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プレシア  作者: 南条祝子
〔大臣の陰謀編〕第四章 鏡の魔女
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第四章 鏡の魔女〈2ー1〉

 その昔。魔女は貧しい農家の娘としてこの世に生を受けた。


 当時、建国前のヴァルカスの地は、既に農耕が主に行われていた。


 貧富の差はいま以上に激しく、農民が読み書きを覚えるなど、誰も考えもしなかった時代。魔女の生家もたぶんに漏れず、両親をはじめ、祖父母も、ほかの兄弟たちも、全員、文字を知らなかった。


 ところが、魔女は物心がつくと、自ら身近なものに記された文字を頼りに、読み書きを覚え始めた。年齢を両手で数える頃には、両親と近くの村へ作物を売りに行く度、自分は貸本所に足を運び、そこで借りた本から薬草の知識を得るまでになった。


 しかし、彼女の両親は、娘がいかに優秀か、まるで理解できていなかった。


 本を読みはじめた娘を、そんな暇があるならもっと農作業の手伝いをするようにと叱責した。両親は図解の挿し絵を眺めているだけにしか思っていなかった。


 次第に、魔女と両親の会話はちぐはぐになり、理解されないと悟った彼女は隠れて本を読み、口数の少ない娘に育った。


 そうして、彼女が年頃になると、両親はさっさと近所の農夫の元へ嫁に出してしまったのだった。


 嫁いだ先も同じように貧しかった。


 勿論、夫も文字を知らない。


 地主から農地代を誤魔化されていたのも気付いていなかった。


 領主に納める書類の更改に訪れた地主にそれを指摘したために、魔女は疎まれてしまった。更には口の巧い地主を信用しきっていた夫との間にも溝ができた。


 いずれにせよ、貧しい生活に変わりはなかった。


 彼女は、夫と耕す畑で野菜などの作物と一緒に薬草を栽培し始めた。それを調合し、薬を作った。


 近くに診療所すらない農村地帯では、薬はとても貴重で高価な代物だ。彼女の作る痛み止めや咳止めは口伝てに広まり、家計を支える大事な収入源になった。


 だが、みな、彼女を気味悪がっていた。


 代々、一生そこから離れることなく暮らすのが当然の土地。誰もが彼女の両親や曾祖父母の代のこともよく知っていた。


 彼女の先祖の誰一人として、教えもしないものを覚え、薬を作る者などいなかった。


 いつしか、彼女は陰で魔女と呼ばれるようになっていた。


 魔女はそんな扱いを甘んじて受け入れていた。ただ、平穏に日常が過ぎていくことだけを望んでいた。



 ほどなく、魔女は夫との間に娘を一人、授かった。


 喜びもつかの間、生まれたのが女児と知ると、夫は烈火のごとく魔女を罵った。


 娘では農作業において満足な人手にはならない。それを分かっていて、男児が生まれないような妖術を使ったのだと、夫は産褥の床にある彼女を責めた。


 娘も魔女に育てるつもりなのだと、頑なに決めつけた。そうはさせまいと、生まれたばかりの子を取り上げ、魔女の実家に押し付けた。


 夫は更に、もし、次も女児を産んだら、村へ連れていき魔女裁判に掛けると言い渡した。


 魔女に拒否する余地はなかった。


 実家で兄弟の子と共に育てられることになった娘は、セルアと名付けられた。


 セルアを取り上げられた悲しみから、魔女は病みがちになった。産後、めっきりと虚弱になってしまった彼女が次の子を授かる筈もなく、夫はますます彼女が妖術を使っていると腹を立てた。


 週に一度だけ許された娘とのほんの僅かな時間が、彼女の支えだった。


 その後、何ヵ月、何年経っても、魔女は次の子を授かることはなかった。


 いよいよ業を煮やした夫は、彼女を村へ引きずっていき、長に魔女裁判に掛けるよう申し出た。


 支度もそこそこに、すぐに魔女裁判は始まった。


 反論も何も許されることなく、あっという間に、魔女は裁判の翌日、昼には火刑に処されることが決まった。


 村の罪人小屋の一室に幽閉されると、同じように、翌日、火刑に処される女が何人かいた。


 聞けばみな、魔女と似たり寄ったりの境遇だ。


 中には、夫が新しく若い娘を妻に迎えたいがために、虚偽の申告で魔女裁判を受けた女もいた。


 怒りに魔女は心を定めた。


 人々が彼女をそう呼ぶ通り、魔女になると。


 火刑は数人ずつに分けて行われると知っていた彼女は、翌朝、一番に火に掛けられる女たちに、隠し持っていた薬草を渡した。


 自分たちは、もうどう足掻いても火刑を免れることはできない。ならば、せめて、少しでも苦しみを緩和できるように。そう調合した薬草だと偽って。


 薬を作る魔女の噂を知っていた女たちは、彼女の言葉を信じた。素直に薬受け取り、使い方をしっかりと覚え、互いの身の不幸を労りあいながら、毛布一枚なく床の上で寄り添って眠りについた。


 翌朝、彼女たちは刑場に引き立てられる直前、自由を奪われるその前に、薬草を口に含んだ。


 そして、女たちが縛られた磔刑台に火が放たれる。


 燃え盛る炎は、女たちを焼いていく。薬草も炎の中で燃えていった。


 黒い煤を散らして立ち上る煙が、風に靡いて村中に散らばっていった。


 昼。次の刑の執行に、魔女たちを引き連れに来るものはいなかった。


 待てど暮らせど、ただ、明かり取りの格子窓の向こうに広がる空では、陽が傾いていくばかり。


 自分の調合した薬草の効果と確信した魔女は、残った女たちと、なんとか部屋の錠前を壊し、外へ出た。


 夕日が赤く照らす罪人小屋の屋根を背に、女たちはただただ首を傾げるばかり。その間に、魔女はひとり、足早に磔刑場の様子を見に行った。


 (くすぶ)る刑場の回りでは、火刑の執行を見物しに訪れた野次馬たちが、あちこちでくずおれていた。その体には無慈悲なほどに無数の打撲傷がみられ、何があったかすぐに魔女には理解できた。


 刑場の執行人も同様のありさまで、付近に無惨な姿となって倒れていた。


 調合の成功を知った魔女は、その夜を一緒に罪人小屋から出てきた女たちと村の中で過ごし、翌朝、彼女たちを村の外へと逃がした。


 女たちの去ったあと、魔女は村の様子を見て回った。


 あの刑場から、小さな村の隅々まで薬草の効果は届いていた。


 結果に満足した魔女は自宅へと戻った。


 自宅に夫の姿はなかった。


 あの村で息絶えたのか、ただ偶然、畑へ出ているだけなのかなど、彼女にはもはや関係のないことだった。


 調合済みの薬草をいくつかと、保存してあった未調合の薬草とその種子を持って、彼女は家を去った。


 それから数日の後。


 謎の全滅を遂げた村の噂は、旅の薬師に変装し、小さな村の宿に逗留した魔女の耳にも入った。


 何人か命からがら、村から逃げ延びた者がいたらしい。助けた者の話では、酷く錯乱していて会話もままならなかったということだった。


 そこへ、あの日、共に逃げた女たちからの魔女裁判の話が加わった。ともに逃げおおせた者の中に、薬草の魔女がいたと知るや、瞬く間に事件は魔女の仕業だと広まっていった。


 村を滅ぼした恐ろしい魔女。そう口伝てされ、人々は眉を潜めた。


 魔女は考えた。


 村という集団は噂話が好物だ。時には曲解に曲解されて伝わっていくのを、彼女は口惜しいほどに知っていた。


 家から持って出た薬はいずれなくなる。新たに作るには薬草を育てなければならない。それには居着ける土地が必要だ。


 翌朝には村中に、数日後には近くの村に話が伝わってしまう環境では、安心して暮らせない。それならば、いっそ人の多い街へ出てみよう。


 思考の果てにそう結論を出した彼女の足は、その日のうちに領主の住まう街に向いていた。


 街は村に比べ常に多くの人が出入りし、みな、適度に他人に無関心。魔女には好都合な環境だ。


 だが、いざ街へ出てみると、大いに困ったことがあった。


 どこでも薬草を育てられる農村地帯とは違い、街は整備が行き届いていた。故に、借りた家の小さな庭では、彼女が必要とするだけの薬草を栽培することは非常に困難だった。


 また、街には医者もいて、魔女の薬は農村ほど珍重されなかった。


 手痛い誤算は、新たな出逢いをもたらした。


 魔術だ。


 農村とは違い、いつでも書物に触れられるようになったお陰で、彼女は魔術の存在を知った。


 彼女は驚くべき早さで、自分の調合する薬草と同じ結果を得られる魔術を習得していった。育てる薬草の種類を減らすことができたうえに、薬草ではできなかったことまで可能になった。

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