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カタコト車輪の回る音を聞きながら、馬車の中でくつろぐ。どうしようか。ものすごく心が痛い。つい数分前のルナリアの顔を思い出してしまう。さっきからずっとこんな感じだ。割り切ったはずなんだがなあ。
「はあ、我ながらもろいよな」
精神の弱さに呆れていると馬車が止まる。
「殿下、着いたみたいですよ」
「ああ」
同乗していたアンナが先に扉を開けて、周囲を警戒する。アンナは俺の専属メイドでありながら護衛でもあるのだ。馬車を降りて目前にある怪しげな店を見る。周りの店より幾分大きく、奥も長く続いている。香水やたばこのにおいがぷんぷんと漂ってくる。思わずしかめそうになるがなんとか耐える。
「迎えはいつも通り夕方でいい」
「かしこまりました」
御者はそっと一礼すると馬車を引いて王城に引き返していった。それを見送ってからアンナと共に店の中に足を踏み入れる。顔見知りの娼婦達が近づいてくる前にさっさと一番奥の個室に入る。まもなくでっぷりと太った男と二人の見目麗しい娼婦が入ってくる。彼女達はこの店で一二を争う美女達だ。
「おはようございます、殿下。本日はどういった件でしょう?」
にこやかに告げてくる店主を見ながら決まり文句を口にする。
「いつも通りだ。夕方まで楽しむ。邪魔が入らないようここには誰も近づけるな」
「かしこまりました」
定型と化しているセリフを言い終わると、周辺の気配を探る。これからする話は盗聴されるとまずいので内側の声がもれないように結界をはる。ついでに話し合いをしているようにするために、適当な会話を風魔法で空気を振動させて作り出す。俺しか使えない超高等技術だが慣れたものだ。
さてと。
「お前達、報告を」
「はい。今のところこれといった情報はございません」
店主がさきほどとは打って変わって無表情で抑揚のない声で告げる。二人の娼婦とアンナも同じように沈黙したまま立っている。
「分かった。引き続き情報を集めろ。前回より間が空いているからな。近々仕掛けてくるだろう。どんなに小さい異変でも、俺に伝えろ。それからこれからいつも通り出かける。俺のいない間、手筈はいつも通りに」
「了解しました」
四人がそう答えるのを聞き、俺は虚空からいつもの普段着を取り出す。黒銀のフード付きローブに膝まである黒銀のブーツ。そして同色のグローブと仮面だ。パチンと指を鳴らして自分に常時かけている変装魔王を解く。髪と右目が黒銀色に、左目が緋色に染まるのを確認して、装備を身につける。これで髪の色も相まって全身黒銀づくめだ。
いつも思うが完全に不審者の恰好だ。
全身身を隠せていることを確認したら、再度四人を見る。
「では頼んだぞ」
言い終わると視界が切り替わり、緑あふれる木々が目に入る。空間魔法で王都より遠い森へと転移したのだ。
「さあて、朝の運動といきますかね」
言い終わると同時に意識を少しだけ拡散。周辺の匂いと音からここを通った魔物を推測。空間把握で確認したところ数種類の魔物が西の方向に散らばっている。
瞬時に魔力を足の裏で爆発させて走り出す。さり気なく魔法で音を消しながら、木々の間を駆け抜けると一体目を発見する。ただいま水を飲んでいる最中のウルフだ。灰色の体毛で覆われた犬っころだ。Eランクの冒険者が難なく倒せるほどの雑魚なので、素早く近寄って風魔法で首を刎ねる。空間魔法で見ずに収納しながら次の標的に突進していく。
群れなのだろうか、二三匹で固まっていたり、単独で離れてうろうろしているウルフを次々と首を刎ね飛ばしていく。中には最後まで気付かなかった奴もいる。
ううむ。あまり強い魔物を見ないな。もう少し奥に行くか。奥の方へとさらにスピードを上げて疾走する。
ちらほら空間把握に引っかかる弱い魔物を無視していると、ついに強そうな魔物を知覚した。体形を考えるとノックスネークだろうか。長い身体を木に巻き付けてぶら下がっているみたいだ。
俺が近づくと瞬時に気配を察知して威嚇してくる。悪いがにらめっこをするつもりはないんでね。スピードを落とさずにそのまま突っ込むと、長い尾で薙ぎ払ってきた。魔力で強化しているのだろう、生身でもらうとまずい。普通ならだが。
難なくしっぽを避けてさらに距離を詰める。尾が空振りになったのを利用してさらに頭から横なぎにかみつきにきたノックスネークを、虚空に手を突っ込んで出した漆黒の剣で一閃する。
かみついてくるよりも早く駆け抜けた漆黒の閃光にノックスネークの頭がとんだ。頭が地面に落ちる前に胴体ごと空間魔法で回収する。これはもう長年の習慣なので、呼吸をするようにできる。
Cランクの魔物一体だけじゃまだ大金を得るには程遠い。まだまだ魔物を狩る必要がある。俺はさらに魔物を倒すために森の奥へと疾走していった。
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