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プレシア  作者: 南条祝子
〔記憶の継承編〕第三章 亢進(こうしん)
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第三章 亢進(こうしん)〈1〉

 しんと冷え込む、まだ夜も明けきらぬ早朝。慌ただしい物音にセルフィナは目を開けた。


 上体をを起こすのと同時に、ヘレンが室内に転がり込んできた。


 常に沈着な彼女にあるまじき慌てようだった。ただ事ではないと知るに充分だ。


「セルフィナさま、大変です。王宮から遣いがありました」


 息を整えるどころか、そのまま気を失ってしまうのではと案じられる勢いで、ヘレンは告げた。そして、息継ぎをしたかさえ分からぬ間で

「急ぎ、王宮へとのことです。魔女が、女王陛下をご寝所に監禁しているとか」

と続けた。


「なんだって?」


 予想だにしない知らせに、セルフィナは目を丸くした。


「フローディアには?」


 反射的に確認すると、ヘレンは首がちぎれんばかりの勢いで左右に振った。つまりは、まだということだ。


「知らせてくれ。俺はアルフに」


 寝床から飛び出しながら、ヘレンに叔母の元へ行くよう指示し、自身はアルフレッドのいる部屋へと駆け出した。




 セルフィナたちが王宮へ駆け付けると、女王レティアの寝所前には静かな混乱が拡がっていた。


 厳しい冬の寒さを乗り越えるため窓が少ない構造の王宮は、陽の光の差し込む量の少なさも相まってか、重苦しい雰囲気を一層際立たせている。


 警備の兵達も、たった一人に太刀打ちできなかった不甲斐なさ故か、茫然と立ち尽くしている者さえいた。


「中の様子はどうですか?」


 戸口の一番近くにいた兵にヘレンが緊張を押し殺した声でそっと様子を尋ねた。しかし、兵は半開きの口を塞ぐことさえ忘れたまま、傀儡かいらいのように首を振るだけだった。


 状況を把握しようと耳を澄ませてはみたものの、 なにか会話が漏れ聞こえてくるわけでもない。


 ただ、漫然と時間が流れていくだけ。


「下手に踏み込むわけにもいかねぇな」


 セルフィナはその歯痒さから、控えめに舌打ちした。


「抜け道は?」


 アルフレッドが、一瞬、視線を虚空に彷徨わせてから、手近にいた兵士に確認する。


 女王の部屋へ通じる抜け道から、中の様子を探ろうというのだ。正面から踏み込めないのであれば、裏から、の判断なのだ。


 しかし、小刻みに歯を震わせて兵士は頭を振った。


 女王の寝所に抜け道がないなどあり得ない。魔女への恐怖でなにも考えられないのだろう。普通の人間の正しい反応ではある。とはいえ、納得している場合ではない。


 アルフレッドは更に周囲を見渡し、いま、この場にいる者の中で一番階級が高そうな兵の姿を見付けると、傍へ行って同じ質問を投げかけた。


「あります。ただ、女王陛下の寝台の真後ろに繋がっておりますので、部屋へ出れば立ちどころに魔女の視界に入るでしょう」


 苦い表情で兵は告げたが、アルフレッドは躊躇うことなく「案内してくれ。無闇に女王陛下に危険が及ぶような真似はしない。約束する」と促した。


 兵士は表情を強張らせたが、深い呼吸とともに思考を整えると、「こちらです」と一行を抜け道へと案内した。


 連れてこられた抜け道の入り口は小間使い達の控えの間だった。


「女王陛下のご寝所に通じる抜け道は他にもいくつかありますが、ここが一番近いです。

真っすぐ進んで、突き当ったら左に曲がり、そのまま進むとやがて階段がありますので、それを上がってください。

上がりきるとそこからは少し狭くなっていて、五人以上で一度に上がって並んでしまうと、先頭の人間は室内から見えてしまいます。気を付けてください」


 兵士はそう忠告した。


 つまり、セルフィナ、アルフレッド、フローディア、ヘレンの四人が階段の先に一度に上がっても、かろうじて、女王の寝所内からは見えない筈。だが、念には念をということだ。


 案内してくれた兵士に短く礼を告げると、四人は抜け道へと身を投じた。


 そこから先は、たった今、聞いた通りの道順で進む。抜け道とはいっても、小間使い達が平常から使用しているからか、通路内は松明が灯され、視界も確保されていて移動は容易だった。


 やがて辿り着いた突き当りの分岐点で、左に曲がるとは聞いていたが、行くべき道は明らかだった。


 右手側の通路は、松明と松明の間合いが遠くなっており、脱出用の通路へと続いているのだと知るに十分な薄暗さだった。一方、進むべき左手側の通路は相変わらず視界が一定に保たれている。


 迷うことなく、左手の通路を進む。


 途中、他の通路の入り口が数本あったが、いずれも上り階段ではなかったので通り過ぎた。


 進む距離が長くなるほどに、足音にも配慮した。気が急いて、慌ただしい足音など響かせてしまおうものなら、何のために抜け道を通っているのかわからなくなってしまう。


 通路の奥へと進んでいくにつれ、呼吸一つさえ慎重にするようになっていた。


 一体いつ階段が見えてくるかと思い始めた頃、それは姿を現した。他に行く道はなく、間違いようはなかった。


「俺が先頭で上がる」


 いよいよ女王の寝所までの距離も近くなったので、セルフィナは抑えた声でそう告げる。他の三人が頷くのを見届けて、階段を上り始めた。


 自然と、その後にアルフレッド、フローディア、ヘレンの順で付き従う。


 階段の長さはおおよその感覚で、セルフィナの身長の三倍はありそうだった。


 急いで脱出するとなったときには踏み外さないようにせねばと気を遣うくらいの傾斜だったが、かえって慣れぬ人間にはそれが危険で、追跡の足が鈍るかもしれない。


 そのような考察をしながら上りきると、道幅の狭い空間に出た。


 女王の寝所はもう目の前だ。


 一層、足音に気を付けて前へと進む。


 耳をそばだてて、一歩ずつゆっくりと進むと、女の話し声が聞こえてきた。


 壁にぴたりと背をつけた姿勢から、見つからないように注意を払って、そっと室内の様子を伺った。


 覗き込むセルフィナに近い位置に、長い金色の髪を漂わせた女王レティアの後ろ姿が見えた。その向こうに、まるで反対色の黒く長い真っすぐに伸びた髪の女が立っている。


 黒づくめの出で立ちから、その女が魔女だとすぐに分かった。


 それとともに、魔女を見たセルフィナは妙な違和感を覚えた。


 初めて目にした筈だというのに、直感的に、魔女の顔に見覚えがあるような気がしたのだ。


 しかし、一体どこで……。


 つい独り言ちて声を出してしまいそうなのを、僅かに唇を動かして押しとどめる。


「女王、隠し立てするな。リューレの血を引く者の近くに、彼女の遺した魔術書があることは知っている」


 魔女の長い黒髪が頭の動きにあわせてうねる。


 見つからないよう、セルフィナはまた、背を壁に密着させて聞き耳を立てた。


「物分かりが悪いようですね。

リューレが己の知識の全てを一冊に纏めたことはわたくしも知っていますが、王家に生まれ育ったわたくしですら、見たことがありません。

あくまでも伝承のひとつで、本当にそのような本が存在するのか、疑わしいとは思わないのですか」


 毅然とした口調で、女王レティアは反論した。


 二人の遣り取りから察すると、この問答は既に何度目かのようだった。


「しらを切っていると疑うことはできるが、本の存在自体を疑うことはないな」


 魔女は頑として引こうとはしない。


 リューレの子孫である女王でさえ見たことがないと告げているにもかかわらず、その言葉を信じるつもりはないようだ。


 そこからまた、暫くの膠着状態が続いた。


 再びの静寂に、潜んでいる抜け道内で、いつ、どうやって、室内に切り込んでいくべきかとセルフィナ達がそれぞれに息を詰まらせながら考えを巡らせ始めたときだった。


「そうか……」


 なにかを思いついたように、魔女が嘆息した。


「図書館にないのであれば女王が持っていると考えたのだが、安直だったな……」


 女王の部屋の壁に魔女は視線をやっていた。その先には、女王一家の肖像画が掲げられていた。女王を中心に、王配と王女と王子が描かれているものだ。


 その肖像画を凍るような瞳で射ると、「全ての、リューレの子孫をあたるまで、だ」と両の口角を上げて、にたりと笑みを浮かべた。


 一挙手一投足見逃すまいと視線を真っすぐにしていたレティアだったが、魔女が薄ら笑いを浮かべて眺めている肖像画の方へ顔を向けた。そして、「全て……?」と魔女の言葉を復唱した。


「そう、全て、だ。平静を装ってはいるが、理解しただろう? そういうことだ」


 美しい顔に薄気味の悪い笑みを貼り付けたまま、魔女ファルセアは女王へ向き直る。


「リューレの子孫とは伝え聞いたが、必ずしも直径の子孫とは限らない。そうだろう? 全てのリューレの子孫をあたればいいのだ」


 言うが早いか、魔女はくるりと踵を返した。


 立て籠もるために閉ざしていた、寝所の正面入り口の扉を乱暴に開ける。


 扉前で右往左往していた兵士たちの姿がさらされたが、魔女はふわりと虚空を撫でるように両手を上げると、兵士たちは一瞬にして後方へと吹き飛ばされていた。


「もう一度言う。全てのリューレの子孫に、本の在り処を訪ねて回ることにする。

私は、本が手に入ればよいのだ。

下手に隠し立てたり、話にならぬような者に用はない。

だから、女王。

もし、本の所在を思い出したのなら、すぐに私に差し出すのが賢明だぞ」


 寝所の外に歩いていきながら、魔女はそう言い残した。


 その後ろ姿に向かって、女王は「危害を……加える、と言いたいのですね……」と問いかけたが、魔女は返事をすることもなく、姿を消したのだった。

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