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高橋心愛の存在証明

作者: 高峰 翔

 今日は私の18歳の誕生日。

 けれども、私にとっては普段と何も変わらない。

 誰もいない家で目覚め、1枚のパンを焼いて食べ、軽く身支度をして学校へ向かう。


 私は両親が嫌いだ。

 父さんが不倫をして家を出て行ってから、母さんは何をしても手がつかず、いつも一人で外をふらふらと遊んでいる。

 笑顔溢れる暖かな家庭が崩れたのは、丁度6年前の誕生日だっただろうか。

 私の誕生日に帰って来なかった父さんを母さんが問い詰め、不倫が発覚した。

 お父さんも悪いけど、家事をほとんどせずに家でダラダラ。夜遊びに出かけては金をたくさん使っていた母さんが見捨てられるのは、今考えると仕方がない気がする。


 私は中学校に入ってから誕生日プレゼントを親から貰ったことがない。

 ケーキを食べたことも、お祝いの言葉を掛けられたことも無い。

 中学1年生の時に、中々誕生日のことを言ってくれない母さんに対して、煮えを切らした私から、誕生日忘れてない?、と言ったことがある。

 その時に母さんから言われた言葉を私は鮮明に覚えている。


「あの男との間に出来た子の誕生日なんて祝うわけないでしょ?」


 その日を期に母さんから私は酷い扱いを受け続けた。

 暴力は当たり前になり、段々食事も少なくなった。

 終いには、母さんが家に帰ってくることが殆ど無くなった。

 今はどこで何をしているかわからない父さんからの慰謝料で私は生活している。

 そういうわけで、私は両親が嫌いだ。


 私は学校が嫌いだ。

 今日、学校に登校すると私の上履きが無かった。

 近くを探しても見つから無かったから、靴下のまま教室に行くと、私の机の上に油性ペンで色々なことが書かれていた。 

 

 生まれてこなければ良かったのに。

 18年もよく生きてられるね。

 生んでくれた両親に感謝しよう。あ、両親いないんだった。

 

 雑巾と洗剤を使って文字を消した。

 洗剤が置いてあるトイレの洗面台で、びしょびしょに濡れた上履きが見つかった。


 1時限目の教科書を取り出すために、ロッカーを開けるとゴミが大量に詰め込まれていた。

 教科書は毎日書き込まれる文字が増え、悪口で染められている。


 何回か担任に相談した。

 クラス会議が開かれ、みんなが私に謝った。

 特にあたりが強かった女子は涙を流していた。

 見て見ぬふりをしていた人たちが、私は関係ないと声を大きくして主張していた。

 先生はクラス会議の最後にこう言った。

 

「みんな心の底から反省して、悪いと思っているわ。高橋さんはどう?みんなと仲良くやっていきけそう?」


 私ははっきり、無理ですと言った。

 先生に呼び出され、何故か遠まわしに怒られた。


「せっかく先生が頑張ったのに、このままだともっといじめられちゃうよ?」


 この人はどうして先生になれたのだろう。

 私は教師に相談するのをやめた。

 そういうわけで、私は学校が嫌いだ。


 私は私が嫌いだ。

 生まれてきたことを後悔している。

 自分の不幸を呪っている。

 私には何があるだろう。

 家族、無い。

 親友、無い。

 友達、無い。

 お金、無い。

 特技、無い。

 考えれば考える程。

 書けば書く程。

 私という人間が嫌いになってくる。

 そういうわけで、私は私が嫌いだ。


 何もない私にも紙とペンは与えられていた。

 授業を受けようと、ノートの真っ白なページを開けて、シャーペンを握った時。

 突然私は死にたいと思った。

 白紙のページを切り取り、書き始めると止まらなかった。


 授業の終わりを待つ必要はない。

 教室から飛び出して屋上に行こう。

 落下防止のフェンスがあったはずだけど、よじ登れば超えれる高さだった気がする。

 クラスのみんなは突然授業を放棄した私を格好の笑い者にするだろう。

 教師は私の奇行の対応に追われるだろう。

 そんなこと、私が気にする必要はないか。

 もう一生会うことは無いのだから。


 私は生きていた。

 高橋心愛はこの世界に存在していた。

 それだけは誰かに知ってほしいと思った。

 自分でもなんでそんな感情が湧いたのかわからない。

 悲劇のヒロインになりたいわけじゃない。

 決して同情してほしいわけではない。


 世間も、両親も、教師も、クラスメイトも、私の死を暫くは引きずるだろう。

 それでも時間と共に記憶は薄れ、忘れられる。

 私という人間の存在は完全に消える。

 そんなことを考えると、私が耐えてきた18年間が報われない気がした。

 

 この先に進むことが私にはできなかったけど。

 この手紙が私が生きた18年間の存在証明になってくれれば嬉しい。

 

 そろそろいくね。


 さようなら。

この作品を最後までお読みくださった皆様、ありがとうございます。


彼女にどうか救いがありますように。

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