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プレシア  作者: 南条祝子
〔記憶の継承編〕第一章 条件
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第一章 条件〈2〉

 早朝、セルフィナは中庭を歩いていた。


 昨夜は寝つきが悪かったうえに、今朝は夜明け前に目が覚めてしまった。


 暫く寝台の中でぼんやりしていたが、どうにもじっとしていられなくなった彼女は、いつものように男物の服を着て、朝の散歩に出てきたのだった。


 何人もの花婿候補を返り討ちにしてきたこの中庭も、普段は静かで優雅な場所だ。よく手入れされた芝生に、背丈の低い常緑の植え込み。その向こうには、つる薔薇(ばら)が栽培されている。


 朝日を受けて青々としている葉を眺めていると、彼女の背後に足音が近付いた。


 振り返ると、アルフレッドがいた。


「おう」


 騎士団にいたときと変わりない調子で声を掛ける。彼は「変わってないな」と顔を綻ばせた。


「聞いたぞ。ここで十人も返り討ちにしたんだってな」


「ふん。どいつもこいつも、立派なのは肩書きだけだからな」


 毒づくセルフィナの様子に、アルフレッドの表情は心なしか嬉しそうだった。


 政略結婚を拒んで出奔(しゅっぽん)までしたセルフィナが、彼への思いを断ち切るためだけに、おいそれと父王の意に従う訳がない。そういう梃子てこでも動かぬ強情さはいまも変わってはいなかった。


「なんで、黙ってたんだよ」


 セルフィナは右の拳で隣へやってきたアルフレッドの二の腕を小突いた。そうは言っても、騎士団では他言無用の極秘任務も多く、口が堅いのも昇格条件のひとつだった。班長まで上がった彼だ。たとえセルフィナ相手でも重要なことを漏らすなどあり得ないことだった。


「陛下も言ってたろ。復権できる確証はなかった」


 アルフレッドの言葉にセルフィナは軽く吹き出した。


「復権できたのに、伯父上のことは陛下って呼ぶんだな」


「ああ。陛下も無理しなくていいって。それに、結局、陛下って呼ぶ場面の方が多いよ」


 アルフレッドは肩を(すく)めた。


 正式に親子の証明と復権を果たしたとはいえ、ディオルスの公務に同行したり、他の者にディオルスのことを示す場合はやはり陛下と呼ぶべきであり、彼もそれをよく心得ていた。


「で、大変だったろ、裁判と審議は」


「ああ。まあ、どっちも吃驚びっくりするくらい早く終わったんだけどな。そうは言っても、罪人になった気分だったよ」


 罪人という単語にセルフィナは思わずアルフレッドの肘の辺りを掴んだ。


「そんな顔するな。別に牢に入れられたり拷問されたわけじゃない。だって、そうだろ。生まれたことさえ公表してなかったんだ。陛下の実子を(かた)る不届き者だって思われたっておかしくない」


 落ち着いた笑顔で彼は言った。


「あのペンダント、証拠になったのか?」


「あれな、実は同じ物がもう一つあったんだ。母上が持ってた」


 アルフレッドはそう言って、首元から銀の鎖を引き出した。その先には、銀板が二枚ぶら下がっていた。


 銀板に手を差し伸べ、二つを見比べる。セルフィナもよく知っている通りの彼の名前と生年月日がどちらにも掘られていたが、一枚には、本来彼が生まれた時に授けられるはずだった称号と、グリーンラーム王家の紋章が掘られていた。


「母上……。ああ、そうか、フローディア」


 伯母の顔を思い浮かべ、セルフィナは改めて、彼の母親が伯母のフローディアであることを認識した。どうして今まで気付けなかったのか。よくよく見てみれば部分的に伯父と伯母のどちらかに似てはいるものの、全体的には偏ってどちらかに似ているという印象はない。


「これを作らせた職人や、俺が生まれるのを手伝った侍女たち、孤児院の院長や尼僧たちまで召喚して、証言をとった。その召喚に時間が掛かったくらいかな」


 職人や侍女たちは、口止め料を持たせ、ラーシオンのいずこかへ働き口を世話する程の周到さだったのだという。


 裁判と審議の様子が昨日のことのように思い浮かぶのか、彼は目の前の植え込みに視線を落とした。「隊長や、班長、無作為で元同僚を数人呼び出して、俺について事細かに証言させたり、入団試験や昇格試験の成績、不正がなかったか、あらゆる記録をお偉いさんたちの前で公表されたよ」と、艶やかな若葉をそっと撫でた。


「仕方ないよな」


 溜め息とともに彼は呟く。


 騎士団は入団試験も、昇格試験も、本人には合否のみが伝えられるだけで、具体的な成績は明かされない。望むと望まざるとを得ず、本来自分さえも知ることのなかったものまで、公衆の面前で曝されたのだ。


 ただひとえに、いつの日か自分の名が両親の耳に入るのを支えにしていた彼の頑張りが思わぬ形で効を奏したといえる。だが、成績が良すぎれば不正を疑われ、審議員たちの期待するほどでなければ否決の材料になる。彼が並々ならぬ努力をしていたのはセルフィナもそばでずっと見ていたから、不正など決してあり得ないと言い切れる。しかし、彼の人となりを知らない連中を納得させる為には必要なことだったのだ。


 そんな様々な精神的苦痛を代償に、彼はディオルス王の子と認められ、復権を果たした。


「大体、俺自身、いまだに半信半疑だからな。本当はどこかで誰かの記憶が刷り変わってて、本物の王子はどこかで静かに暮らしてるんじゃないかって、時々思うんだ」


 アルフレッドは苦笑した。


「じゃあ、その本物の静かな暮らしのために犠牲になっとけって。ついでに、頑固親父をなんとか説得しろよ。こんなうまい話、逃すのは惜しいだろ?」


 セルフィナはそうけしかけながら微笑み返そうとした。だが、彼の肩の向こうに見える回廊に、父の姿があるのに気付いてしまい、一気に表情を曇らせた。


 二人で申し合わせて会っていると疑われるだろう。そんな思いが頭の中を走り、俯いてしまった。


「どうした?」


 不審がるアルフレッドに「回廊から親父が見てる」と答えて、植え込みの方に体ごと向き直った。


 アルフレッドが小さく息をつくのを耳に、セルフィナは植え込みの後ろのつる薔薇に目を向けた。


「短い方でいいから貸せ」


 突然、彼はそう言って右手を差し出した。


 訪問の理由上、敵意がないと示すために彼は剣を帯びていなかった。かたや、セルフィナは普段通りに細身の長剣と、その半分もないくらいの短剣を腰に提げている。


 その短剣の方を貸せと言うのだ。セルフィナはすぐに彼の意図を解して、短剣を手渡した。


「手加減するなよ」


 間合いを取り、セルフィナが剣を抜いて構えると、アルフレッドがそう言った。彼女は「ふ、なんだよそれ」と失笑した。


 手加減しませんと宣言されるばかりだったので、彼の言葉が新鮮だったのだ。


「だってそうだろ、俺の方が不利そうに見える」


「見た目はな」


 セルフィナはそう返して、利き手の袖をほんの少し引き上げた。


「班長とまともにやったら、勝てる気がしませんが」


 騎士団にいた頃のような錯覚に陥っていた。最後に彼と手合わせしたのは、もう一年以上も前だ。


「当たり前だろ。お前に勝たせる気はない」


 自信過剰なのではない。復権の審議などでこの一年は以前のような稽古はしていないだろうが、元々の彼の実力を考えれば、そう簡単に腕が落ちているとは思えなかった。


「今、これでお前が勝ったらわざとらしいし、負けとけって」


 なるべく間を詰められないように、セルフィナは剣先を向けた。


 短剣がセルフィナに届く範囲まで詰められれば、すぐに勝敗は分かれる。


「馬鹿言え、ここでお前に負けたら直談判に来た意味なくなるだろ」


 彼女が負かしてきた連中と同列になってしまっては、余計にルース王を説得などできない。


 会話しながら、彼は短剣の先でセルフィナの剣を軽く払った。細い金属音を発てて剣が絡め取られそうになるのを、セルフィナは力任せに押し戻した。


「おっと、怖いな」


 小さく声を挙げたアルフレッドの白いシャツの袖が、セルフィナの剣で少し切れていた。


「悪い、(かす)っちまった」


 言葉だけは謝罪するものだったが、セルフィナは足を上げて、剣が押し戻される力を逆手に、間を詰めていたアルフレッドに膝蹴りを喰らわした。


「痛ぇな、なにすんだよ」


「近いんだよ」


「だからって蹴るやつがあるか」


「足を使ったらいけないって取り決めはしてないだろ」


 セルフィナは前に流れてきた髪を後ろに掻き戻した。


「そりゃそうだけど、俺に恨みでもあるのかよ」


 蹴られた腹を擦りながら、アルフレッドは嘆息した。


「ああ。俺の親父にてこずってるみたいだからな」


 セルフィナは容赦なく剣を振るう。しかし、彼はそれを身軽に交わして、「とばっちりもいいとこだな」と笑っていた。


「笑ってる場合かよ、頭くるな」


 次の瞬間、セルフィナは大きくよろけた。弾みで手から剣が滑り落ちる。そして、芝生に横座り状に倒れ込んだ。


「俺の勝ちだな」


 地面に両手を付き、声のする方を見上げると、アルフレッドはにやりと勝ち誇った顔で立っていた。


「足を使ったらいけないって取り決めはないんだったよな?」


 そう言って目の前にしゃがむ彼に返す言葉はなかった。


 彼がにやけているのに気をとられた隙に、足払いをかけられたのだ。


「ちぇ、やな奴」


 せめてもの抵抗に、セルフィナは悪態をついた。


「これで勇ましい王女様が花婿候補に出してる条件は通ったってことでいいんだよな」


 芝生に片膝をついて、アルフレッドはセルフィナの頬に手を伸ばした。


 青い瞳を見詰めている彼女に、ゆっくりまばたきをして目を閉じろと合図をする。セルフィナは素直にそれに従った。


「……参りました。私の、負けです」


 目蓋を開けると、セルフィナは掠れる声で敗北を認めた。

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