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原文(80点の小説)

ver.1(kindle版未収録)

 おじいちゃんは、末期ガンだった。

 もう、半月も生きられないらしかった。

 家族で集まり話し合った結果、それは本人に伝えないことになった。

 少しボケも始まり、老人ホームに入れようか入れないか話しているタイミングの出来事だったから、お金がかかり入れたくない親族にしてみれば好都合な言い分であり、それに元々入れたいと思っていた親族は折れる形になっていた。


 おじいちゃんは、自分からも含めて、少し厄介者のようにされているようだと、まだ小学生だった自分は思っていた。


 それは夏のある日だった。

 最近おばあちゃんがなくなり、家をかたずけ、改装しているところだった。

 まだ改装をしていない一回の食べ物やら使うものを出していらないものを選んでいる途中に、おじいちゃんが呼んでいるよ、と何処かで見たことがある女の子が僕を呼びに来た。


 僕は作業中なので、ああめんどくさいなぁと思いながらも、手を止め、家から出ていった。


 外はとても暑く、日差しが刺さるように降り注いでいた。空に雲は無く、風も吹いてなかった。ふと顔を戻すと、おじいちゃんが家の前に立っていた。真っ白な中折れ帽子に、上下の服を着て、いつも見ていたお出かけ用の服を着て、僕の姿を見ると、ニコッと笑った。


 おじいちゃん、どうしたの?と、僕はやれやれといった感じで聞く。

 ああ、ちょっと一緒に食べに行かないか、と思ってね。

 ……僕は後ろを振り返り、見覚えのある女の子を見た。

 女の子は静かに頷いていたので、僕も頷き返して、おじいちゃんに振り返ると、いいよ、いこうと言った。それを聞いたおじいちゃんは嬉しそうに口を開いた。


 そうか、じゃあ、どこに行こうか?

 うーん。いつもの商店街でいいんじゃないかな?

 そうだな……。


 僕とおじいちゃんは歩き始める。

 特に何か話すわけでもない。今までも、きっとこれからも。

 おじいちゃんは少しボケていた。今日は片ずけがあるから相手はできないよと言っていたのだけど、それをおじいちゃんは忘れてしまったのだろう。おじいちゃんは、いつも出かける時に着る服で僕と一緒にご飯を食べようとしていたのだから。


 美味しいか?

 うん、美味しいよ。


 ハンバーグを飲み込んだ僕は、おじいちゃんの言葉に頷き、言葉すくなげに返していた。

 家族で良く行くお店に入った。おじいちゃんもおばあちゃんも、何度も使っているお店に。

 何も変わり映えは無く、今までもこれからも、何かあるまではずっと変わらないようなお店の雰囲気の中、僕とおじいちゃんは食事を半分残し、僕はそれまでと同じようにおじいちゃんの分も食べて、どこにも寄らず今までと同じように帰っていった。


 次の日だった。

 風があり、雲は無かった。気持ちのいい青空の下、射るような陽の光に照らされた中、おじいちゃんがお出かけ用の服で立っていた。


 呼ばれた僕は後ろを振り返り、確認する。

 見覚えのある女の子は静かに頷き、僕はため息をはいて、おじいちゃんに振り返ると、うん、いいよと返した。


 改装中、おじいちゃんおばあちゃんの寝室があった二階が使えないため、おじいちゃんはすぐ近くの親戚の家に泊まっていることになっていた。あまり、外に出たがらなかったおじいちゃんは、おばあちゃんがなくなり、ボケ始めたあたりから、良く出かけるようになり始めた。

 親族たちからは、今まで通りそっと静かにしていればいいのに、と愚痴をこぼす姿を僕は見ていた。


 いつも通り僕が選んだお店でいつも通り食事をする。

 何か特別話すわけでもない、何か特別行かない場所に行くわけでもない。

 どこにも寄り道をせずに、そこに行って、そこから帰る。

 なぜ、僕を誘うのか、よく分からなかった。

 僕を呼びに来る女の子が、親戚の家でおじいちゃんの身の回りで困った時に世話をしてあげているようなので、その子と行けばいいのに、と、呼びに来たその子を見るたびに僕は思っていた。


 おじいちゃんが呼んでいるよ、とその子が僕を呼びに来た。

 台風明け、少し風が強く、雲は大きく流れていて、綺麗な青空だった。

 僕は、そこに立っていたおじいちゃんに、ちょっと待ってと言って携帯を取り出し、少し歩いた先にあった公園の写真を撮った。日差しが雲の合間から溢れ、空の青さに光の筋が差し込む風景に僕は慌てて何枚か写真を撮っていたのだった。

 そんな僕におじいちゃんは、近づき聞いた。

 良い写真は撮れたのか?

 ううん、ぜんぜん。

 撮った写真を確認しながら僕は今まで見ていた景色と見比べて言っていた。

 そうか。とおじいちゃんはつぶやき、言葉を続けた。

 だがな、ここにはいつまでも残すことはできる。

 そう言いながら、目をつぶり胸に片手を添えるおじいちゃんは、いつもより元気がないように見えた。

 僕は、思わず言葉が出なくなり、何度か口ごもった後に、そうだねとだけなんとか言っていた。


 そうか、じゃあ、今日はどこに行こうか?


 僕はいつもと違う言葉を返していた。


 今日は、おじいちゃんが一番行きたいところに行こうよ。


 それを聞いたおじいちゃんは、しばらく黙り、少し考えた後に言った。


 そうだな……。


 そこで、ニコッといつもの笑い方をしていた。

 今日はおじいちゃんが選んだお店で食事をする。何か特別話すわけでもない、何か特別なところに行くわけでもない。ただ、今日だけは手を繋いであげた。


 どこにも寄り道をせずに、そこに行って、そこから帰る。

 なぜ、僕を誘うのか、よく分からなかった。


 ねえ、おじいちゃん。

 んん? どうした?

 ……ううん、ごめん、なんでもない。

 そうか。


 今日、来たデパートはつい最近出来たばっかりのところだった。

 おじいちゃんは、こんなところに来たことがないだろうに、どうして思い出も何もないところへと僕を誘ったのだろうか、と僕は内心で何度もおじいちゃんに問い、答えは全てボケてしまったからという理由に行き着き、僕は歯痒い思いをしながら、おじいちゃんの手をぎゅっと握りしめていた。

 何度も通い慣れたはずの商店街から、反対方向の遠く離れた真新しいデパートに着き、ジャケットのポケットに入れていたメモを老眼鏡かけ、確かめるおじいちゃん。その手にはくしゃくしゃになった紙に書かれたおじいちゃんの字でお店の名前が書かれたいた。


 散々歩いて、見つけたそのお店は、中で食べられるお店では無かった。

 僕はため息をつき、おじいちゃんに聞いた。

 どうする?

 おじいちゃんは、ここで買っていきたいと僕に言った。

 僕は、ため息をついて、そうだねと、素直に従うことにした。


 惣菜を量り売りしてくれるそのお店の人が僕を見て、いらっしゃいませと言った後に、あっと言葉をこぼした。

 よく見ると、その子だった。

 その子が僕とおじいちゃんを見て、わざわざここまで来てくれたの? と、どちらともなく確かめる。おじいちゃんがニコッと笑い、ああ、この前のアレを食べたくてなと、続け、名前だけはどうしても覚えられなくてと、苦笑いをこぼしていた。


 ああ、この前持って帰ったのよね?

 ちょっと待ってて。と言って、その子は販売ケースの中に飾られた色とりどりの惣菜から、一つの盛り皿の前に立ち、トングを使って器用にパックの中に入れ始めた。

 二人分でいいの?

 いいや、一人分に、私の分の一口だけあればいいよ。

 分かったわ。

 テキパキと手慣れた手つきで容器に移し替え、僕は少し遠目からそれを眺め、おじいちゃんはそれを買っていた。


 今まで通り、どこにも寄り道をせず、まっすぐ帰るはずだった。

 だけど、家の近くの公園のところに差し掛かった時、おじいちゃんが僕に言った。

 今日は、私の家で一緒に食べないか。

 僕は、うんとだけ短く返していた。


 改装工事がひと段落したのか、出かける前の騒がしさはなく、とても静かだった。

 一階の台所には、何も手をつけられてはいなかった。


 座った僕の前と、いつもおじいちゃんが座っていた席におじいちゃんはお皿を置き、買って来た惣菜を並べ、ごはんと一緒に食べた。

 会話もなく、静かにそっと食事が終わり、おじいちゃんが呟いた。

 これがおばあちゃんの味と同じだったんだ。よく作ってくれてな。……ありがとう。


 別れ際、家にその子が迎えに来ていた。

 素っ気なくする僕に、おじいちゃんは、もう少し仲良くしなさいと、ニコッと笑いながら言った。それが僕の聞いたおじいちゃんの最後の言葉になった。


 葬式の途中、その子は僕と少し話した。


 僕と食事をすること以外特に何もしたいと言わなかったこと。

 ボケてはいなかったこと。


 それを教えてくれたその子は、僕に言った。


 多分、最後のわがままだったんじゃないかな。ボケてるふりをして、付き合って欲しかったんじゃないかと思うよ。誕生日も同じで、好きな料理や興味のある趣味も同じだったんだからさ。


 遠くに見えた煙突の煙が空に上がって行くのを眺めながら、僕はため息をついて、懐かしいような悲しいようなよくわからない気持ちになっていた。それを確かめようにも、出かける服で僕の知らないところへ旅立ってしまったおじいちゃんに、もう確かめることはできないのだから。

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