prologue2
僕は足早に塾を立ち去り、駅へと向かう
因みに塾は駅から徒歩一分と好立地だ
今日の授業は、可愛いと思ってしまった女の子のことを考えてただけで終わっちゃったのだ
何かもやもやと拭い切れない感情になった
別に学ぶべきことなんかひとつも無かった気がするのに
向こうが僕の存在を認知してるかと聞かれたら、NOと答えるだろう
僕は見た目は多分普通。否、絶対普通だろう
変わってるのは名前だけ
昔誰かのそういわれた気がする
悠楽
ゆら。それが僕の名前だ
愛称はゆらり。というかそうとしか呼ばれない
こんな名前は嫌だけど、皮肉にも、これが体を表している
言いえて妙だ
180cmを超えるけど体重は60kgと、恵まれているんだかそうではないんだか分からない体形
柔道は弱いだろう。やったことは無いけど
おまけに髪は自己主張のまったく無い、黒く、こじんまりとしたたたずまいとなっている
キノコといわれれば、そうかもしれない。みたいな
まず「僕」という人間の印象を残すのは、名前からじゃなきゃ無理なんだろうけど
たった5日間の夏期講習。名前を知り合う仲なんて、絶望的
僕も吉田さんの下の名前、知らないし。
なんと言っても問題なのは
僕が別に吉田さんに恋してるってわけでも、何でも無いって事なんだ
電車で二駅。最寄の駅に着いた
家まではここから自転車で二分しか掛からない
家の前に車があった
青野さんに違いなかった
青野さんというのは、うちが契約している会社の営業ウーマン(?)で
なぜかうちにたまに遊びにくる
仕事中なのに。営業と銘打って
玄関においてあった靴は、紛れもなく青野さんのそれだった
「こんにちわ。青野さん」
僕はなるべく構って欲しくなさげに挨拶してみた。
現に今一番絡まれたくない人は他でもない青野さんだ。
「おーっと。我が南小誇りのの天才が御帰還ですか。」
青野さんが持ち前の大声で話す
「そんなんじゃないですよー」
うちの母親が謙遜気味に言う
でもそれでいてまんざらじゃない様子であるのだ
ふざけるな
僕は心の中でそう叫んだ
なんなら口に出しても良かったのだが、そこまでするメリットも、勇気もない
勇気がないだけか。
「それでさ、木村さんちのお嬢さんが・・・」
僕の思いが伝わったのか、とっさに話題を変えた。元の話題に戻したのかもしれないけど
せわしない人である
南小というのは、僕が通ってた小学校の通称
そこから効率に進学する子は(全体の殆どだけど)北中に行く
その北中が、しょっちゅう警察沙汰を起こすことで有名な中学だった
北中の卒業生は、僕が知っている中でも特殊な進路を選択する人が多い
暴力団に入ったり、18歳でホストになったり。
青野さんの息子は(知り合いだが)定時制の高校にもう5年通っている
卒業できないのだ
そのため南小も、そんなに頭のいい雰囲気の小学校でないことは確かであった
私立に進学するために受験する子もきわめて少ない
僕はその一人であり、まぁまぁの中学に進んだけど、絶対に「誇られる」ほどでもなければ
「天才」なんてもってのほかだった
皮肉めいたことを青野さんは言ってるのかもしれないな、っていつか考えたこともあるけど
そんなことを考えてる自分が嫌だった
自分の部屋にたどり着いて、荷物を降ろし、ベッドに横たわる
青野さんの声が聞こえる
「ゆらりはもう高校生?前と同じ学校にいってるの?」
「そうなんです。中高一貫で」
「すごいね〜。うちのそーちゃんもそうさせればよかったね」
「そんなにいいことばっかりじゃないんですよ」
「またまた。それにしてもゆらりは、でっかくなったね・・・・・
うちの学校は電車で30分ほどの距離にある、中高一貫校
学校の規模は、普通。男子校だ
一学年6クラス。
そのうち東大進学者はせいぜい5%
本当に、まぁまぁの学校だ
まぁ要するに
そんなまぁまぁの学校に通ってる奴が退屈しちゃうほど
古典の講習は簡単だった
講習といえば
吉田さんはどこの学校に通ってるんだろう
あの塾にずっと通ってるのかな
どうせリビングには青野さんがいるし、もう寝てしまおうと思った