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プレシア  作者: 南条祝子
〔記憶の継承編〕第二章 蠢動(しゅんどう)
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第二章 蠢動(しゅんどう)〈2〉

 馬の背で空を見上げると、太陽は南天から、いくらか西に傾いていた。


 早朝にコーマス村を出たので、昼の休憩は早めにとった。それから一刻は過ぎたようだった。


 視線を地平に戻すと、街道のその先にラーシオン王国王都、リューズナの街並みが見え始めていた。


 そこから半刻も掛からずに、三人はリューズナ市街地に入った。


 相変わらず、整然とした街並みだ。行き交う人々も落ち着いた空気を纏っている。図書館の襲撃事件は公になっていないのか、余所者の到着を必要以上に気に留めている様子はない。


 セルフィナを先頭に、リューレ神殿に馬を進めた。


 あれから、ノックスとアルフレッドの無言の攻防はおさまっていた。一方的に敵対心を抱いていたノックスの方が、態度を改めた格好だった。


 楚々とした佇まいのリューレ神殿は、街外れにある。以前、セルフィナとアルフレッドが訪れたときと寸分違わぬ外観だ。


 馬を繋いで中へ入ると、下位神官の装束姿の、まだ若い娘が出迎えた。


「セルフィナ・シフィードと申します。ラスティア神官長にお取り次ぎを」


 代表してセルフィナが名乗った。


 予め、近く来訪者があると知らされていたようで、娘は用件まで聞くことはしなかった。


「かしこまりました。暫しお待ちを」と、すぐに神殿の奥へと消えて行った。


 娘の足音が遠ざかっていき、じきに静寂が残った。


 三人は黙ったまま、その場で娘が姿を消した方を見詰めた。


 無音となった神殿内に、再び足音が聞こえ始めた。衣擦れの音まで聞き取れるようになると、上位神官の装束に身を包んだ娘が現れた。


 銀糸の縁取りをした装束の白い生地に劣らぬ白い肌。金色の滝のように腰まで真っ直ぐに伸びた髪。静かな輝きの鈍色の瞳。


 髪も伸び、出で立ちもかつてとは違うが、この娘がヘレンだとセルフィナとアルフレッドにはすぐにわかった。


 彼女とは三年前にコーマス村で別れて以来の再会となる。つまりは、彼女が神官長職に就いてから、もうそれだけの年月が経過したのだ。


 微かに残していたあどけなさもすっかりと消え、凛とした物腰には、神官長らしい威厳さえ感じられる。


「ああ、セルフィナさん、アルフレッドさん。お二人にまたお目に掛かれて、嬉しいです」


 透き通った響きの声が、神殿内の静けさをより際立たせた。


 ヘレンは品の良いながらも満面の笑みで、心から再会を喜んでいた。


「元気そうで何よりだ」


 どこか安心感を与える彼女の表情に、セルフィナも心が穏やかになった。右手を差し出せば、彼女は両手で包み込むようにして、握手に応じた。


「すっかり見違えたな」


 アルフレッドも、長らく離れていた妹との再会のように目を細めた。彼とも握手を交わしながら、ヘレンは二人の背後を見遣る。


「こちらは?」


 どちらにとなく、後ろに立つ男について尋ねた。


「あぁ、こいつか?」


 セルフィナは半身を引いて振り向いた。


「俺の側近のノックスだ」


 紹介されたノックスは前へ歩み出た。


「ノックスさん、ですね。神官長のヘレン・ラスティアです」


 ヘレンが自ら握手を求めると、ノックスは「はい。こちらこそ、どうぞよろしく」と、礼儀正しい身のこなしで彼女の手を握った。


「セルフィナさんの側近ですか」


 ヘレンは不思議そうな様子を見せていた。まだ、セルフィナたちが騎士団を離れたことを知らない。


「積もる話は、王宮に着くまでに話すよ」


 女王にも面会しなければならない。実は王族であると打ち明けるのも、そこまでの道すがらでごく簡単に済ませようとセルフィナは思っていた。せっかくの友人関係を崩したくない。生真面目で純粋な彼女の性格を思い、重大な受け止め方をされないようにしたいところなのだ。


「そうですね。女王陛下もお待ちですから、すぐにでも参りましょう」


 頷いて、背後に控える若い神官に「留守を頼みます」と振り向き加減の姿勢で簡潔に告げる。「はい、ヘレン様」という神官の返事を背中で受け止めながら、ヘレンは心細そうに眉尻を下げた。


「フローディア様にお出ましいただけなかったのは残念です」と、独り言のように呟くので、セルフィナは「いや」と首を振った。


「すぐには出られないんで、後から来るんだ」


 早ければ今夜には到着するとセルフィナは予測していた。伯父ディオルスは時をほぼ同じくしてヴァルカスを出ている。フローディアがすぐに発てば、到着までの時間差は大きくはない。


「よかった。いらしていただけるのですね」


 セルフィナの答えを聞いて、ヘレンは「相手は魔女のようですから、フローディア様がいらっしゃらないと」と安心しきった様子で表情を戻した。


 自らが師と仰いだ前神官長が実は魔女であった過去がある。そんなヘレンだからこそ、フローディアの力は頼みの綱のようにさえ感じていたのだ。


 いわば生き証人として魔術に関わり続けてきたフローディアの知識や技能は膨大だ。魔女や魔術についてセルフィナも勉強してはいるが、到底及ばない。魔力をほぼ失った彼女だが、それでも越えられない壁がある。


「では、先に私たちで女王陛下の元へ参りましょう」


 ヘレンに促され、その足で王宮へと向かった。




 ラーシオン王国の現国王は、首都リューズナの王宮を居として構えている。


 女王レティア・ウォルノは、二人の子を持つ母親でもある。


 遥か昔まで遡れば、ヴァルカス王家との血縁のある王家だ。古い時代のラーシオン王女が、時のヴァルカス王に嫁している。しかし、それ以降、ラーシオン王家の結婚は、非常に閉鎖的な歴史を辿ってきた。


 国交を厳しく取り締まるようになってからというもの、ラーシオン王家は国内の貴族と縁組みをする傾向にあった。虚弱な体質の者が多いにも関わらず近親婚を重ねたせいか、その特徴ばかりが受け継がれ、早世する者が多い。


 家系の特徴の為に、先代の王も若くして身罷られ、レティアは若干十九歳にして王座に就いた。


 謁見室に通されると、待たされることなく、女王が王配とともに入室した。透き通るような白い肌に、絹糸のような金髪。まるで手本のごとく、ラーシオンの人間の特徴を持った風貌だ。


 年の頃はセルフィナよりも二回り程上。だが、中年然とはしていない。


 王配も同じく色白で金髪。二人が並び立つ空間は、まるで神話が題材の絵画のように浮き世離れした美しい景色だった。


 女王レティアが着席する。


「リューレ神殿ラスティア神官長」


 名を呼ばれたヘレンが、数歩前に進み出た。


「女王陛下にはご機嫌麗しく存じます。先だっての件で、お力を貸して下さる方々が到着されましたので、お連れいたしました」


「ご苦労です、ヘレン」


 発せられた女王の声は、儚げな容姿に反して、張りのある凜とした響きだった。恐らくは、王家の中では体質的に恵まれた特徴を受け継いだのだろう。


 鈍色の瞳をヘレンの背後に移した女王は、セルフィナに気付くと目を細めた。


「セルフィナ王女殿下、ご息災の様子でなによりです。噂は私の耳にも届いています」


「お恥ずかしい」


「恥じることはありません。女王には気丈さも必要。体が丈夫なのはもっと重要です」


 レティアは目を更に細くし、柔らかく口元に笑みを浮かべた。


「しかし、ヘレンの口からグリーンラームのフローディア王妃の名が出た時は驚きましたが、セルフィナ王女殿下がおいでになったので、二度、驚かされました」


 レティアは笑っていた。


 若くして神官長の職に就いたヘレンに目を掛けているのか、嬉しそうな笑顔だった。


「申し訳ありません。弁解を申しますと、隠し立てしたのではなく、王女殿下だということを私自身つい先程知りました」


 生真面目なヘレンは俯き加減だった。


 女王は優しい眼差しの目を細め「ただ純粋に、あなたの人脈に感心しているだけです」と口元を綻ばせた。それから「後の方々の紹介を」と、促した。


「はい」と小さく返事をし、ヘレンは居住まいを正す。


「セルフィナ王女殿下の補佐官ノックス様、グリーンラームのアルフレッド様」


 軽く振り向き、二人に順に視線をやって、紹介していく。名を呼ばれると、ノックスとアルフレッドはそれぞれ会釈をした。


 男たちに頷きで応えていく女王は、アルフレッドに視線を止めた。


「あなたがディオルス王のお子」


 確かめるように呟く。


 アルフレッドは短く、しかしはっきりとした声調で「はい」と答えた。


「そう。無事に復権を果たされたこと、改めてお祝い申し上げます。私もフローディア様の侍女を預かりした甲斐がありました」


「恐れ入ります。復権はレティア女王のお力添えのお陰です。感謝しています」


 情勢が落ち着いたと知ってか、グリーンラーム王家の情勢に関与していたことをにおわせた。アルフレッドも承知のことで、丁寧に女王へ礼を述べる。


 彼の態度は、女王の期待に叶っていたらしかった。「グリーンラーム王家とは先王から良好な関係を保ってきました。それを維持できて喜ばしく思っています」と、今後も姿勢は変わらぬ意思を見せていた。


「ところで、フローディア様のお姿が見受けられませんが」


 話を戻す前に、女王はフローディアの所在を尋ねた。ヘレンは助言の中で主にフローディアの名をあげていたのだから、その姿がないとなれば看過できるわけがない。


「はい。その件ですが、母フローディアは追って到着します。私と父は出先におり、母に留守を預けていましたので」


 アルフレッドは当初の役目を果たした。彼の言葉に、「そうでしたか。安心しました。ヘレンの話では、フローディア様のお力は欠かせぬようですからね」と、安堵を口にする。しかし、さすがはラーシオンの女王ともあって、穏やかさも、凜とした態度も入室時と寸分違わなかった。


 自然な動きで、女王はヘレンに視線を移した。


「では、ヘレン、あとは任せます。必要な事があれば何でも申し出るように」


「痛み入ります。まずは、お三方を王立図書館へとご案内したく存じます」


「そうですね。では、あなたがたが全館立ち入れるよう通達を出します」


 女王は目配せですぐに控えていた侍従に指示した。


「長旅でお疲れでしょう。少し休んでいかれるように」


謁見は女王の言葉で終了し、四人は王立図書館へ出向く前に暫しの休憩をとることにした。

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