第4話 「食い違い」
さて、どうしたものか…。
人工的に作られた――作られてしまった少女を前に思考を巡らす。
マオが駆け寄ってくるのが聞こえた。
「どうして逃げなかったの? 危なかったじゃない」
俺はその問いに呆けた反応しか出来ずにいた。
俺のそんな態度を見て何を思ったかは知らないが、マオは不思議そうに目をこちらに向けたあと、容器の前で立っている少女に声をかける。
「えっとー、キミ。名前なんて言うの? あ、言葉わかるかな?」
「私のこと……? 名前は無い……。言葉は……わかる」
「そ、そっか。じゃあキミも私たちと同じ『名無し』なんだね」
青髪の少女はうなづく。
青髪の少女と言ったが、詳しくは違った。
溶液越しでは暗く見えたが、今ならはっきりわかる。
青と白を混ぜた明るい、淡い色。
昔見た、空のような色だった。
「なんか名前がないのも不便だね。私が名前を決めてもいいかな?」
「……名前ないって、さっき言ってた?」
首を傾げ、少女が尋ねる。
「それは比喩みたいなもの。そういえば自己紹介まだだったね」
「おい、まだそいつが味方なのかわからないのに、こっちの情報をペラペラ喋っていいのかよ」
「何、心配症になってるの。この子はさっきまでここに放置されてたんだよ」
「だからだ。ここがどこだと思っている。実験施設? ただの実験施設じゃない。人工的に人間を作ろうとするような施設だぞ。他に何があるのかわかったもんじゃない。危険を減らしたいんだ。そいつは本当に安全か?」
「何よ、ここに行くって決めたのはリーダーのあんたじゃない!」
「知らなかったんだよ。こんな悍ましい場所だったなんて。そもそも、知ってたら来なかったし。お前が勝手に機械を動かすから……」
「黙って見てたくせに! それにあんな幼い子をここに置いとけと?」
「ああそうだ」
「信じらんない。私は連れていくから」
「おい、待てよ!」
二人の口喧嘩を止めたのは廊下にいたメンバーだった。
ある程度物資が集まったで帰ろうとのことだった。
彼らがいなかったらその少女を俺は引き下がらなかっただろう。
結局、少女は連れていくことになった。
今は予備の服を着せ、マオが手を引いている。
他のメンバーは「一人くらいの面倒なら見れますよ」といったが、俺の心は少女に対する嫌悪でいっぱいだった。
物資を鞄につめ部屋を後にする。
こんな場所から一刻も早く立ち去りたかった。
しかし、そんな俺の思考を遮るかのように、通ってきた道にシャッターが下りていた。
「ありゃー、電源が落ちたときの衝撃でしまっちゃったかな」
マオがシャッターが動かないかどうか確かめながら呟く。
それがあの少女が原因だと考えると苛立ってしょうがなかった。
思わず不満が口から出そうだったが、また喧嘩になりそうだったので堪えた。
「別のルートを探すしかないな」
「……ここを通りたいの?」
少女が尋ねた。
「うん、でも通れないから他のルートを探すしかないかな」
そんなマオの返答も余所に少女はシャッターに手をかける。
「壊して……いい?」
「へ? いいけど……って壊す!?」
少女がシャッターに触れた部分が歪む。
まるで紙でも破くかのように、鉄の壁は引き裂かれた。
これには一同絶句だ。
あの華奢な体のどこにこんな力があるっていうんだ。
人造人間、サイボーグ?
たまったもんじゃない。
こんな化け物を連れて帰るなんて想像もしたくなかった。
「へ、へぇ……、すごい力だね」
見えてないが顔が引きつってるのがわかるぞ。
その言葉の主の肩を掴む。
「今すぐ考え直せ。あんなのがシェルターで暴れだしたら一溜まりもないぞ」
「うちもちょいと驚いたけど、そんな暴れるような性格じゃあらへんし、ちゃんと力のセーブもできるみたいだよ。そうじゃなきゃ、今頃手がくしゃくしゃくになっとるし」
「だから何だって言うんだ。今は大人しいかもしれないが、機嫌を悪くしたらどうする? 誰が止めれる? お前か? いや、誰にも無理だ。俺は責任を取れない」
「うちが責任持って面倒見る。言葉は理解できとるし、こっちの話も聞いてくれとる。ゆう君の言い分もわかるけど、あの子を置いてくのは嫌や。」
「もしお前がそいつを連れてくるなら俺はお前らをシェルターには入れないぞ」
「そんなに自分の身が大事? 大丈夫って言ってるじゃない。それこそ可能性があるってだけで見捨てるなんて……、政府と同じね」
政府と同じ。
そう言われて俺は言葉が出なかった。
俺が憎むべき政府と同じだと?
「もういい。お前が責任取れ」
あまりの怒りに体が震える。
だがここでそれに身を任せればリーダーとして、人として面目が立たない。
結局、俺は言い包められたのだった。
ーーー
出口で別れていたメンバーと合流した。
「その子どうしたんですか?」
ケンが訪ねてきたが答える気力はなかった。
かわりマオが答える。
「施設で作られて、放置されていたから拾ってきた」
「ほへー、作られていた! それじゃあアンドロイドってやつですか?」
「ううん、体の作りは生き物によるものだよ」
「じゃあミュータント。いや、ホムンクルスですね」
「そっかー。キミはホムンクルスか~」
少女の頭をなでると返事があった。
「……それが私の名前?」
「そうじゃなくて、キミの種族かな。そう言えば色々あって名前決めてなかったね」
「名前ですか。うーん、ホムルンクスだから…ホムラとかですか?」
「そっちじゃなくて、髪の色に基づいて決めたいな。だってこんな綺麗な色してるもの!」
「いいんじゃないですか。それだと、水色……青……えっと……」
「『マリン』ってのはどう? その色を見たら、小っちゃいときに見た海の色を思い出したの」
その言葉に少女は頷く。
「決まりね。じゃあこれからよろしくね! マリン」
「……マリン。……マリン。」
同じ言葉を何度も何度も繰り返し呟く。
「えへへ……」
今日からマリンがシェルターの仲間に加わった。