第1話 「待ち伏せ」
廃墟となった都市の道沿いに複数の影が揺らめいた。
「伏せろ。軍の奴らだ」
俺たち『名簿なし』は食糧を求めて軍の運搬車両を追っていた。
国からの配給をもらえない俺たちは他人から食糧を奪う必要があった。
自分たちで栽培もしているが、圧倒的に足りない。
地下都市と呼ばれる大型シェルターでは自給自足も可能だろうが、他の中規模以下のシェルターではそうでもない。
全てのシェルターが地下で繋がっているわけではないので、地上に出てきたとこを襲撃する。
口にはガスマスクを装備し、有り合わせの布で作ったマントを迷彩代わりに身に着けている。
隕石の衝突後、空は灰で覆われているため日の光は届かないためとても寒い。
見つからないよう伏せているため地面の冷たさが伝わってくる。
「全部で3台。前方を走るのは装甲車だろう。後方の2台の輸送車に食糧が積んであるはずだ」
リーダーの男が双眼鏡を片手に指示をする。
8人で構成されたチーム。
それが今回の俺たちシェルターの戦力だった。
主に戦闘を行うのはリーダーと俺、道路を挟んで反対側にいるシンジとマオの4人だ。
あとの4人はバックパッカー。荷物持ちだ。といっても最低限の武装はしているが。
俺が持つのは数年前、軍の野営地から盗み出した全自動小銃。
最新のと比べると若干劣るが十分戦える。
軍の車が目視できるほどまで近づいてきた。
このまま行けば予想しておいたルートを通過するだろう。
その道の上には罠が仕掛けられてある。
たとえ荒れた道を走ることを想定した車であっても、足を奪うのは容易いものを。
銃の安全装置を外した。
罠が発動したらすぐに飛び込むため。
相手が行動する前に決着をつけるのが俺たちのチームの得意とする戦法だ。
見たところ相手の戦力は少ない。
見えるだけでも輸送車に2人、それと装甲車に何人か乗ってるだけだろう。
辺りに爆発音が広がる。
「GO!GO!GO!」
合図とともに俺たちは飛び出した。
今回の罠は発動後周りに煙をばら撒くように設計されている。
サーモグラフィを起動した。
俺たちが少人数で軍に立ち向かえるのはコイツのおかげだ。
偶然に入手できた代物だがコイツがなければこんな作戦は実行できてなかっただろう。
地上は寒いため、フルに性能を発揮できる。
引き金に指をかけ、運転席に弾を打ち込む。
見えてはないが、車内を赤く染め上げただろう。
弾を再装填し、開いた装甲車のドアへ銃弾の雨を降らす。
銃弾は中にいる敵兵士をスポンジのように仕立てたはずだった。
だが予想とは別に3つの影が車内から飛び出した。
「気ぃ付けろ。奴ら『番犬』を用意していやがった!」
『番犬』
俺たちがそう呼ぶのは、軍が開発した四足歩行型ロボットだ。
高い機動力と強靭な牙を持っているが、そいつの一番の特徴は装備されたセンサーだ。
実際の犬より高性能の鼻を持ち、暗さを気にしない目によって、通常は倉庫の警備を担当していることが多い。
文字通りの番犬って話だ。
「どうして番犬がここに?」
「奴ら俺たちの情報を手に入れていたんだ。それで対策にそいつを投入したんだ!」
俺たちの最大の武器はサーモグラフィによる奇襲だ。
一方的な優位性は失われた。
幸い数はそう多くない。一匹ずつ対処すればいいだけだ。
脚力を生かして距離を詰めてくる番犬に標準を合わせる。
だが引き金を引く前に脇腹に熱を感じた。
服が破けているのを感じた。
撃たれた!?
目の前に迫りくる番犬の口から銃と思われる筒が見えた。
今まで見た番犬にそんな装備はなかったはずだ。
次弾を警戒し俺は全力で横に飛ぶ。
すぐ目の前まで番犬が近づいていた。
2発目は入ってないみたいだが噛みついてくるつもりだ。
むちゃくちゃな体勢で銃を放つ。
弾は番犬の体を縦に切断するかのように当たった。
「この犬野郎っ!」
スクラップとなった番犬を粉々になるまで踏みつけた。
辺りを見渡す。
銃声が止んだで終わったのだろう。
煙が薄れてきたのでサーモグラフィを外す。
弾倉を抜き槓桿を引くと汗が噴き出してきた。
マスクの中に水が溜まるが外で外すことができないのがもどかしい。
今回も生き残れたことに安堵していた。
危ないところもあったが上手くやれたと思っていた。
ほのかに残る煙の先にリーダーが倒れているのを目撃するまでは。
全力で駆け出す。
番犬に足を噛まれているのが見えた。
銃を逆手に持ち番犬に振りかぶる。
すでに動かなくなっていたみたいで簡単に足から外れた。
「リーダー! 大丈夫か!? 返事をしろっ!」
噛まれた足は膝から下がミンチになっており、胸に弾を受けた痕があった。
「すまねぇ、遅れを取っちまった。まさか番犬が撃ってくるとは思わなんだ。」
「仕方ない。新型だったんだ」
出血が酷い。俺はマントで太ももを縛ろうと―――
「もういい、よせ。どうせまともな設備がないから助からん。それより喋れるうちにお前さんに伝えたいことがある」
「何言ってるんだよっ、リーダー! まだ俺はあんたに恩を返せてないんだ」
シェルターから追い出されたあの日、親も友人も失った俺を救ってくれたのはリーダーだった。
『名無し』をまとめてチームを作り上げたのも彼の力によるものが大きかった。
「あんたがいなければ俺は……」
「実はな、シェルターに俺の娘もいる。俺が死んだらあいつは独りになってしまう。お前が親の代わりをやってくれないか。お前なら安心して任せられる。なんなら貰ってくれてもいい。俺が許可する」
「嫌ですよ、リーダーに似た顔の子なんて」
「本気で嫌そうな顔をするなよ……。あいつは母親似だ。俺には似てくれなかった」
軽口を言い合う。
笑わないといけない、何故かそんな気がした。
俺の返答にリーダーは案外真面目に凹んでそうだった。
俺は今どんな顔をしているだろう。
嫌そうな顔か? 笑っているのか?
熱いものが頬を流れていくのは感じていた。
「後は任せていいな。みんなを頼んだぞ。お前が今からリーダーだ」
隕石が降り注いだ日から人々の笑顔は消えていた。
そんな俺らに希望をくれたのも、またリーダーだった。
リーダーは俺たちの希望そのものだった。
彼無しでどうやっていけというのか。
「諦めんなよ。諦めなければその先に希望はあるんだからよ」
リーダーの手を取る。
ゴツゴツした感触が伝わった。苦労人の手だ。
この手にどれだけの人が救われたのだろう。
気が付けば隣に他の仲間もいた。
もうすぐ日が暮れる。昼間でも暗いが夜になったらもっと暗くなる。
今夜はいつも以上に冷えそうだ。
帰ったらやらなければならないことがたくさんある。
どれからやろうか。とりあえずシャワーを浴びたい。
湯船に浸かることはできないがお湯は出る。
心のモヤモヤを汚れと一緒に洗い流したい気分だった。
こんな世界に希望なんてあるのだろうか?
俺たちは奪った物資とリーダーの遺品を鞄に詰め込む。
死体を火葬して、その場を後にした。