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プレシア  作者: 南条祝子
〔黒い神官編〕第一章 呪われた姉妹
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第一章 呪われた姉妹〈3〉

 遅くまで話をしていたセルフィナとフローディアだったが、すっきりとした目覚めで翌朝を迎えた。


 身支度を整えると宿の部屋は早々に引き払って、手近な食堂で軽く朝食を済ませることにした。


 道中、セルフィナが無意識に難しい表情をしていたので、アルフレッドが「顔が怖いぞ」と冗談めかして指摘した。


 昨夜のフローディアとの会話をむやみに彼に明かすわけにもいかず、「夢見が悪かったんだよ」と誤魔化した。


 果たして、彼がこの旅の本当の目的を知ったら、一体どんな反応をするだろうか。


 フローディアの姉の失踪が、彼女の懸念するほどのものでなければ、にわかに信じがたい話をアルフレッドが知る必要はない。この先のことと次第にもよるだろうが、今はまだ、極秘に旅をする王妃の護衛で十分だ。


 取り越し苦労であって欲しい、セルフィナはそう思っていた。伯母に余計な触れ込みをしたばかりに、彼を巻き込んでしまったのではないだろうか。そんなことをぼんやりと考えていて、我に返ったのは朝食もすっかり終えて、馬宿に戻る頃だった。



 天気にも恵まれ、予定通りに進めば、今日のうちにコーマス村に着くことができそうだ。そうすれば、明日にはラーシオン領内に入れる。


 セルフィナの上着の中ではフローディアから預けられた指輪が揺れていた。伯母と秘密を共有することになったせいか、ほんの小さな指輪であるのに、妙に重く感じられた。


 宿場町を出た後、コーマス村までは引き続き馬で王都街道を行く。見渡しのいい平原地帯のグリーンラーム領内はいたって平和なものだった。


 不穏な話を起想させるようなものは何一つ感じない。町を出てから、自然にセルフィナの気分も落ち着いていった。



 日暮れ前には無事にコーマス村に辿り着いた。


 プレシア最大の湖、ウレア湖の湖畔に栄えるコーマスは村でありながら、四カ国を往き来する人たちで賑わっていた。前日に宿泊した宿場町と比べれば、コーマスの方が都会的だ。四カ国どの国境とも近いこともあって、グリーンラーム王国の軍隊の警備詰め所まである。


 また、そんな立地から、ここでは各国のあらゆるものが手に入り、それぞれの国の郷土料理もここで一度に味わうことが可能だった。


 宿を確保し、空腹を満たすために、手頃な食堂を見繕った。


 席に着くと、セルフィナは迷わず故郷ヴァルカスでよく食べていた好物の鶏肉料理を注文した。フローディアとアルフレッドはラリンスで日常食べているものと変わらないものを注文する。


 注文した料理が出揃い、食事を始めようとした時、近くの席から聞こえてきた会話にセルフィナの耳が反応した。


「リューレ神殿の神官長、まだ見つからないそうだ」


「もう行方がわからなくなって随分なるなぁ」


 声のした方にさりげなく注目すると、行商人らしき男が二人、向かい合って食事をとりながら話していた。


 セルフィナは更にわざとらしくない程度に振り向いて、彼らの食べている物を確認した。皿に載っていたのは、蒸した芋などの根菜類と、香草で焼いた鹿肉だった。この二人が旅先では普段と違うものを食したいという思考でなければ、ラーシオン王国の人間に違いなかった。


 内容を聞くに、少なくとも、ここ数日の間は何も進展がないようだ。しかし、悪いことに、神官長が行方不明であることは、既に一般市民の知れるところになっている。


 正面に向き直ったセルフィナは、フローディアと目が合った。


 彼女の耳にも行商人二人の会話は届いていたらしく、僅かに表情を曇らせていた。


 そこへ「少しくれ」と、セルフィナの皿からアルフレッドが鶏肉を奪っていった。しかも、彼女が好きで、ゆっくり味わおうととっておいた一番皮の多い部分だ。


「あっ、ばか野郎! 一番旨いとこを」


 舌打ちをしたが、それ以上、深追いはしなかった。


 それよりも行商人の会話の続きが気になっていた。が、彼らの話題はとっくに別のものにすげ変わっていた。


 アルフレッドは極秘で出掛ける王妃の護衛としか知らされていない。だから、セルフィナがよそに気を取られてる理由など知るわけもなく、喰って掛かって来るものだと期待していたようだった。彼は期待が外れて、拍子抜けしたと言わんばかりの表情をした。


 食事を終えると、前日と同様、二部屋に別れて早々に休むことにした。


 部屋の扉を閉めると、フローディアが「もう、一般市民にも知れ渡っているのね」と独りごちて溜め息をついた。


 それを聞き流して、セルフィナはどっかりとベッドに腰を下ろす。


 神殿の長が失踪したのだ。要人の不在は長期に渡れば、隠し切れるものではない。


 余程の権力で箝口令を敷かない限り、何らかの形で外部に噂が広まってしまうのは無理からぬことだ。時として、ご丁寧に尾ひれまでつくことだってある。


 重く溜め息を漏らす伯母の姿に、セルフィナは何も話し掛けることが出来なかった。



 その夜、セルフィナは妙な夢を見た。


 夢の中でフローディアが泣いていた。声を掛けようとしたのに、夢の中では声を発することができなかった。もどかしさに足掻いているうちに、目が覚めたのだった。


 現実にはセルフィナは伯母が泣く姿を見たことは、ただの一度もなかった。不思議な感覚にとらわれ、暫くそのまま身動きができなかった。


 空はすっかり明るく、小鳥がさえずっていた。


 朝日を反射する窓の硝子を見ていているうちに、やっと、夢だったと判別できた。


 妙な夢のことは胸に秘めておくことにして、セルフィナは早々に身支度を整えた。



 いよいよグリーンラームとラーシオンの国境へ向かう。首都リューズナに日暮れ前の到着を目指し、朝も早いうちからコーマス村を発った。


 ラーシオン王国との国境には関所がある。大陸の四カ国で唯一、出入りを厳しく取り締まっている場所だ。


 他の三カ国は関所などないに等しい代物だ。取り分けグリーンラームとヴァルカスは現在、王家が兄弟関係にあり、比較的、往き来は自由にできる。


 一方、ラーシオンは学問や研究が盛んな国。最新の研究内容や重要な資料が不用意に国外に出回らないためにも、厳重な国境警備を敷いているのだ。


 よって、関所では出入国の際、身分証を提示し、ラーシオンへの入国目的を明示しなくてはならない。セルフィナたちも例外ではない。一般の旅人は役場で身分所を作成してもらうが、彼女たちは王妃の遣いと明記された、グリーンラーム国王ディオルスの署名入り身分証があった。ここで使用するのが最たる目的だった。


 コーマス村を出て数時間後、その関所へとやって来た。 


 国王直筆の署名が入った身分証のお陰で、厳しく旅の目的などを再確認される事はなかった。


 すんなりと関所を通してもらえ、無事にラーシオン王国領内に入った。この先は暫く、山と山との間を縫うような道が続く。


 整備されているとはいえ、周りを山と木に囲まれた道は視界が悪い。また、緩やかではあるが、登り下りの坂道の連続だ。そんな山道だが、他の経路がないため往来は存外に多かった。 


 三人は常歩で馬を進めた。速度は落ちるが、馬で通れるだけましだ。


 ラーシオン王国の首都リューズナは峠を越えてすぐのところにある。道中が山道であることを除けば、四カ国の主要都市の中では一番、コーマス村から近い。次に近いのはグリーンラーム王国の王都ラリンスだ。



 山道を抜けると、陽は既に西の山を赤く照らしていた。その山々の向かいの平地には、赤茶色の屋根が続いていた。首都リューズナの市街地だ。


 再び馬を走らせ、日の沈まぬうちに市街地に足を踏み入れた。


 目指す女神リューレの神殿は街の外れにある。


 神殿を訪問するには遅い時刻だったが、フローディアがせめて手紙の差出人ヘレンに明日、時間をとってもらえるよう約束を取り付けておきたいと言うので、セルフィナたちは主の言葉に従った。


 フローディアの先導で迷うことなく神殿までやってくると、入り口でグリーンラーム王妃の遣いと告げ、ヘレンという神官への明日の面会を申し込んだ。しかし、応対に出た者が、今からでも構わないと、三人を来客用の部屋に案内した。


 ほどなく、肩の辺りで切り揃えられた美しい金髪が印象的な、まだうら若い娘が現れた。


 落ち着いた雰囲気ではあるが、年の頃はセルフィナと同じくらいだ。セルフィナより二つ上のアルフレッドよりも上ということはなさそうだ。微かにあどけなさを残す面差しだった。


「遠路ご苦労様でした。フェニア神官長の代理を務めておりますヘレン・ラスティアと申します」


 自己紹介をするヘレンは堂々としていた。この若さで神官長の代理ができるからには、相当の教養がある娘のようだ。若さに見合わぬ落ち着きはそんなところからきているのだろう。


「あなたが書簡をくれたヘレンですね」


 フローディアの問いかけに、ヘレンは不思議そうな面持ちで頷いた。


「直接確かめたいことがあったので、こっそり抜け出して来ました」


 その言葉に、硝子玉のように済んだ鈍色の瞳を大きく見開くと、ヘレンは慌てて膝を折って低頭した。


「王妃陛下。存じ上げず失礼を」


 そう恐縮する彼女に、フローディアは朗らかに 「構いませんよ。元は一介の占星術師です」と笑った。


「ここにいるセルフィナなど、わたくしを名前で呼び捨てですし」


 フローディアは背後で控えるセルフィナを振り返った。誤解を招く言い方に内心立腹したセルフィナだったが、ほんの少し目を細めて、口を噤むに留めた。


「ところで、直接確かめたいこととおっしゃいましたが?」


 皆の視線がフローディアに集中する中、彼女はそっと首を縦に振った。


「姉が使っていた部屋を見せて欲しいのです」


「フェニア様の私室を、ですか?」


 ヘレンは困惑した様子で聞き返した。


 いくらフローディアが神官長の肉親とはいえ、彼女にしてみれば上司の個人的な空間だ。


「身の回りの物で普段と違うところがないか、あなたにも一緒に確認してもらいたいのです」


 一瞬、躊躇うように目を伏せたヘレンだったが、心を決めたようにゆっくりと瞼を開け「分かりました」と承諾した。

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