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1-1

薄暗い森の中を走る。息を切らせながら何とか走り続けていると不意に後ろから殺気を感じ、とっさに真横に転がる。


ドサっと俺が走っていたところに黒い先端の尖った塊が突き刺さる。追いつかれたことを悟った俺は虚空から身の丈以上の黒銀の片手剣を二本取り出す。大人用の大きさの剣を身体強化でそれぞれ水平に構える。注意深くあたりを警戒していると、それは音もなく俺の前に現れた。


少し欠けた月の光に照らされて姿が顕になる。俺の剣と違って光を飲み込んでしまったような黒い鱗を纏い、鋭く長い爪をもっている。背中には大きな翼がたたまれ、トゲ付きの長い尻尾がある。闇といえるその巨躯で静かに佇みながら、暗闇で輝く赤い瞳で俺を睨む。


その魔物は暗黒竜シズリアと呼ばれていることをこの時の俺は知らなかった。だが、対峙してその圧倒する力はびりびり感じていた。


タラリと額に流れる汗を感じる暇がない程、俺は奴の動向に注目していた。頭では奴の動きを予測、身体強化は今できる最大までしている。二つの剣には切れ味を上げるよう魔力やその他諸々の付加、奴の弱点である神聖属性までつけている。


勝算は半分以下。だがゼロじゃない。今まで何度もこんな状況に陥ってきた。それでも何とか切り抜けてきたのだ。今回も絶対に切り抜ける。生きるために奴を倒す。俺は活を入れて相手を見据える。


そのままお互い睨み合うこと数分、状況に変化が生まれた。暗黒竜は黒い闇魔法の弾丸をこちらに飛ばしてくる。右手で剣をなぎ払い魔力を拡散する。左手で前方に光る斬撃を放つが、暗黒竜の身体を何事もないように通過。


フェイクだ。本体は後ろか!振り返ると同時に左右の剣をクロスさせると、上から凄まじい衝撃がかかる。

耐えられなくなる前に距離をとる。暗黒竜は地面にある影から身体を半分出した状態で、ゆらゆらと自慢の爪をふる。かかってこいと挑発しているのか。


・・・・・・いいだろう。転移魔法ですぐさま暗黒竜の真上に移動し、剣を叩きつける。


二刀流一式黒双月。二つの剣を弧を描くように斬りつける。しかし、爪で阻まれてしまった。相変わらず硬い。だが、俺にはまだ切り札があるのだ。


再度同じ技を放つと暗黒竜は見きったつもりなのか、緩慢な動作でさっきと同じように爪をかざす。しかし、今度はやすやすと剣は爪を切り裂いた。ぎょっとした暗黒竜は頭上に迫っていた剣を避けるべく、影を通って高速移動する。


お互い最初の時と同じようににらみ合い始める。まだこれはほんの腕試しだ。


暗黒竜は今強い憎悪を抱いた目で睨んでくる。さっきのような油断はもうないだろう。ここからお互い全力の殺し合いが始まる。


俺は今使える力をすべて開放し、魔法の発動準備をする。暗黒竜も闇色の魔力で身体を多い、鎧を纏うような風貌へと変わる。


次の瞬間同時に地面を蹴る。俺は剣と魔法で。暗黒竜は爪と魔法で。



お互いが激突するという瞬間、パチンと俺は目が冷めた。視界に入る見覚えのある天蓋を眺める。久しぶりにあの時の夢を見た。何年ぶりだろうか。寝間着が汗でぐっしょりと濡れた感覚を感じながら、ベッドから起き上がる。コンコンと近くの扉がノックされたのはその時だった。


「おはようございます、殿下。お早いお目覚めのようですね」


「アンナか。おはよう」

部屋に入ってきたのは茶髪の女性だった。彼女は俺の専属メイドである。


「朝食のご用意は出来ておりますが、いかがいたしましょう?」


「ああ、いつも通り部屋に運んでくれ」


「かしこまりました」

一礼した後アンナは廊下に出て朝食を乗せたトレーを手にもって来て、近くのテーブルの上に置く。


俺は寝間着から普段着にさっと着替えて、朝食を食べ始める。


「アンナ。陛下達はどうしてる?」


「陛下や王妃様、シルベット様は現在一緒に朝食をとられております」


「そうか。俺に何か伝言を預かっていたりするか?」


「いいえ。特にはございません。強いて言えば穏やかに毎日を過ごすようにと承っております」


「穏やかにねえ。要は面倒を起こすなということか」

口の中に朝食を放り込みながら、これからの予定を立てる。といっても、既にある程度決まっているのだが。


「アンナ、朝食を食べた後、皆に挨拶をしてから町へ行く。馬車の準備を」


「かしこまりました」

アンナは食べ終わった食器を手にもって部屋から退出する。


部屋に備え付けられている蛇口で顔を洗う。黒色の髪と瞳の見慣れた顔が鏡に映る。とそうだ、あれを忘れる所だった。


きらきらと豪華に装飾をあしらった服の内ポケットに常備している香水をかける。どぎつい匂いがするが我慢する。いつものことだ。


部屋から出て長い廊下を歩く。行先は廊下の突き当りを左に曲がり、すぐ右手にある部屋だ。俺はその部屋をノックする。


「おはようございます、陛下、王妃様、シルベット」

部屋に入ると三人の人が朝食をとっていた。奥に座っている王冠を被った茶髪の壮年の男性、その左右に座っている緑色の髪の耳の長い女性と、女性と同じような容姿をしている少女がいた。


「レイか。今は食事をしている所である。用があるなら後にせよ」


「なに朝一番に顔を見たくなってお伺いした次第でございます、陛下」


「なら早く出て行け。わしはこれから大事な用があるのだ」


「わかりました、陛下。王妃様も失礼しました。シルベット、また後で会おう」

最後まで一言も発さず、というか目も合わさなかった王妃と王女のシルベットに挨拶をしてから退出する。


ふ~、いつも通りか。先ほど見た部屋の光景を頭の中で確認しながら中庭に出る。春の代名詞と言えるピンク色の咲き誇る花、ロベリアを眺めながら歩く。そうか、もうそんな季節か。ここ最近季節の移り変わりなど気にしていなかったので、ロベリアの開花する瞬間を見逃してしまったみたいだ。


ちらりと騎士達の訓練場を眺める。どうしようか。今日は会いにいってみようか。


正門に向かっていた足を訓練場の方へ伸ばす。この時間帯なら鍛錬でもしているだろう。勤勉な奴だし。訓練場の方を覗いてみると、一人木人形に木の剣で打ち込みをしている少女を見つける。きらりと煌めく腰まで届く程の長い金髪を三つ編みしてまとめ、汗を流しながらその紅い瞳で真剣に木人形に打ち込む姿は相変わらず美しい。


そして剣技もまたすごいものだ。一撃一撃に全身の体重をしっかりとかけて重くしているし、動きに無駄がない。汗をかいてしまっているものの息はあまり乱れていない。


少女は激しく剣をぶつけ続ける。やがて終わりなのか動きを止めて、傍に置いていたタオルで汗を拭き始める。そうとう打ち込んだのだろう、剣の刃がでこぼこになっている。これを毎日続けているというのだから本当に真面目だ。


終わったのを見計らって少女のそばへ歩み寄る。


「やあ、いつもいつもすさまじいな。ルナリア」


「・・・・・・おはようございます、殿下」

ルナリアは話掛けてきた相手が俺と知るや、渋面をつくる。


「そんな顔しないでくれ。俺と君の中だろう。話方も昔みたいに頼むよ」


「・・・・・・」


「ね?」

しつこく言い続けると観念したのか、ルナリアはため息をつく。


「何の用?放蕩王子。大した用がないならあまり話かけないでくれないかしら」

さきほどとは打って変わって辛辣な物言いだ。視線も冷たい。俺が若干美少女限定で耐性があるのでなければ、即刻凍死しているな。


「幼馴染が頑張っている姿を見かけたから、声をかけるのは当然だろう」


「あなたに幼馴染なんて言われたくないわ。虫唾が走るのよ。」


「ひどいねえ。そこまで嫌わなくてもいいじゃないか」


フンと鼻を鳴らしてルナリアは背を向ける。


「用がないならもういいでしょ。さっさと娼館にでも行きなさいよ。どうせ今日も行くんでしょ」


「まあね。でも君に話があって今日は来たんだよ」


「あなたなんかと話すようなことなんてないわ」

そっけなく断るとルナリアは更衣室に向かい始める。が、


「いいのかな?メアリー絡みのことなんだけど」

俺の言葉に足を止めて振り返る。ごうっと冷たい風が吹いていると錯覚させるようなより冷たい目で睨みつけてくる。


「メアリーに手を出したら、私はあなたを許さないわよ。その覚悟はできているのかしら」


「おお怖いねえ。今の所俺はそんなことを考えてはいないさ。手を出す必要なんてないからね。潰そうと思えばいつでも潰せるし」


「あんた・・・」

ギリギリと歯を食いしばってルナリアは固く拳を握り占める。


「だけど、条件を飲むなら俺はメアリーに手を出さないと誓うよ」


「・・・・・・何を考えているの?条件って何よ」


「そう難しいことじゃない。単に君が俺のもとに来ることさ」


「ッ!」

はっとルナリアは息を飲む。俺はそれをにやにやと笑いながら眺める。


「そ、そんなこと嫌に決まってるじゃない!」


「そうか?なら仕方ないな。メアリーに手を出さないという話はなしだ。」


「それはっ」


「ひどいねえ君は。メアリーより自分のことを優先するんだもんな。そんなので本当にメアリーが大事な友達だって言えるのかな?どうなんだろうねえ」


「・・・。」

唇を噛んだままルナリアはうつ向く。ここらへんが潮時かな。俺はその様子を見て思う。これ以上揺さぶっても、もう意味はないだろう。


「ま、さっきの話はゆっくりと考える時間をあげるよ。返事はしばらく後でいい。ただくれぐれも他言しないように。したらどうなるか、分かるよね?」

顔を覗き込むと、ルナリアはその綺麗な顔をこわばらせながら首をたてに振る。


「それならいいんだよ。それじゃ、訓練頑張ってね」

手をひらひら振りながら俺は訓練場を立ち去る。背中に強い敵意のこもった視線を感じながら。





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