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増殖少女、その日常

 :::::<1:建設風景>




 それは慣れない育児の最中の事。

 アリシアは大陸中から肉体を集結させ、ますます拠点の開発を推し進めていた。

 いくつかの大きな街や中継地点に滞在させるものを除き、総数39万もの肉体がこの森の内部へ犇めいている。

 木材を組み合わせ、釘を打ち、板を張り。

 多様な建築物を教本片手に形造り、それを補助する為にも道を舗装し、救護室を造り、工事現場よろしく仮設トイレを造る。

 まさに世は大工事時代である……!!




 トン!カン!ゴン!

 いたる所で繰り広げられる建築ラッシュ。

 その内の一角であり、第四区画と名付けられた場所でも、今まさに作業が始められようとしていた。


 アリシアは赤い瞳で同色の瞳を見つめ、次いで頭を厳重に保護する黄色いヘルメットに視線を向けた。

『安全第一』。

 そう書かれた文字――規則を守るため、形の良い指でヘルメットを指し示す。




 …………指を耳元に上げた。



 本当にいいのか?

 ヨシしていいのか?

 このヘルメットはキチンと保護の役割を担えるか?

 固定具は付いているか?

 グラついていないか?

 フライドポテト食べたい。

 お酒飲みたい。



「ヨシ!!」


「ヨシ!!ご安全に!!」


「ご安全に!!」


「ご安全に!!!」


「ご安全に!!!」



 ヨシ!!掛け声が工事の喧騒の中に溶ける。

 新たに建設される住宅地、その施行前の確認を済ませたアリシアが作業に取り掛かる。

 木槌を持ち、釘を手に、木材を肩に。

 ビックリ人間ショーよろしく人体の限界へ挑む。


 ……正直、同時にやるべきではない。というかやってはならない。

 が、しかし!!それでも根本的に頭が悪いのかアリシアはやってしまう……!!



 ――グラッ。



 ああ!やはりというべきかバランスを崩してしまった……!!



「ちょっ、ま!!」


「ぐあ!?」


「倒れ……!」



 ガタン、ドシン!!


 揺らいだ木材がすぐそばで木槌を振るっていたアリシアの頭部にぶつかり……そして、崩れたバランスのままに体が揺れ、木槌が飛び、釘は地に落ちる。そして木材――詰まるところでかい棒が飛び跳ねた!!



「ああああ!!あああああああ!!!」


「あああああああ!!!」


「あああ!!あああああああああああ!!!!」


「やめっ、やめ!止めろっつってんだろぉ!!?」



 きゃーきゃーわーわー!!

 アリシアの悲鳴が複数の喉から飛び出した。

 しかし絵面があまりにもコミカルであり、しかも大きな怪我に成りうるものは一つ残らず回避しているので完全にギャグシーンのよう。

 怪我よりも彼女の頭を心配したほうが良さそうである。



 そうしている間でもてんてこ舞いになっている肉体とは別の所でもキチンと作業は推し進められており、ぶっちゃけ幾つかの肉体……それこそ数千単位であれば遊ばせていても問題ない。

 計画した日数はかなり緩めの条件で設定されているので、多少の綻びは無視できるのだ。

 それにアリシアは遊びに熱中しながらでも仕事も同時にこなせる。

 なら精神衛生上遊びながらのほうが気楽に仕事ができるのではなかろうか?



 おもむろに屋外テーブルエリアに4つの肉体を配置し、長机に一列に座らせる。

 その対面に更に一人を配置し、トランプ(近くの街:ハイデラで購入)を使ってカードゲームを仕掛けた……!!


 山積みにされたメダル(おもちゃ)をそれぞれ取り出し、ディーラー役の肉体はカードを分配する――が、そこでハッと気付く。

 そもそも自分でやってても意味ない、全て見えている……!!



「くそァ!!」



 カードを放り投げ、怒りのままにメダルをジャラララ!!と振り落とす。


 ……しゃがんで一つ一つ回収する。

 やはりこの辺り、"一人ぼっち"というのは不便だと思った。

 同居人であるアダムとスレープは拠点の外れ……騒音が届かない位置に構えた居で寛いでいるが、とてもではないが一緒に遊ぼうと声を掛けられるような相手ではない。


 方や馬。方や赤ん坊。

 無理だ。


 せめてアダムが成長するのを待つしか無いだろう。



 ……それまで、アリシアの娯楽に付き合ってくれるような相手は……いや、そうだ。

 何もこの拠点に限定する必要はない。アリシアは天啓を得たような気持ちになる。

 それこそ、そこそこの規模の街でもあれば娯楽施設に困ることはない。

 それは演劇であったり、賭博所であったり、、吟遊詩人の歌を聞くのもいいだろう。


 ……外の世界には希望にあふれている……!!



 ――ごめんなアダム、これから俺、億万長者になってくるよ……!!



 家の中で抱いたアダムにそう声を掛け、頭をサラリと撫でた。

 いや、まあ家にいるままであることに変わりはないんだけどね!


 けれど俺は夢を掴むのさ……!!

 ――アリシアは早速革袋一杯の銀貨を手に、そこらへんの街にある賭博場へ駆け込んでいった。

 40万の演算能力を持ってすれば、博打なんぞ恐るるに足らんわ……!!!











 次回、地下帝国から始まる『賭博増殖録アリシア』。ご期待ください。











 :::::<2:育児のお話>




「おぎゃあああああぁぁ!!!」


「おー、よしよし。どうしたんだアダム、ごはんかなー?」



 暖かい温度を感じさせる木造建築の内側に、元気いっぱいの泣き声が鳴り響く。

 アリシアはぐずるアダムをベビーベッドから抱え上げ、特に変化の無いオムツを見て、空腹であると判断した。


 とりあえず母乳提供元のスレープに声を掛けるため、隣に建つスレープ用の特製厩舎に足を向けた。



「おーっす、入るぞー」



 彼女の体躯でもスムーズに出入りできるように作られた巨大なドアを開き、中に敷き詰められた藁を踏みしめた。



「っと、あれ?いないのか?」



 ――しかし、天井に吊るされたランタンが照らす寛ぎの間には誰もいない。


 何時もであれば藁の上にその黒い体を横たえ、優雅に人参でも齧っているはずだったのだが……。



「……むぅ、参ったなあ。あいつしかアダムの飯を用意できないのに……」


「あぶ……」


「お、泣き止んでくれたのか。おーよしよし、お前は賢いなあ。スレープが帰って来るまでもう少し待てるか?」


「だぁ!」


「ええ……ほんとに賢いな……」



 アダムは魔族の赤子と言うだけあって、最も地上で栄えている人類とは比べ物にならないほど種として優れた機能を有する。

 その身体機能はさる事ながら、何よりも凄まじいのは生存能力。

 生きるという活動に必要な全て。

 それに恐ろしい程の補正が掛かっているのか――アダムはエネルギーの消費効率が凄まじく良い。

 食事は一日に一回摂れば満足で、生の痕跡を残す排出行為は低い頻度――加え、アリシアは知らない事だが……必要とあらば意図的に仮死状態になり、敵対者から存在を隠蔽する力場さえ発生させる。

 魔族としての生命力を合わせれば、恐ろしく生き汚い赤子の完成だ。



「だぅ……」


「……眠いのか?じゃあ、暫くここで昼寝するか……」


「……う」



 アダムを抱えたまま、アリシアは隅に積み上げられた藁山に寝っ転がった。

 魔族といえども赤子は赤子。

 寝て泣くことが仕事という事実に変わりはない。

 ここ最近……といえどもここ1、2週間の話だが、だいぶ手慣れた動きでアダムの背中を緩やかに叩く。


 トン、トン、トン。


 一定のリズムを心掛け、少しぐらいは母らしくあろうと優しく。柔らかく。



 アダムの寝息が聞こえるのはすぐだった。

 ……それに釣られてアリシアの寝息が混じるのも、そう後のことでもない。

















「う……?」


「……起きた?」



 それから暫く。

 中天で輝く三つ子の太陽は緩やかに東へ向かい、仲良く地平線の彼方へ沈もうという途中。

 真っ赤に染まった夕日が作りかけの街を照らす中、アダムはのんびりと目を覚ました。


 くぁ、と小さなあくびが飛び出した。


 それを見たアリシアは、くすりと小さく笑った。



「うう……」



 上体を起こした姿でアダムの寝姿を見守っていたアリシアに小さな両手を差し出しわたわたと手を動かす。

 つまるところ抱っこしてほしいという要求だ。


 それを見て仕方ないなあ、と頬を緩め、優しく抱き上げた。



「……さて、どうすっかなあ……スレープはまだ帰ってきてないし……」


「うあ」


「ってか、どこ行ってんだあいつ……?せめて言伝……は無理だな。馬だし。けど何とか教えくれりゃ良かったのに……そんで母乳置いてけ」 


「だぁ……」



 やれやれ、と首を竦める。

 中々のパワーワードが飛び出しているが、そう思うのも無理はない。

 現状、スレープの母乳しかアダムが口にできるものが無いのだ。せめて離乳食を口にできる時期であれば良かったのだろうが、まだまだアダムは産まれたて。

 スレープ――魔物の母乳というのは、この街において最も重要な物資となっていた。



「……ふぇ」


「……あっ」


「ふぐっ、ふえ……っ」


「お、おお……そりゃそうだよな、お腹すくよな……でもスレープ居ねえ……!!」



 魔物の母乳。

 それ即ちアダムの生命線。

 スレープが居ないという現状はアダムの胃袋とアリシアの心にダイレクトアタックをかましていた。

 供給を安定させるために、遠く離れた土地でミルクを出せる魔物を捕獲し、それを移送している途中だが――とてもでは無いが今この瞬間には間に合わない……!



「だ、ふぇっ」


「何か……!そう、何か空腹を紛らわせるモノは……!?」


「ふぁ、ふぅ……っ!――びええぇぇえんっ!!!」


「ぬぬぬぬ……っ。ごめんなあアダム……もうちょっとしたらスレープが帰って来てくれるからなあ……!」


「ふええぇぇぇえん!!」



 大きな、物悲しげな泣き声が夕日の中に溶けていく。

 空腹というのはおよそ全ての生命が避けられぬ悲しみの象徴だ。

 アリシアとて、前世でその苦しみを腐る程に味わった。

 だからこそ、それをアダムに感じさせている事がとても辛い。


 何か気を紛らわせる事ができるようなものは無いだろうか?

 アリシアは厩舎から出て街の中で様々な試みを決行する。



 ――はじめに手にとったのは、今日作ったばかりの新しいおもちゃ。


「びええぇぇえん!!」


 ……しかし泣き止まず。



 ――目の前で指遊び、そしていないいないばあ!


「ふええええぇぇん!!」


 ……泣き止まず。



 ――ビックリ人間ショー!!


「ふぁ!?……ふぐっ、ふえええええええぇぇぇえんっっ!!!!」


「もっと激しくなった……!?」



 アリシアは頭を抱える。

 自分に育児の経験が無いことがここまで響いているのだろうか。

 アダムは一向に泣き止まない。

 既に空が黒色に移ろい始めているというのに、ますます泣く。どんどん泣く。

 アリシアも泣きたくなってしまった。



「どうしよう……どうしよ……!!」



 こんな時どうしたらいいのか……アリシアは知らない。

 ()()()()()()()()がないのだから、何が最も効果的なのか……何も分からないのだ。


 ……こんな時、世間の母は何をしているのだろう。

 大凡知る限りの技は使った筈……だが。


 ……そもそも、アダムは空腹なのだから泣いている。

 アダムでも口にしてくれるものでもあれば……そう、おしゃぶりのようなものでもあれば多少はマシだったのかもしれない。


 けど、この世界でおしゃぶりは作られていないのか、一切見かけることが無かった。



「………うん?」



 ――アリシアの脳裏に電流が奔る。


 ……おしゃぶり……?


 ……おしゃぶり。

 それはつまり、あのゴム製の……そう、女性の乳房の先端を模したブツである。


 ……そして、今の己は女である……!!



「いや、待て。いいのか?そこまでやると……ますます女である事実を認めてしまうような……!!あ、でも一回だけでもアレをやった時点で……いや待て待て待て、ちゃうねん、そうじゃないねん……!!違う違う……そうじゃなくて今はアダムの事だ……けど……けど、いいのか、本当にいいのか……!?」


「ふえええええええぇぇぇえぇんっ!!!」





 ――アリシアは覚悟を決めた。


 元が男の己であろうとも、母になると決めたのだから……!!

 世のお母さんたちを見習え……!!すっげぇぞ……!!

 さあ、だから俺もいくぞ。乳は出ないけど許せよアダム……!!!

 いざ、いざ!!

















 彼方の花畑。

 どこにあるとも分からぬ、色鮮やかな色彩に包まれた純黒――スレープは、のそりと頭を持ち上げた。

 今、どこかで少女の声が聞こえた気がする。

 そう、現在行動を共にしてる、新たな同盟者の声だ。


 ………そういえば、そろそろアダムのご飯の時間だったか。

 すっかりその事を失念していたスレープは、申し訳なさそうに鼻を鳴らした。



「ブル」



 花畑の中心部に一度視線を向け、ゆっくりと蹄を逆方向に向ける。

 ここで眠る我が子には悪いが……今自分は二人の子供を抱える身なのだ。


 方や魔族の希望たる赤子。


 方や危なっかしい――そして己が殺した、『逸脱者』の少女。


 どちらも、可愛らしくて世話を焼かずにはいられないの。

 どうか許してほしい。





 ――もう暫く待っていて。もうちょっとしたら、私もそっちに行くからね。













 :::::<3:冒険者、アリシア>



 石畳の広がる大通りを、アリシアは五つ子スタイルで歩いている。

 それなりに背の高い建物に道を挟まれ、しかし全く圧迫感を感じない程度には広い道。

 その両端のいたる所に設置されている店を見て回りながら、遅めの朝食を探して品定めの視線を彷徨わせた。



 その姿を見つけた壮年の男は、自分の有する酒場の出張所――荷車を改造した移動店舗から声を張り上げる。



「おう!ウーラソーンの嬢ちゃん達!!今日もいい肉入ったぞお!!今なら1つ銅貨一枚だ!」


『食べます。串焼き5個ください』


「毎度ぉ!銅貨5枚ね!」



 チャリチャリ。

 アリシアの革袋から取り出された銅貨を屋台のおじさんに手渡し、代わりにタレをたっぷり塗られた串焼きの肉を受け取った。 

 お礼の言葉を口にし、その開いた顎で脂の乗った肉にかぶりつく。


 前世の常識で考えるとすこしマナーが悪いかな、と思いつつも食べながらで再び足を動かした。



 ここはアリシアが建設中の拠点から比較的近いこともあって、常に5つの肉体が『冒険者のウーラソーン姉妹』として常駐している。

 いつかの日に用立てた身分はここでも役に立っている。アリシアは過去の自分の采配に喝采を贈りたくなった。俺賢い!



「んぐ」


「やっぱおっちゃんの料理は……最高やな!」


「これであと3日は戦える……!(ガチ)」



 そんなおっちゃんが店を構える『ハイデラ』という街は、特に変哲のない作りの街。

 防壁はちょっと頑丈だが、建物はすこし古く、舗装された道は所々で綻びがある。


 けれど財政難と言うわけではないし、かといって潤っているわけでもない。

 治安はそこそこ。物価もそこそこ。

 普通の名産品があり、旅人もそれなりに訪れる。

 The 普通といった雰囲気が漂っているが――しかし、一つだけ他とは違う特色がある。

 特別群を抜いて特別というわけでもないが……それこそが、アリシアが街の中に居を構える理由。





 ――カァーン!カァーン!!カァーン!!




 すべての体を見せ始めたばかりの太陽の照らす地上を、騒々しい金属音が切り裂いた。

 アリシアが歩く石畳の道の上でも反響し、周りを歩く通行人達もその音に驚き――と言う訳ではなく、慣れた様に、あるいは実際に「またかよ」と口に出して建物の中に引っ込んで行く。



 アリシアはその音を耳にした瞬間、大通りを全力で疾走する。



 日々弛まぬ訓練を積む拠点の肉体からフィードバックされた機能を十全に活かし、統一された規格による高効率な動作で以て距離を縮めた。


 アリシアが目指す先、そこは町の正面にある大門。

 外部との血管が繋がる出入り口であり、そして冒険者ギルドが作った防衛拠点がある。



 移動するにつれてアリシアの周囲には、同じように全力で走っている武装した人々が居た。


 皆一様に槍や剣、弓や杖を携え、それぞれ多様な紋様と個人の名前が描かれた銀の板を首から下げている。


 ――つまりは認識票。

 彼等はアリシアと同じ冒険者だ。



「おう、ウーラソーン姉妹か!今日も速えな!!」


「おじさんもな!」


「てかこの前怪我してたよな?」


「大丈夫?」


「これから()()()だよ?」


「女子供、怪我人はすっこんでな……!!きりっ」


「おま!この前言ったのまだ根に持ってんのか!?悪かったって!!」



 やいのやいの。

 並走する革鎧姿の男と雑談しながらも速度を一切落とさず、合間合間で合流する他の冒険者も輪に入れ、10分ちょっとの時間をかけて大門へ到着した。



「もう戦いは始まってんのか……!!」


「よぉし!いっくぞぉ!!お前らもまた後でな!死ぬんじゃねえぞ!!」


「じゃ、お先ぃ!」



 ついさっきまで会話していた同業者はそれぞれのグループやソロの形で散らばっていき、大門を攻め落とそうとする()()()()()を思い思いに迎え撃つ。


 緑の小鬼、堅牢な甲羅を持つ亀、大きな黒い蜘蛛、子供程度なら一呑みにできそうな緑の蛇。


 アリシアは剣を抜いた冒険者の男達を見送り、自分も剣や槍を手に吶喊した。



 ズン!



 地面を踏み抜く。

 筋力に優れた者であるなら、何も考えずに直感で肉体を操作し、そしてそれで敵対者を殺せるのだろう。


 しかしアリシアはそうではない。

 どこまでも凡庸な四肢の力を使って敵を殺すのなら、よく考えて駆使する必要がある。



 大地を足で掴め。

 踏み込みの力は最小限にしろ。

 無駄な力は全部削ぎ落とせ。

 生まれた衝撃――余剰な力は全て剣に込めろ。

 四肢を回転させろ。



 ――そこまでして、ようやく敵に通ずる牙になる。



 ザン!!!



 五重の音と、肉を、骨を、神経を断つ感触がアリシアの腕を這い回った。



「――おおおおおおおッ!!!」



 振り払う。

 お前らは敵なんだから、そんなのは関係ないんだ。




 ――だから、死ね。




 剣を振り被り、大きな蜘蛛へ突貫する。

 一と二は正面から。

 三と四は左右から。

 五を担当する肉体は、普段から特に多く持ち歩いている道具類――投げナイフや毒針、簡易催涙弾を投げつけるために常に射線を通す位置に。



 一振り、蜘蛛の足を断つべく石剣を突き立てる――が、回避。その長い足を振り払い、先端の爪でもって刃を弾いた。



 ――火花が散る。


 二振り目、下段からの斬り上げ。

 大地ごと巻き込み、盛大な土埃とともに振るわれた斬撃は――しかし、その赤い複眼に見切られいとも容易く避けられる。


 音もなく後方に下がったソレを追い詰めるべく左右からも槍を振るう。


 大振りな横の薙ぎ払いと甲殻を射抜く突き。

 大胆に、そして繊細に放たれた二対の攻撃。



「キシ――」



 上方を狙って放たれたソレを伏せるだけで避けられると踏んだのか、蜘蛛は地を這うように身体を落とし、その足さえも折りたたむように身体を縮めた――



 それは悪手だ。



 ブオン!!



 蜘蛛の背甲を掠るように放たれた薙ぎ払い――その勢いのままに体を一回転。

 体の捻りを加えた上で今一度足を踏み出し、二回転の力を込めた叩きつけを放つ――!!



「ギィ!?」



 ドン!!



 腹の底を叩くような衝撃音が響く。

 元は非力な少女のみであれど、運用次第ではその力を如何様にも高めることができるのだ。



 ドン!!

 ドン!!



 響く。

 響く。

 少女は二振りの槍を力強く叩きつけ、蜘蛛の背甲を叩き割らんとあらん限りの殺意を込めた。



 ドン!

 ドン!

 ドン!

 ドン!!

 ドン!!

 ドンッ!!

 ドンッ!!!


 轟音が交互に鳴り響く。

 その音が蜘蛛の聴覚を刺激する度に、立ち上がろうとしたその体を再び地面に沈められる。



 立ち上がろうとする。

 叩き付けられる。

 立ち上がろうとする。

 叩き付けられる。

 立ち上がろうとする。

 叩き付けられる。

 立ち上がろうとする。

 叩き付けられる。

 立ち上がろうとする。

 叩き付けられる。

 立ち上がろうとする。

 叩き付けられる。



 ああ、ただ藻掻く事しか出来ない。

 なんと口惜しい!



「ギ、ギ!!!」



 ――ガパリ、と大きな口を開く。


 覗く牙はテラテラと粘ついた輝きを放ち、その身に秘めた毒をこれでもかと言うほどに主張している。



「ギギギ!」



 蜘蛛は勢いよく顔を持ち上げる。

 叩き付けたばかりで隙だらけのアリシア、その片割れへ向けて複眼を向けた。

 己の毒を以って、こんな小さな人間程度一滴で殺し尽くしてやるとも……!



「キシィ!!!」



 その身に残された魔物の怪力を総動員し、突破口を作るべく殺意のままに跳ね起きる――!!


 蜘蛛が見ると、この愚かな人間は未だに防御の体制に入っていない。それどころか、まだまだ己を押さえつけているとでも思っているのかその鉄槍を大きく振りかぶろうとしている。実に愚かッ!!



 ――殺った!!



 蜘蛛――|単体危険度6の《ベテランでなくては殺せない》魔物、『シュラーブ』はそう確信した。



 ……しかし、無意味。




 ――ズルリ。



 鋼が肉に食いつく音が蜘蛛(シュラーブ)の聴覚を刺激する。

 この人間の肉に喰いついた!という感覚の代わりに得たのは、自身の口腔の内部いっぱいに広がる鉄の味。


 目の前に居た人間は鉄槍を振り被り――否、それを終え、今まさに自身に振り下ろそうとしているところであった。

 はて、何故己はこの人間を未だ食えていないのだろうか。

 何故、何故―――?



 ズドン!!



 音が響く。

 ピキリ、と背甲が割れ、柔らかな内部をさらけ出した蜘蛛(シュラーブ)

 口に突き立てた剣を引き抜き、槍の動作を阻害しない位置から剣で斬りつける。


 ――もう一体、後方から走り寄る。

 そのアリシアは存分に乗せた勢いのまま、あらん限りの力を込めて剣を突き立てる。



 グサ、グサ、グサ、グサ、グサ、グサ!



 黒い血が辺りへ飛び散った。

 周囲への警戒を飛び道具を有する五の肉体で担当し、ただこの危険生物を一刻も早く殺しきらんと一心不乱に、容赦なく乱雑に剣と槍を突き立て続ける。


 ……蜘蛛(シュラーブ)がその意志をあっけなく霧散させるのは、それからすぐの事。






 ――ああ、口惜しい。後もう少しで、この街の、この、土地の、魔王様の、遺産を――――。






 この土地に眠る魔王の残滓。

 幽かに残った神代の魔力を求めた魔物達による大攻勢は日常茶飯事。


 張り巡らされた防衛拠点。

 力と名誉を求める冒険者達の戦いは終わらない。

 彼らと同じ冒険者としてこの地に居着く――ただの冒険者としてのアリシアは今日も変わらず血を浴びた。




 その胸には、『()等級冒険者』の認識票が輝いている。







<TIPS>


「魔王の石剣」

嘗てこの世界の半分を支配していた古の王。彼が生涯愛用していた大きな剣。

いつかの日は悍ましいほどの魔力を宿していた剣だった。

しかし、魔王亡き後は東の街――魔王が滅んだ地にある地下神殿に収められ、気が遠くなる程長い間浄化の祈祷が繰り返された。もう、嘗ての面影さえも残していない。

今となっては幽かな残り滓が闇として焼き付いているのみ。


彼は、全能の父によって鍛造された『逸脱者』でもある。




ああ。誰か、誰か。

私の、俺の、僕の――産まれた意味を、教えておくれよ。




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