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プレシア  作者: 南条祝子
〔大臣の陰謀編〕第四章 鏡の魔女
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第四章 鏡の魔女〈2ー2〉

 一方、母から引き離された魔女の娘、セルアは、従兄弟たちととも育てられた。


 とはいえ、本来ならばそこで養育される筈ではない存在。セルアへの祖父母や叔父夫婦からの扱いは酷くぞんざいなものだった。


 ときおり母親が会いに来て養育費を置いていくため、最初の数年はまだ手を掛けてもらえた。父親は、ただの一度も彼女に会いに来ることはなかった。


 その母親がある日を境に、ぱたりと来なくなった。魔女裁判にかけるため、父親が村へ連れて行くことになったからだった。祖父母と叔父夫婦は知っていたが、セルアには一切伝えられなかった。まだ幼かったし、これで魔女と縁が切れれば、彼女も普通の娘に育つ。みな、そう考えていた。


 暫くして、村が魔女の仕業で壊滅したという噂が一家に伝わった。すぐさま、祖父母はセルアの父親の元を訪ねたが、家はもう何日も誰も戻っていない状態だった。魔女と言えば、セルアの母親の仕業以外に考えられない。


 村をひとつ、滅ぼすほどの魔女を一族から出してしまった。その事実によって、一家からのセルアの扱いは一層悪化した。それは貴族の家の下働きよりも酷いものだった。物心付いたときには、もう、毎日のように怒鳴られながら畑や家事の手伝いをさせられ、幼い従兄弟の面倒も見た。


 一人でいられる時間ができると、幼いセルアは掃除をしていたときに見つけた、母親の置き忘れの本を眺めた。なにということはない。本の開き癖に、母の面影を求めただけだった。


 一家の者は文字が読めない。他に手にとる者もおらず、本は数年分の埃を被っていた。その表紙をめくり始めたセルアもまた、誰に教わるでもなく、次第に文字を覚えていった。家の者が気付いたときには、もう、すらすらと読めるようになっていた。


 魔女の子は魔女。


 やがて本から得た知識を活用し始めた彼女を、一家はそう言って気味悪がった。特に、かつてセルアの母親の行いを見てきた祖父母は、セルアに娘が取り憑いたと騒いだ。半ば気がふれたように怯える祖父母に叔父夫婦や従兄弟たちは手を焼くようになり、幸か不幸か、手のひらを返したようにセルアは家のことをするのを禁じられた。


 叔父夫婦によって、古く使っていない農具小屋に彼女は閉じこめられた。


 セルアの母が村を壊滅させて以降、魔女はより厳しく弾圧されるようになっていた。一族から再び魔女が出たとなると、たちどころに生業に影響する。まさしく死活問題だ。ただ一つ、他の家族の潔白を示す方法は、身内でありながら魔女裁判にかけること。


 つまりは、セルアが魔女裁判に掛けられるのも時間の問題だった。


 事実、農具小屋に幽閉されてからほんの数日で、セルアは母親が魔女裁判にかけられた村へと連れ出された。


 月日を経て再建された村は、いまや、魔女裁判のための村となっていた。


 叔父夫婦によって縛り上げられ、農作物運搬用の幌のない荷馬車に荷物同然に運ばれた。


 村の魔女裁判所へやってくると、無抵抗であるにもかかわらず、野生の感から尻込みをする家畜に無理矢理そうするように、セルアは乱暴に荷馬車から引きずり降ろされた。勢い余って転げ落ち、地面に倒れ込んだ。叔母がその様をなじっていると、旅装の若い女が声を掛けてきた。


 セルアを助け起こしながら、まだ年端もいかない彼女を一体どうするのかと問う。魔女裁判所の目の前のことだ。叔父が当然のことのように魔女裁判にかけにきたと言うと、女は悲愴な表情を見せて懐から取り出した巾着を叔父夫婦に差し出した。


 これでこの娘を買う。そう言って女が押しつけた巾着を広げた叔父夫婦は、そこから銀貨を一枚つまみ上げた。本物かどうか見定めると、あっさりと了承した。銀貨が一枚あれば、一家が暫くは食べていける。巾着の中には一家にすればかなりの金額が入っていたことだろう。魔女とも縁が切れ、願ったりかなったりだと、叔父夫婦は見知らぬ女にセルアを押し付けると、さっさと元来た道を引き返していった。


 こうして、縄を解かれたセルアは、旅の女とともに村を去った。



 更に月日が流れた。


 人買いのような真似をしてまでセルアを魔女裁判から救った女は、魔術師だった。各地を転々と旅する途中で、偶々、あの村に辿り着き、魔女狩りに心を痛めていたところだったのだ。セルアの叔父夫婦に渡した銀貨は路銀の殆どだったため、魔術師の女とセルアはそう遠くない町に腰を落ち着けていた。


 女はセルアを年の離れた妹とも、はたまた娘とも言えるほどに可愛がった。セルアの能力を見抜き、魔術の手解きもした。すると、まるで乾いた大地に水が染み込むように、セルアは魔術を習得していった。


 そんな風に仲良く暮らすさまは、傍目には実の親子そのもの。


 魔術師の女の娘として穏やかな生活を手にしたセルアは、年頃になると、町に出てからの暮らしの中で知り合った青年の元へ嫁いだ。二人の娘にも恵まれた。


 彼女が幸福を手にしたのを見届けると、魔術師の女は別の国へ行く、と旅立った。


 入れ替わるようにセルアの耳に入ったのは、実の母にまつわる不穏な噂だった。


 魔女裁判の村の壊滅事件より二十年以上。あの一件より、実母は人々から薬草の魔女とも、狂気の魔女とも呼ばれ、語り継がれていた。


 町の広場で、奥方連中がまことしやかに、恐ろしい行いとともにその名を口にするようになったのだ。


 狂気の魔女が、あちこちの村に魔術を施し、村人たちを狂わせていると。狂った村人たちは命尽きるまで無差別に互いを攻撃しあうと。魔女裁判の村同様に、もう、いくつもの村が犠牲になっていると。


 次第にセルアが娘たちを連れて広場に出る日は減っていった。



 そして、セルアが案じていた日が訪れた。


 あの、魔女裁判の村が再び壊滅した。


 命からがら逃げてきた女の話では、辺りが薄く霧がかかったように白んだ後、村人たちは突然、目を血走らせて暴れ始めたという。


 狂気の魔女の仕業だ。そう言って気を失った女は、町の診療所に運ばれた。それから三日三晩、譫言(うわごと)で狂気の魔女が出たとうなされ続けた。


 母の残した本から薬草の知識も得、養母から魔術の手解きを受けたセルアには、母はいまや間違いなく本物の魔女となったのだと確信があった。それも、闇の魔術に手を染めている。ならば、母を止められ。のは自分しかいない。


 夫からの拒絶を覚悟で、セルアは自身の本当の生い立ちと、実母のことを打ち明けた。


 拒絶はされなかった。


 代わりに、必ず、生きて戻るようにと言い含め、娘たちとともにセルアを見送った。



 町を出たセルアは、幼い日に、養母に買い取られた魔女裁判の村を訪れた。


 逃げ延びた村人たちの一部が様子を見に来ていたが、あまりの無惨な姿に、一様に肩を落とし、途方に暮れていた。


 とにかく、まずは母の居場所を突き止めねばならない。


 魔女裁判の村をはじめ、近隣の村々に狂気の魔女にまつわる話を聞いて回った。どんな些細な噂話でも、拾い集め、今までに同じように狙われた村についても調べ上げた。


 母が狙うのは村ばかり。それも、魔女裁判の盛んな地域にあって、裁判や刑の執行が行われている村。


 そのことに気付いたセルアは、近隣で魔女裁判を実施している村を探し、そこへと向かった。


 見立てに間違いがなければ、母は必ず現れる。そう確信していた。

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