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増殖はじめ

 その日も何時もと同じ、何ら変わりない始まりを迎えた。

 今年で30歳を迎える門番の男は、未だ昼前であるにも関わらず早くも唸り声を上げた腹を抑えた。

 ぐぅぐぅと空腹を訴えかけるのも仕方なし、今日は何も食べていない。

 この栄えある要塞都市の門番が何たる有様だ!と、上司に怒られる未来を幻視してしまう――まあ、まず間違いなく怒られるだろう。


 けれでそれも仕方がないと言い訳させてほしい。

 男は門番であるが、近頃頻発する盗賊の被害状況を書類に纏めるという任務外の仕事まで熟していたのだ。

 むしろ特別ボーナスがあって然るべきではないか。


 空に浮かぶ三つ子の太陽だってそう言ってくれるに違いない。



「はぁーぁ………」



 しかし、何の代り映えしない景色だと思う。

 男が産まれた頃には既に要塞都市としての地位を確立していて、その巨大にすぎる城壁――高さは20メートルを超える――に守られた生活は最初から終わりまで変わらない。


 その余りにも守備に特化した堅牢な街を攻め込もうなんて気狂いは、この大陸が一つの帝国によって統一された時からその芽さえも摘み取られた。

 あり得るとしたら魔物の大進行などだろうが、この近辺にはさほど強い魔物の生息地帯はなく、尚更この堅牢さを発揮することはないだろうとしか思えない。



 とはいえ、その名声は庶民が安心さを求める中で最も役に立ち、一般市民や商人達、果ては冒険者達までこぞってこの地に定住を求める。

 その甲斐あってこの城壁の中は発展に発展を重ね、幾度となく拡張工事を繰り返したおかげかこの国ではトップクラスの経済能力を誇っている。



「ん、商人か。積み荷は?」


「へえ、小麦と酒でございやす」


「……よし、結構。通っていいぞ」


「どうも」



 今日も今日とて長蛇の列を順番に処理していく。

 正直さほど必要とは思えないが、テロリストなんかが混じっていないとも断定できない。

 男はこれが欠かしてはならない工程だとは理解していた。



「次」



 ザッザッザ。

 商人の馬車が通った後から、五人の少女が歩み寄る。



「……へぇ」



 これは随分と別嬪さんだな。

 しかも五つ子か。尚更珍しい。


 皆同じ服を身にまとい、同じ容貌を持っている。

 年の頃は十代半ばか?

 男に娘がいればこれぐらいの年だったろう。



「要件は?」


「出稼ぎに」


「あと拠点を探して」


「ふむ……まあ、変なことはないな……身分証は?ああ、代表者のものだけでいいぞ」



 一番最初に言葉を発した少女は腰に括り付けられた革袋から金属片を取り出し、若干の間を空けて男に手渡した。



「西の開拓村出身か……うん、問題ない。ようこそ、アリシア氏(・・・・・)。よい一日を」


「ありがとう」


「がとー」


「とー」


「ー」


「」


「どうやって発音してんだ……?」



 全く同じ靴音を鳴らし、五人の少女は大きな石造りの門を潜る。

 示し合わせた様子でもないのに、随分と器用なものだ。

 男は一人ごちた。


 ……しかしまあ、五つ子なのだしそういう事もあるのだろう。

 ともあれ、いい目の保養をできたおかげか気分はいくらか良くなった。


 男は今日も変わらない。何の変哲もない一日を過ごす。












「……よし、とりあえず危機は去ったな。ごめんな、多分俺のせいで余計な手間をとることになる本物のアリシアさん……」


「ナムナム」


「ま、死んでないんだけどね」



 五つの視界を存分に駆使して、大通りに並ぶ沢山の出店を眺めていく。

 俺の主な目的はこの世界の知識を収集すること。

 少なくとも身の振る舞いを決めるまでは決して多くない資金の無駄使いをすることはできないので、必然冷やかし客になってしまう。許せ。

 金を落とせないので申し訳なくはあるが、あっちこっちへ歩みを進めるとどの店も新鮮味に溢れた面白さを目にすることができた。



 なにかの光る角が生えた骨付き肉を使った串焼き。

 よくわからん光る石を散りばめた指輪。

 若干雑っぽい陳列をされた盾。



 どこを見ても活気にあふれていて、行き交う人の海は殆ど隙間なく蠢いていた。

 身長が150そこらしか無い俺ではすぐに流されてしまいそうになるが、そこは五つの体持ち。

 自分で自分を支えるという荒業でキチンと自分の足で移動していく。



「あ、あれが図書館か……!」



 そうして移動すること数十分。

 体感では町の中央へ近づいているつもりだったが、その御蔭なのか大きな図書館へたどり着けた。

 デカデカと掲げられた木製の看板には『テーレント大図書館』と書かれており、道行く人々を尊大に見下ろしている。

 早速玄関の階段を駆け上がり、開け放たれた大きなドアを潜る。



「おおぉ……」



 本、本、本!!


 どこもかしこも大きな本棚が列をなし、その一つ一つに隙間なく本が敷き詰められている。

 そのどれに目的の知識があるのか分からないが、ともかく圧倒的なまでの知識の山に感動した。



「……ようこそ、お嬢さん方。本日はどの様なご用件で?」



 その声の元に視線を向けると、身なりのいい壮年の男性が受付台に立っていた。

 身にまとう制服からして、きっとこの図書館の司書なのだろうか?

 ならば渡りに船というやつだ。早速この世界の歴史書や法律の本、常識を知るのに役立ちそうな本を訪ねてみる。



「なるほど、それならばA-21の列にございます。案内は必要でしょうか?」


「お願いします」


「承知しました。どうぞこちらへ」



 なるべく音を立てないように男の後をついていく。

 だってほら、図書館は静かにするものだしね?古事記にもそう書いてある。

 この図書館の中央にある長机に座ってる人達だってそうしてる。きっと俺に間違いはない。



「こちらです。ここでは原則貸し出しは禁止されております。写本用の紙とペンならば受付で販売しておりますので、そちらをご利用ください」


「ありがとうございます」


「ございます」



 優雅に一礼をして去っていった。

 俺もあんな男になりたかったぜ……!



「む、これは法律の本か」


「で、これが歴史書」


「地図」


「魔法書」


「料理本」



 10の手で五つの本を抱え、長机に足を運ぶ。

 自己増殖系女子の強みは、五つに増えたマンパワーと共有の思考回路と思考能力である。

 同時に五つの物事をこなすことができるというのは非常に素晴らしい。

 皆も増殖、しよう!!(オススメ)





















 パサ、パサ、パサ、パサ、パタン。

 紙と紙がぶつかり合う乾いた音が微かに響く。


 五つの本を無事読み終え、とりあえずの情報は得ることができた。



「元の場所に戻すかぁ」



 この世界はそう複雑なことはなく、精々がこの土地が経験した単純な歴史と、日本とそう変わらない普通の法さえ知っていれば生活に困ることはなさそうだった。


 というのも、この世界の識字率はそこそこ低く、知識層と呼ばれる人種は全体の三割にも満たない。

 だから多少変わった行動をとっても「ああ、世間知らずなんだな」で済ますことができてしまう。


 あとは、そう。

『魔法』と呼ばれる超常の力と『魔物』という埒外の生命体が居ることさえ把握していれば、なんら問題ない。

 ………ますますファンタジーの世界のようだ。というかまんまそうだ。

 いいねえ、魔法!

 俺も使いたいもんだ!!


 ちなみに魔法を使いたければ『魔導学院』に通う必要があるらしい。そして家柄とコネが必要――はい、詰んだ。もう夢は叶えられないねぇ……!



「よーし、じゃあ日雇い組合――んん!冒険者ギルドいくか!!」



 申し訳程度に写し取った地図を握りしめて、意気揚々と図書館から飛び出した。





 その、途中。

 わずかに視界に写った路地裏、その隅で、小さく丸まった猫を見つけた。



 ――実は、俺は猫が好きだ。

 犬も好きだ。

 というか哺乳類が好きだ。

 だからまぁ、撫でたいって思うよね?


 けど距離遠いじゃん?

 でも撫でたいじゃん?


 そう思ったら、猫の目の前に『俺』が増えた。



「えぇ……」



 ……意味がわからない。猫さんも驚いて逃げていった。

 あっ、ションベン撒き散らしてる……ごめんね……。


 でもこんなの古事記にも書いてない。

 何故増えたのだろうか?

 ははは、何?撫でるには俺が必要だったから増えた的な?

 まさかそんな――――あ……増えた(・・・)



















 カラン、コロン。

 木造のドアを開くと、角に取り付けられたベルが軽快に来客を報せた。

 先と変わらず、五つの体(・・・・)で固まって行動し、五人分の名義を使って冒険者登録をすることにした。

 この世界の冒険者とは早い話がなんでも屋。よくあるやつだね?

 そして等級の話も定番。よくある。

 そして身分証明書になる。よくあるよくある!


 というわけで、登録させてください。



「えーっと、ウーラソーン様、ですね。では、『根』の等級から始まります。五人でパーティを組むとのことなので『芽』までの依頼を受けることができますが、けっして無茶はしないように。いいですね?」


「「「「「はぁい」」」」」




 ――でも、ねえ。こんな細々とした話は見ていても面白くないだろう?


 だから、街の外(・・・)で活動している30人の『俺』の話のほうがまだ見栄えがいいだろ。



 とはいえ、そんな派手な活動じゃないけれど。


 ただ、街からドンドン遠くへ歩いていって、人手が――『俺』が必要だから(・・・・・)どんどん増やしていって、おそらく人通りの一切ないであろう森の中に拠点を作ろうとしている。

 もり、もり……!って感じの擬音がよく似合う森林の只中に到着した。


 なけなしの金銭を叩いて購入した木槌や鉄釘、伐採斧やのこぎりと言った工具道具を詰め込んだ箱を背からおろし、疲れた身体を椅子に座らせて休みつつ、他の身体でドンドン木を伐り木材へ整形していく。


 とはいえ経験なんて無いし、ぶっちゃけ見様見真似の日曜大工のようなもの。


 けれど数の力さえ有れば!どんなに効率が悪くても……問題ないのだぁ!!!









 駄目でした。(12敗)


 トンテンカンと自分の指を打ち付けてしまい、いくつかの体がふるふると身悶える。

 正直とても痛いが、それはほら、痛みを感じている身体は総数より少ないからセーフ。



 ともあれ、申し訳程度に爆速で工作を進めていく。

 ほら、効率最強!

 圧倒的マンパワーと連携力!(一人)



 あっ(削りすぎた)。(28敗)




 ……うん?



 うん。


 ……豆腐建築で、ええか。



 ――説明しよう!豆腐建築とは、正四角形の面白みもなにもないただの箱を建築する技法だ!

 楽!とっても楽!(美術2)









 多分ギュウギュウ詰めにすれば五十人は寝れるであろう一室――というか、この建物の玄関にしてリビングである空間に、四十人に増量した俺で寝っ転がる。


 ハッハー!なんかそれっぽい!なんか建物っぽいぞ!!

 やっぱ時代はDIYだよねぇ!!


 えー!店で買う!?店買いが許されるのは、小学生までよねー!!!!

 たとえ初心者くそnoob(素人)でも数の力さえあれば問題ないんだぞ!!!



「くしゅっ」



 ……ははは、隙間風が我が身を冷やしおる。





 四十人でギュウギュウに隙間なく身を寄せ合った。


 もう、自分で作るのはやめよう……!

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶという。

 どうやら俺は愚者だったようだ……(悟り)








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