同級生は魔王
暑い。
暑い。
暑い。
北陸は、冬に雪が降る割に夏は暑い。
そう、とにかく湿度が酷いし、フェーン現象で山側から熱い風が流れ込んだりと、とにかく暑くなる要素がある。
まぁ、基本的に日本の夏はどこ行っても暑いけどさ。
でも、だからといって、真っ昼間の灼熱の日差しが降り注ぐ中歩くのは、責め苦に近いのでは無いだろうか。
私こと数屋京は、汗だくになりながら道を歩いていた。
道の両側は育ってきた稲が目立つ田んぼだ。
田んぼはきちんと区画整理されて、どれもこれも長方形。
遠くから聞こえる蝉の鳴き声が、なんとなく温度を上げているような気さえしてくる。
時々、あつさでぼーっとなりそうになりながら、ほおを伝って流れ落ちてくる汗をタオルでぬぐう。
遠くの道路が歪んで見える。
ああ、陽炎だ。
こんなに暑かったら、私もあんなふうにゆらゆら揺れて、とろけてしまう気さえしてくる。
とろけるなら、アイスクリームがいいな。
「はぁ、馬鹿なこと考えるのは暑いせいだ」
変な発想が浮かんでくる辺り、頭がとろけているのだろうか。
なんでまた、こんな日に歩いているかと言えば、夏休みの間の学校の花壇の水やり当番を押しつけられたせいだ。
なんでそんなものを押しつけられてしまったのだろうかと後悔しかない。
「暑い……」
ただ、花壇を枯らしたら非難囂々なのも目に見えているので、私はノロリノロリと歩を進めるしか無いのだった。
炎天下の中、二十分も歩いたところで、ようやく高校に着いた。
高校の周りは商店街と住宅街なので、余計に熱がこもっているように感じられる。
やっぱりというか、なんというか、こんな炎天下でも野球部やサッカー部は気合いの入った様子で練習をしている。
よくもまぁ、こんな炎天下の中で走り回れるものだ。
目指す目標とか色々あるのだろうけど、そこまで何が彼等を突き動かしているのだろうかと不思議になってくる。
校門を抜けて中庭の花壇に向かうと、既に日陰の中に私服姿の先客がいた。
一人は小沼彩子。
私のクラスメイトで、長い髪を頭の後ろでお団子にしているのが特徴的だ。ちょっと小柄でマスコットキャラ的な可愛らしさがある。
「京ちゃん。遅いよー」
汗をぬぐいながら歩いてくる私に、綾子は不機嫌そうに口をとがらせる。
「時間通りに来たつもりなんだけど?」
「えー、でも、待たされる身にもなってよ。日陰でも風が無いから暑いんだから!」
だったら、時間を調整すれば良いじゃ無いかと思うのだけど、不毛になりそうなので口にはしなかった。
そして、彩子の隣に座っているのは同じくクラスメイトの魔王ディアボロスさんだ。
いつものように頭にはドクロに山羊の角が生えた仮面を被っている。
仮面と言っても、頭を全部すっぽりと覆う形状だ。
しかし、どことなく体がグデンとしているけど、大丈夫だろうか。
っていうか、あの仮面、金属製っぽいから、暑くて仕方ないのでは?
「大丈夫ディアボロスさん?」
「一番早くにいたから、とけちゃってるよ」
「だ、大丈夫です」
辛うじてディアボロスさんが応えてくるけど、本当に大丈夫だろうか?
「仮面暑くない?」
「日差しが強いから、帽子はしっかりかぶらないとって思って」
「いや、帽子じゃないし、仮面だよ」
「ええ、まぁ、そうなんですけど」
ディアボロスさんは、実は天然なのだろうか。
「外したら?」
彩子が仮面を覗き込むように言うと、数秒間黙ってからこくんと頷いた。
頭の後ろに手を伸ばして、カチャカチャと動かす。
後頭部が観音開きになって、ディアボロスさんは重そうなドクロの仮面を取り外した。
そして現れたのは、普段なら緩いウェーブのかかったショートヘアが汗でずぶ濡れになって額に張り付き、顔中から汗が噴き出しているディアボロスさんだ。
汗さえ無ければ、普段ならゆるふわ系の可愛い子なんだけど、魔王だから普段は仮面を付けたままだったりするのよね。
「あ、涼しい」
そりゃそうだ。
仮面の内側からは、汗だボタボタと流れ落ちて、地面にシミを作り出した。
「汗だくじゃん」
彩子がそう言って、タオルでディアボロスさんの汗をぬぐい出す。
「水分ある?」
「あ、はい」
とディアボロスさんは、傍らに置いてあったペットボトルの麦茶をゴキュゴキュと飲み出した。
「ふぅ」
ちょっと落ち着いたようだ。
「熱中症だけは気をつけないと。さて、始めよううか」
「そだね」
「はい」
と私たちはそれぞれ水道に向かって行った。
まずは花壇の中央にある散水装置に水を送る。
水を送るだけで、散水装置は回転しながら花壇に水をやる。
だけど、それだけだと花壇全体をカバーしきれないので、ホースを伸ばしていって、霧のモードのまま水やりを開始する。
花壇は、直径十メートルくらいの円の物が真ん中に有り、それを囲むように幾つもの花壇が不規則に続いていた。
さらにあちこちで、棒を立てておき、それにアサガオやクレマチスが蔓を伸ばしている。
色々と花が咲いているが、分かる花が少ない。
ただ、色とりどりに咲いているのを見ると、悪くない気分だ。
出来るなら、校舎の三階くらいから見下ろすぐらいが丁度良いのだけど。
霧状に水をやっていくけど、やっぱり炎天下の中直射日光を浴び続けるのは辛いんだよね。
時々、霧状の水に虹がかかるのも悪くは無いけど。
そうして、三十分も水をやっただろうか。
たっぷりめの指示にも十分に従っただろうから、私は水を止めてホースをまとめ出す。
と思っていたら、彩子が水を出したままどこか不穏な顔で近づいてくる。
……なんだろう、とっても嫌な予感がする。
「京ちゃん。暑い?」
「暑いけどやめろ」
「えーい」
私の制止も無視して、彩子は私にホースの先端を向けた。
一瞬にして、ずぶ濡れにされる。
冷たい水が、体の芯にまで伝わってくるようで、火照って汗まみれの体には随分と心地良い。
でもね。
そう、でもね。
「あんたねぇ……」
私は無言のまま、ノズルをストレートに切り替えて、引き金を引いた。
「馬鹿な男子じゃないんだからやめないさいよ!」
と彩子に狙いを定めて真っ直ぐな水を当てていく。
「ちょ、京ちゃん!? ストレートはやめなよ!」
「私もやめろって言ったでしょ!」
彩子が逃げ惑う中、いつの間にかノズルを切り替えてストレートにして応戦してくる。
私は左手でホースを掴んで、駆けだした。
水を撃ちながら、時には高く育ったクレマチスの影に隠れる。
だが、彩子は迂回しながら水を打ち込んでくる。
「えーい!」
「甘い!」
私も負けじと応戦。
もう、どっちも全身ずぶ濡れになっているわけだけど、この戦い、負けるわけには行かない。
「ふふん。くらえ!」
彩子が何故かどや顔で迫ってくるが、次の瞬間、濡れた草の上でズルリと滑って転んだ。
「痛!?」
だが、今の私は慈悲は無い。
転んだ彩子に集中砲火を浴びせる。
「ちょ、やめ、タイムタイム!」
「タイム無し!」
と彩子に水をぶつけていたら、どこからか、私に向かって水が浴びせ付けられる。
何と思い、そちらを向けば、にこにこ顔のディアボロスさんがノズルを私に向けていた。
「あんたも!?」
そうか、向かってくるなら容赦はしない。
ディアボロスさんにもストレートで水を放出する。
だが、意外にもディアボロスさんは機敏な動きで真っ直ぐに伸びていく水流を回避した。
「なに!?」
「当たりませんよぉ」
幾らノズルを向けても、不思議なほど軽やかに避けていく。
そうか、魔王だもんね。
パラメータ高いよね。
だが、一つだけ彼女は油断してた。
倒れていたはずの彩子が、いつの間にかクレマチスの影に隠れていた。
ディアボロスさんの視界からは見えない位置だ。
とりあえず、彩子の意図を読み取った私は、クレマチスに誘導するように水を放っていく。
「てーい!」
私の読み通りに避けていくディアボロスさんに突然彩子が飛び出て放水し始める。
しかもノズルを霧状に切り替えているものだから、流石に回避できずに水浸しになっていく。
「きゃぁ!?」
可愛い声で叫ぶが、ここを見逃すほど私は甘くない。
接近して、ディアボロスさんにも容赦なく放水していく。
「と油断したところで! お返し!」
と思いきや、彩子が今度は私に放水してくる。
だが、今度は私とディアボロスさんの放水が彩子を襲う。
それから、五分ほどして、私たちは停戦条約を結び、水を止めていた。
「あー、つっかれた!」
「でも、楽しかったですね」
ディアボロスさんがにこにこと言う。
でも、本当は学校の備品で、学校の水道なわけだから、それで遊ぶのは良くないのだろうけどね。
まぁ、現況は彩子だけど。
彩子は、本当に涼しいのか、涼しい顔してホースをまとめている。
にしても、花も恥じらう女子高生が水遊びって言うのもどうなんだか。
皆ずぶ濡れで、下着のラインが透けて見えるわけだし、このまま帰るのは恥ずかしいかな。
「そうだ。うちにスイカあるから、お昼から来ない?」
ホースを仕舞い終わった彩子が言う。
「いいけど。どうやって帰ろうか迷っているんだけど?」
「私、部室に着替え多めにあるから貸すよ?」
「あんたの体型だと、私とディアボロスさんには小さいでしょうに」
今更にそんなことに気がついたのか、彩子がしまったといった表情をする。
全く、後のこと、何も考えていなかったなこいつ。
「はぁ、全く」
私のあきれ顔に、どこかおかしいのかディアボロスさんはクスクスと笑った。
季節は夏。
とても暑い夏。
劇的なことは無いけれど。
刺激的なことも無いけれど。
変わったことも無いけれど。
長いようで短い夏休みだけれど。
なんてこと無い日常だけど、私たちは楽しんでます。