。



 愚かな神には反逆を。

 麗しき神には従順を。


 そのために彼等は立ち上がった。

 秘密裏に大陸中に根を張り、何れ現れるであろうアリシア達のような存在を待ち続け――そして見つけた。

 待ちに待った希望の隕鉄!愚かな星を打ち据えるまこと輝かしい鉾を!!


 ならば彼女等の道を遮る哀れな障害を打ち砕こう!

 その先が――この大国の中枢にあっても!!



「……手駒、か。一体どんなやつなのやら……」


「そうですなぁ……全盛期であれば……まさしく知略のバケモノとでも言いましょうか。舌先三寸であらゆる願いを押し通すとんでもない御仁です。まあ、今はそうとも言い切れませんが」


「そうじゃなきゃ英雄なんて手中に収められないか」


「英雄……あの聖女も魂がズタボロで見るに耐えなかったけど、手駒はどんな中身をしているんだろうね」


「まぁ、原型はとどめてないだろうなぁ」



 だからといって手心を加えるなど、決してありえないことだが。

 そもそも生かした所で待ち受ける結末など見えきっていた。


 手駒に成ってしまうほどに神の干渉を受けているのであれば、切っても切ることができない縁が生まれている。

 肉を持たぬが故に、手駒に力を注ぐしか現世に干渉することができない。それは決して破られぬ――破ってはならぬ絶対の法則。

 そして今回、アダムを排除するためにあまりにも長い間神の力を――"祝福"を注ぎ続けた。

 手駒はどんな事を考えて祝福を受け入れたのだろうか?

 欲に従ったのか、やむにやまれぬ事情があったのか、はたまた意思など無視して強引に……という事か。どう転んでも良い事は無いだろうに。

 時を経るごとに肉は軋んで魂は摩耗する。


 その対価に得る物は何か?

 力?名誉?それとも富?


 それはあるかも知れない。

 しかしそれらもいつか風化する。

 形あるものなぞ必ず滅びる。それは必定だ。


 勿論それは悪い事では無い。


 しかし、あらゆる苦難を乗り越え、幸せを掴んだ果ての果て。

 最後の最後に振り返ってみれば、あるのは伽藍堂の英華と見るも無惨に蹂躙された自分の魂。

 それを見て彼は何を思うのだろう?

 悲しみ?怒り?はたまた喜びを感じるのか?



「……ままならないなぁ」



 なんともやりきれぬ。

 少なくとも、アダムはそう思った。

 当人の心持ちを敢えて無視し、自分の理屈を押し付けている。その自覚はある。

 勝手に哀れんでいる。それに、どんな理由があろうともアダム達は手駒を殺す。

 必ず殺す。

 何があっても、それは避けられない。



 ならばせめて、その死に救済を。

 その御霊を開放し、その死体をも有効活用してやろう。

 まだ見ぬ彼を楔に"天界"への門を開く――それがアリシアとアダムが考えた作戦だ。



「しかしまぁ、魔物の背に跨る機会が訪れるとは……ははは、世の中何が起こるか分かりませんなぁ」


「同意だ。さすがアダムだなぁ!!」


「ま、まぁね……"支配領域"も拡げていかないと出力で負けちゃうし……」


「……あー……"支配領域"、ね。親父殿は何故"祝福"は与えないくせに"支配"だけはしていたのやら……それなら不要物扱いすんなっていうんだわ」



 ぶーたれたように不満を漏らすと、宵の明星の主教は心底同意したように頷いた。

 彼は邪教の主教、などという一見ヤバそうな肩書を有しているが内面自体は一般的な感性を宿している。


 ……疾走するアリシア達に急に駆け寄って土下座して、勝手にアダムを主神認定したりその育ての親のアリシアを大主教扱いしたり、足を舐めようとしたりと……正直中々ぶっとんだ事をしでかしているがそれはそれ。


 "祝福"という、表すならば戸籍のない人々を纏めていただけあってカリスマ性があり、弁舌の才に長けている。

 正直中々に素晴らしい人物のはずなのだ。たぶん。きっと。



「それはそうと大主教様。肉体によってパンツの色が違ったりとかするのですか?」


「お前潰すぞ」


「アダム!!ステイ!ステイッ!!」



 ……なんやかんやとひと悶着ありながらも足は止まらない。

 アリシアのバケモノみてえなスタミナに必死に食らいつこうとする魔物達が悲鳴を上げても、キュピー!と悲しげな声を上げて倒れ伏しても、倒れた端からアリシアに神輿のように担ぎ上げられても、多くの魔物がそのもふもふを愛でるためにアリシアに抱きつかれても!!

 爬虫類系列の魔物がもふもふじゃない自分に悲しくなっても!!



 疾走は止まらない。




















「どういう事だ」


「申し訳kkkkkkあAa■■せせssせん」



 冒険者ギルド、その長が坐す白亜の城に響いた声は静かに問うた。

 執務室の主へ跪いた影はただ頭を下げ続ける。


 魂はボロボロで、もはや人格さえ残っていない。

 そんな肉人形を叱りつけても意味など無いことを悟って、苛立ちごと吐いてしまおうと肺の空気を押し出す。


 ヘンリッヒは思いつく限りの最上の戦力を、万全に活かす十全な調整を施したつもりだった。

 可能な限り足が付かないように英雄を拉致し、口八丁で王家を誤魔化しながら英雄の二人へ『隷属の魔薬』を投与して裏切りの芽を積み、装備を整え情報を閉鎖した上で二人の英雄を送り込んだ。



 それだけで十分だ。

 ……その筈だった。


 "英雄"とは国家における決戦兵器と言い換えても良い。

 民草の中に稀に現る、あらゆるパラメータが不具合を起こしたように異常な値を有すもの。

 それはもはや人中の理には在らず、息をするように幾十万の兵士を根切りにする。

 王家に属する、帝国の鉾にして盾。


 ……それ、だ。

 ヘンリッヒはあらゆるリスクを承知してでも手に入れた。

 あらゆる苦難が襲い来ることを承知の上で己の手足とした。



「……にも関わらず、お前は逃げ帰ってきたのか?僅かばかりの情報と引き換えに『第十三聖女』を失ったと?」


「…………」


「ああ、面倒だね……実に面倒だ。『明けの明星』に疑われ、最悪敵対するだろうことも承知していたが……本人の器さえあるのならば弁舌でどうにかするつもりだった……が。しかしこうなってしまえば最早不可能だ」



 とん、とん、とんと指の腹で天板を叩いて苛立ちを紛らわせる。

 剣ではなくペンこそが美徳の場において、怒りなんぞ一切不要なものだ。

 怒りは思考力を鈍らせ、悲しみは舌を重くし、喜びは言葉を軽くする。

 必要なのは風のない水面のように穏やかな心。



 ヘンリッヒはひとつふたつ、息を吐く。

 これまで幾百幾千と繰り返したルーティーン。それは余分な頭の熱を鎮めてくれるとヘンリッヒは知っている。



 そう。今必要なのは責任を追求する叱咤ではなく、対策を練るための情報だ。



「それで、今の彼女は40万なんて数じゃあないのは分かった。戦い方や動きの癖……何でも良い。教えろ」


「………bA、BaAAAbTBaggyylaKKKKUTTT―――」


「また言語野が壊れたのか?さすがに薬を投与しすぎたか……しかし英雄なんて人種を縛るには――」



 ぎちりと軋む。ヘンリッヒは思わず鼻白む。

 驚きのままに空気を伝ったその音を辿ると、それは目の前の影――影と見紛うほどに昏く、萎びれた老人がいた。


 ははは、嘘だろ。冗談は止してほしいな。

 さすがの金貨王も乾いた声を漏らす他ない。


 ヘンリッヒが覚えている限り、この薬を自力で解毒できるようなバケモノなぞ前例がないのだ。

 だからこそ安心してこき下ろしていたのだが――基本過去を悔いないヘンリッヒも、流石に肝が冷える。キンキンに凍えている。自業自得であることなど承知しているが、常に語りかけていた"彼"に救いを求めたくなってしまうほどに。


 そんな動揺に反応したのか首を廻し、ぎょろりと瞳が輝いた。

 意思など、これっぽっちも無い筈なのに。



「――あやつは、蝗虫だ」



 言葉を発する姿には幽かな意志が宿って――否、否!戻っている。ヘンリッヒは目の前の男にめいっぱいの"毒"を注ぎ込んだというのに。

 いくら英雄であろうとも、人であるなら、生命であるなら逆らえぬ程には害意を込めた。


 しかし不足だった。

 それは人類としての理に反した回復。ヘンリッヒは感嘆のため息を漏らす他ない。

 一秒を刻む度に目の前の"駒"は"驚異"へと回帰しているにも関わらず、ヘンリッヒは岩のように動かない。


 急速に修復されていく顔。

 失われていた正気は補填され、同時にその肌に潤いが戻る。

 ()()()()()()()()()()()()()()()



「あれは、そういう風にデザインされた。儂と同じ様にあの方に造られた人類の試作品(プロトタイプ)。その役目は"()()()"。だからこそ、ヨハネに於ける第五のラッパ吹きの概念を込められた」


「なるほど……なるほど。道理でねぇ……実体を持つ自身の複製……それも命を宿す程のものなんて、かの古の魔法大国でさえ不可能だった」


「当然だ。あのお方に造られたのだからな」


()()()()()()()()()()()()……ああ、彼女を自由に扱えたならどれほどの金貨が手に入るのだろう」



 顔を赤らめ夢見心地のように呟く姿。そこには致命的なまでに危機感が存在せず、恐ろしい程に浮世離れしているようにも見える。

 異常者め、と吐き捨てるように口端を歪め、老人だった青年は身体を翻した。



「おや、殺さないのかい?」


「ふん。分かっていて問うのか。無論そうしたいのは山々だ」



 だがな。青年は振り返り、瞳にありありと不満を浮かべながら続ける。



「父の器になりうる存在を、試作品ごときが害して良い筈もなかろう」


「……ああ、やはり彼か。彼が、私に語りかけている彼こそが……"神"というやつなんだね?」


「そうだ。そしてこれまでの貴様はその手駒として扱われ、掌で踊っていたわけだな!ああ、実に滑稽だ!!」



 言葉とは裏腹の怒りを総身で表しながら、しかし決して害は加えず去っていった。

 ドシンドシンと城を揺らす怒りの歩みはまったく加減をしていないように感じるが、ともかくそれでも首の皮が繋がっているのだから儲けものだ。



「さて……と」



 急に疲れたように重い体を椅子に預け、来る決戦へ向けてペンを手にとった。



 脳髄を蹂躙する石の悲鳴がヘンリッヒの鼓膜を震わせるのは、それからすぐの事だった。


 帝都の外、この大陸の中枢を守る巨大な防壁。

 そこから響くのは帝都が積み上げたレンガを震わせるような、大きな大きな破砕音。

 それこそが"不要物"と"神"の最終決戦を告げる号砲だ。



















「一般市民には手を出さないようにな!!」


「でもこれ正直侵略戦争だから綺麗事だけを守って死なないように!!」


「承知しました!!」


「グルル!!」



 高度に発達した街の中を怒号が切り裂く。

 石、木材やレンガやガラス。それらを巧みに組み合わせた美麗なる建造物達が見守る大通り。

 幅数十メートルにも届く石畳を荒々しく踏み抜いた。


 確かに美しい都だ。

 栄華を極める素晴らしき国だろう。

 こんな時でもなければアダムと二人で観光したかったな、と、思わず夢想してしまう。


 ――これは雑念だな。


 ゆるりと雑念を振り払い、矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 そしてその間の一秒も無駄にするまいとアダムや主教を伴って走り続ける。


 今や帝都はお祭り騒ぎ。

 何処を見ても人々の悲鳴が響き渡り、慌てたように駆け寄ってくる兵士たちの怒号が宵の明星の構成員や魔物達の鼓膜を叩く。

 とはいえ彼等に恨みがあるわけではなく、ぶっちゃけ手駒を殺してそれを糸口に上の世界に侵入したいだけなのだ。

 だから戦う必要は一切ないが……勿論向こうはそうじゃあない。

 傍から見れば(実際にそうだが)ただのテロリストだし。



「拘束!!」


「何だ貴様らは!?」


「暴れるなよ!!こっちには百二十万人の戦力がある!!」


「何を言ってるんだ、お前――ッ!?!」



 ゴリ押し(アダムの魔法)で強引に砕かれた防壁の穴から続々と侵入してくる武装した少女達。

 百人、二百人、千人、四千人――次第に増す流入速度は兵士達の心を容赦なく折った。

 無関係の人間を傷付けないよう細心の注意を払いつつ、しかし完全に無力化するために拘束を繰り返す。


 帝都の各地にある衛兵詰所や防衛機能の要へと人員を配備しつつ、いくらか器を派遣して本隊から分けて……それでも明らかに過剰過ぎるアリシアの群れ。


 どんな障害も素知らぬ顔で踏み砕きながら前進する。

 目標は()()()()()()

 この帝都に足を踏み入れた瞬間に漂ってきた、形の良い鼻が無惨にひん曲がりそうな程濃密な()()

 それは()()()の人生では馴染みの深いものだった。



「待ってろよ、親父殿……!!」



 白亜の城。

 その天辺から漂う気味が悪いほどに清浄過ぎる神気。ああ、これ以上無いほどに目立つ標だ。

 だからこそ!



「押し潰す!!」



 巨大な跳ね橋と、その先に立ちはだかる石の門。

 なんの騒ぎだ、と胡乱げに首を回していた衛兵はぎょっと目を見開いた。

 さもありなん。アリシアは全力疾走でまたたく間に距離を詰めていた。

 そしてその数百万以上。その全てが武器を携え、簡素ながらも革鎧に身を包み武装している。



「邪魔すんな!」


「すっこんでろ!!」


「この先にいるやつに用があるだけだからな!」



 言葉と共に衛兵の身体を突き刺す目、目、目。

 まるで巨大に過ぎる怪物に睨めつけられたように震え上がる。

 あれは殺意なんか向けて来てないのに。敵意なんか抱いてないのに。興味すら持っていないのに――。


 彼はただの路傍の石に徹する他なかった。



「行くぞアダム!主教!」


「うん!」


「畏まりましたぁ!!」



 チラリと、へたりこんだ衛兵――否、兵であることを拒否した若者を一瞥し、アリシアは再び走った。


 門を物量で強引にこじ開け、エントランスを横切って目に見えぬ道標を手繰り寄せ続ける。


 それは匂い。

 自分の四肢からも漂う――あまりにも清浄で、あまりにも無欠が行き過ぎた残り香。

 それを辿るのだ。

 アリシアにはよく分かる。

 何せ、いつかの日は毎日の様に感じていたのだから。



「こっちだ!」



 走る、奔る。

 白の規模に見合った大きな大きな廊下と、その左右に並ぶ幾つものドアを通り過ぎて、尚加速を続けながら一目散に駆け抜ける。


 仕立てのいい赤い絨毯を作った職人も、まさかこのような扱いをされるとは想像もしていなかったに違いない。


 それに合うように拵えられた美しい大理石。

 丹念に磨かれた廊下はいくつかの美術品に彩られ、過度な装飾を廃したが故の美しさを遺憾なく放っていた。

 いた、が……まあ、アリシアはそれを無視してその景観をいくつもの足跡で汚している訳だ。


 しかし、そんな事はどうでも良いだろう!



「……っ!こっちか!!」



 上へ、とにかく上へ。

 匂い立つ神気を辿り、大理石の階段を二段飛ばしに駆けていく。

 どんどん強まる、頭がクラリと揺れるような清浄な気配。

 酔ってしまいそうな臓腑に活を入れ――アダムと主教も無事である事を確認しながら移動を繰り返す。



 ――十度、階段を登るのを繰り返した頃だろうか。


 アリシアは階段を登りきり、そして立ち止まった。



「……アリシア?どうしたの?何かあった?」



 アダムの問いかけにも返答はない。

 アリシアは、まるで見てはならないものを見てしまったかのように表情を歪めていた。



「はっ、はっ……はぁー……!!こ、この老骨には中々堪えましたぞ……!!」



 遅れてやって来た主教はえいこらしょと腰を叩きながらアダムやアリシアに並ぶ。


 そこで、何故アリシアが固まっていたのかようやっと理解した。



「ああ……なるほど」



 視線の先。

 変わらず広大な――いや、むしろ下の階よりも更に広い廊下。その奥に人影が見えた。



「よく来たな」



 しゃがれた翁の声。

 不思議と聞き触りがよく、年若い少年のそれのように耳朶を叩く。


 老いたようで、しかし若さに満ちた青年は金の瞳でアリシアを射抜いた。



「なあ、愚妹(■■■■)よ」



 は、ははと声が漏れる。

 アダムが心配そうにアリシアを見つめるが、しかしそれに応えるだけの余裕がない。


 更新(・・)され続けていた妹がいた。

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()と思っていた。


 そして、その嫌な予感の具現は(まこと)の現実として目の前にある。



「……兄、さん」


「…………!!」


「そうか、あれが……」



 顔を強張らせる主教の横で、アダムは納得したように頷いた。

 目の前に立つ男、金の髪に金の瞳を持つ美青年。彼もまた、廃棄された筈の試作品というやつだろう。

 廃棄されたと言うくせに、何故か三体も残っているというのはどういう理屈なのだろうか?

 神という割には随分と杜撰な管理体制だな。アダムは思わず失笑してしまう。


 それはともかく、重要なのは目の前の男が敵であるか否か。

 ……目標はすぐこの先だというのに今姿を表すというのは、まあ十中八九敵なのだろうが。


 ならばその能力は?


 試作品としてあるからには、一つの要素を手に入れるまで幾度にも重なる改造を受けているはずだ。

 それは()()()()()()持ち得ていないという事実をも表すが、しかしその一点のみで言えば現行の人類よりも遥かに優れた機能を有しているに違いない。それはアリシアが証明している。


 そして、現代にまで生存を続けているのであれば、それに適したモノが幾つかある。


 例としてあげるならば、アリシアという『多様性の礎』。

 聖女達、『信仰の種子』。

 そして――



「あの人は『老いの基因』、と呼ばれていた」


「……その概要をお聞きしても?」


「『老いとは、つまり成長だ。成長とは老いだ。そして、その全てに劣化が付随する。それが無くては人とは呼べまい。ああ、分からぬ。分からぬなあ。私は完全だから。だから、この子で再現する』」



 傲慢さを滲ませる言句を、いつかの再演のように口ずさむ。

 それこそが彼女等の父の発言だった――らしい。

 アリシアはその当時産まれていないから又聞きでしか無い。


 そしてその言葉は目の前の『兄』から聞かされたのだ。



「そうだ、そうだとも。儂は父にその様に設計された。だから常に老い続け劣化するし、同時に成長を重ねる。そして死という機能が実装されていないのだからそこに終わりがない。一巡すると若返り、再び終わりへと走り始める」


「……一つ聞きたいんだが……()()()()()()()()()()()?」


「父の、気紛れだ。お前が魂を漂白されて異世界へと放逐された時のように」



 淡々と呟くその様に感情も実装されてないんじゃないかと小さく吐き捨て、アリシアは腰に帯びた剣に手を伸ばす。

 アダムも両手の平に宝玉を浮かばせ、ゆったりと戦意を滾らせた。

 主教はすみっこで蹲った。



「やはり、目的は父か」


「もちろん」


「……その忌敵(アダム)の為にか」



 苦々しく口端を歪ませ吐き捨てた。

 その整った顔はよくアリシアに似ていて、その身に宿すドロドロと粘ついた殺意さえも似通っている。

 違いはその矛先だけだろう。

 一つ分かるのは、もう決して止まらない事。

 たとえその先に何が待ち受けていようとも止まれないのだ。

 今のアリシアはアダムに無理やり()()()()()()()()()()からこそこうして考える事ができている。

 けれどそれが無ければどうなる?



 ……だから自分の『兄』と、若者の腐った夢語りみたいな対話の道なんて無いことも知っていた。



「安心しろ、愚妹よ。その魂をもう一度漂白して、再びこの世界で父の愛に包まれるよう取り計らってやる」


「はっ!あんな腐れ野郎の祝福なんざゴメンだね!!」


「……愚かだな……」



『兄』はその右掌を握りしめた。

 彼の信ずる、信ずるしかなかった父の愛――光り輝く『刃』を、目の前の『妹』へと向ける。

 余りにも清浄過ぎる明星の光は、己を信ずる者にだけ微笑むのだ。



「実に、実に愚かだ」



 何処に向けるわけでもなく、嘲笑の言葉を虚しく響かせる。

 ギュッと奥歯を噛み締め、強く強く踏み込んだ。














<TIPS>

「アリシアの身分証明書」

ようやっと現れた希望の先触れよ!

貴女のためならば、私は私の名前も、過去も捧げましょう!


だから、そして、ああ、ああ!どうか惨めな《私達》に救済を!!









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