Act 1 ~side she~
「俺、癌にかかってそんなに生きられないから別れててください。」
今日私は人生で一番の驚愕の出来事に遭遇しているかもしれない
『えっ、なにいきなり』
こんなこと口に出せずにはいられず一般的な返答を彼に返した。
「だから、病気だから別れようって言ってんの」
病気?病気だから何なの?急すぎるんだよ。
『ははっ、冗談はやめてよ。突然すぎてビックリするじゃない。』
そうだ。これは彼の冗談なんだ。
4月どころかもう秋になりつつあるのに季節はずれなことすんだなあ。
「さすがにこんな嘘はいいません。」
『は?』
彼の顔はすごくまじめだった。
嘘なんてついてないって声に出してなくても分かった。
「別れてください。」
がばっ
さすがに私でも癌がどんな病気かは知ってる。
若いうちに罹ると進行が速いことも。
理由が分からずに私は彼に抱き着いていた。
『・・・治るんでしょ?治るんだよね?』
「・・・・・・・」
なんで答えないの?
なんでそんな暗い顔しているの?
こんな彼を見たのは10年付き合ってきて
初めてだった。
こんな長く付き合ってキスすらしたことがないのに。
告白をしたときは彼のことで頭がいっぱいになっていた。
OKをもらえたときは布団にくるまって喜びを爆発させていた。
月日が進むにつれて私の隣には彼がいることが当たり前なんだと思い始めていた。
彼は私の意見を否定したこともなかったし
たまに行く旅行だって私が行きたかったところにしか行ってない。
怒った所だって見たことないし、私の話だってすごく真剣に聞いてくれていた。
そんな彼が私の彼氏であることが当たり前だって高校を卒業した辺りから強く感じた。
Hなことだってこのまましなくてもいいんじゃないかって思っていた。
周りの友人たちはすごいスピードでパートナーと愛を深め合っていたが
それもだんだん気にしなくなっていた。
ゆっくり・・・ゆっくりと仲良くしてけばいいやなんて・・・・
『嫌。』
本音が漏れ出す。
彼に対しての言葉なんて全然なかったな
ここ近年、私の好きなスポーツ選手や野球選手や俳優の話ばかりしてた気がする。
「嘘つけ。○○選手とか○○がいれば平気!ってめっちゃいってたじゃないですか。」
そんなわけないじゃん。
『嫌。』
「ダメ。」
君しかいないんだよ。
『嫌!』
思いっきり彼の服めがけて怒鳴ってやった。
泣きながらしゃべったので変な風に聞こえてるかもしれない。
「嫌って言ってもこのままじゃ俺が死んでくのを見届けるだけになっちゃうぞ」
『それも嫌!嫌!』
嫌だ。そんな急に死ぬなんて言われたって実感わかないし
認めたくない。
「分かってください。俺じゃ君を幸せにできないんです。先に死んじゃうんです。」
『なんで?なんで?どうして急に別れようなんて言うの?どうして!』
もう鼻水と涙で彼の服が濡れちゃってしまってる。
今すごく気持ち悪い顔なんだろうなわたし。
後悔した。
昔の自分を恨んだ。
ぶん殴ってやり程に腹が立った。
今になって彼を思う気持ちがあふれまくっている。
それこそ他のことなんてどうでもいいくらいに。
「なあ、聞いてくれ。俺は君に幸せになってほしいと思っている。できることなら俺が幸せにしてやりたいです。」
『じゃあそのまま君が私を幸せにしてよ!私も君を「だから出来ないんだよ。」
お願い。君だけなんだよ、私を幸せにできるのは。
他の男なんかじゃ絶対無理なことなんだよ。
私の言葉を彼は遮った。
こんなことも初めてだ。
「この病気を治す金なんてない。それに俺はもう覚悟は決めてるんだ。」
『お金なら私のほうでできる限り・・・』
お金、ああ・・・グッズやらにつかってしまって殆ど残ってない。
彼にあげた衣類やアクセサリーなんて指で数えられるほどしかなかった。
それども君は何にも言わず ありがとうって嬉しそうだったなあ。
「気持ちはうれしいよ、ありがとう。でもそれは未来の旦那さんに使ってあげるといい。」
『やめて・・・そんなこというのやめてよ・・・』
なに一人で私の未来の話してんのよ。
そんなのできるわけないじゃない。
街はずれの夜の公園に私の泣き声だけが聞こえている
「いままでありがとうな。俺はすごく楽しかったぞ。まあ本音を言えばキスぐらいはしたかったかなあ。」
キス。
今すぐしてあげたい。
君が満足するまでしてあげたいよ。
なんでこんな関係になっちゃたのかな・・・
10年という時間はこんなに
早く、悲しいものなんだろうか。
「ほら、寒くなってくるから帰ろう?送っていきますよ。」
『嫌だよ・・・こんな別れ方嫌だよ・・・私・・・・私・・・』
正直このままおいてって欲しかった。
でもまだ彼と居たかったという気持ちも強かった。
彼が私の頭を優しく撫でた。
嬉しさを感じる資格なんかないのに。
涙が止まらない。
思いが止まらない。
「ありがとう。君は昔と変わらず優しくてかわいいな。それならいつでも新しいパートナーが見つかるさ。」
そういって彼は泣きじゃくって動かない私を
車の助手席に乗せた。
なんて自分勝手な生き方をしてきたんだろう。
なんてもっと彼との距離を縮めなかったのだろう。
こんなに私のことを思ってくれて
優しくしてくれる人がこんな身近にいることを。
『私のどこがいけなかった?すぐ直すから。』
「君の悪いところなんて俺にはわからないよ」
『病気が急に治るかもしれないじゃない?』
「そうだったらどんなにうれしかったことか。」
『君が死ぬまで一緒にいたいです。』
「こんな棺桶入る寸前の野郎に大切な時間をつかわないでくれよ。」
『・・・・・・』
「・・・・・・」
遅過ぎたのかな。
もう駄目なの?
もう一度やり直せないの?
「ひとつ、聞いていいかい?」
彼はつぶやいた。私は言葉を発しないまま彼の方に首を動かした。
「この10年間、幸せに過ごせたかい?」
なにそれ。
確かに君といたときは幸せだったよ。
一緒に野球見に行って、
一緒に旅行行って、
大きなイベントの時はいつも一緒で楽しかった。
でも私は君を置いて行って勝手にはしゃいでいただけ。
君のことを何も考えずに。
目の前の彼氏を無視して他の男のことばかり話して
傷つかないはずがない
楽しいはずがない。
なんでいまそんな大事な大事なことわからなかったのだろう。
人類で一番の大バカじゃん。
『ふざけないで・・・まだまだ足りないよ!!これから私が死ぬまで君も一緒に幸せになるの!!絶対!絶対・・・』
ねえ、ダメかな?今日から私、ちゃんと向き合うから。
しっかり君を見るようにする。
嫌わないように努力する。
私一人の幸せなんていらない。
二人で一つの幸せを作りたい。
私のの家に着いた。
親はもう寝ているみたい。
「着きましたよ。ほら、寒いから早く家に行きなよ。」
私は決めた。
もう一度やり直したい。
別れたくないと。
死ぬのが分かっていてもあきらめたくない。
君がいなくなった世界なんて考えたくないし
生きている意味がない。
彼の唇めがけて思い切りキスしてやった。
10年しなかった初キス。
ほんのり甘い味がした。
ごめんなさい。
謝ってもゆれしてくれないだろうなあ。
『私は絶対に諦めないから。君は死なせないし、別れない。私が君をどれくらい好きなのか絶対わからせるから。』
『明日から君に毎日電話する。嫌って言っても聞きません。電話が嫌ならメールにするから。』
私はそう言って家に入っていった。
車の音がとおざかって行ってから部屋で
思いっきり泣いた。
思ったより涙って枯れないものみたい。
辛い、苦しい、ごめんなさい。
負の感情が私の体を包む。
10年間の思い出がすべて黒歴史のように浮かび上がる。
思い出す度胸が締め付けられる。
人間はここまで身近な人を忘れることができるんだなって
心底恨んだ。
明日彼に逢いに行こう。
電話?メール?そんなんで満足できるわけない。
病気のことだって絶対なんとかする。
10年間の罪は今から返していくつもりだ。
部屋にあるグッズももうガラクタにしか見えないから全部捨てちゃおう。
明日は何のごみの日だったっけ?
まっててください。
私の最愛の人。
一応一話終わり。
この後の物語も頭にはあるんだけど
蛇足感がするので止めておきます。