18話 魔王の影、死を超越せし者
「クレル!!」
「クレルお姉ちゃん!!」
「カイルさん……フラン……!」
町長の屋敷のドアを突き破り中に入る。
階段を上り三階にある高そうな家具が並んだ執務室らしき部屋。
目の前で剣が浮いていた。錆び付いた、それでも魔力を感じさせる古びた剣だ。
「オートクレールが……! 間に合いませんでしたか……」
古びた剣が闇の渦に呑み込まれ消失する。
破壊されたのではなく、別の場所に飛ばされたのか。
代わりに先端に髑髏が付いた杖が浮いていた。一人の小太りの男が持っている。
「我が主の収集癖には困ったものダ。使えもせぬ魔剣を集めて何がしたいのやら――オヤ? オヤオヤ。こんな所に人間が迷い込むとは。正気を保っておるとは、運が良いのかそれとも……まぁイイ」
町長らしき人物は顔が溶けている。死人と同じだった。
飛び出した骨が、不気味にカチカチと動いて言葉を紡ぐ。
「我が名は死を超越せし者。ようこそ我が城へ。狭い所だがゆっくりしていってくれタまえ」
「なんて、惨い事をしやがる……その身体は借り物か。……お前がこの街を襲った主犯格か!
」
「ご名答。死霊の杖を使い、人間どもを内部から腐らせ、主様に捧げる軍団を作り上げるのが我が主命。面白いように事が進み、笑いが止まらないのであるナ。カカカカカ」
骸骨は人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべる。
「その杖を破壊してお前の計画を台無しにしてやる!」
「ホウ、気に入ったのであればこのような杖、いくらでもくれてやるぞ? ホレホレ、遠慮はいらんゾ」
空間に渦が湧き。二本、三本と同じ形をした杖が落ちてくる。
「なっ、その杖は失われし遺産ではなかったのですか!?」
「これは模造品であル。貴重な品であるからな。失くしては困るので量産しタのだ」
量産した……だと? つまりこの街と同じ悲劇がまた繰り返されるというのか。
「そう簡単に真似できるような技術では……貴方の背後には、大きな組織が絡んでいるのですね」
クレルは膝を付き、肩を押さえながら情報を集めようとする。
彼女は傷だらけだった。
身を護る術は詩だけで、一人でこの骸骨と戦っていたんだ。
「オヤオヤ、魔王軍四天王の一角にして死神甲冑部隊首無し隊長にあらせられる我が主君、デュラハン様を知らないとナ? 貴様たち人間は誠に愚かであるな。ちなみに我はその優秀な右腕であるゾ」
「魔王に、四天王……? そんな……彼らはクラウ・ソラスによって討たれたはずです!!」
「我も含めて主君は不死身であるからナ。力を蓄え、同じく闇に潜んでいた残党と合流し、魔王軍を再結成したのダよ。おっとこれはまだ話してはいけなかっタか」
魔王軍だ? 四天王だ?
そんなよくわからん連中の為にベールは、街の人たちは犠牲になったのか。
「……デュラハンだか何だか知らないが。お喋りな骸骨だ。まずはお前の首を叩き落してやる!」
フランベルクを掲げて炎を呼び起こす。
杖が量産されているのであれば、壊しても意味が無いのなら。
もうその使い手を手当たり次第、倒すしかないだろう。
「ホウ、まだこの土地にはそのような魔剣が残されていタか。その剣も我が主君の為に戴いていく」
「やれるものならやってみろ!!」
骸骨に向かって炎の渦を発現する。必殺技である【炎獄陣】。
最大出力で部屋の壁ごと燃やし尽くす。闇の障壁でその殆どが消滅していた。
「アチッ、アチチチチ。炎の魔剣か……これはアンデットの肉体には堪えるナぁ」
言葉とは裏腹に余裕がある表情が癪に障る。
だが敵も簡単には触れられないのか。距離を取っている。
「まずは少しずつ温度を下げていくかナ。行くがよい。我が忠実なるしもべたちヨ」
死人たちが骸骨の盾となる。
全員が元人間だ。……邪魔だ。頼むから退いてくれ。
奴をこの手で滅ぼすまで、俺は、止まれねぇんだ。許してくれ。
「……ッ! マスター……力が……く、苦しい……です……」
背中でフランが何かを言っている。
でも俺の耳には届かない。
意識にあるのは、目の前の視界に映る敵だけだ。
「アチ、アチチチチ、ええぃその魔剣を近付けさせるナ! 焦げる焦げル!」
「テメェだけは、絶対に、逃がしはしない! 逃がすものかあああ!!」
もっとだ。もっとだ。もっともっともっと!!
力を限界まで引き出す。
気が付くとフランベルクがドス黒い炎に染まっている。関係ない。
奴を倒す為なら。滅ぼす為なら手段を選んでられない。
魔剣は敵を倒す武器なんだろう。ならその望みに応えてみせろ!
膨れ上がった黒い塊を、剣を、憎き相手に振り下ろす。
「喰らいやがれえええええええええええええええええええ!!」
渾身の一撃。肩から肉を抉り斜めに斬り下ろす。
「……フム、良き憎しみだ。人間の負の感情ほど旨いご馳走は無い。お昼のおやつぐらいにはなル」
「なん……だと……?」
まるでダメージを与えていなかった。
「生きとし生ける者の怨念を喰らい。死を超越した我に、そのような生温い憎しみの炎では滅ぼせんゾ!!」
「カイルさん、危ない――――――!!」
闇の波動が押し寄せる。
クレルが間に入って結界で守ってくれる。
だがあまりにも近くで喰らい過ぎた。同時に弾き飛ばされる。
轟音。町長の屋敷の半分が吹き飛んでいた。
俺たちの身体も三階から外に投げ出され、中庭に転げ落ちる。
全身に衝撃が走った。肺から空気が抜けて、目の前が霞んで来る。
まだ息があるのは、クレルの詩のおかげだ。
「くそっ……くそっおおおおおおおおお……!!」
勝てない。コイツは今までの魔物とは比べ物にならない。
魔王軍の、四天王の右腕だと言っていた。嘘じゃない。何もかもが格が違う。
骸骨は中庭に降り立つ。余裕を見せながらゆったりと近付いてくる。
「悲しいかナ。どんな生物にもやがて終わりが訪れる。ダが、安心するがよいぞ。死こそ始まり。死にゆく者こそ美しい。誰が言ったか知らぬが良い台詞ダナ」
立て……立つんだ。倒さないと。
コイツだけは許せない。大勢の命を奪い取った。
目の前で。目の前で救えなかった。零れ落ちた命を、仇を、生きている俺が!!
俺の手で必ず滅ぼして――――
「……カイル、さん……忘れないで、貴方にとって、フランは……願いを叶える為の、道具なのですか……?」
「…………!!」
隣で倒れているクレルの言葉が、重く胸に突き刺さった。
それは憎しみに染まった。愚かな俺の目を覚まさせるのに十分過ぎるほどで。
「大丈夫……です……フランは……まだ、やれます」
無理やり魔剣の出力を上げたからか、フランは息を荒げている。
いつもなら使えば使うほど喜んでいるのに。今は、ただ苦しそうで……。
俺にとってフランは、
一緒に旅をしてきた相棒で。妹のような存在だったはずだ。
実の姉の前でそうはっきり伝えていたのに。
独り善がりに暴れて、まるで兵器のように扱って……。
何を――やっているんだ俺は。
スッと熱が冷めていく。
フランベルクに渦巻く黒い炎が元の紅色に戻る。身体が軽くなる。
「ホウ、これが人の愛の力と呼ぶものか。臭いナぁ、骨に染みるナぁ。死人にして飾っておきたくナる。造り物の剣精は果たして死人になりえるのか……気になる。試してみるかナ」
「くっ、オートクレールさえあれば……こんな相手に……! フラン、私が囮になります。カイルさんを連れてこの場から早く……!」
「いや……その必要は……無い。助かった……クレル。正気に戻れた。俺はまだ、やれる……!」
力を必死に振り絞って、立ち上がる。口の中の血を吐きだす。
今までの人生の中で、これほどまでに追い詰められた事は無かった。
そりゃそうだ。ずっと逃げ続けていたんだから。戦う事から目を背けてきた。
ふざけた野郎だが。奴は強い。四天王の右腕は伊達じゃない。
魔剣の力だけでは、今までの魔剣に頼るだけのやり方では通用しない。
「……フラン。不甲斐ないマスターですまない。お前を苦しませてしまった。俺はやっぱ……正義の味方にはなれねぇや」
「ま……マスター?」
怪我をした肩が熱い。足が震えている。腕が棒のように固まっている。
怒りに身を任せなきゃ俺は所詮こんなものだ。
冷静になればなるほど弱い自分が晒されてしまう。
怖い。戦うのが怖い。死ぬのが怖い。期待に応えられないのが怖い。
誰だって己の弱さと向き合うのに覚悟がいる。楽な道を選んでしまいたくなる。
スキルも無ければ。取り柄も無い。
能力も無ければ、ランクだってずっと最底辺の愚図。
でもこんな俺にだって、逃げてはいけない、
戦わないといけない瞬間がある事ぐらいわかっている。
「どうしても、倒したい相手がいるんだ。許せない相手がいるんだ。苦しくて、辛くて、それでも戦い抜いて。泣いていた人がいたんだ。助けたいんだ。救いたいんだよ。――――俺も、俺ももっと頑張るからさ。魔剣の所有者として、恥ずかしくないように。お前が誇れるような! 立派なマスターになるから……!!」
ずっと魔剣の力に甘えていた。
俺はまだ何もしていない。何もできちゃいない。
「だから……もう一度。俺に、チャンスをくれないか? 頼む。”一緒”に戦ってくれ……!」
願う。こんな無能な俺でも。信念を貫き通したい時がある。
俺が冒険者になったのは、
少しでも世界に認められたい。そんな想いがあったからなんだ。
誰かの役に立ちたい。誰かの助けになりたい。
資格が無くても。心の中に灯った炎は未だ消えていない。
――柔らかい感触に包み込まれる。
剣を握る腕に小さな手のひらが重ねられていた。
「フランは、何度でも……何度だって、貴方の力になります。それが剣精の務め。私の、願いですから。マスターの望むがままに。……道を切り開く剣になります!!」
「……ありがとう」
「カイルさん……! フラン……!」
力だけでなく立ち向かう勇気を貰って。
二人で倒すべき敵を見据える。魔剣に眩い光が灯っていた。




