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残響

「聞いたかい?あの英雄サマ共の一人が行方不明になったらしい」


「はあ……?あのトンデモ人間達の一角がぁ?前もそんな事言ってなかったかそれ、デマじゃねえのぉ?」


「いやいや。これは確かな情報さ!帝都のギルド職員から聞いたんだからな!」



 男達の話し声が酒場の喧騒に混じる。

 ランタンの灯りが照らす影法師は、愉快そうに揺れ動く。

 アリシアは鋭く尖った耳を小さく揺らし、その内容に耳を傾けた。



「英雄つったらアレだろ?当たり前のように一撃で山を砕くっつう連中だろ?そんなのがなんだってまた……」


「そうなんだよ!いくらなんでもあんなのが害されるこたあないだろうに、これで二人目だ!!こりゃあ陰謀に違いねえ……!!」


「ふうん……あれだろ、駆け落ちってやつじゃあないのかい?ほら、一人目は女で、二人目は男。許されぬ恋ってやつだ」


「それなら平和的でありがてえがねぇ。英雄が二人も抜けるってのは、国としては痛手だろうさ」



 わいわいと話す男達の会話が一段落し、別の話題へ移行したことを聞き届けたアリシアは小さく顎を擦る。

 ハイデラの街は普段通り平和的で、アリシアが普段滞在しているギルド併設の酒場も平和極まる。

 遠方――西の方では多くの反乱軍が存在しているというが、東の果てにも近いこの街には血煙の匂いなど届かない。


 ……けれど、遥か彼方の土地の話ではあるが――『英雄』の一角の消失というのは恐ろしい事だ。

 尋常な理の外側にいるとも言われる『英雄』達は、その13人全てが人の限界を超えた能力を持っている。

 現代の知識に照らし合わせて考えれば『核兵器』という表現が正しいだろう。

 帝国の有する最高戦力の消失など、それ即ち帝国そのものに揺らぎが生じるのと同義。


 アリシアは肉体を東側にしか配置していないが、それでも各地の空気は少しばかり浮足立っているように見えた。



「……良くない前兆じゃなきゃいいけど……」



 アリシアは丸机の上に残った料理を口の中に運び込んだ。

 少しでも不安に思ったのならば、それに対する対策を徹底するべきだろう。

 人間、臆病すぎるぐらいが丁度いいのだから。



「お代、ここに置いとくね」


「あいよ!またのお越しを!」



 フェンスゲートの様なドア――スイングドアを通り抜けて石畳の上に体を乗せた。


 大通りを目的もなくテクテクと歩けば、古い建物を取り壊し、新たな施設のための工事現場の群れが目につく。

 このハイデラに滞在する事になって、もう8年になるのか。

 赤子だったアダムも今となっては立派な少年であり、その成長に掛けた時間と同じだけこの街で生活を送った。

 それだけの時間が経てば、どんなものだって変わるだろう。



 ――と、そこで出店の一つから店番をしていた男がアリシアを呼び止めた。

 ずんぐりむっくりとした体躯を機嫌良さそうに揺らしている。



「おう、ウーラソーン姉妹じゃねえか!うちのポーションどうだったよ、そこそこ力作だったんだが……」


「あ、ポーション屋のおじさんじゃん。中々に効きがいいポーションだったぞ。あっという間に傷が治った、また買うよ」


「おお!そうかそうか!()()ウーラソーン姉妹のお墨付きなら安心だな!」



 おじさんはひとしきり喜ぶと、太い手をぶんぶんと振って店番へ戻った。

 冒険者としての仕事も長くなるにつれて、彼のように道具や武具を売り込みに来る人も増えてきた。

 流石に英雄の連中の影すら踏めないが、それでもウーラソーン姉妹といえば名のしれた冒険者。

 そんなアリシアの知名度に肖れれば御の字という訳だ。


 加え、アリシアの現在の戦法はあらゆる道具を利用して確実な狩りを遂行するというスタイル。

 多くの種類のアイテムを扱うアリシアであれば、どんな代物だろうがきちんと用途を考え運用してくれるという信頼もある。

 だからこそ職人たちはこぞってアリシアのような冒険者に売り込み、少しでも自分の作品の知名度を上げる。より多くの冒険者の目に留まるように努力を欠かさないのだ。



「……明日の依頼の仕込みもしなきゃな……」



 そんなアリシアの狩りは仕込みが九割、本番が一割。

 決して危険を犯さず、イージーキルのみに注力する。まるで蜘蛛糸を張る狩人の様に。


 この戦法に切り替える前――冒険者となったばかりの頃は純粋な戦闘の技量をもって魔物と戦っていた。

 鋭く剣を振るい、槍を突き刺し、弓を引く。

 しかし、それは……対人戦ならばいいだろう。

 けれど魔物には効果的ではない。

 魔法の力を持たず、常人の技を常人の身で放つだけでは、物理法則の外に存在する彼らを十全に殺すのに不足。

 体格に恵まれていないアリシアには尚の事だ。



 ――だから、道具を使う。

 毒を、罠を、地形を使って徹底的にメタを貼り、抵抗させずに殺す。そこに一切の不確定要素は存在せず、必ず殺す。

 つまり、勝つべくして勝つ。

 そうなるように整えるのだ。


 それは非力な人間だからこその戦法だが、ただの冒険者として戦うには理想の形の一つだろう。

 アリシアがこの戦法に切り替えてから、依頼の達成率は明らかに高まった。

 だからこの選択は間違いではなかったと、アリシアは確信している。



「……よし、ケーキ屋にでも行くか」



 踵で地面を押し出し、このハイデラでは名の知れた洋菓子店へ舵を切る。

 つい最近できたばかりの店だが、扱うスイーツの質は非常に良い。

 材料から拘り、製法を確立し、人の心理さえ選考基準に据えて調理する。

 それ故にあのパティシエの作る菓子はどれも美味。

 しかし値段は格別に高い訳でもなく、少々割高という程度――こんなの人気にならない訳がない。

 アリシアもこの街に住まう数多くの女子達と同じく心を奪われ、頻繁に通っては数多の菓子を買い求めていた。


 それにハイデラからアリシアの拠点に運び込んでもそう日数がかかる訳でもないというのも良い。

 アダムの為、少しの手間でちょっと豪勢なプレゼントを用立てられるとは――実に素晴らしい。



 ――カランコロン。


 暖かい木のドアを開くと、上部に取り付けられた鈴が軽やかにアリシアの来訪を報告した。



「いらっしゃい」



 主人はアリシアへチラリと視線を寄越し、無愛想な歓迎をしてくれた。店の中にはたくさんの人がショーケースを覗いており、自身の舌にお伺いを立てている真っ最中だ。

 レンガのオレンジ色と、それを明るく照らすランタンの灯りはやはり美しい。アリシアはこの店の雰囲気も大好きだった。



「どれにするかな……」



 丹念に磨かれたガラスの向こう側を見つめる。

 赤い宝石の如きいちごが輝くショートケーキ。

 黒いスポンジと粉雪のような砂糖が振りかけられたチョコレートケーキ。

 シンプルにチーズとバターを焼き上げたチーズケーキ。

 どれも街のお姉様方に人気である。母親枠で実質お姉様のアリシアも大好きだ。



「この苺のショートケーキと、チーズケーキを1ホールずつください」


「あいよ」



 主人は言葉短に了承を返すと、あっという間に箱に詰めて持ち帰り用に用立ててくれた。

 渡された白い箱を大事に抱え、ケーキが痛む前に五つの肉体を拠点に帰還させるため、外壁の向こう――木々の影に隠れるように建てられた厩舎へ足を向ける。


 木漏れ日の照らす中、六頭の逞しい馬の嘶きが反響した。

 彼らは野生で暮らしていた中唐突に捕獲され、専属調教師のアリシアによる激しい調教を耐え抜いた精鋭だ。

 今日みたいにいきなり飛来するアリシアに乗りこなされ、もう今月何度目になるかも分からないアリシアホームへの道を走る。

 普段から無駄にしょうもない要件で走らせすぎではないだろうか?白馬の「たくや」は訝しんだ。



「おら!走れ!!もっと早くしろ!!でも揺らすなよ!!」


「ヒヒィ……」



 なんと横暴な上司だろうか。

 いくら面食いで美しいものが好きな「たくや」も嫌になりそうだった。



「お!いいじゃん、中々いい走りだ!」


「褒めてやろう!」


「よおおおぉぉしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし!!!!」



 けれど、五頭の馬はもうしばらく頑張ろうと思った。

 いくら辛くともケツをひっぱたいてくるパワハラ元が可愛げのある少女ならまだ許される……え?無休だった場合?殺すぞ。















「ケーキ美味しいね!!」


「ああ、そうだなぁ」



 アリシアは白い指を伸ばし、アダムのきれいな黒髪を撫で付けた。

 ドンドンと成長を続けたアダムは平均よりも大きめの体躯を獲得し続け、それは健康な未来を暗示するようでとても眩いものだ。

 アリシアがアダムと共に生きた8年の歳月はイコールしてアダムの成長の時間そのものであり、隠匿に秘匿を重ねた影の時間でもある。


 自身が『()()()()』である自覚があるアリシアは、自分という人でなしだからこそアダムとともに在ることが出来ると知っている。

 その他大勢の人間からしてみればアダムとは即座に取り除くべき悪性腫瘍であることも分かっている。

 アダムが普通に人々の前に姿を現せば、途端に刃物を持った民衆が怒り狂うだろう。


 だから隠れる。

 だから隠す。


 悪意から大事に守り、育て――その先は分からずとも、母であろうと自分で自分に求めたのだ。

 その初志は必ず貫徹しようと決意している。



 ――故に『守るために』隠蔽性と機能性を追い求めた要塞の街を用立てた。

 とにかく堅牢。

 とにかく火力がある。

 ひたすらに圧倒的な防衛戦力を有する。

 それを絶対的な条件に定め、何を相手にするかも分からぬ大規模な防衛機構を造り続けた。



 アリシアには優れた兵器の作り方などとんと分からぬ。

 前世には『歴史』というあまりにも優れた教本が数多く存在していたが、極々一般的な生活を送り、特別興味を抱いていたわけでもない分野を態々調べるようなことなどなかった。

 精々がばねや滑車、フックやねじ等の誰でも知っているほどに普及した発明品の知識程度。


 だから、アリシアが前世というズルを活用できたのは――一般教養としての物理と科学のあり方、基礎的な論理思考術。

 あとはひたすらにこの世界での積み重ねだ。

 本を読み漁り、高名な学者に(強引に)教えを請い――土下座にもすっかり慣れてしまった。そして、その居た堪れなさや罪悪感に漬け込む技巧にも――時には冒険者としての名声をフル活用して()()の図書館でひたすら缶詰になったり。


 そうして得た知識を拠点で同時に活用しながら修練に励み、あとは莫大なマンパワーに物を言わせて木材や石材、金属類を加工しまくり、それを活用したバリスタ(攻城兵器)を防壁の上に乱立させ――と繰り返していれば、立派な要塞の完成である。

 要塞としての形を整えれば後はそこにドンドン付け足していくだけだ。

 跳ね橋、堀、カタパルト(投石機)

 そして海に面する部分にはそれのみならず、かの名高いアルキメデスの鉤爪などのアリシアでも知っている機構を取り付け、可能な限りの防備をひたすらに固めまくる。



 …………秘匿性?ああ、なんか……こう、草を掛けてたらだめ?


 ………アリシアはそっと枝葉を積み上げた。

 が、機構の隙間にゴミが入ってよろしくないのですぐに取り除いた。



「……そもそも秘匿性との両立なんて無理では?」



 ――アリシアは賢いのですぐに気づいてしまった。

 あまりにも高まりすぎたIQにより、必要なものなんて大体分かってしまうのだ……!!


 仕方なく秘匿性は諦め、取り掛かっていた小型化も程々の着地点を求めることにした。

 それよりも火砲の類を用意するほうが先だ。



「お母さん……もう、暴発はさせないでね……!」


「おっ、そうだな!任せろ!!」



 ――以前から取り掛かっていた火薬の試作はもう諦めた(985敗)

 何故かといえば、火薬のレシピなんてどこも秘匿しているからだ。

 この大陸において、火薬を作成できるのは錬金術師や薬師の人々……だが――あまりにも危険度が高く、そして金のなる木でもある()を態々赤の他人に分け与えようなんて奇特な人間は誰もいない。

 だからいくら土下座をしたところで意味はなく、自身の手で作成するか普通に購入するしか無い。


 …………ので、もう普通に店で木箱いっぱいに発注し、それを慎重に運び込んで普通に利用するしか無い。

 はー……自給自足、失敗です……(断腸の思い)。



「お母さんお金あるでしょ……?もっと経済回したら……?」


「いや、でもさ……ほら、可能な限り貯蓄しときたいし……!!」


「でも溜め込んでばかりだと、経済が停滞するよ……?」


「……おっ、そうだな!(思考停止)」



 アリシアはいつの間にか自分よりも賢そうになったアダムにそこはかとない敗北感を感じた。

 いや、確かに経済の回転率が大事ということは一般教養程度には知っている……知っているが、それでも不景気の連続であった日本人としては溜め込んで備えたいのだ。


 あ、駄目……?

 そっかぁ……じゃあ経済の成長を願って、カジノに突っ込んでくるわ……。



「う、うーん、この……うーん」


「大丈夫だって!明日には5倍になってるから!!」


「地下帝国の母さん大丈夫かな……?明日には増えてない……?」



 ……ま、大丈夫でしょ!!

 そうやってカジノで金を使う以外にも普通に物資を買い込んでるし、そのおかげでこの拠点の防備も固められてていってるんだぞ!


 アリシアは自慢気に(小さな)胸を張る。



 ともかく、そうこうしてジワジワと拠点の防備を固め、地下には非常時連絡路やアダム用の緊急脱出路を張り巡らせる。

 その材料も、全て普通に現金で購入しているのだ。むしろ経済には大いに貢献しているとアリシアは思っている。


 アダムはそれを聞いてお金のあり方について考えることをやめたのか、再びショートケーキを口いっぱいに頬張る。


 口の端に白いクリームを付けたアダムをによによと眺めつつ――今この瞬間も地下で頑張るアリシアの肉体は僅かたりとも稼働をやめない。


 少しの妥協が命取りになる――現実なんて、いっつもそんなものだ。

 事態の行く末が決まるのはその時々の盤面ではなく、それまでに積み重ねた行いの全てと、ひとつまみの運が左右するばかり。

 今この瞬間にどれだけ手間を掛けられるかが行く末を決定すると思えば、アリシアはほんのちょっとの油断をする事も許せない。


 だから、常につるはしを振るい続けるのだ。



 また、別の場所では市街地戦になったときのために多くの仕掛けをコツコツと用意する。

 多くの罠や、拠点内部が戦場になった時のための防衛線の構築。それを運用するための固定砲台や物資の集積所、はたまたいざというときには自爆だってできるように改造していく。



 ……そもそもこの拠点内部まで入り込まれたっていうことは十中八九負け確定で、それからの戦いはいかにアダムを逃がせるかという方向にシフトするだろう。

 だからそうなってしまえばアリシアの40万という肉体を死兵にし、使い潰すという方向性になるという事でもあるが――まあ、仕方がないのだろう。アリシアはちょっとした不安を飲み込み、そうなるように計画した。

 その果てに産まれるであろう少女達の命を軽視した作戦だが――それを気にしていてはきりがない。

 だから強引にでも納得する。

 あくまで彼女達のそれは祝福するべき生誕と死没なのだから、そもそも罪悪感を抱くべきですら無いのだ。

 使えるものは何でも使って、来たるべき試練を当たり前のように踏破する。

 油断と妥協さえしなければ全て解決できる事柄だ。

 だから気にしない。気にしてはならない。



 ()()()みたいに空から突然硫黄の雨が降るわけでもないだろうし――。



 ――ジリジリと頭の奥が焦げ付く。


 脳漿の中で有象無象の畜生共の悲鳴が反響した。

 鼻の中に肉が焼け焦げる匂いが満ちる。

 ありもしない悍ましい光景が網膜の焼け付いた。



「……嫌な想像だ。現実味なんてまるでない」



 アリシアは脳髄に張り付いた幻視を振り払った。

 そうだ、こんなふとした瞬間に湧き出るような光景の――幻覚の、どこに現実の要素があるってんだ。



「お母さん?」


「ん?どうしたアダム」


「……なんか、汗すごいよ?」



 ――そこでアリシアは自身の体表が汗で濡れていることに気付いた。


 どこもかしこも体中汗まみれで、白い服が体に張り付いていて気持ち悪い。

 40万の肉体が――刹那に垣間見えた不気味な(見覚えがある)幻視に震えていた。


 ――何故なのだろうか?何故こんなにも恐ろしい?

 アリシアには一体どうして自分がここまで震えているのか分からない。


 ……そもそも、今の幻視というのは一体何なのだろう?

 何故今見えた?

 何故、そんな想像の産物が恐ろしい?


 ……一体なぜか分からないが、まるで()()()()()()()()()()()()()生々しい悪徳の街の幻影から必死に目を逸らす。



「……そうだ、これは現実じゃない……ったく、なんだっていきなり……」



 すぅ、ふぅ。

 ゆっくりと深呼吸を繰り返した。

 大きく鼓動を刻んでいた胸の奥は次第に落ち着きを取り戻し、アリシアの汗もじんわりと止まっていく。



「大丈夫……?」


「ああ、大丈夫……そうだ……大丈夫だ」



 目に入りそうな汗を指で弾く。

 少なくともアダムと話している間、脳髄の奥でチリチリと焦げ付くナニカは収まっているのだから――大丈夫だとも。

















「……ラサールのねぐらに、街が……?」



 ポロリ。

 口に咥えていた葉巻が転がり落ちた。

 執務机にコロコロと転がるそれには目もくれず、ヘンリッヒは目頭を強く抑えた。



「ええ!築造から十年以上は経っているものと考えられており、居住者が消えてからもそれに近いだけの年月が経っているようです!!」


「……な、なるほど……それで、何故そんなところに――っと、いや。そうか……例の『少女』か」


「ええ!ええ!!そう考えて報告を致しました!!」


「……情報が来るの、遅すぎじゃないかね?もう十年も経つというのに、今の今まで見つかっていなかったのかい?」


「フホホ!そうなりますなぁ!!」



 ヘンリッヒはもう一度目頭を押さえた。

 一応は要所でもある『セイラン』だというのに、すぐ目と鼻の先で発展していた街に気付けなかったと……?

 いくら深い森とはいえ限度があり、奥の奥に設けられたとしても人の目を完全に遮ることなど不可能だろう。

 なら、きっと見つかっていなかったのではなく――。



「セイランの人間は知っていて――それを隠していたのか」


「まあ、そうでしょうな!!」



 なるほど、と再び椅子に体を落ち着けた。

 如何な理由があったのか、街ぐるみで秘匿されていた街――果たして、理由は何か。


 アレの価値を独占しようとしていたのか?

 アレと取引があったのか?

 或いは泳がせていた?


 興味は尽きない、が――。



 それを知ったところで、ヘンリッヒには意味がない。

 求めるべきは『それ』を糸口に少女の主な現在地を探ること。


 金を得るために金を使う――それは時にはとても有効な手段だし、もっとも効果的な手法の一つだろう。

 しかしそれはリターンと費用が釣り合ってこそだ。

 だからこれまで少ない私兵を活用して捜索に当たらせていたが……遺留物があるのでは話は変わる。

『隷属の魔薬』を使って道具に仕立てた追跡専門の魔術師がいる。

 アレならば、(えにし)さえあれば金を掛けずとも求める情報を嗅ぎ分けてくれるだろう。



「ニコラウス、追跡者を出しておいてくれ。自由意志を奪っているからね、他のものに見られないように地下の特殊用途室に入れておけ」


「承知致しました!!」



 ギィ、と椅子が甲高く悲鳴を上げる。

 ヘンリッヒの予定は順調だ。

 うきうきと弾む心のままに記した予定表は一切逸脱することなく守られ、一切の遅れなく金と人の動きは制御されている。

 今回痕跡が見つかったおかげもあって、むしろ捜索――そして収容までの道のりは素晴らしく短縮された。

 だから、あとは()()()()へと私兵と道具達を派遣して、少女達――否、少女を隷属させるだけ。


 それもいくらかは手間がかかるだろうが……何、歯には歯を。逸脱者には逸脱者を。

 ただそれだけの話だ。

 それさえ守っていれば、全てを造り給うた全能の父は私に金貨をプレゼントしてくれるだろうさ。


 己にはその道程を、当然のように踏破するための特級の手駒が二つもあるのだから。









節穴度 ※本編とは関係ありません


アリシア:73(アホ)

ヘンリッヒ:78(バカ)

ニコラウス:71(マヌケ)






<TIPS>


「セイランの名産りんご」

嘗ての城塞都市の片隅で生産されていた数量限定高級りんご。

とある老人が必死に品種改良して形にしたものの、人手が圧倒的に足りず、しかし募集には人が集まらず、結果、種は絶える――はずだった。

しかしある時、名も知らぬ少女達の助力で栽培が行われ、あっという間にセイランを代表する名産品となった。


老人は少女達――少女の本性を知っていた。

そして、街の人々もまた、まるでバケモノのような少女のあり方を知っていた。


しかし彼女はただの子供なのだ。

子供の生を否定するなど、そいつこそが最も忌むべきバケモノではないか。





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