シロネブリと好み
観察と後片付けに時間をとられ、危うく朝市を逃すところであった。
芋類を地下室に放り込み朝食の準備を進める傍らで、机の上にて馴染みの肉屋に交渉して買い取った骨ににじり寄るシロネブリにふと思う。
シロネブリに骨の好き嫌いはあるのだろうか。
一般的に魔物は魔力が多く含まれる食物を好む傾向があるといわれている。強力な魔術を扱う魔物が数多く跋扈する野性の世界において、魔力を持たないただの動物が食い尽くされることなく生き残っているのはそのためだ。
多くの魔物の肉体を構成する物のうち、最も魔力濃度が高いのは血液であり、次に心臓と脳が並ぶ。それらと比較すると骨に含まれる魔力量は一歩劣るが、肝臓と脾臓を除く他の臓器類と比較すれば負けてはいない。
今シロネブリがかぶりつきになっているのは水滴兎の肋骨だ。水滴兎は比較的弱い部類の魔物であり、駆け出しの冒険者が容易に狩れるからと調子に乗って群れに挑み、並列発動された水魔術によって返り討ちにされる姿は冒険者界隈における伝統と化している。
たとえばここに、同じく水魔術を操り水滴兎より多くの魔力をもつ波角羊の骨を並べて置いたのなら、シロネブリはどちらかを選ぶのか。案外気にせずただただ近いほうから順に食すのかもしれないが、はたしてどうだろう。
気になるところではあるが、これは流石にすぐ試すことは難しい。狩られた魔物の骨は、素材として有用なものか触媒となる種類のものを除き解体されたその場で廃棄されてしまう。素材として商店に並ぶものはその殆どが含まれる魔力の霧散を防ぐ目的で薬品による加工が施されており、シロネブリに与えるにはいささかの不安がある。かといって触媒を食わせるのは魔術師として抵抗が強い。
ここは専門家の手を借りるべきだろう。
一月経ち、友人に頼んでいた荷物が届いた。
包みを開ければ一通の手紙と大量の骨、骨、骨。手紙の内容は時候の挨拶と以前依頼されて私が送った魔術刻印板に対する礼、そしてこれらの骨が現在研究中の最新型骨魔偶に使われた余りの端材であり、必要とあらばこの十倍以上の量を送ることが可能である旨が記されていた。
現時点ですでに十分な量の骨があり、今これ以上あっても置き場に困る。この一月の間に判明したが、シロネブリが必要とする骨の量はさほど多くなく、一日あたりにおおよそ指頭の半分ほどの大きさの骨片があれば事足りるようだった。とはいえ仮にもしこの中にシロネブリが格別に好むようなものがあったのならば、それはそれとして送ってもらうのも良いかも知れない。
一つ一つの骨には丁寧にタグが付けられていて、何の魔物のどの部位か、いつ狩られ解体されたかが几帳面な字で書き込まれている。そして一番下の行には何故か出汁をとった場合の味について一言ずつつづられていた。まさか全て煮出して試したのだろうか。彼らしいといえば彼らしい行動だ。
タグの内容を吟味しながら骨を机上に並べどういった手順で観察を行うか考えていると、ふと視線を感じた気がした。
顔を上げ振り向けば、部屋の角、天井と壁の境い目にいる毛玉が視界に入る。捕獲してきた日から今日まで私の就寝中以外は基本的に部屋の中を自由にさせているため、多少ではあるがシロネブリの行動様式が判明してきている。主な活動時間は早朝と夕刻で、日中や夜間はああした高所――――夜に限っては鳥籠内の頂点付近――――か狭い隙間に潜り込みじっとしているのはもはや見慣れた光景だ。
今は太陽が頂点を過ぎたばかりであり、まだまだシロネブリは大人しくしている時間帯だ。しかしながら何となく急かされたような気になり、私は苦笑をこぼしつつ夕方に間に合うよう準備を進めるのであった。
陽光が軽く赤みを帯び始めたあたりで、シロネブリが壁を伝い動きだした。普段よりもほんの少しだけ時間が早い気がするのは、きっと錯覚ではないのだろう。床に到着したところを手で掬い上げ机に下ろす。さて、お待ちかねの観察を始めるとしよう。
同日に狩られた縞狼の一般的な個体と、リーダー格の個体の骨をシロネブリからほぼ同じ距離を空けるようにして並べる。多くの魔物と同じであるなら魔力量の多いリーダーの骨へと向かうはずであるが、結果やいかに。
シロネブリの行く末をじっと見守る。選ばれたのは――――リーダー個体の骨だった。想定通りではあるが同時に予想外とも言える。ことシロネブリに関しては私が立てた予測は外れる確立の方が高いのだ。念のため場所を入れ替えて何度か検証してみるが、その全てにおいて同じ骨が選ばれた。
一旦骨を取り上げ、次の骨を並べる。今度はどちらも同じ豪雷蛇の骨だ。違いは狩られた日付。片方はまだ新しく、もう一方は古い。こちらはどうか。
シロネブリは迷うことなく古くなった骨へと進んだ。加工していなければ死亡してから時間が経つほど含まれる魔力は減るはずであり、古い骨の方が当然魔力量は少ないはずだ。もしや魔力と好みは関係していないのだろうか。縞狼のものと同様に試行を繰り返すが、結果に変化はない。
では今度は土槌猪と、魔力を持たない動物である猪の骨を並べてみる。どちらも狩られてからかなりの時間が経過しているものだ。しばし迷うようなそぶりを見せてから土槌猪が選ばれた、かと思いきやもう一度試すと猪の方へ向かった。これはどちらでも良いらしい。
おそらく魔力は無関係である可能性が高い。しかし、それならば何を基準としているのか。
幸い骨は潤沢にあるため、次々と組み合わせを変えて試してみる。結局、シロネブリが満腹になり天井の隅へと戻っていくまで検証を重ねることとなった。が、どうにも結果は要領を得ない。
狩られた日付の近しい近縁種を並べてみても、魔力量の多いほうへ行くこともあれば少ないほうへ行くこともある。同種同士であれば古いほうを好むのかと思いきや、これまた新旧問わず選ばれる。ただ、動物の骨に限っては必ず古くなったもののみが選ばれ、新しい骨には見向きもしなかった。
ならば長さや形状に起因している可能性はないかと試してもみたが、魔力や古さ以上に意味不明な記録となってしまった。そして残念ながら出汁の味も関連性は見られなかった。
どちらかを選んだ組み合わせで再度検証した場合に結果が変化することはなかったためシロネブリからすれば何らかの基準があるようなのだが、肝心なその基準がまったくもって分からない。全体の傾向としては古い骨が選ばれることが多いものの、好みと断じるには偏り不足である。
結局のところシロネブリの好みは良く分からず、後に残されたのはほんの少しの齧り跡がついた大量の骨だけであった。
観察結果「シロネブリの骨の選別方法は不明だが、好み自体は存在する」
土日は書き溜めますので更新は休みます。