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無料人生相談所

作者: 笛伊豆

 サトウさんはベンチに腰を降ろしてため息をつきました。

 ここは市役所の敷地から続いている公園です。

 営業マンであるサトウさんは、朝からいくつかのお得意先を回り、今日のノルマを終わらせて一息ついたところです。

 仕事はあまり上手くいっていませんが、いつものことです。

 これから会社に戻って残業か。

 ぼんやり周りを見回していると、ふと「人生相談」という赤い文字が目に付きました。

 「無料」の字もあります。

 どうやら掲示板に看板が取り付けられているようです。

 その下には机があって二人の人が向かい合って座っているのが見えました。

 役所のサービスなのでしょうか。

 屋外とは珍しいですが、無料というからには営利事業とは思えません。

 占いならともかく「人生相談」です。

 不思議に思って見ていると座っていた背広姿の片方が立ち上がりました。

 軽く頭を下げて足早に去って行きます。

 もう一人は椅子に座ったままです。

 料金を払っている様子がなかったから、やはり無料なのでしょうか。

 サトウさんは無意識のうちにベンチから立ち上がりました。

 そのままフラフラと「相談所」に近づきます。

 椅子に腰掛けて何か考え事をしている「相談員」は背広にネクタイのきちんとした中年男性でした。

 やはり役所の人なのでしょうか。

「お願い出来ますか?」

 サトウさんの問いかけに「相談員」は目を開けて一瞬ためらってから「どうぞ」と応えてくれました。

「あの、無料なんですか?」

「ええ。お金はいりません……と思います」

 何か変な答えでしたが、まあいいでしょう。

 サトウさんは「相談員」と向かい合った椅子に座りました。

「何の相談でもいいんですか?」

「いいのではないでしょうか」

「名前などは」

「必要ないです。自由に話しても……いいのでは」

 サトウさんは「それではお願いします」と言って話し始めました。

 仕事が上手くいかないこと。

 給料が安いこと。

 同僚と馴染めないこと。

 いつの時代でも、どんな人でも抱く不満をとりとめもなく話します。

 愚痴に近い内容でしたが「相談員」は時々頷きながら聞いてくれました。

 自分からはほとんど何も言いません。

 時々短く相づちを打つだけです。

 でも聞き流されているという印象はありません。

 サトウさんの言葉を真剣に聞いてくれて、ただ聞くだけではなく深く共感してくれているのが感じられるのです。

 話しているうちにサトウさんは気持ちが明るくなってきました。

 好きな様に話せて、それを聞いて貰えるのがこんなに癒やされることだなんて。

 そういえば精神科医の治療も同じようなものだと聞いたことがあります。

 下手にああだこうだ言われるより、ただ話を聞いて貰える方がずっと有功な「治療」なのかもしれません。

 やがてサトウさんは話すのを止めました。

 というより自然に止まりました。

 もう十分です。

「ありがとうございました。素晴らしい人生相談ですね」

 サトウさんが言うと「相談員」も深く頷きました。

「そうですね。私もその通りであると思います」

 二人は微笑み合います。

 そして「相談員」はごく自然な動作で立ち上がりました。

「それでは、次の方をよろしく」

 去って行く「相談員」をあっけにとられて見送るサトウさん。

 ふと見ると相談所の看板に見えたのは、いくつかのポスターの集まりでした。

 「無料査定」「不動産のご相談」「人生をやり直しませんか」など、バラバラの言葉が偶然「無料人生相談所」に見えたみたいです。

 するとこの机と椅子は何なのか。

 考えこむサトウさんに声がかかりました。

「あの……よろしいでしょうか」

 見るとくたびれた背広の中年の男性です。

 疲れた表情に胸が詰まります。

 サトウさんはにっこり笑って応えました。

「もちろんです。どうぞ」

 都会の片隅のささやかなオアシス。

 無料人生相談所には今日も「相談員」と「相談者」が絶えることはありません。

(終わり)

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