14話 第ニの剣精
月夜の薄暗い森の中を俺たちは歩いていた。
魔物の気配はない。フランを恐れているのかそれとも別の要因か。
先頭を進む小鳥の姿を見失ってしまう。何処からか美しい歌声が流れてきた。
「~~~~~~」
誰かが管理している森なのだろうか。女性のものだ。
誘われるがままに前を進むと、小さな泉が見えてくる。
「ん、やけに開けた場所があるな。休憩場所に使えそうだが」
「見てくださいマスター! あそこに人影が!」
それは王宮に飾られた絵画を、そのまま持ってきたかのような光景だった。
月の光を浴びて輝く、長い銀髪を風に靡かせ、一人の人物が詩を奏でていた。
長い耳が特徴的な大人の女性だ。ただ、どことなく雰囲気がフランに似ている。
「……ようやくお会いできましたね」
俺たちの姿を確認すると、
詩を中断してこちらに近付いてくる。
立ち振る舞いのすべてが上品で、
飲み込まれそうになる。まばたきも忘れていた。
「ふあっ、どなたでしょうか? フランのお知り合いでしょうか? 私は記憶がないのですが」
「……大丈夫、すべてを把握しています。貴女と会うのは五百年振りでしょうか? 安心してください。私は、貴女の姉ですからね?」
ぎゅっとフランを抱きしめ、その女性は姉と名乗ったのであった。
◇
「そうですか。今はフランと呼ばれているのね」
「はい、マスターに名付けて貰いました!」
女性はフランの隣に座り、
俺との出会いから今日に至るまでの話を聞いていた。
俺たちを導いてくれた小鳥は、
彼女の白く細い指に止まっている。動物を操るスキルがあるのか。
見た目の歳は俺に近い。
だが今さっき五百年振りと言っていたし、当てにならないか。
「もしかして安直だったか? SSSランクの魔剣だからもう少し凝った名前にすべきだったか」
「いえ、フランベルクのフラン。可愛らしくて記憶に残りやすい良き名前だと思います」
「そ、そうか……」
女性は俺に対しても丁重な口調で接してくれる。
フランもそうだが、本来は俺の方が立場が低い。
剣精は国によっては上位貴族に匹敵する地位を持つのだ。
現存の魔剣を所持している人物の殆どが、王族に連なる血筋の持ち主である。
フランの場合は、
本人がその意識を持ってなかったので。あまり気にしていなかったが。
この女性は明らかにオーラが違う。
俺みたいな小庶民には眩しくて直視できない。
「申し遅れました。私はかの天才魔剣技師ガアルによって創り出された、魔剣オートクレールの剣精です。せっかくですので、フランのように名前を付けてもらえませんでしょうか? 別の名が無い事はないのですが。今のフランとお揃いだと嬉しいです」
「えっと、お姉ちゃんはオートクレールだから、オとクを取ってオ――」
「ごほんっ、ではクレルでどうだ」
能天気なフランの口を封じて先に提案する。
さすがに女性にその名前は酷すぎるだろう。
「そ、そうですね。そう呼んでもらえると助かります。クレル、クレル。はい。覚えました!」
クレルも苦笑いをしながら、元気よく返してくれる。
初見のイメージでは、
勝手に深窓の令嬢という印象を受けたが、意外とそうでもないのかも。
「小鳥の件は感謝している。あの助けがなければ、ロクが怪我をしていたかもしれないからな」
「妹の不始末ですから。姉である私が手助けをするのは当然です。あの少年も無事で良かったです」
「ごめんなさい……」
言い付けを破ったフランがばつの悪そうにしている。
誰だって間違いは犯すものだから。あんまり言い過ぎるのも可哀想だ。
「それにしてもすごいスキルだな。小鳥を通して何が起こっているのかも把握できるのか」
「私はエルフをモチーフに創り出された剣精ですから。小動物たちと会話ができるのです。この子たちにはよく簡単なお遣いをお願いしているのですよ」
「人質を悪人から救うのが簡単か。SSSランクの魔剣はやっぱりスケールが大きいな」
剣精は現存する生物を模して造られると聞いている。
人間以外にもエルフや獣人、龍族、天使に魔族に。
その種類も様々だ。どうやら性質も引き継ぐらしい。
魔剣技師ガアルか……。
何処かで聞いた覚えがあるな。昔の歴史書だったか。
「同じ魔剣技師に造られた。つまり二人は本当の姉妹なんだな」
「私は三人姉妹の二女に当たります。フランは三女、末っ子ですね」
「それは想像通りだな。長女の方は?」
俺が尋ねると、クレルは少しだけ遠い眼差しになる。
手の届かない場所に行ってしまった、
誰かを思い出しているような。そんな感じだ。
「……もしかしたら既にご存じかもしれません。私たちの長女は魔剣クラウ・ソラスです」
「神剣クラウ・ソラス!? マジかよ、超有名所じゃないか!」
「マスター、その方は有名なのです?」
「当然だ、世界を救った英雄が扱った剣だぞ。子供に聞かせるおとぎ話でも出てくるくらいだ」
邪悪なる王を打ち滅ぼし世界を救った聖なる剣。
旅の目的地である王都にはその子孫が王として君臨している。
神剣も次代の英雄の為に、国の宝物庫に厳重に保存されているはずだ。
そんな超が付くほど由緒ある魔剣の末っ子を、俺が手にしているのか。
「残念ながら私には姉上のような逸話は残されていません。それどころか過去の戦いにおいて敗北を喫し無残にも破壊されてしまいました。……伝説とは程遠い、不出来な妹なのです」
「……壊された? でも今はこうしてクレルと話している訳だが」
「それは魔剣に自己修復機能があるからですね。私はまだ半壊で済みましたが、その時の戦いでフランは完全に破壊されてしまいました。壊れた武器に誰も興味は持ちません。私たちは戦場に置き去りにされてしまったのです」
「そんな事があったのか……」
戦いの最中で、誰もそんな余裕が無かったのだろうが。
置き去りにされた彼女たちの気持ちを考えると、俺は自然と唇を噛んでいた。
「フランの修復には五百年の歳月が掛かり。それまでの間、私が安全な場所に隠していたのですが。どうやら記憶を失って彷徨っていたみたいですね。突然いなくなって、心配でずっと探していたのですよ?」
「一人で寂しかった、かも。よく覚えてないです……」
それがどうしてあのダンジョンに辿り着いたのかは疑問だが。
俺は偶然にも、修復が終わったばかりのフランと出会った訳だ。
「カイルさん。私が見ていないところでフランがご迷惑をお掛けしていませんでしたか?」
「そんな事はないぞ。とても頼りにしている。大事な相棒だ」
「そうです! 私は、フランは立派にお役目を果たしています!」
フランは頬を膨らませてクレルに訴える。
こうして見ると確かに末っ子だな。昔から手の掛かる子だったんだろう。
「それならよかったです。フラン、今後もマスターにしっかりとお仕えするのですよ?」
「当然です! マスターはしっかりとフランがお守りします!」
「…………」
正直、こうしてクレルにこの場に呼ばれて。
お前はマスター失格だと言われるものだと思っていた。
だが、結果として真逆の反応を貰っている。それがどうも腑に落ちない。
「クレルは俺の事を認めてくれるんだな。自分で言うのも恥ずかしいが、俺は魔剣の所有者に相応しいとは思えない。いつも魔剣に頼り切っていて、使いこなせているとは到底……」
「……カイルさんはフランの事をどう思っていらっしゃるのですか?」
クレルは真剣な眼差しで問いかけてくる。
どう思っているか。それは彼女に対する印象の話か?
「そうだな、実の姉の前では言い辛いが。なんというか、俺にもし妹がいたらこんな子がいいなと」
「マスター……!」
フランが感激していた。俺の妹がそんなに嬉しいのか?
家族がいない俺にとって、
兄妹とは妄想の中の産物だ。だからすべてが俺の主観だが。
愛嬌があって、素直に慕ってくれて、頑張り屋で。
兄にとって彼女は理想的な妹だろう。駄目な兄にはもったいないくらいだ。
「やはり貴方はフランの所有者に相応しいお人です。私の目に狂いはありませんでした」
「そ、そうか?」
疑問しか湧かない。弱いから適任? 普通は逆じゃないか。
姉としては頼りになるマスターに預けておく方が安心だろう。
「剣精はマスターを補佐する為に、魔剣技師によって様々な調整がなされています。お一人で何でもこなす器用な方ですと、私たちの存在意義を失いますから。それでは寂しいのです」
「そういうものか」
「そういうものなのです」
「フランはこれからもたくさんお役に立ちます!」
多分、他にも隠している事があるんだろうが。
少なくとも俺は今後もフランと旅ができるらしい。姉の公認を得た。
というか今さら別れろと言われても困るけど。
「クレルはこれからどうするつもりなんだ? 一応、妹と再会できて目的は果たせたんだろう?」
「実を言えば……今、私の本体が行方不明の状態でして。何者かに厳重に封じられているのか、探知もできず困っているところなのです」
そういえばクレルは魔剣を持っていない。
ここまで武器も持たずに出歩いていたのだろうか。
その美しい容姿では、柄の悪い連中に絡まれる事もあっただろうに。
「……大丈夫なのか? 破壊されたらまた数百年も眠ってしまうんだろう? せっかく妹に会えたのに、そんな悲しい別れは俺だって嫌だぞ」
「魔剣はそう簡単に滅ぼせる物ではありません。ですが、悪用されては困りますので、なんとしても取り戻さないといけないのですが。旅を続けて、この辺りの土地に隠されているところまでは情報を掴んだのですが……」
それ以上は手探りの状況なのだという。
合間にフランを見つけたので、彼女をここに呼んだとの事。
もしかしたら、本心では俺たちの協力を欲しているのかもしれない。
「もしよかったら俺も協力するぞ。フランには日頃からお世話になっているしな。その姉ちゃんが困っているのであれば、当然手を貸す。ま、まぁ争い事には極力関わりたくないが。今回も特別だ」
「マスターは正義の味方ですから!」
「それはもう引退したと言っただろう。今の俺は――そうだな、フランの兄貴だ」
「フランのお兄ちゃん!」
わーいと俺の周りをフランはくるくる走り出す。
お姉ちゃんの前だからか、変なテンションになっている気が。
「とても嬉しい提案ですが。手元に魔剣が無い私にお役に立てる事は……」
「役に立つとか立たないとか、そんなくだらないもので俺は人を判断しない。それを言ったら一番に省かれるべきなのは俺自身だしな。義務感で言っているんじゃないぞ? 旅は賑やかな方が楽しいしな!」
自虐風に言うと、クレルは微笑んでくれる。
その滑やかな指で俺の手を包み込んでくれた。
「カイルさんはとてもお優しい方なのですね」
「マスターはとっても優しいのです。フランの理想のお兄ちゃんです!」
「……お前たちは俺を褒め殺すつもりか。俺はそういう賛辞に弱いんだよ!」
悲しいかな。侮辱されたり煽られたりする方が安心できるのだ。
でも少しずつ褒められるのにも慣れてきた。相変わらず心臓は痛いけど。
二人は終始にこやかな表情を崩さなかった。
姉妹仲は昔から良かったみたいだ。羨ましい限り。
クレルは俺の前で綺麗なお辞儀をしてみせた。光に照らされ幻想的だ。
「それでは……お言葉に甘えさせていただきます。魔剣が見つかるまでの間どうか、不肖の姉ですがよろしくお願いしますね」




