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メ ス 堕 ち

メ ス 堕 ち


メ ス 堕 ち ッ !!!



長かった……実に、実に……長い旅路だった。

しかし遂に夢叶う。


お前はもうメスだオラァン!!!!!



ps 誤字報告ニキありがとう!!!!!

「……ぁ?」



 深い深い、夢さえも浮かばぬ眠りから覚めた。

 アリシアは唐突に開けた視界に困惑する。

 というよりも、()()()()()()()という覚えのない事象は何なのか。

 まずそこから訳がわからなかった。

 そもそもアリシアは、幾つかの肉体が活動限界に達して休眠状態になろうとも、一つでも肉体が稼働しているのならば自我が眠りにつくことなど無い。


 ……釈然としないが、ひとまず順々に目覚めていった肉体を立ち上がらせる。

 足の下の石畳はひんやりとしていて、しかし同時に生暖かい赤い液体(ナニカ)が所狭しと塗りたくられていた。

 ぴちゃぴちゃと跳ねる雫を振り払い、無意識のままに歩き出した。



「……()、は……何を……?」



 俄に回り出した熱は思考回路を稼働させ始める。

 それでも変わらず頭蓋を覆う靄をかき消すため、忘れている直前の記憶をなんとか順繰りに思い返す。


 まずアリシアの記憶の中――異常の始まりは夜だった。

 暖炉の炎が照らす中、アリシアは敵の襲撃を察知した。

 拡張した自我を拡げる先、防壁の向こう、森の中に――そう、二つの気配があったこと。

 そして騎士達と戦って、"烙印"を廻して――響く祈り。



「そうだ!俺は、あいつの洗脳で――!!」



 ――しかし、どういう訳かアリシアは無事だった。


 あの聖歌、あの縛鎖。

 とても恐ろしい呪詛は確かに魂を縛り付けていたはずなのに――


 そこで思い出す。

 鎖に縛り付けられたその先が在ったはずだ。


 熱に浮かされ、斬り殺される痛みで明滅する自我の中で見た。

 確かに聞いたのだ!



「……アダム。そうだ、アダム……!」



 アリシアは叫んだ。

 未だ敵の首魁は倒していない。

 にも関わらずアダムは地上にいた。



「アダム、どこだアダム……!!」



 見渡す。

 そこには誰もいない。

 目に映るは自分ばかりで、アダムも、スレープも、騎士も、聖女も、姿を見せなかった侵略者の片割れも――誰もいない。


 黒は沈み、しかし変わらず赤い紋様が走ったままの身体で駆け回る。

 家の隅、路地の裏、瓦礫の下、地下通路。


 探す。

 目を皿のようにしてアダムとスレープを探すが、しかしどこにもいない。



「ああ、ああ……どうしよう」



 スレープが死んだらどうする。

 アダムが死んだらどうする。


 ……もし我が子に何かあったら、俺は――!!



「あ、母さん。目が覚めたんだね」


「なぁ!?」



 ――心が昏く沈んでいく最中、背後から呼び掛けられた。

 そこは外壁にほど近く――というよりも、その向こう。町の外というのが正しいだろう。

 戦場だったはずの広場の端から、ひょいと木々の隙間から飛び出したアダムには傷一つ無い。

 アリシアの心配?何だそれはといわんばかりの気軽さであった。



「アダム……アダム!怪我はないんだな!?」


「というかなんで地下から出てきたんだ!?」


「まだ何処かにアイツラがいるかも知れないのに!!」


「んんんん!!!色んなとこから母さんの叱咤が!!」



 四方八方を囲みアダムに抱きつく。

 さわさわと確認する限り、どこにも怪我はない。実に重畳。

 アリシアは深い、とても深い安堵のため息を漏らす。

 もし仮にアダムに何かがあれば正気ではいられなかったろう。



「あぁっと、そうそう。あいつらはもういないから安全は気にしないでいいよ?」


「な、なんで?」


「僕が食べたから」


「あぁー、そっかぁ」


「じゃあしょうがない……」


「ってなるわけ無いだろ!!」



 押し潰さんばかりにぐるぐると絡みつくアリシア。

 少女の肉体の靭やかさを遺憾なく発揮し、無駄に高密度に重なり合ってアダムを押しつぶす。


 アダムは少し頬を赤らめながらも、とりあえず!と口を開く。



「まずは移動しよう。何にするにしても、一度帰らないと……」


「あ、あぁ……そうだな」


「歩きながらでも話はできるし」



 拘束をするすると解き、アダムを立ち上がらせたアリシア。

 二人揃って並び、「敵が居ない」という言葉をあまり信用していないアリシアは周囲に警戒の視線を向け――


 そこで、そういえば。と口を開く。



「なぁ、スレープを見てないか?さっきから探してるのに見当たらないんだ」



 ヒュ。

 小さく空気の音がなる。

 アリシアはしばし首を傾げ――その発生源がアダムであることにますます困惑した。


 アダムは微かに唇を震わせ、ゆっくりと口を開こうとして――しかし止めた。



「……後で、話すよ」


「あ、ああ……」


「そう、か」



 アダムとアリシアは言葉少なく、草を踏みしめ街へと帰還した。






 防壁の亀裂――騎士達の侵入口となっていた道を歩き、街の中央にある家を目指す途中。

 アダムはようやっと重い口を開き、ぽつりぽつりと言葉を並べる。


 まず、そもそもの前提……つまり、アダムという存在の本質についてからだった。



「僕っていう存在は……うん、一言で表すと"神様の卵"っていうのが一番近いと思う」


「……ああ、なるほど……道理で」



 アリシアは納得したように頷いた。

 それはこれまであやふやながらも抱いていた予想を確固たるものに変える。


 そうとも。

 実際、その答えに至るための材料はそこら中に転がっていた。

 アダムを"希望"として扱った魔族の執事、人類に嫌われるという特性、魔族という枠組みにあると考えても不可思議なほどに"世界"から排斥ているかのような少年だった。


 だから納得した。

 あの日、あの時。

 赤子だったアダムを見て、アリシアの目を通じて殺意を発露させた神様がいたというのは、そういう事なのだろう。

 自分の立場を脅かすような異物を見て心穏やかに居られる者は、そうそう多くいる訳ではないだろう。



「そう。聖四文字の次代の存在だけれど、今の僕にそんな力はない」


「……ああ」


「まだちっこいしな」



 アリシアのからかいを聞いてむっと顔を顰めつつ、しかし怒った所で話が進まなくなることを理解している故に続ける。



「……だから、僕は先任者から支配領域を奪い取る必要があったんだ。それがさっきのあれ――魂をズタボロにして隷属させられてた聖女と……母さんを」


「……うん?」


「覚えてないの?さっきまでのこと」


「え?」



 アリシアは首を傾げた。

 無論覚えているとも。

 自分は戦うために増殖を重ねて、"烙印"を起動させ、騎士達を喰らっていた。

 それは全て神を殺すために――?



「あれ……?なんで俺、正気なんだ?」



 ――発言そのものが正気を疑いそうな文面だが、事実そう間違ったことではない。


 アリシアは『北の霊薬』を服用することでアダム(赤子)を殺すことを阻止した代わりに、その薬が抜け落ちた果てに発狂することが運命付けられていた。

 だから、あの時――大騎士に薬を抜かれた時には控えめに言って絶望した。

 その後も聖女によって洗脳されそうになり、恐らく四肢を切断された肉体を経由して注入された霊薬も相まって、どう転んでも最悪の事態に転がるしかない。

 もはや神に支配されるまで秒読み段階。

 ……本当に、一寸先は闇とでも言うように未来への展望が閉ざされた――筈だった。


 しかしそうはならなかった。

 アリシアは、今こうしてアダムと会話できている。


 それはアダムが抗ったから。

 決して認められぬと奮起した。


 だから()()()()()



「……今の俺はアダムの手下みたいなもんか」


「うん」



 それを聞いてアリシアは心底安心した。

 ()()は最低最悪で憎悪の対象だが、同じ神格であっても我が子には絶対的な信を置いている。

 間違いなく悪いことにはならないと確信していた。



「すごいなぁ!さすが俺の子だ!!」


「おりゃおりゃ!撫でてやろう!」


「ちょ!母さん!?」


「こやつめ~!」


「一体どうやってそんな技覚えたんだー?」



 とはいえアリシアに手下だとか支配下だとかはどうでもいい。

 どこまで行ってもアダムはアリシアの子供なのだ。だからいいことをしたら褒める――それを、いつかの老婆に教えてもらった。


 有言実行無言実行。

 ぐるぐると纏わりつき褒めに褒める。しかしその姿に母親の威厳だとか、年上の権威のような輝かしい"偉大さ"というものは存在しない。

 というよりも完全に子供のそれである。

 何十年も生きていて恥ずかしくないのだろうか?

 ……アリシアの前世も、心の内側は似たような振る舞い――幼い精神を有していたというのは、意外と知る人は少ない。

 今この様に頭がオカシイような挙動をしているのはその揺り戻しだろう。たぶん。



「えーっと……何処で知ったかといえば、文字通り最初から……って言えばいいのかな。ほら、手の動かし方とか、呼吸の仕方とか……そういった話」


「へぇー、なるほどなぁ。ちなみにどうやったんだ?」


「えっ……」


「えっ」



 アダムの頬が朱に染まる。

 それは露骨なまでに"恥"を表現している。



「あっと……その……」



 そこはかとなく嫌な予感がアリシアを襲う。

 アダムはそのまま幾度か口を開いては閉じ、開いては閉じと鯉の様に口腔を操作し――しかし、恋に目覚めた初な少年のように、淡い覚悟を秘め言葉にする。



「キス」


「……うん?」


「……だから、キスしたの」


「…………えっ」



 頬を朱に染めるのは、今度はアリシアの番だった。

 何を隠そう、アリシアは恋愛など経験したことがないし、キスなんてしたことがない。

 童貞で処女。つまり価値が高い(偏見)



「……ほんとに?」


「ご、ごめんね……でも僕の体組織――僕の存在の欠片を混ぜ込む必要があったから……支配領域を獲得した今なら魔力を注入するとかもできたけど……まあ、そんなのなかったから……」


「そ、そっかぁ……」



 止むに止まれぬ事情であるのだし、アリシアとしてもそれそのものは別に構わなかった。


 ……しかし、しかし。

 なんとなく胸を満たすもやもやがあった。

 いや、別に嫌じゃないし……むしろ――んん!なんでもない……なんでも無いったら無い!


 それに、アダムなら――



「……いやいや、何考えてんだ俺……相手は息子だぞ……」



 いかんいかん。

 軽く息を吐いて自分に言い聞かせる。


 俺は男である。

 そして母である。

 来歴はそうなのだ。

 例え肉体が女であろうとも、それまでに育んだ精神は純度百%の"男"。

 だからこの頬の熱は、きっと男同士でキスをしてしまったという恥の感情だ。間違いない。

 というか息子に懸想するなんぞ大変よろしくないし!アリシアは極々一般的な感性を有しているぞ!



 ――アダムはそうじゃないけれど。



「……それに、僕は……僕は、母さんを他のヤツに渡したくない」


「……ん?」



 言葉に熱がこもった。アリシアはたらり、と頬を伝う汗に気付く。

 アダムは若干俯いていた頭を上げ、覚悟を決めた"男"の顔でアリシアを見つめる。

 口角が引きつった。



「母さんは僕の母さんだ。僕だけの、母さんだ」


「あ、アダム……?」


「……いいや、そうだ……言葉を濁しちゃ、言葉にしなくちゃ伝わらないって、――――も言ってたなぁ」



 アダムはアリシアの手をとった。

 両手で掴み、決して逃さないというように。



「母さん――アリシア。僕はあなたが好きなんだ。母として、だけじゃあない。ずっとずっと前から一人の男として、女のあなたに惚れている」


「……え?」



 告げた。

 アダムの瞳は決意に輝いていて、どう見ても遊び半分や虚言ではないことが嫌でもわかる。



「…………え?」



 思考がショートした。

 回路に流し込まれた想定外の入力は感情を蹂躙して巡っていく。

 アリシアは呆然と、しかしその意味を必死に咀嚼する。

 いや、いかんでしょ。と思考の内で活発に叫ぶが――


 ――アダムには関係ない。アリシアの困惑など知らず、否、知っていて更に畳み掛ける。



「アリシアの来歴は知っている。苦しんでいた事も知っている。僕の事を息子としか見ていないことも知っている」



 恋は戦争。

 戸惑いは無用。恥は不要。慈悲などいらぬ。


 アダムは秘めた想いを告げる。



「それでも貴女に恋をした。貴女の全てが欲しい。貴女だけが欲しい。貴女の脳漿を僕で満たしたい」


「ふぁ!?」


「例え貴女が嫌がっても僕は止まらない。貴女を僕の女にする」



 雄々しく宣言した。

 大胆で強引な告白は己に絶対的な自信を持つ雄の特権である。

 大胆で愛らしい告白は女の子の特権というが、アダムの言霊は余りにも眩しすぎた。

 ぬわーーー!!!と街の至る所で叫び声が上がる。当然である。



「待て待て待て!!!俺は――」


「アリシアの精神が男だっていうのが問題なら――それを問題じゃなくする」


「えぇ!?」


「今のアリシアは女だし、それに男でも女として扱えば女になるって聞いたから……」


「誰に!?」


「本」



 その作者殺す。

 アリシアは激怒した。

 必ず邪智暴虐なる文豪をぶっ潰さねばならぬと決意した。

 アリシアには恋愛観が分からぬ。されど現代日本で培った常識は異端に敏感であった。



「んむぅ!?」



 ――唇が塞がれた。


 葛藤やらなんやらはさておきと、アダムは強引なほどに攻め立てる。

 どうせアリシアはなんやかんやで逃げようとして話を有耶無耶にしようとする――それは日本人的な気弱な考えであるが、アダムにはそれをさせたくなかった。

 攻める時に攻める。とにかく愛を叩きつける。強引にでも、だ。


 他の人間であればどうだか知らないが、アリシアにはこれが効果的だとアダムは理解している故に。

 今の自分の好感度であればキスをしても嫌がれることはないし、これによってアリシアは嫌でも自分が恋の対象であると認識する他無い――計算に基づいていて、しかしそれ故に激しい恋慕の為しうる所だ。



「むぅー!」


「ま、待って!ちょっと待って!ストォップ!!」


「甘いね」


「んむぅ!?」



 解放。そして拘束。

 制止するために他のアリシアの器が近寄ってきた瞬間、二人斬り(2コンボ)と云わんばかりに唇を重ねる。

 あわあわと顔を赤くし震えるアリシア百三十万。処女にこのコンボは辛かった。


 しかし、流石にマズイ。これ以上はよろしくない!!



「アダム!!ちょっとまっ――」


「今の僕の握力は300kgだよ」


「むぁ!?」



 トリプルコンボ。無双ゲームのようだ。

 アダムは吹っ切れている。

 それはもう盛大に、吹っ切れまくっている。

 襲いかかった困難を乗り越え、最愛の人を失うかも知れないという恐怖に怯え、そして走り出した若い熱がアダムから躊躇を奪い去っていった。


 生娘には酷?実にその通り。

 しかしこの世の中、死はそこら中に転がっていて、自分たちもこれからどの様に振る舞うにしても危険は何処まででもついてまわる。

 だから思いは伝えられる内に伝えて、幽かな悔いも残さぬようにと考えた。

 無論あの俗物やその手駒に負けるとは思わないが……それでもだ。



「むぁ―――」



 ――と、コンボの最中。

 唐突にアリシアは全身から力を抜いた。

 というか立ったまま失神した。

 只管に積み上げた経験は強靭な足腰とブレることのない体幹を提供し、精神がダウンしたという不手際の尻を拭ってくれる。

 処女には刺激が強すぎたのだ。



「……よし」



 アダムは満足そうに頷いた。

 些か以上に強引だったとはいえ思いを告げられたのだ。自分勝手だが――非常に喜ばしいと心が弾む。


 それに……スレープの()()を語ろうにも、少しばかり時間が欲しかった。












「………ぁ?」



 深い深い、夢さえも浮かばぬ眠りから覚めた。

 アリシアは唐突に開けた視界に困惑する。

 というよりも、()()()()()()()という覚えのない事象は何なのか――と、つい先程の焼き回しに苦笑した。



 次々に目を覚ます肉体の瞳に映る景色は全て屋内のものであり、どういう訳か総員戦闘態勢であった筈の装備は脱がされ、丁寧にも布を敷いた床に寝かせられていた。

 加えて全ての身体に毛布が掛けられている。

 それは仄かに暖かかった。



「……まさか全部運んだのか?」


「そうだよ?」


「うわぁ!?」



 驚いて振り向けば、アダムがニコニコと微笑んでいた。

 街の中央にあるこの場――アダムが育った家は未だ無傷で、あの騎士達の手が届いていなかったことが伺える。



「まあ、勿論手作業じゃないよ。使えるようになった"権能"でアリシアを全員寝かせたんだ」


「……なんとまぁ、しょうもない神の力の使い方だなぁ……」


「へへ」



 ほんわかとした空気で先程のことを忘れそうになるが、しかしアダムの"アリシア"という呼び声が"現実だぞ"と訴えかけてくる。

 アリシアはこれからどんな顔をすれば良いのか分からなくなった。



「んんっ!!と、とりあえず聞きたいことがあるんだったな!」


「…………うん、そうだね」



 話を変えるために、本来の話の大筋――現状の把握、その残りを聞こうと声を上げるが、アリシアの瞳に映るアダムは沈鬱な表情を浮かべる。

 言葉も歯切れ悪く――どう考えてもいい報告は聞けそうにないと直感してしまう。


 単に話を変えるだけのつもりだったが、予想外のボディーブローを喰らった気分だった。


 アダムは胸の内を焦がす感情を抑えようと表情筋を限りなく"無"に近づけようとしているのか、目元がぴくぴくと引きつっていた。


 口を開き――重い、重い吐息を放って、ようやっと声帯を震わせた。



「スレープは、死んだよ」


「…………そう、か」



 ――それは、うっすらと予想した通りだった。思わず天を仰ぐ。


 だが、けれど、しかし。

 その結末は必然でも在ったのだろう。


 だって――



「……"神の卵"が支配権を獲得するのなら、それを得るための対価(コスト)が必要……」


「それ、スレープが言ってたの?」


「ああ……。あの普段の嘶きからは想像もできないような、とてもキレイな声だったよ」



 スレープは"燃料"だった。

 それは彼女自身から、数年前に聞かされたこと。


 嘗て子を失って無気力だった彼女を魔族が捕獲し、それ以来は彼等にとっての希望――"神の卵"を起動するための初期費用として扱われていた。

 "爪弾きもの"である魔族にとっての大願、自分たちこそが正当な存在である新世界。その実現の為の生贄こそがスレープで、それ以上の価値はない。


 何故、あの執事はそれを知りながらも『自由にしろ』と言ったのか――それはスレープへの同情か、はたまたアダムにはただの人として生きてほしいという微かな親心か。


 過去を知るものは全て死に絶えた。

 もう真相を知る機会は、二度とないだろう。


 しかし……スレープの瞳に、アリシアとアダムを思いやる"ぬくもり"が宿っていたことを知っている。

 アリシアにとって、それさえ知っていられればよかった。

 それこそが命と命を繋ぐ最も大事な(よすが)なのだから。



「……僕もね、スレープの声を聞いたよ。最後の最期に」


「なんて、言ってた?」


「んー……ちょっとアドバイスをね」



 ふぅん、と納得したふうに振る舞う。


 無論のことだが。アリシアは彼が何を言われたのかをなんとなく理解していた。

 実際唐突にあんな告白があったのだから……それはもう何か――()()()()があったことは想像に難くない。

 そしてその大元はスレープなのだろう。



 ……あの混乱を思い返して少し文句を言おうとしたが――やめておいた。



「はぁ……」



 あの情熱的な告白は驚いた。

 それはもう、とんでもなく驚いた。

 以前にはそんな素振り欠片もなかったのにも関わらず、何故なのかと。



 ……しかし、嫌ではない自分がいることに何よりも驚いた。

 スレープが居ない状況でこんな色恋沙汰などおかしいだろう、とも思ったが――その状況こそを当人(本馬)が望んでいたのだから、もう……なんと言うべきか。



「アリシア?」


「……なんでもない」



 しかし、キスひとつであっさりと女を自覚する羽目になるとは……己の事ながら筆舌に尽くしがたい。


 そして、これまで"息子"として見ていたにもかかわらず、あっさりとアダムを"男"として認識している自分がなんとも不可思議だ。

 アリシアは自覚していなかったがアダムは知っていた。それだけの話しではあるが。



「……うん」



 アダムの目論見は順当だった。

 スレープの考えは正当だった。

 アリシアは、自分の中の"女"が疼いているのを微かに自覚している。



 膨大な"死"の上に築かれた、新たな"生"の始まりだ。















<TIPS>

「東国の鉄剣」

東の東、その果て。

海の向こうにある大陸にて栄える大国の一つが製造する業物。

それは大きく、微かに反りがあり、靭やかで、よく斬れる。


戦は生業。殺戮は悦楽。略奪は誉れ。戦死は祝福。

その心の為しうる、極大の殺意の具現である。








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