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プレシア  作者: 南条祝子
閑話2
51/61

〔閑話〕オルフェからの手紙

 春とは名ばかりで、肌寒い日が続いていた。


 長椅子に体を投げ出して、セルフィナはぼんやりと大窓から臨む雲が流れていく様子を見上げていた。


 ひんやりとした空気は、まるで自分の心と重なるようだ。そう心の中で一人ごちていた。


 ヴァルカスへ戻って約半年。


 公務のない日は相変わらず男子の服装をし、城の兵の訓練に参加していた。はっきりと言ってしまえば、グリーンラームの騎士団の訓練に比べて生温い。一緒にやるというよりは、稽古をつけてやっているに近い状態だ。だが、腕が鈍るよりはましだった。


 傍目には元通りの日々。それでも、出奔前に比べて変わったこともいくつかあった。徐々に手を加えている自室には、なにやら優美な調度品が増えていた。


 武骨な作りを無理矢理華美にしたようなヴァルカスの様式の調度品は少しずつ姿を消し、代わりに、グリーンラームやラーシオン出身の職人が作った繊細で緻密な細工のものへとすげ変わっていた。


 これは伯母の影響だ。生まれながらの王族である母にさえない、凛とした品の良さ。そこからくる美意識は、ただ贅を尽くすだけのものとは違う。ある種の潔さと優美さがあった。身のこなしも然り。伯母の近くで過ごした四年のうちに、彼女への敬意と憧れがセルフィナの心に芽生えていた。


 しかし、それだけではない自覚が彼女にあった。


 小さく何度目かの溜め息をついていると「姫様、失礼いたします」と、頭の方から側近の声がした。


「なんだ、ノックス」


 そのままの姿勢で、おざなりに返事をする。


「お手紙が届いております」


 長椅子の背もたれの向こうから、側近は恭しく手紙を差し出した。


 側近、ノックスを一瞥して、セルフィナは手紙を受け取った。


 彼は静かに、セルフィナの視界から消えた。戻って数日後より、後ろ姿を見せるなと命令していた。彼は無理難題も甚だしいそれを忠実に守っている。


 セルフィナがそんな理不尽な命令をしたのには理由があった。


 彼の髪色が、アルフレッドとよく似た鳶色だから。背丈はアルフレッドの方がもう少しあるような気もするが、鳶色の髪の後ろ姿を見て卒倒しかけた。振り向いて顔さえ見てしまえば、どうということはないのだが。


 側近には正直に理由を告げた。彼を忘れられるまでの間だけ、と言ったが、彼は「ならば、私は生涯、姫様に後ろ姿を見せられませんね」と笑い、かれこれ半年、命令に従っているのだ。


 最近では「姫様から不意討ちを喰らわずに済みます」と、冗談にすらしている。


 よくできた側近に対し、セルフィナは「いつまでもそんな子供じみたことするか」と拗ねてから、伯母ならそういう切り返し方はしないだろうと、そっと心の中で自戒するのだった。


 つらつらとそんなことを思い起こしながら、セルフィナは手紙の差出人を確認した。


 封筒の右下には、オルフェ・デュラハの署名。


 かつて盗賊だった彼女は、大臣の一件以来、侍女として伯母に仕えている。


 牢から出た時は、読み書きは一切できなかったというのに、既に随分と読みやすい文字で手紙を書けるまでに上達していた。あれ以降、今も続けてセラムから文字と文の書き方を教わっているらしい。


 練習も兼ねて、時折こうしてセルフィナに近況を記した手紙を寄越してくれるのだ。


 今回はどんなことが書かれているのか、期待を込めて封を開けた。


 セルフィナがヴァルカスへ帰還して程なくの頃の手紙は、誤字脱字の多い、ぎごちない文字と文章だった。たどたどしく、発見した王子を城へ迎えたこと、復権に向けて、裁判と審議が開始されたことが綴られていた。


 今回の手紙は、その後の経過を知らせる内容から始まっていた。


 長く掛かるかに思われた審議は思いのほか順調に進み、近く、正式に王太子の位置に復権できる見通しだとか。伯母、フローディアはその準備や、王子の王太子教育に日々奔走しているらしい。


 また、前大臣バルディの裁判についても触れられていた。バルディが供述をのらりくらりとはぐらかしたり、言うことが変わったりで、遅々として進まないため、先に奴の手足として動いた者たちの処遇を確定し、追い込んでいく方針で進めているそうだ。こちらはまだまだ時間が掛かるだろう。


 オルフェ自身はといえば、侍女頭やマリッタから随分と気に入られているようだ。いずれはヴァルカスに戻り、グリーンラームにあるような孤児院を開きたいという彼女の夢を知りつつも、いくつも縁談を持ち掛けて来るという。セルフィナでもあるまいに、片っ端からお断りしていると記されていた。


「随分詳しく文章が書けるようになったじゃないか。間違いも殆どない。上等、上等」


 手紙に向かって、そう目を細めた。


 セルフィナは手紙を横のテーブルに置くと、「おい、ノックス」と側近を呼んだ。


「はい、姫様」


 影のように立っていた側近は、ついとセルフィナの傍へやってくる。


「お茶を用意させてくれ」


 脚を投げ出して横たわっていた長椅子から上体を起こし、指示をした。


 側近は「かしこまりました」と穏やかに微笑んで退出していく。


 扉の閉まる音を背に、セルフィナは文机へ向かった。


 オルフェへの返信の書き出しは、追伸で手紙とともに届けると記されていた物への礼だ。


 生姜の砂糖漬け。


 じきに、側近から指示された侍女がお茶とともに給しに来るだろう。


「全く。忘れようって努力してるっていうのに」


 甘い物はあまり好まないアルフレッドが、唯一、気に入っているものだ。


 偶然にしては随分と的を絞った選択だが、追及はするまい。


 セルフィナはそう嘆息して、インク壷の蓋を開けるのだった。

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