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変人窟にて

作者: ○○

このSSは、とある本編登場人物が主役となっています。

イメージを激しく破壊する恐れがあるので、お読みいただく方には事前に心積もりいただくよう、くれぐれも宜しく願います。


  ◆ ◆ ◆


 ―― 腰の違和感に視線を下げると、掛け毛布の下半分が真っ赤に染まっていた。


 え?


 すぐ傍らには、密かに愛する若旦那(ギルマス)を始めとした、ギルド〈第8商店街〉の主だった面々。


「タロ! まさか君は!」

「どうして隠してたの!?」

「汚らわしい!」

「まさか、そんな!」


 え? え?


 毛布をはねのけ、もう一度自分の体を見下ろす。そこにあったのは慣れ親しんだ少年冒険者の身体ではなく、現実世界での見苦しい ――


 ―― そこで目が覚めた。


 心臓が激しく動悸し、手が震えてる。


 窓から朝日が差し込み、外からは小鳥の鳴き声も聞こえてきた。

 少し落ち着き、おそるおそる毛布をめくると、昨日までと同じ少年の体があった。もちろん血まみれではない。昨晩に眠ったまんまだ。


「はぁあああぁ……」


 タロは深々とため息をついた。

 まったく、なんて夢だ。もうセルデシアへ来てからずいぶんになるのに、まだ現実世界(リアル)を引きずってるのか。

 だが、こんな時でも〈冒険者〉の体は悪寒さえ感じさせず、恐怖さえ去れば十全の状態を保っていた。


 タロは悪い夢見を振りきるように、大きく伸びをした。


  ◆ ◆ ◆


 タロの所属する〈第8商店街〉は、もともとはギルドマスターである〈若旦那〉カラシンの人柄に寄せられたライトユーザーの集まりだった。

 それが、いつのまにやらアキバの街における交流と流通の多くを牛耳る巨大ギルドとなったのは、やはり彼の人柄と、その類い希なるマメさによるものだろう。


 タロも、そんな若旦那(カラシン)の魅力に捕まった1人だ。

 ずっと彼に付きまとっているうちに、今ではすっかり側にいるのが当たり前となり、周囲もまた、そう見てくれるようになった。


「すみません若旦那。今日はちょっと……」

「ん? ああ、いつものかい。分かったよ」


 だが時々、そんな自分の立ち位置が息苦しくなる。

 朝の夢見が悪かった時なんか特にそうだ。

 そんな時、タロはあえて敬愛する若旦那(ギルマス)から離れて別行動をとるのだった。

 若旦那(カラシン)のほうも、あえてどこへ行くとは聞かない。それは彼の気遣いなのだろう。


「じゃあ若旦那! 夕方には戻りますんでー!」

「ゆっくりしといでー」


 タロは見送られながら、アキバの繁華街を元気よく――そう見えるように走り出した。


  ◆ ◆ ◆


 繁華街を少し外れたあたり、おざなりな修理を施しただけの小さなビルの前で、タロは足を止めた。

 ここは知る人ぞ知る〈変人窟〉だ。

 タロは迷いのない足取りで中へ入り、目的の店へ向かった。


「……らっしゃーい」

「うぃーっす」

「あらタロちゃん、まいどー」


 店主が気さくに声を掛ける。


「ちゃん付けんな。ぞわっとするから」

「いーぢゃん。せっかくかわゆいアバターなんだし?」

「だまれ腐れ○○」


 タロは店内の椅子を勝手に引っぱり出し、どかっと座った。


「どったのタロちゃん? 荒れてんねー」

「……今日は誰とも口利きたくねー」


 じゃあ来るなよ、とは店主も言わない。長い付き合いなのだ。こいつの面倒臭い本性なんて誰よりも知ってる。それこそ愛する若旦那様よりずっとだ。


「ここまで来てそれはないでしょー。ちょっとお姉さんに話してみ? 楽になるかもょ?」

「そんで創作活動のネタにされるじゃんね。誰が……」

「まあまあ、そう言わずにさあ。ちゃんと目元に黒線入れるから」

「いや全然バレるし、それ」


 もうこの世界に来てずいぶん経つが、現実世界(むこう)の自分を知っている人間は少ない。

 この店主(おんな)は、そんな数少ない人間の1人であり、性癖の問題は数多あれど、現実世界でも共通の趣味を持っていた得難い人間だ。

 変人だが。


「あのさあ……夢、見たんよ」

「ふむふむ、どんなどんな?」

「シーツが血まみれで身バレすんの」

「うわあ。そりゃまた……ハードだねぇ」


 言いながらも店主は目を細め、ニヨニヨと気持ち悪い顔になった。

 聞かせるんじゃなかった。

 この店主のニヨニヨは、頭の中で今まさにおぞましいストーリーを構築している顔だ。かつては私もそうだったから。


「で? 実際どーなん? 毎月血まみれ?」

「血まみれとか、どんだけ重いんだよ! つか〈タロ〉になってからは1ぺんもないよ!」

「あはは、そりゃ穴も開いてないんだし……いや開いてるんだっけか?」

「ねーよ! これだから腐った連中は……」


 アンタも同じ穴の狢だったろ、とも言わない。今さらだ。


「いっそカミングアウトしちゃえばー? 楽になるぜよ?」

「……無理。せっかく側にいられるようになったのに」

「うは、純愛だ♪ 似合わねー」

「うるせーよ。純愛なんだよ。悪いか」

「ううん、悪くないよ。いやあ薄い本が厚くなるなる♪」


 店主がクケケッと笑う。


「……アンタこそどうなんだよ」

「ええー面倒くさい。他人様の色恋をニヨニヨ見てるほーが楽ちんだもん」

「この腐れ女が……」

「まあ、落ちちゃったら分かんないけどね」


 アンタみたいにさ、と店主は続ける。


 それからも彼女たちは、客の来ない店の中でさんざん喋った。

 たとえば新しくできたスイーツ店についてだったり、西風のあの人の中身がホントはどっちかだったり、ちょっとしたスキルの使い方のコツとか、誰それと誰それが怪しいとか、いやいや攻めと受けが逆でしょとか、そんな他愛のない話だ。


 そうして気がつけばお昼も過ぎ、そろそろ夕刻に迫ろうか、という時間になっていた。


「……はあ。もう帰るわ。アンタの相手すんの疲れた」

「あ、そうそう。クラ×シロの新しいのがそろそろ仕上がるん……」

「読む」

「即答かよ!」


 まったく。こいつはもう。

 紅顔の美少年アバターをまとっても、大手ギルドの重役になっても、こいつの中身はちっとも変わらない。


「じゃあ描きあがったら連絡するわ。そんじゃウチもそろそろ客が来る時間だから」

「ん。また来る」

「じゃねー♪」


 ヒラヒラと手を振る店主に背を向けて、タロは〈変人窟〉を後にした。


 外に出ると、空が淡くオレンジ色に染まりつつあった。

 タロは小柄な体をぐっと伸ばす。さあ、そろそろ〈タロ〉に戻らなければ。

 少年(ショタキャラ)演技(なりきり)は、〈エルダーテイル〉がまだゲームだった頃から、リアルタイムで改善しながら楽しんでやっていたことだ。だが、こちらへ来てからは毎日24時間、片時も休まず続けていると、ときどき息苦しくなる。


 聞くところによると、最近、肉体の性別に精神が引っ張られてく事例があるという。


 もし現実世界へ戻れず、このままずっと〈エルダーテイル〉に囚われたままだったとして。

 自分は、いずれ演技せずとも自然に少年でいられるようになるのだろうか。

 そのときは、今ここにある秘めた想いはどこへ行くのだろうか。


「ホント、薄い本が厚くなっちゃうよね」


 タロは小さく笑い、それから〈第8商店街〉のギルド本部へ、少年のように駆け出した。


本物のショタがショタキャラなんて造らないよね?

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