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シロネブリと毛皮

 シロネブリの観察を始めてから三ヶ月ほどが経過したとある日のこと。

 そろそろ眠るかとシロネブリを鳥籠に入れ結界を張ろうとしたところで、籠の中に置いてある水入りの小皿に埃が浮いているのを見つけた。

 これまで一度も水を飲むところを確認できず、減る様子も一切ないためこの皿の必要性に関しては疑問を感じていたところではあるが流石にこれを放置する気にはなれない。台所まで持って行き軽く小皿をすすぎ、再び水を入れて部屋に戻ったところで私は目を瞬かせた。

 シロネブリが鳥籠の中にいるままだったのである。

 今まで結界を張っておかなくては隙あらば籠から抜け出そうとしていたというのに、これまた水皿同様まったく使用する様子を見せなかった、一応狭い場所を好むようだからと休息用に設置した横倒しの四角いコップにすっぽりと収まっている。いったいぜんたいどういう心境の変化があったのだろうか。

 なにをするにも手に持った皿が邪魔となるため、とり急いで籠の中に置き戻す。いざシロネブリに起こった異変を観察せんと身を乗り出したとたん、シロネブリはまるでさきほどの光景は目の錯覚だと言わんばかりに、平然とコップから檻の縁へと向かいにゅるりと脱走した。

 ただの偶然、あるいは気まぐれだったのだろうか。捕獲して鳥かごの中に戻しても、まったくもっていつもどおりの様子で針金の隙間を抜けていく。水皿を置くまではじっとしてたというのに何故、と首をひねった所ではたと気がついた。もしやそれが原因だというのか。

 水入りの小皿を鳥かごから出し、逃げ出したシロネブリと入れ替える。シロネブリは――――静かにコップの中へと潜っていった。どうやら正解だったらしい。

 理由は不明だが、シロネブリは水を避けて行動するようだ。精霊などの物質を取り込まない例外を除き、ほとんどの生物にとって水は必要不可欠なものであるとの認識が強く、飲まないどころかこのような少量の水まで徹底して避けるとはさっぱり思いあたらなかった。

 気づいていなかったとはいえ、この三ヶ月の間夜間だけといえど忌避するものと一緒くたに鳥籠に閉じ込めていたことに申し訳なく思う。こうした事態を減らせるよう、まだまだシロネブリについてしっかり観察する必要がありそうだと気持ちを新たにした。

 

 その数日後、事件は起こったのである。


 結果を先に報告しよう。シロネブリが禿げた。今現在私は非常に動揺している。

 言い訳させてもらうとこれは純然たる事故であり、決して私にシロネブリを害そうという気持ちがあったわけではない。私が行っている観察はあくまで引退後の無聊を慰めることを主目的とした軽いものであり、本職の魔物研究家のように弱点や体内構造の調査まで視野に入れた本格的な実験ではないのだから。

 そう、うっかり。うっかり腕があたってしまい、机の上に置いてあったたっぷりと水が入った水差しが倒れ、その倒れて水がこぼれ落ちた先にたまたま床の上を進行中だったシロネブリがおり、その結果としてシロネブリに多量の水が掛けられることとなり、水をかぶったシロネブリはとたんに一房も残さぬ禿げとなった。いまだ理解が追いつかないが、それが今目の前で起こった出来事である。

 シロネブリが水を避けて行動することは先日判明したばかりだ。ひょっとすると元々シロネブリの毛皮自体に水に弱い性質があるのか、それとも墨を吐いて目をくらますように水がかかると全身の毛を切り離して囮にする生態でもあるのか。丸禿げとなってしまい少し軽くなったシロネブリを乾いたタオルでくるみ、水気をふき取りながら考える。

 禿げてしまったシロネブリの地肌は薄い灰色で、毛が生えていたにしてはずいぶんと滑らかだ。普段は毛に埋もれてしまっている見えているのかどうか不明な二つの複眼がなければ、一見すると石にでも見間違われかねない外見だった。

 すっかり乾いたシロネブリをサイドテーブルへ避難させ、机にこぼれた水を拭く。続けて、よっこらせと呟きながらしゃがみこみ、床を拭こうとして手が止まる。

 水に混じって抜け落ちたシロネブリの毛が散らばっているのだろうと思っていたのだが、まったく抜け毛が見当たらない。その上、シロネブリがいたあたりに広がる水が何やらうっすらと白く濁っている。指先で掬い指同士をすり合わせてみると、微かにではあるがざらつきがあった。

 二つほど考えられる可能性を脳内に挙げる。一つ、シロネブリの毛は体内に引っ込んで収納できるようになっており、白い濁りは水を掛けられ驚いたシロネブリが吐き出した何かという説。二つ、この濁りこそが毛が溶けた成れの果てである説。さてどちらであろうか。

 まあどちらにしろ今確かめられることではないため、今は残念ながら掃除を優先するべきだろう。


 一週間ほど後になると無事、禿だったシロネブリに毛が生えだした。撫でるとチリチリと生えたばかりの毛が引っかかる感触がする。このように毛の再生に時間がかかるとなると、毛を引っ込めていただけの可能性は低そうだ。一ヶ月かけて指の幅程度にまで毛が伸びたところで、ほんの少しだけ刈り取らせてもらう。

 見やすい様に黒っぽい色の小鉢にのせて少量の水をたらすと、毛はあっという間に形を失い水を濁らせた。しばしかき混ぜて様子を見るが、白い粉はそれ以上溶ける事はなく時間と共に沈殿し底に溜まる。この粉の正体は不明だが、シロネブリが関わるものとして真っ先に浮かぶのは骨だ。色も白いことであるし、もしかするとシロネブリの毛は食べた骨の粉で出来ているのかもしれない。

 となればいささか値は張りそうだが、死霊術の使い手に依頼して強力なアンデッドである赤骸骨や黒骸骨を用意してもらうのも面白そうだと、私は今後の観察の計画を立てるのであった。



観察結果「シロネブリの毛は獣の毛と異なり粉状の何かによって出来ており、水に溶ける」

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