シロネブリと半年
シロネブリの観察を始めてから半年がたった。
この頃はさすがに最初のように驚かされることも減ってきたが、大小様々な発見は少しずつ積み重なって増えてきている。
まずシロネブリは人を個別に判別できるようだということ。
以前の観察に大量の骨を提供してくれた骨魔偶研究家の友人が手紙をやり取りするうちにシロネブリに興味を惹かれ何度か遊びに来たのだが、生き物の扱いに慣れていないこともあって来るたびにやたらと撫で回したり転がしたりといささか度が過ぎた構い方をしてしまった。結果、彼が近づくとシロネブリが逃げるようになったのだ。
私が近寄っても無関心かつマイペースに行動を続けるのに、友人が部屋に入ったとたんに家具の隙間や天井へ全速力で向かいだす。何でもって人を見分けているのかは不明だが、少なくとも私と友人の区別はついているのは間違いなさそうだった。
さらに私に対してはどうやら与えられる骨との関連性を覚えたらしく、朝夕の食事の時間になるとしばしば寄ってくるようにさえなったのだ。もしかすると、以前飼っていた小さな鳥と同程度の知性があるのかもしれない。
シロネブリの食事に関しても興味深いところがあった。
試しにとパンや野菜、果物などを与えてみたこともあったのだがシロネブリがそれらに口を付けることはなく、骨付き肉を目の前に置いたときなどはあからさまに肉をよけて露出した骨の部分を選り好みしていた。ただ、乾燥した状態でわずかに残った骨膜程度であれば、あまり気にせずに食べてしまうこともあった。
そういった食事の様子を、雲母海月の透き通った干物板の上に乗せた状態で骨を与え下から覗き込むことで直接見ることができると気づいたときには軽く目から鱗が落ちる思いであった。こうして観察したところ、シロネブリの口は中央に穴があり、それをぐるりと囲むように円の形でやすりの様な歯が帯のように並ぶ形となっていることが分かった。この歯を使って骨の表面を削り取り、粉末状になったものを体内に取り込むのだ。
ひょっとするとシロネブリの名はここから付けられたのかも知れない。ネブリ、とは舐る。つまり物をなめる様子を表しているのではないだろうか。削られた骨の表面を舐めとられたと見て取り、シロは体毛の色かあるいは骨を指すと考えれば、シロネブリという名は白色の舐める者、あるいは白骨を舐める者という意味だと推測できる。
口といえばもう一つ興味深かったのは、シロネブリが鳴いたことだ。
おそらくだが正しくはのどを使っているわけではないようなので、鳴くというと語弊が生じてしまうだろう。キシキシという人の歯軋りに似た音を立てていことから考えて、あの小さな歯同士をこすり合わせて音を出しているのではないかと思われる。始めに聞いたときは何の音かさっぱり分からず、家のどこかが傷んで軋んででもいるのかと慌てさせられたものだった。
反対に、観察しても結局良く分からなかったことも色々とあった。
さきほどシロネブリが鳴くという話をしたが、このような音を立てる理由はまったく分からなかった。そもそも鳴くこと自体がかなり稀であり滅多に聞くことができないうえ、確認できた少ない例も統一性がなく、窓辺で日光浴をしながら鳴くときもあれば訪ねてきた友人に部屋の角に追い詰められて鳴くこともあった。朝夕に鳴いたこともあれば、昼間に隙間に隠れたまま寝言のように鳴くときもあり、今でもその意図は不明である。
そもそも言ってしまえば、シロネブリが音を認識しているかどうかも定かではないのだ。シロネブリの体に耳にあたる器官は見当たらず、一度芸を仕込むことはできないかと指示と給餌を関連付けさせようと試してみた際、声に対して全くと言っていいほど反応が見られなかったことからもかなり疑わしいのではないかと考えている。
移動中に突然ぴたりと静止し、そのままじっと動かなくなることもしばしばあった。何かしらに気をとられているのではとも思ったが、起こるたびに確認しても原因となりそうなものは特に見当たらず判明には至っていない。
黒骸骨や赤骸骨などのアンデッドの骨を与えることでシロネブリの毛に色をつけられないかという計画も今のところ頓挫している。というのも、黒骸骨などの骨の色は憑依させた霊体の持つ怨念や性質に由来するものらしいのだが、この霊体入りの状態の骨をシロネブリは食べようとしなかったのだ。憑依を解いてしまうと骨の色も元に戻ってしまうため手詰まりであり、現在友人に頼み元から色のついた骨を持つ魔物がいないか調べてもらっている最中である。
他にも、シロネブリに眠りの術をかけてみたところ、動きは止まったものの目蓋がないため眠っているのか魔力に反応し驚いて固まってしまっているのか判別がつかなかった、という間の抜けた話もあった。
観察を続けるほどに、分かったことを追うように分からないことが増えていく。
シロネブリはきっとこれからも小さな驚きと発見をもたらし、私の日々の生活に潤いを与えてくれるのだろう。
そう思っていた。




