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プレシア  作者: 南条祝子
〔大臣の陰謀編〕第四章 鏡の魔女
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第四章 鏡の魔女〈2ー3〉

 襲われたのは、魔女裁判が盛んな村ばかりだった。


 そのささやかな共通点を頼りに、セルアはある村に赴いた。頻繁に誰かが魔女裁判で裁かれ、狂気の魔女と呼ばれるようになった母の目に留まりそうな村だ。


 母は現れると信じ、村に居付いてセルアは根気よく待った。何日も、何週間も、ただひたすらに。


 ついに訪れた再会の時。セルアを見た魔女は、ひと目で自分の娘だと気付いていた。だが、娘との再会も、魔女にとってもう心動くものではなかった。その証拠に、動じる様子は微塵もないまま、村に魔術を解き放ったのだ。


 魔術によって生み出された霧は、それに触れた者をたちどころに狂わせていく。


 セルアの目の前で、人々は狂気に呑まれ、見境いなく争い始めた。


 セルアはどうすることもできなかった。


 それほどに、母である魔女の魔術は強力だったのだ。


 村人たちが、気が触れて暴れ狂うさまを魔女は満足そうに眺めていた。実の娘のセルアでさえ、背筋も凍るような邪悪な笑みを張り付けて。幼い日のセルアに次の訪問を約束した時の、慈愛に満ちた優しい母の面影はなかった。


 圧倒的な実力の差に深く落胆し、地獄絵図さながらの光景の中で立ち尽くすセルアの視界を、逃げ惑う人の姿が過った。数人の女が、恐れ戦慄き、何度も躓きながら村の外へ向かって走っていく。


 魔術の霧の中を駆け抜けていくにもかかかわらず、他の村人たちのように狂い始める気配はない。


 一人、二人と逃げていく女の顔を見れば、それは魔女裁判で有罪になり、刑が執行される予定の者たちだった。


 セルアは少しの疑問とともに、あることに気付いた。


 これは、数多の女たちの命を無実の罪によって奪ってきた魔女裁判と、それをよしとしてきた人々への報復のために放たれた魔術なのだ。だが、やり方があまりにも残酷だ。


 自分の無力さに苛まれながら、セルアは逃げ場を求めて右往左往する女たちを引き連れ、村を出た。


 恐怖と混乱で疲弊した女たちを近隣の別の村へ送り届けたセルアは、養母へ書簡をしたためた。実母の所業を食い止める手立てを、自分に魔術を教えた養母ならばあるいはと考えたのだ。


 魔女裁判で有罪になった女たちには効くことなく、それ以外の者を狂乱させる。その不可解さの正体が解れば、母の暴挙を止めることができるかもしれない。


 書簡を出してひと月後。


 返事の代わりに、養母が直接セルアを訪ねてきた。


 再会の喜びを感じる暇もなく、養母から知らされたのは、闇の魔術の存在。


 狂気の魔女、すなわち、実母の操る魔術は、まさにそれだと言うのだ。


 養母と暮らしていた月日の中で、朧気にその存在は知っていた。大抵の書物は読むことを許可してくれた養母が、唯一手に取ることを許さなかった本があった。留守中にこっそりと盗み見たが、恐ろしくなって、始めの数行でやめた。その数行のうちに、闇の魔術という単語があった。


 そして、残念なことに、養母でさえ、その闇の魔術に打ち勝つだけの技能を習得できていなかった。


 途方に暮れるセルアに、養母はひとつだけ、提案をした。狂気の魔女の魔力を封じることならできると。そのために必要なことを聞かされたセルアは、迷うことなく、養母の案を実行することにした。


 まずは銀の鏡を用意した。当時でも高価な代物だったが、魔術に使えるものとなれば、装飾品としての銀製品よりもさらに特殊だった。養母の(つて)でどうにか適当な物を手に入れることができた。


 あとは養母から手順の手解きを受け、ほぼ確実に成功できるであろうと思われるまで、何度も繰り返し訓練をした。実母との対峙で失敗は出来ない。


 時は満ち、セルアは再び、魔女裁判の盛んな村を探した。いくつかの候補の中から実母の現れそうな村を選び、いつかの時のようにそこへ移り住んだ。


 この頃には、魔女裁判はいっそう盛んに行われるようになっていた。それもこれも、みな、狂気の魔女を恐れてのことだった。


 近くの村が魔女の魔術によって壊滅したとなれば、長いつきあいの隣近所の婦女子でさえ、もしかすると魔女かもしれないと疑心暗鬼にかられる始末だった。こうして、少しでも他と異なる言動がみられただけで、それが家族であっても魔女裁判にかけるようになっていった。もしも、魔女かもしれないと噂が流れた身内を庇えば、一家もろともに拘束される。


 人々は殺伐とした日々を送るようになっていた。


 セルアは魔女に滅ぼされた村から逃げてきたと偽って、静かに、日々繰り広げられる魔女弾圧を見守っていた。魔術が使えると知れれば、母をくい止める以前に魔女として処刑されてしまう。


 次の機会はほどなく訪れた。


 鏡を携え、セルアはいままさに魔術を施さんとする母の前に立ちふさがった。


 母は以前にも増して氷のように冷たい表情で、セルアに構うことなく魔術で霧を生み出し始めた。


 だが、それこそが、セルアが狙っていた瞬間だったのだ。


 鏡面に狂気の魔女の姿を捉えると、養母から教わった通り、魔術を施した。鏡は狂気の魔女から全てを奪い去り、その中に閉じ込めた。


 あとに残ったのは、鏡に映った魔女自身と全てを入れ替えられた、抜け殻の状態の女だった。


 こうして、母の魔力を封じたセルアは、鏡とともに、夫と二人の娘の待つ街へと帰った。



 その後、セルアは天寿を全うする前に、娘たちに狂気の魔女となった母と自身の生い立ちと魔女裁判の惨さを伝えるとともに、鏡を託して世を去った。


 姉妹のうち、長女は素質こそあったが魔術は学ばなかった。次女は母や祖母のように魔術師になっていた。そんな二人のうち、鏡は年長者である長女が受け継いだ。長女は鏡を人目に触れることのないように庵を建てて安置し、家族とともに守番として生涯を過ごした。


 後年、庵は増築され、狂気の魔女から人々を救った功績を讃え、セルアを女神として崇める神殿となった。

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