表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

シロネブリと手足

 そろそろ就寝の時刻となったわけだが、シロネブリをどうしたものか。

 たかがシロネブリ、されどシロネブリ。無害そうでも一応これは魔物であり、自由にしたまま眠り翌朝起きたら齧られていました、などとというのは笑えない冗句だ。シロネブリが骨を食べることは知られているが、骨以外をまったく口にしないのかは不明なのである。油断は禁物だ。

 脱走できないよう鳥籠にそわせた結界を張ることにする。入れるたびに外に出ようとするため、おそらくシロネブリにとって籠の中はあまり居心地がよくないのだろう。そんな場所に閉じ込めることはいささか申し訳なく思うものの、情に流されていらぬ危険に身をさらすには若さと勢いが不足している。許せシロネブリ、私は眠い。

 シロネブリが隙間を通り抜けようとして結界に阻まれるのを確認し、目を閉じた。


 翌日。普段どおり空が白みかけてきたころに目を覚ます。今日は少し雲が多いか。

 振り向いて机の上を見やれば、シロネブリは鳥籠の上部、天井の内側に張り付いていた。――――張り付いていた?

 寝起きの霞が一瞬で吹き飛ぶ。見間違いではない。外見から上下の判別がつきにくいが、シロネブリはおそらく逆さまであろう状態でぴたりと静止している。

 シロネブリは手足を持たず、体の底面には口のみがある。そのような構造でいったいどうすれば針金にしがみつくことができるというのか。籠と胴体の境い目を観察すべく覗き込んでみるが、密度の高い毛に埋もれてしまっていて分からない。

 毛を掻き分けてよく見ようと指先で撫でると、大して力を加えていないにもかかわらずあっけないほど簡単に剥がれ落ちてしまった。鳥籠の床上を小さく跳ねたのちに軽く転がり停止。やや間を空けてからモゾモゾと動き出し、昨日と同様に柵の隙間に体を押し付けはじめる。

 しばし静観を続けるが、シロネブリは籠から抜け出ようとするばかりで一向に登攀(とうはん)を開始する様子ない。これはどうやら少しばかり手法を考える必要があるようだ。


 家中から必要となる道具をかきあさる。木製の古いまな板と洗濯板、獣皮の装丁の大きな本、魔術紋を刻む前の銅板、滑り止めに使われる硬化トレント樹脂性マット、占術用の亀甲盤、何故買ったのかさっぱり思い出せない雲母海月(マイカゲルフィッシュ)の干物。片端から板状のものを集め積み上げた。

 実験方法はいたって簡潔。板の上にシロネブリを乗せ徐々に傾斜をつけていくだけだ。直接見ることがかなわずとも、素材ごとの可能不可能を判別できればそこからある程度の推測が導けるだろう。

 壁面や天井を移動するのに用いられる物理的な方法は「爪や棘の類を引っ掛ける」「吸盤などのように吸い付く」「粘性の分泌物によりくっつく」の三つが予測できる。どれか一つではなく組み合わせて利用している可能性も忘れてはいけない。

 魔術使用の可能性は一旦置いておくこととする。毛の動く様子が見られなかったことから風の魔術は除外され、残るは重力制御か概念操作ぐらいしか当てはまりそうなものがない。しかし双方共に魔力消費が非常に高いことで有名な魔術だ。昨日の魔力探知では危うく見落としかけるほど小さな反応しかなかったことから、シロネブリが保有する魔力はおそらくかなり少ないと考えられる。どちらも使用できるとは思えない。

 鳥籠の結界を解除し、柵の隙間から脱獄を果たしたシロネブリを捕獲。まな板の上に乗せる。食材でないものを俎上に載せることに若干の違和感を禁じ得ないが、手ごろな大きさの木板はこれしか見つけられなかったので仕方がない。

 板の端を手に取り、ゆっくりと持ち上げる。垂直を目標とし、まず三分の一のところまで角度をつけてみる。ただ上に乗せただけの物ならば大概はこの時点で滑るなり転がるなりして多少なりとも動きがあるところだが、シロネブリはびくともしない。

 さらに角度をつけ三分の二まで上げる。シロネブリに変化はなし。そのまま傾斜を増し、板を立てる。

 シロネブリは張り付いたままだ。

 思わずほう、と感嘆の息を漏らす。垂直の板に張り付いた一つの毛玉。どうにもシュールさが漂うが、実際目の当たりにするとなかなかに印象深い光景だ。しばらくそのまま観察していると、シロネブリは下へ移動を始めた。今まで机上をうろついていた時と比べるとやや速さに劣るものの、危なげなく動いていく。

 どうやらそれなりに余裕があるようなので、衝撃や揺れを起こさぬように慎重に板を持ち上げ、何処まで落ちずにいられるかを試しにかかることにする。結果、垂直を超えても微動だにせず、シロネブリは完全に逆さまになった。感嘆を通り越し驚嘆を覚える。

 そっとまな板を下ろし、次の板を手に取る。今度はどうなるだろうか。


 すべての板での試行を終え、使用した板を家中のあちらこちらに片付けながら思索にふける。

 逆さまになるまで傾けても張り付いたままだったのは木のまな板と洗濯板、獣皮の装丁の本だ。加えて、まな板の表面にそれぞれ羊皮紙と麻布を張ってみたものでも支障ないようだった。

 亀甲盤は垂直までは耐えられたもののそれを超えると無理が出始め、硬化トレント樹脂は三分の二の角度を過ぎたところであえなく下に敷いておいたクッションへと落下した。

 銅版と雲母海月はまったく不得手なようで、少し角度をつければあっさりと転がり落ちてしまった。それどころか、他の板の上ではある程度放置すると好き勝手に動き始めるのがこの二種の板の上では何やらもぞつくばかりで、どうにも移動することが困難となっているようだった。

 それぞれの板の特性から推察するに、おそらく関係しているのは表面の滑らかさと見られる。木や獣皮は表面が多少なりともざらざらとしており、特に古くなっていいかげん捨てようとしていたまな板はかなりのものだった。亀甲盤と硬化トレント樹脂はざらついているとは言えず、そこそこの滑らかさがある。そして、銅版とガラスに似た材質である雲母海月は非常に滑らかであり、つるつると滑り易い。

 吸盤で吸い付いているのなら、ざらついた面の方が落下し易いはずである。分泌物によって接着しているならば表面の粗さには影響を受けづらく、磨かれた銅版などでは付着した液の跡が残される。しかしシロネブリの通った道はきれいなもので、そういった痕跡は見られなかった。

 ということは、シロネブリは何かしらを壁面の凹凸に引っ掛けて体を支えていると考えるのが妥当なところだろう。手も足もないシロネブリは、いったい何を爪や棘の代わりとしているというのか。

 体の下部には口しかないのだから、当然使えるのは口だけだ。シロネブリの口は、きっと手足を兼ねているのだろう。



観察結果「シロネブリは壁や天井を移動することが可能。ただし、壁面が滑らかな場合を除く」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ