はじめに
シロネブリ、という魔物がいる。
見た目は大人の手のひらにちょうど乗るほどの大きさをしたやや黄ばんだ薄汚い白色の毛玉であり、毛を掻き分けると黒色の小さな複眼が二つ付いている。口は体の下部にあるが、摘み上げると閉じてしまい毛にまぎれて良く見えない。
シロネブリが人を襲うことは無い。というのも、彼らの主食は死者の骨であり、腐肉食のワームなどと同様の掃除屋に分類されるタイプの魔物だからだ。
残念ながら近年は同じく掃除屋であるスライムに押され気味で、生息域を縮小しつつある。私が若いころは遺跡で盗掘者の白骨死体に群がる姿をよく見かけたものだが、肉や骨どころか衣類や皮鎧まで消化してしまう上に、めったやたらと分裂する繁殖力の高いスライムが相手では、生存競争に負けてしまうのも仕方の無いことだろう。
さて、今現在私の手の上には一匹のシロネブリがいる。
これは帰宅途中にふと思い立って捕まえてきたもので、大きさ毛の色ともにごくごく一般的なシロネブリの個体だ。
シロネブリは骨を食べることは知られているが、それ以外の詳しい生態に関しては実のところ驚くほど情報が少ない。というのも、シロネブリは人にとって役に立つところの無い魔物だからだ。
死ぬとぺちゃんこにしぼみ、肉は一切とれない。毛皮は質が悪く、触るとボロボロ毛が剥げていく。
狩っても旨みが無いため冒険者には当然無視される。害があるなら何処かしらが依頼を出すなりなんなりして研究者が調べるのだろうがそれもなく、結果として未知の部分が多く残ることとなっている。
そんなわけで、せっかくだから私はこのシロネブリを観察し、記録を付けてみようと思う。
何か面白い発見があるかもしれないし、そうでなくとも引退して隠居した身、余生のちょっとした楽しみとしては十分だろう。