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プレシア  作者: 南条祝子
〔記憶の継承編〕第二章 蠢動(しゅんどう)
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第二章 蠢動(しゅんどう)〈1〉

 大急ぎで支度を終えたセルフィナは厩舎に向かった。


 厩番(うまやばん)によって、鞍や荷物を整えられた馬の姿が見えた。そのすぐ側で、既にアルフレッドとノックスが待っていた。


「悪い、待たせた」


 駆け足で近寄り、並んだ鳶色の髪の後ろ姿に声を掛けた。


 振り向かずとも、拳ひとつ分くらい背が高い方がアルフレッドだとセルフィナには分かった。着ている物の違いもあるが、目を上げる角度の差が、明らかな判別材料だった。


 同時に振り返った彼らは、微かに安堵したような表情を見せていた。


 双方、言葉はなかったが気まずい空気がありありと漂っていた。


「すまない、ノックス。まさかお前を巻き込むことになるとは」


 二人の前に立ち、セルフィナは謝った。


「いえ。構いません。私は姫様にお仕えする身ですから」


 ノックスは穏やかに、やんわりと首を横に振った。


 そして、「目付け役、と理解しております」と、アルフレッドを一瞥し、言い添えた。


 牽制するような、冷ややかな視線だった。


 すぐに側近の意図を読み取ったアルフレッドが、軽く肩を竦める。


 心得ていると目で答えていたが、ノックスは無反応を決め込み、さっさと視線を外してしまった。


 再びセルフィナに意識を戻し、「姫様ほど腕が立ちませんので、足手まといにならないよう、努めます」と言う彼の顔は、打って変わって平静になっていた。


「相手は魔女だ。腕がどうとかは無意味だよ」


 セルフィナはすぐに側近の言葉を打ち消した。彼への気遣いでもなく、本心でそう思っていた。


 目に見えぬ力に動きを封じられたり、次々と俊敏に攻撃を加えてきたりと、剣の腕前だけでは太刀打ちできないこともあった。


 魔術や魔女は過去の遺物ではない。現代にも本物の魔術は脈々と受け継がれている。


 ノックスは平穏な表情を崩さなかった。忠実な彼の無言の反論だ。魔女の能力を知らぬが故の当然の反応であった。


 魔術の得体の知れなさを目の当たりにすれば、考えは変わる。セルフィナたちもそうであったように。だから、セルフィナは側近の態度には言及せずにいた。


「さあ、話はともかく、すぐに出よう」


 話を打ち切って出発を促した。


 本当に出発を急ぎたい気持ちもあった。伯父ディオルスもじきにラリンスへの帰路に就く筈だ。リューズナへの距離を考えれば、のんびりしているとフローディアの方が先に着いてしまいかねない。だが、それ以上に、ノックスとアルフレッドの間に漂う緊張感がいたたまれなかった。


「はい、姫様」


 ノックスが返事をする。


 その横で、アルフレッドが「ああ」と薄い反応とともに踵を返した。


 早々に青鹿毛の馬の脇へ行き、背に舞い上がる。長身が軽やかに騎乗するさまは以前のままだ。


 その横にいる栗鹿毛の馬には、ノックスが優雅な身のこなしで上がった。


 この調子では先が思いやられる。その気持ちを喉元に留めて、セルフィナも芦毛の愛馬の背に跨がった。



 ヴァルカスの王都、セーバリストから、中継地点のコーマス村は、概ね東北東に位置している。


 途中で、グリーンラーム王都ラリンスへ向かう街道と、直接コーマス村へ続く街道とに分岐するが、セルフィナたちは直接コーマス村へ続く街道を進んだ。


 短縮できる時間と距離は僅かだ。それでも、やや北に逸れるラリンスへ立ち寄らない分だけ早く着くことができる。


 襲われた図書館が気掛かりなのは当然だったが、それ以外の新たな問題が、セルフィナの頭を悩ませていた。


 セルフィナの予感通り、側近のノックスとアルフレッドはどうにも馬が合わなかった。


 さながら、父と伯父のようでもあった。


 王位継承者の側近、ノックスの出自は伯爵家の次男。


 かたや、いくら復権したとはいっても、孤児として育ったアルフレッド。


 ノックスには、グリーンラーム王太子の肩書きを得た男の、ほんの些細な王族らしからぬ言動が気に入らないらしく、度々、無言の反発を示していた。


 アルフレッドはといえば、そんなセルフィナの側近の態度にうんざりしつつも、取り合わないでいる状態だった。


 当然のことながら、表立って衝突するようなことはない。一切は二人を良く知るセルフィナだからこそ感じ取れる程度のものだ。


 それ故に、宿場町での逗留の度に漂う穏やかならぬ空気には、さすがのセルフィナも耐えかねていた。コーマス村へ辿り着くまでにはどうにかしたいと思っていたが、そうも簡単にはいかなかった。


 取り成そうとするほどに、全くの逆効果。


 ついには、ヴァルカス王都セーバリストからコーマスまでの六日間のうちに、雑用の殆どはアルフレッドが負担するようになっていた。彼の方も、別段不満を見せてはいなかった。むしろ、率先して行動するくらいだった。


 結果として、それが更にノックスからの不評を買う要因にもなっていたのだが。


 コーマスに着くと、当然のようにアルフレッドが馬宿と宿の手配に向かった。


 馬停でアルフレッドの後ろ姿を見送りながら、「仲良くしろとは言わない。せめて、その敵対心をどうにかしろ」と、セルフィナは側近に何度目かの注意した。


 しかし、「敵対心など持っている気はありませんが」とノックスは素知らぬ口調で答える。


 通りの角にアルフレッドの姿が消えると、セルフィナは側近に顔を向けた。


 馬の手綱を杭に掛け終えたノックスはセルフィナの側へと歩み寄った。そして、通りの角を見遣って、微かに眉間に力を込めた。たったそれだけの表情の変化も、、セルフィナは見逃さなかった。


「お前にその気はなくても、俺にはそう見える」


「では、改めます」


 涼しい顔で言ってのける側近に、セルフィナは苛立って舌打ちする。


「姫様にも、改めていただきたいですね」


 逆に素行を咎められ、今度は苦い顔で肩を落とした。自然と落胆の溜め息が漏れ出る。一瞥すれば、側近は首を傾げて口角を引き上げていた。


 一度吐いた息を取り戻すようにして、セルフィナは深呼吸をした。


 それにしても、彼はこんなにも嫌味な男だったろうかと考えた。見合い相手を剣術で負かしても、「困った姫様ですね」などと笑ってさえいた。


 理由は考えるまでもなく、すぐに思い当たった。アルフレッドがつい最近まで、一介の騎士に過ぎなかったからだ。


 グリーンラームでは厳しい試験を設けた選りすぐりの面子を集めたものとして、騎士団員は他の兵とは一線を画している。けれど、そのような概念のないヴァルカス国民のノックスにしてみれば、兵士風情が、という意識なのは、問い質すまでもなかった。


「相手で態度を変えるような奴だとは思わなかったよ」


 主の彼女にはよく出来た側近だ。執事としても、補佐官としても、具にセルフィナの意をくみ取り、程よく先回りしてくれる。それだけ彼のことを評価していたからこそ、アルフレッドへの態度には驚きと落胆を禁じ得なかった。


「姫様が個人的に自由主義なのは結構ですが、将来、王位を継承されれば、そういうわけにはいきませんよ」


「お前まで親父みたいなことを言うのか」


 失望を正直に告げたところで、側近から返ってきた言葉にセルフィナは震え上がった。


「ですが、事実です。こと、ヴァルカスにおいて、自由主義を推し進めようとなさるなら、グリーンラーム国王夫妻以上のご苦労を伴われるでしょう」


 淡々とした口調で語る側近を見上げれば、今まで見たことがない冷たい眼差しでセルフィナを見ていた。


「なにもグリーンラームみたいな国にしようなんて思ってない」


「そういうことではありません。庶民と縁戚になるだけでも、ヴァルカスの文化からは逸脱しています。そのような文化を無視した自由は、ヴァルカス王家への不信に繫がりかねません」


「ああ、だから親父は母上との婚約を破棄しようとしたんだったよな。だけど、言っておくが、アルフはれっきとした伯父上たちの子だ」


「姫様、はっきりと申し上げます。ディオルス王のお子であっても、母君は庶民の出であることに変わりはありません。王太子殿下ご自身に至っては、つい最近まで、ご自身の素性もご存知なかった。姫様とは違うのです」


 セルフィナは駄々を捏ねる子供のように、勢いよく首を振って、ノックスの言葉を否定した。反発しながら、自分がグリーンラームのような風土を求めていると、改めて気付いた。


 古い慣習に固執しない伯父の遣り方には、もうずっと以前から好感を持っていた。


 父に、そうあるべきとお仕着せられてきた上の産物が自分であり、同じ娘である妹との違いには随分と苦しめられてきた。


 自らの価値観が、ヴァルカスの女王になるには相応しくないと、セルフィナ自身、とうに分かっていた。


 彼は買い被っている。そんな思いから、セルフィナはさらに側近に詰め寄り、食ってかかる。


「違うもんか。いいや。むしろ、王家に生まれた俺よりもフローディアの方がうんと王族らしい。アルフだって……」


「やめないか、セルフィナ」


 いつの間にか戻っていたアルフレッドが慌てて止めに入った。


 二人の間に割って入ると、今にもノックスに掴み掛からんという勢いのセルフィナの両肩に手をやり、押し離した。


「だけど、アルフ」


 押されるままに何歩か後退りながら、セルフィナは反論を口にしようとする。だが、アルフレッドはそれを遮った。


「ノックスの言う通りだ。見つかった親がたまたま国王夫妻だっただけで、結局、俺は孤児院育ち。母上は元は使用人だ。いくら今のグリーンラームが保守的過ぎないとはいえ、せいぜい庶子扱いが本当のところじゃないか。それが王太子なんて不相応だってことくらい俺にも理解できてる。ラリンスでは不思議なくらい歓迎されてるけれど、王都を出れば違う」


 冷静な声音でアルフレッドは告げた。


 彼の言葉を聞いているうちに、セルフィナは絶望的な気分になっていた。状況を正確に把握する能力も、彼の方が遥かに上だ。アルフレッドの素性が分かって舞い上がっていたのだ。


「なるほど。王太子殿下は分別がおありで」


「いいや、ノックス。俺に本当に分別があったなら、今でも、騎士団にいたよ」


 慇懃な態度の側近に、静かに拒絶を含めた回答をする。


 せっかくの世辞を無碍にされ、ノックスは苦笑いを浮かべていた。


「ご自分で否定なさるのですね」


「そりゃそうさ」


 あっさりと認めるアルフレッドに、ノックスは失笑した。


「騎士団での地位に不満はなかった。親も見つかった。でも、それだけでは手に入らないものがある」


 立腹するでもなく、整然と理由を並べる。最後に、ノックスに答えさせようと目配せをした。


 ノックスは無表情に戻った。鳶色の瞳を数度瞬かせ、「姫様、ですか」と、回答した。


「人間は欲張りな生き物だ。ノックス、お前だってそうだろう?」


「さあ。どうでしょう」


 アルフレッドがセルフィナに顔を向ける。ノックスは釣られるようにして顔を動かした。


「そうですね。あるいは」


 ノックスの答えの後、暫くの沈黙が流れた。その間、彼は一寸だけ、思案するように首を微かに傾げた。


 やがて、彼が「なるほど」とだけ呟いたのを聞き、アルフレッドは「さあ、まずは馬宿に行くか」と、馬の側へ行って手綱を取った。


 ノックスがそれに倣うのを見て、セルフィナは大きく肩で息をついたのだった。

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