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金貨の王

 東に広がる帝国有数の森の中。


 この鬱蒼と茂る木々の奥深くに街がある、という事を知る者は全くいない。

 微かな噂話として、ちょっとした与太話程度として知る者もいるやもしれぬ、が……確かな存在を確かめるような奇特な人物など、誰一人としていなかった。

 今は、まだ。



 そして、そんな辺鄙な土地に建つこの街はたった一人の子供の為だけに存在している。

 アリシアという一人の少女の尽力の果て。

 弛まぬ修練により得た建築技能を懸命に活用し、本職にも劣らぬ技により造られたのだ。……とはいえ、アリシアは自身が増えるという機能を有するが故に、ただ一人の力と言い表して良いのかも解り辛いものだが。


 ともあれ、「彼女」はたった一つだけの意思によって成り立つ。

 故にこの場では「彼女」と、一人を指す呼称としよう。



 彼女の大半の器が住まうこの街が興ったのは少し前――3年前の事だ。

 今の街がある面積の大半を木々が埋め尽くし、数少ない完成した住居と、作りかけの生産設備のみが広がっていた。

 そしてアリシアはそれを更に発展させようと盛大に木槌を振るい、豪快に工事の音を撒き散らした。


 木を組み立て、釘を打ち、石を積み、地を均す。

 それらを同時に熟す光景は圧巻ではあったが……。


 ああ、それはもう、当然の帰結として……恐ろしく大きな音が出る。


 幼き日のアダム――今でも幼いが――を離れた場所に立てた一軒家で育てるのも当然の事。

 ストレスは赤子の大敵だ。

 のびのびと、自由に育てるのが良いだろう。


 育児の経験も知識もないアリシアではあったが、その程度のことは容易く理解できた。


 スレープの乳を飲ませ、おやつ代わりに捕獲した魔物――牛の如き容貌の彼女の乳を飲ませ、おしめを替える。

 あやす技も、衛生のいろはも全て心優しい老婆に教えてもらえた。

 だからこそ、アリシアでも大きな失敗など無く育児に専念できたのだ。




 ――それから、2年が経った日のこと。


 全ての作業が終了した。



 いつかの過去/■れた過去 に暮らしていた街の情景を無意識のままに汲み上げ、まるで要塞が如き堅牢な街が完成した。

 巨大な石壁が包む街の内部はどれも計算され尽くした機能美を有しており、人類そのものに敵意を抱かれるというアダムを守る事に不足なし。

 アリシアは、やり切った達成感と快感に鼻を膨らませた。



 そんな要塞の街に住まうのはアリシアとアダム、スレープ。

 たったの三人だ。

 けれどそれで困ることは何もなく、何時もと変わらぬように何不自由なく生活を続けている。






「――よっ、ほっ、ほっ」



 トットッと軽い足音と共にアリシアが走る。

 中天へ向けて昇り始めた三つ子の太陽が照らす中、大きな荷物を背負って小さな呼気を吐き出し続けた。

 彼女は背負った物資を必要な場所へ届け、そしてそれを使って作られた『製品』を倉庫へ運ぼうとしているのだ。


 これも、もはや日常のありふれた景色でもある。

 この街で最も見受けられるのは、このように移動するアリシアだろう。


 綺麗に舗装された石畳の血管を物資という栄養を抱えて移動するアリシアの姿――その数7万。

 いつかと変わらぬ小さいままの身体で必死に荷物を背負い、トコトコと駆け回るのだ。

 小さな荷物は背負い、大きな荷物は手製の荷車に乗せて牽く。

 ただそれだけの行為でも、流石にこの人数で行えば圧巻の一言に尽きる。



 その姿を成長したアダムが心配そうな顔で見つめ、覚えた言葉で必死に窘める。もはやいつものことだった。



「ん、到着だな」


「作品は」


「こっちに置いてたな」



 積まれた箱――仏像を収められた木箱をいくつか積み上げ、それを纏めて紐で固定し背負ってまた駆け出す。

 これが運搬係のいつものルーチンだ。



 アリシアは朝起きると、物資を一斉に作業場へ運び込み、木工製鉄鋳造製紙と多様な作業に就く。

 ドンドン積み上がる製品を運搬係のアリシアが運び、代わりの材料を置いてまた駆け出す。

 そのまま夕日が差すまで変わらず動き続き、日が落ちる頃には居住施設で明日に備える。



 ただそれだけだ。

 それだけを毎日繰り返している。

 増大した40万の桁外れな体力任せで、休みの日などは全くない。

 社畜もビックリなスケジュール!



 けれどアリシアは、別にそれを苦とは思っていない。



 だってまぁ?別に遊べない訳じゃないですし?

 何なら賭博場に入り浸りながらアダムの世話をして、街角でママ友と話しながら木工して荷物運搬してますし!


 だから……まぁ、別に苦労はない。むしろ充実している。



 アリシアは腕に抱えたアダムと共に、素晴らしき(憎らしき)この世の春を謳歌していた。


 この街の中央に建つ一軒家の窓からのんびりと外を眺めているこの時間は、普段の日課の中でも一番のお気に入りだ。


 いつも通り行き交う自分の肉体を眺めながら、アリシアはアダムと会話を重ねる。

 けれど今日はどうしたことか、アダムの表情は少し暗くて……なんとなく落ち込んでいるようだった。



「……お母さん。お母さんがいっぱい走ってるの、何だか辛そうだよ」


「おお……アダムは優しいなあ……!でもお母さんはこうして遊びながら仕事してるし、別に辛くはないぞ」


「でも……でもね、お仕事そのものを、ちょっとお休みしてほしいよ……」


「アダム……!!」



 アリシアは思わずアダムに抱き着く。

 赤ん坊だったアダムは今や3歳。

 人間の基準であれば幼児の領域に差し掛かった頃合いだが……魔族としての血が故か、アダムは殊更に早熟だった。

 もはや前世で言うところの小学生程度の語学能力を有し、精神年齢もそれに等しい程に育っている。


 このように常に働くアリシアを気遣って訴えかけるのも、最近少し増えてきた。

 それによって時折休みを取り、しっかりと気力を充填してまた働く。

 実の息子のようにも思っているアダムの気遣いというだけでも嬉しすぎて元気百倍になるが、全肉体で休み、遊んでいる姿を晒しているとアダムが嬉しそうに笑うのだ。


 ただ、その姿を見るだけで嬉しく(悲しく)なってしょうがない。


 ああ、素晴らしい正の循環だ。


 ――それはそうとして、と。

 アリシアはアダムの頭をサラリと撫でた。



「よし、じゃあ明日は休日だ。……とは言ってもこの肉体は常に休日だけどな」


「うん!それでも嬉しいよ!」



 アダムは虹色の瞳をキラキラと輝かせる。

 幼いながらにも整ったかんばせを綻ばせ、ニコニコとアリシアに抱き着いた。



「アダム、そろそろごはんにしよう」


「分かった!!今日のごはんはなんなの?」


「今日は……そうだなぁ。首飾りと腕輪の行商班が手に入れた珍味を使ってみよっか」


「珍味!?なにそれー!」


「見てからのお楽しみさ」



 明るい笑い声が木張りの床に染み込んだ。

 ただ一人を護る要塞。

 致命的で、大切なナニカを■れたまま。





















「は、ははは……はははははははははッ!!!」



 大きな笑い声が黒と白の部屋に響く。

 この大陸の中枢に座す2つの城、その片割れの主は豪勢な椅子の上で腹を抱えてのたうち回った。


 たった今見た白昼夢。

 唐突に脳髄に侵入した刹那の――けれど、情報を得るに不足ない光景は彼の海馬に焼き付いて離れない。



「まさか、まさか!この私にこんなことが起きるとは!!」



 ああ、これこそが啓示!!

 これまで幾度となく修羅場を潜り抜け、計算に計算を重ねた果てに未来を描いた。

 それだけが真実だった。


 が、それは確定した未来ではない。

 現実であるが故の、どうしても起こりうる偶然によってかいくらでも狂いが生じる。


 しかし、しかし!

 この光景は本物だ。

 現実にある景色だ!

 まるで魂に直接叩き込んだかのように、『正しい』と心の底から理解させられた。

 これまで己が行っていた未来予測の、なんと杜撰な事か!!


 なんと素晴らしいお告げ!!

 なんと美しい景色!!

 控えめに言って、ああいや、控える必要などない!

 狂乱した!

 私は歓喜に狂っている!!



「何だあれは!!何だあれは!!何だあれは!!?あははははははははははははははッ!!!!」



『冒険者の楼主』『亡者』『目を灼かれた人』『欲狂い』――あるいは、『金貨の王』。

 そう呼ばれる怪物――ヘンリッヒはただただ笑った。


 お告げ、啓示、遠視、解析――どれともつかぬ理によってか、脳髄に直接差し込まれた情報が思考回路に踊り狂う。

 ヘンリッヒは、その狂喜のままに口を開く。



「あれは金だ!!金になる!!!どこまでも増える肉体だと!?分身か!?分裂か!?あの規模で!?何だそれは、いくらでも金を生み出せる鉱脈じゃないか!!!」



 バンバン!

 仕立てのいい、如何にも高級といった風体の机――そんな事知らぬと力任せに叩く。

 今はただ、この溢れ出る感情に身を任せたい!!

 なんと――なんと素晴らしく、愛おしい!



「どこまでも増える奴隷として運用できれば!私達が、私が手に入れられたなら――ああ!ああ!!金になる!!」



 ブルブルブルと体を震わせ、思わず自分の体を掻き抱く。


 名も知らぬ、実態も知らぬナニカに為された啓示。

 それはヘンリッヒの心を激しく揺さぶり、恐ろしい程に素晴らしい未来を幻視させてくれる。

 普段と変わらず執務をし、増え続ける金貨に笑みをこぼしていたが――ああ!()は私にもっと幸せになれと言っている!!



「ニコラウス!!いるか、ニコラウス!!」


「――フホ、なんとも荒ぶっておられますなあ!一体何事か!!」


「――『金貨』の匂いだ!!」



 部屋の前に控えていたニコラウスは、ドアを開けてすぐに見えた同盟者の言葉に頷いた。

 言葉は少ない。どころかまったく足りていない。


 ――しかし!

 己達にとってそれは大した問題ではない!

 大事なのは金になるか否か。

 欲を満たせるか、否か。


 ただヘンリッヒが金貨の匂いを嗅ぎ付けたのなら、彼の言うがままの手足となって動いたほうが上手く回る。

 この怪物は自分達を不足なく、十全に使いこなすだろう。



「何をすればいいので?」


「す、少し待て……すぅ、すぅー……ふぅ……ああ、東だ。東にある森のどこか――そこに金のなる木が生えている。取っても取っても取り尽くせない宝物だ」


「ほう!ほうほうほう!!それは素晴らしい!!何故知っているのかは――関係ありませんなぁ!!」



 ヘンリッヒは呼吸に専心し、一度荒ぶった心を落ち着かせてから口を開いた。


 けれど変わらず、その欲望に塗れ淀んだ瞳をギラギラと輝かせる。



「特徴は――そうだな、金髪に赤目の14、15歳ぐらいの女だ。そして、増える」


「……ほう?」


「どこまでも増える。今でさえ万を超える数だ。間違いない」


「それはそれは……まこと素晴らしい!!」



 ヘンリッヒは椅子から立ち上がり、壁際にある本棚から地図を取り出す。

 この大陸のすべてを記した最新のモノを机の上にバッと広げた。



「探すのは『ハーラルドの森』『レール街指定聖域』『シャンバラ』……そして、『エデン』だ」


「なるほど……どれも広大な森。移動の時間も合わせると……ふむ、恐ろしいほどに時間が掛かりますなぁ。加えて使える手駒も多くない。依頼をでっち上げようにも、大人数を動員しようとするには……ううむ、この国の上層部が許さないでしょうな」


「そう、その通りだ。時間が掛かる。しかし、しかしだ……リターンは凄まじい」


「ええ、ええ!分かっていますとも!勿論、お力添え致します!!!」


「ありがとう、君ならそういうと思っていたよ」



 ヘンリッヒは深呼吸のおかげで落ち着いたのか、心なしか穏やかになった語調でニコラウスに笑いかけた。

 この男は初老という年嵩ではあるが――下手な若者よりも活力があり、行動力に溢れている。

 加えて知恵もあり、経験もあり、何よりも狡猾だ。


 だからこそこの男を重用していた。



 そこで、ヘンリッヒはふと思い出したように口を開く。



「ああ、そうだ。その女はとてもとても美しかった……今君が所有しているどの美女よりも、ね。あの『隷属の魔薬』を使った暁には……そうだな、十人程度、君が囲うといい」


「フホ!?本当ですかな!!?」


「約束しよう」


「おおおおおおおお!!ますますやる気が出ましたぞおおおおお!!!!」



 まるで満月を見た狼のように吠え立てる。

 ニコラウスは年に見合わぬ機敏さで駆け出し、飛びつく様にドアノブに手を掛けた。



「それでは早速人を集めてまいります!!金貨の為に!!」


「ああ、金貨の為に」



 ヘンリッヒは歪んだ笑みのままに少女に思いを馳せた。

 懐から取り出した歪で薄汚れた金貨優しく撫でつけ、ただクスクスと笑みを零す。



 私の絶頂は、もうすぐそこだ。













<TIPS>

「薄汚れた金貨」

帝国に於ける平民の中で最も成功した男。金貨の亡者の思い出の品。

ただの平民の生まれでありながら貴族さえも凌ぐ権力と財力を持ち、皇帝でさえも無視はできぬ。

この薄汚い金貨は彼の野望の原点であり、どうしようもない感傷を抱かせる唯一の存在だ。


あるいは、これが。これだけが自身を繋ぎ止める楔と知るが故か。





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