第五のラッパ
加速的に壊れていく石造りの街。
砕かれ、切り裂かれ、吹き飛ばされた瓦礫の山に血が降り注いだ。
人はその体に4リットル前後の血液を有しているという。
体積による違いはあれども、アリシアとてそれに近しいだけの血を流している。肉を切り裂かれたのならそれだけの血が吹き出すのは当然の事だ。
だからこそ、アリシアの街は血の海に沈んでいる。
『喝ッ!!』
「なんのォ!!」
ギン!刃と刃が噛み合った音が甲高く嘶いた。
相対するは旗持ちの騎士。
はたまた大剣を携えた騎士。
或いは槍を持つ騎士。
アリシアは5体の肉体をもって1体の騎士を包囲し、封殺するためにひたすらに行動を殺し続ける。
2、3体であれば無理だろう。
そして、6体や7体であっても無理だ。
アリシアは長い間5人1組の冒険者として活動していた。
相対する相手は多くが魔物であり、はたまた人道に反した畜生共。
そんな彼等を相手取った数は数え切れない。
世界各地で発生する戦闘はアリシアを鍛え上げ、研ぎ澄まし、勲章のように血化粧を施してくれた。
だから慣れている。習熟している。骨の髄に刻み込んだ。
5つの肉体で効率的に追い詰め、押さえ付け、殺し切るその技法。まこと洗練された殺しの美学は効果覿面八面六臂。
如何な相手であろうとも不足なく殺し切る。
だからこそ、このような同格――或いは、ちょっとした格上相手であればこの布陣が最適なのだ。
血に塗れた石畳を踏みしめ、鍔迫り合いにより動きを止めた旗持ちの騎士へと背後から斬りかかる。
刃先は強引に風を切り、鈍い音を奏で奔った。
『おおォ!!』
しかし人外の挙動をもって踏破する。
鍔迫り合いの体勢を打破する為に強引に腕を跳ね上げ、アリシアは剣を――どころか腕、更に衝撃は伝播を重ねてその小さな体を空中に打ち上げた。
そのまま間髪入れずに流れる様に身体を振り回し、背後に迫った4の肉体は回し蹴りで弾き飛ばされ――
「ふぅ……!!」
――その生まれた間隙を埋めるように前衛担当の2と3が飛び出す。
人間としては目を見張るような機敏さで間合いを潰し、剣持つ両手を伸ばしたままの騎士に肉薄した。
『舐め』
騎士の上体はがら空きで隙だらけ。
対してアリシアは1つの肉体こそ空中遊泳を楽しんでいるものの、2つの切っ先は騎士のすぐ目の前。
青臭い恋に芽生えた男女のようにどんどんと距離を縮めている。
加え、背後では大弓がダメ押しに射撃を為そうとしている。
だが、刃は届かない。
『るなァ!!』
聖なる光が迸る。
騎士の装甲が強く煌めき、生じた魔法――或いは聖なる御使いの『奇跡の術』は質量と共にアリシアを吹き飛ばす。
一部の聖職者――各地に巡礼の旅をする彼等が、自衛の為に神から授かったとされる秘術。
この『導きの壁』と呼ばれる光は、あらゆる不信心者を吹き飛ばすと言い伝えられている。
そしてその言い伝えの通りにアリシアを吹き飛ばし――更に伝播する光は先程打ち上げられ、着地をしたばかりで体勢が整っていなかった肉体にも牙を剥いた。
「な」
ゴ。あるいは、ブツリ。
鈍い音は、吹き飛んだ1の肉体――その頭部から。
戦場である大通りを横断し、その後方の壁にぶつかって――そして、彼女はアリシアの総体から剥がれ落ちた。
痛みも、僅かな生も実感する事も無く息絶えた彼女。
……しかしアリシアはその姿に構う事はない。
ただ崩れた体勢を整え、再び刃を構える。
秘術を使った直後は疲弊するのか、いくらか動きが鈍っている騎士へ向けて弧を描いて疾走する。
「ふぅっ」
後衛。
腹を蹴られた4のアリシアは即座に交代し、手にした紐に石を装填していた。
クルクルと回転する小袋を流れに逆らわないよう操作し、そして絶妙なタイミングで4は石を投じ――
全くの同時、大弓を力いっぱいに引き絞った5のアリシアも鉄の矢を放った。
それは寸分違わず、狙い通り騎士へ届き――
『ぬ!?』
矢は兜のアイスリットをすり抜け内部を貫く。
石は騎士の右手を打ち据え、切り手の指を柄から剥がした。
「死ね……!!」
その隙を見逃す道理など無し!
疾走するアリシアはその勢いを乗せ、未だ動きが鈍いままの鎧――その守護のない脇や首に刃を滑らせた。
『ぐぅ……!!』
くぐもった呻き声が兜の隙間から漏れ出す。
なんとこの鎧共は命持たぬ召喚物の分際で、高尚にも『痛み』を有しているのだ。生命の特権を侵すとは、実に罪深い!
けれどもアリシアは慈悲の心を持っている。
この騎士の首を断つ事で、贖罪の禊とした。
意思を持つならば感謝して欲しいものだ。アリシアは小さく呟いた。
ゴロリ、と転がった首が最後に思うことは何か。
……いや、無駄だな。所詮その思うという機能は模倣物、本物じゃあない。そもそも命の宿らない被造物にそんなものは無い。あってはならない。
アリシアは再び初期の後衛と前衛に分かれる陣形をとり――後方から駆け寄ってきたアリシアから戦闘用の霊薬――効能は切れ味の強化。まこと都合がいいものだ――を受け取り、この班の39体目である1の前衛を加えた上で次なる敵へ向けて足を向けた。
――が。
「あ……ぁ」
か細い苦悶の訴えが耳に入った。
アリシアは緩やかに周囲を見渡し――そして見つけた。
赤色。
赤色が、少女達の腹を食い破り溢れ出ている。
てらてらと光る臓物や、切断された脚部や腕部から流れ出る血液が、少女達の未来を分かりやすく明示させていた。
その光景は今のこの街ではそこら中に溢れかえっている。
あの裂け目から侵入してくる騎士は途切れることが無く、今となってはどこを見ても乱戦が発生中。
消えた騎士も死んだ少女も、もう幾千――はたまた万にも届く。
彼女達も、その積み重なっていく遺骸の一つ。
つまり、彼女達は死んでしまうのだ。
間違いなく、確定された結末。
それ故に『アリシア』という総体から剥がれ落ち、完全に道を別った。
だが、彼女らを死に追いやった騎士は既に別の班と戦闘中だ。きっとすぐに仇は取れるだろう。
だから、安心して死んでくれ。
笑顔で、朗らかに祝福を送る。
心底嬉しそうに死ねと言った。
それこそが最も美しく、最も愛おしい言葉なのだ。
アリシアはそれを知っている。だって彼女等とはつい先程までは繋がっていたのだから。
「……あぁ、安心……だ」
少女は、すぅ、と小さく息を吐いて眼を閉じた。
それを追いかけるように、同じ班で活動していた少女達も鼓動を止める。
ついさっきまでは彼女等は『アリシア』だったのに、こうしていとも容易く別の道を歩き出し、そして死に絶えるなんて……アリシアは、ちょっと羨まし気に遺骸を見つめた。
『おお、おぉ。お前達も、この娘達のように救ってやろう』
戦場は流動的に動く生き物のよう。
ここは激戦区。この通りだけでも数百組が戦い、死に、そして殺している。
この一組のアリシアが騎士を殺したように、騎士も一組を斬り、貫き、潰す。そんな事は幾つも発生していて、だから手が空いてしまったら新たな獲物を求めて戦場を歩き、そしてまた殺すのだ。
……或いは殺されてしまうのか。
それはこれからのアリシアの立ち回りによって決定する。
だから、さあ。
走るのだ。
雄叫びを上げよ。
盾を打ち鳴らせ!
牙を剥き、愚かな敵対者を殺すのだ!!
「おおおおおおおぉぉおぉぉッッ!!!」
また一つ、また一つと命が潰える。
生命を育んだ街は、今となっては命を奪う呪物の大壺のようだった。
■
「――■■さん」
「……はい?」
背後から降り掛かった声に振り向く。
手元のマウスとキーボードから手を離し、椅子ごと身体を回転させた。
「明日の会議に使うものなんですけど、あの案件……えっと、$a%\社に納品するソフトウェアですね。担当の人が休んじゃったので……お願いできませんか……?」
若手なのだろう男性社員がおずおずと申し出てきた。きっと先輩社員の誰かに指示されたのだろうか?ガタイのいい身体を縮こませている姿はなんとも可愛そうになる。
が、俺はその内容に思わずくらりと頭が揺らいだ。
俺だってただでさえ今も仕事を抱えているってのに、この青年は更にタワーを積み上げようとしているらしい。
いや、勘弁してくれ。
今超頑張ってるの見えない?ほら、資料めちゃくちゃ積まれてるでしょ?ほら!30cmのが6つも!ここに更に追加すんの?
……と、言いたい。
が、悲しいかな。
そんな事言えるはずがないのだ。
ただでさえ人手不足で、そのくせ営業はめちゃくちゃな条件で仕事を引き受けてきてしまう。
だから皆――主にシステムエンジニアやプログラマー連中はもれなくデスマーチの真っ只中。
どのデスクを見ても積まれた資料や沢山のウィンドウが表示されたディスプレイ共と格闘している。
きっと俺に頼もうとしたのは比較的現在進行中の仕事が少ないからだろう。
……結局、俺は引き受けた。
「じゃあお願いします!すみません、俺は今から出向かないといけないんで……!!」
「ええ、頑張ってくださいね」
軽く笑みを浮かべて青年を送り出す。
きっと二徹の表情筋は無茶な仕事をしてしまっただろうが許して欲しい。君も同じようなものだ。
「……この仕事の後にやるか」
再び身体を前に向け、両手をマウスとキーボードに伸ばす。
どちらも少しばかりオンボロな旧型だが、5年間も使っていればすっかり慣れてしまった。
この会社、待遇も給料も設備も悪いが、それでも(決して認めたくはないが)営業が優秀らしく大きな案件を沢山とって来る――来てしまうのだ。それがどれだけ嫌でも!どれだけ苦しくても!どれだけ辛くても!!仕事の依頼は絶対。跳ね除けることなど、許されぬのだ。
だから常にゴリラの糞よりも糞みたいな困難が山のように立ちはだかり、それ故に嫌でもスキルアップ出来てしまう。
……だから。だからもうちょっとだけ頑張ろう。
スキルを身に着けてさっさと転職するのだ……!
もはやそれのみが希望。たった一つの光!
スキルさえあれば転職できて、待遇も年収も良くなる。実にいい時代だ。
だから頑張れ俺!!負けるな!!
期限まであと一週間!!!
このまま順当に行けばちゃんと終わる!!
これが終わったら有給とってゲーム三昧の食っちゃ寝生活送るんだ……!!(ただし申請が通るかは別)
「あのー……すみません」
「ん?」
「ここと、ここ、それと……ええ、このずっと前のこの機能なんですけど、仕様変更して欲しいって連絡が……」
デスマーチ確定の瞬間である。
「はぁー……ただいまぁ」
アパートのドアを開き、唯一俺を待っていてくれる包容力カンストのワンルームへ足を踏み入れる。
10月という季節も相まってか少しひんやりとした空気が体に触れ、ちょっとだけ身震いをした。
明かりのスイッチを押し、直ぐ側の壁に取り付けられたポケットにあるリモコンで暖房をつける。
一応最新機種のエアコンはその力をいかんなく発揮し、人類が産み出した偉大なる概念――暖房をこの部屋に提供し始めた。うんうん、実に素晴らしい。
さっさと上着を脱いで放り、メイン生活エリアへ足早に向かう。
「あー!結局一週間もデスマーチだよ……なんであんな根幹の部分を弄らせんだあのくそ営業め……!!」
ドスンと尻を座布団に叩き付け、座した俺の前に目につくゴミを片っ端からごみ袋――はないので、手持ちのコンビニ袋に突っ込んでいく。
とはいえ最近はそもそもこの部屋で生活を送ることがなかった為に不純物はそう多くない。
だから早々に片付けを終え、代わりにコンビニ袋から退避させていた今晩の贄を机の上に並べていく。
カルボナーラパスタ、塩おにぎり、オレンジジュース。
俺はパスタやうどんなどの麺類が好物なので食卓には頻繁に並ぶ。
あとのは……まあなんとなく目についたからだな。
カシュ、と窒素が抜ける音と共に蓋を外し、ジュースを呷った。
「はぁーあ。いつになったら転職できんのかなぁ……」
モソモソと口を動かし栄養素を胃袋に詰め込む。
そしてジュースを飲み、合間合間で愚痴を漏らす。
いつからだったか、食事の際は常にこのルーチンで行われるようになっていた。
意味?特に意味はない。
強いて言えば……いや、ああ。どっちにしろ意味はないが、理由はあった。
ただ疲れている。それだけだ。
カラン、とプラスチックのフォークが同素材の皿に放る。
まだ食べていないおにぎりを片手に、勢いよく後ろにゴロンと倒れ込んだ。
「……つらいなぁ」
溜まるストレス。変わらない環境。
施設で暮らしていた時よりは遥かに良い状況とは思うが、それでも辛いことに変わりはない。
……まだ働く前の事を思い出す。
少なくとも……あの日々よりは充実してるのではないだろうか。
そもそも、自分には最初から親がいなかった。
捨て子として保護施設の前に放置されていたらしく、偶々出勤中の職員が見つけてそのまま引き取られたのだ。
そしてこの現代日本においては親なしというのは偏見の目に晒される。
もっと寛容になってほしい、とか、同じ人間なのに、とか色々と言いたくなってしまうけれど、そういうものだった。
そこに加えて親代わりのはずの職員達は皆横暴。満腹になることは一度も無く、外に遊びに行くことも殆ど出来ない。今思えば彼処は違法な施設だったのかもしれない。
そのくせ一応中学までは出してもらえたので、半端ではあるが慈善組織ではあったのだろう。
中学卒業後もなんとか高校までは出るために奨学金を借りてバイトをし、それを両立させて高校を卒業。
高卒として働き出してからは同僚に恵まれ、何度か転職をしながら自分の価値を磨くことが出来ている。
……そんな来歴を思い返してみるとこれまでの人生、良くなることはあっても悪くなることなんて一度もなかったのだ。
最悪から始まった俺の人生はどんどんといい方向に向かっている。
だから、次もそうだろう。
きっと今よりも良くなる。
……少なくとも、そう思っていれば気が楽だ。
「はぁ」
寝返りを打てばワンルームの壁に立てかけられた姿見が目についた。
東京に移住したばかりの頃に、身だしなみを整えるために用意した、けど……結局あまり活用していない気がするな。
「……ちょっと、隈ができてるな」
反射する自分の姿を見てひとりごちる。
ただでさえ日本人にあるまじき赤い瞳なのだから、そこに更に目立ちそうな要素を加えたくはないのだが。
この髪の毛だって中途半端に金色が混じっているせいで、すわ不良か等とあらぬ疑いをかけられたこともあった。
まあ自分の顔立ちに西洋のモノが多分に混じっているせいで、さっさと天然物と判断され疑いは晴れたのだが。
……確か幼い頃はこんな髪の毛じゃなかったし、ここまで純粋な赤い瞳でもなかったような気もするが……そもそも成長で変化するような要素でもないし、きっと勘違いだろう。
「……パソコン、つけよ」
気を取り直して起き上がり、壁際に配置されたパソコンデスクに移動する。
人間疲れているときこそストレスを解消して気持ち良くなるべきだ。
幸い現代には数え切れないほど多くの娯楽で溢れており、コンピュータゲームなんか発展しすぎてもはや訳が分からないほど。
とりあえず対戦相手を自分の力でねじ伏せるとそれだけでとても気持ちがいいので、細かい所は分からずともそれでいいが。
5秒で起動したデスクトップの中でマウスカーソルを泳がせ、ゲームランチャーとコミュニケーションツール――デスコールを表示した。
いつものルーチンワークだ。
もう手慣れすぎてRTAだって出来るかも知れない。
ゲームプレイ準備RTA!みたいな?
「お、あいつらいるじゃん」
デスコール、略してデスコのフレンド欄には見慣れた名前が何時も通り存在している。
学生時代からの友人たちは何時も通りゲームにログイン中で、三人で作ったグループチャットで何時も通り会話をしているようだ。
俺はいつもと同じように会話に参加し、いつもと同じようにゲームをする。
人生が辛くても、苦しくても、幸せだ。
……幸せ、だったんだ。
■
「破ァ!!!」
『ぁぁあ……なんと、愚かな……』
ゴロリ。
首がまた一つ、石畳の上を転がっていく。
アリシアはそれをぼんやりと見送り、まるでリンゴみたいだなぁと想起した。
きっと疲れているのだろう。
総体に奔る淡い痺れは徐々に強まっているようで、肉体の操作がいくらか粗くなってきた。
もう、戦が始まってどれだけの時間が過ぎたのか。
空を見上げても雲が天蓋を覆い尽くし、星々の姿をすっぽりと覆い隠していた。
それに時間だけでなく、敵の規模さえも分からない。
侵入経路として活用されていた防壁の裂け目は次第に拡げられていき、今では裂け目ではなく門、或いはただ壁も区切りもないただの境界線とも呼ぶべき姿になっている。
そうして生まれた門を後から後からどんどんと騎士達が流入を続け、片っ端から殺していっても中々底が見えない。
分かるのは、向こうも疲弊していっているだろうということだ。
当初の騎士達は『秘術』を多用し自分自身に能力強化を施していたにも関わらず、今では節約か、何らかの制約があるのか、その姿を見受けることが殆どなくなった。
それに、恐るべき『大騎士』達も流入の数はどんどんと減っていき――『秘策』で千の大騎士を殺した辺りからあまり姿を見かけなくなった。
……しかし、それは居なくなったというわけではない。
数体であろうとも、それだけでアリシアは数百、または数千の器を失うことになる。
途中で採用した"効率的な命の使い方"のおかげで、最小限の損耗で撃破することは出来る。出来るが……あまりこの街を汚したくはないのだ。
だが、そう上手くは行かないのか――
『救いを』
また一人、騎士が――否、大騎士が姿を表す。
街の内部にいる大騎士は全て抑え込んでいる。
にもかかわらずここに居るということは、こいつが数少ない新戦力の大騎士だからだろう。
ここが門からほど近い位置にある広場という事もあって、この肉体達が一番最初に接敵する事になったらしい。
周囲には百ちょっとの戦力しかない。
後方に配備している予備戦力を呼ぼうにも、最寄りの集積地はちょうど出払ったばかりだ。
アリシアは即座に肉体を数百ほど用意し、争う為の体制を整える。
――が、その大騎士の背後。
そこにある門が如き裂け目から一人、また一人と大騎士が続く。
……それらは、十二の編隊を組んでやってきた。
いいや、まだまだ増える。
ヤツラはここに来て一気に叩き潰すつもりなのか、恐ろしく強大な戦力を送り込み始めていた。
そして、その更に背後、奥の奥――そこに居る元凶が。
騎士達を召喚し続ける悪辣なる魂が――アリシアの妹に当たる存在がさらなる秘術を行使していた。
アリシアは小さく目を見開く。
純粋な意味での妹ではない。
だが、きっと――アリシアが知る妹の因子を受け継いでいるのが彼女なのだろう。
"信仰"という概念、その大元を変わらず受け継いだ女性は土の上で跪き、荘厳に祈りを捧げている。
明滅する光は眩く網膜を突き刺し、拡大と圧縮を重ねていた。
見ているだけで嫌な予感が脳漿を焼き焦がす。
……膠着した戦況を覆すために、秘策を奉じるのか。
故に、アリシアも手札を切る。
向こうが決戦を望むというのならこちらもそうしよう。
ならばどうする。
増える?
それもいいだろう。
しかし、だ。ただ増えるだけでは足りない。
圧倒的に個の力が足りていないのだ。
それは、"効率的に命を使い潰す"方法でも覆せない。
あくまでアレは大騎士を潰すための――"自爆特攻"だからだ。
身体に魔術式爆薬を巻き付けて、最適なタイミングで、効率的に奴等の首を吹き飛ばす。
実に美しく、非常に効果的。
何故これまで躊躇していたのだろうか?ああ、まったく理解できない!
……けれども、それもこの状況を打破するには不足。
事ここに至ってはどうにもならない。
「人為顕現」
だからアリシアは、自分の純度を更に深める。
一つの命では塵のように。
五つの命では虫のように。
百の命では赤子のように殺されてしまう。
千の命で、ようやっと抵抗できる。
あまりにも不毛に過ぎる。
……しかし、取り戻した過去にはそれを打破する技法が刻まれていた。
「転輪せよ、輪唱せよ。これこそが俺の――私の"生命賛歌"」
――これらは神の御使いに対する挑戦だ。
自分勝手な憎き神に向けた果たし状だ。
いつかの日。
愚かなる父は不相応にも人の創造に手を出し――しかし、その機能を不完全に実装することが出来なかった。
人は不完全でなければならない。
少なくとも、垣間見た異界の神――父のオリジナルはそう作った。
それは計算された欠陥ではなく、計算の外を泳ぐ規格外。
父には、その様に作れない。
かの神であればたった一度の実行で作れたにも関わらず、彼には無理だったのだ。父はそれを許せなかった。
だから、父は練習作品――試作品を用意し、それに試行錯誤を施した。
見たことのない、知ることも出来なかった幾つもの要素を孕んだ人の創造は当然難航する……が、『練習』という行為が功を奏す。
練習を重ね、いくらかの年数さえ掛ければ理解は容易だ。
元より、父は神なのだから。
――その後。あの日。あの時。アリシアが覚えている最期。
父が光輝の世界に座し下界を見守る中、形を得た土は命を得て――多数の試作品が見守る中、完成品たる人間が産まれた。
……産まれて、しまった。
父は喜んだ。試作品たちも、父が喜んでいるのを見て喜んだ。アリシアもその一人だった。
完成品はとてもとても美しくて、父は望みが叶った喜びを噛み締め――笑顔のままに不用品を廃棄する。
アリシアと、兄弟姉妹を時空の狭間に放り捨てた。
……ああ、許されない。
憎くない筈がない。
この状況も掌の上か?
人を操って、自分の手は汚さず踏ん反り返っているだけの愚か者。
憎い。
憎い。
ああ、殺したい!
その首を撥ねて、運命を弄んだ罪を贖わせるのだ!
アリシアは殺意を積み重ねる。
ただ一方向に収束させ――余りにも大きく膨れ上がった極大の自我が、その自重で崩壊しないように支え続ける。
所詮自分は不完全な試作品。
ただ、父が多様性という概念を理解するための道具に過ぎない。
けれど。
失ってしまった筈の――忘れていたかった過去は雄弁に訴えてくる。
奴に報いを、と。
あんな、あんな結末を許してはならない。
奴の血を以って忌むべき過去を拭うのだ。
だから。
必ず、殺す。
「刻印剥奪:第五深淵」
原始の時代。
古くに大地を闊歩していた生命が、再び星に根を張った。
さあ、父よ。
閉ざされた全能者である愚かな父よ。
私は、この熱量を以ってどこまでも死体を積み重ねていこう。
そうすればきっと、いつかは貴方にも届くだろう?
<TIPS>
「カジノのコイン」
どこにあるとも知れぬ、夢に破れた者が集う地下帝国で普及しているコイン。
この大陸は肥沃で、どこを見ても草原や森林が広がっていて実に自然豊か。
しかして鉱物資源が無いわけではなく、山を掘ればいくらでも用立てることが出来る。
このコインは、そんな山の一つで採掘された鉄から造られているようだ。
見果てぬ夢を不相応に追い求めた愚か者達。
彼等が最期に掴むモノとは、一体何なのだろうか。
「アルテミシアの大弓」
大陸の西にあると有ったとされる古代の大国、その女王が用いていた物。
木と鉄と金、シカの革で造られた見事な大弓。それは今も帝都の博物館で展示されている。
現代には名前は伝わっていないが、狩猟の女神の祝福を受けた女王は他国の侵略を跳ね返し、逆に侵略し返していたようだ。
優れた治世と高度に発展した文明によって大きく栄えた、が――
――しかし『明けの明星』率いる英雄達と征伐軍によって討滅され、その信仰の尽くを剥奪された。
この大弓は辛うじて残された、数少ない名残にして証明である。




