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プレシア  作者: 南条祝子
〔大臣の陰謀編〕第四章 鏡の魔女
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第四章 鏡の魔女〈1ー3〉

 しっかりと涙も拭い、落ち着きを取り戻したリアナを、セルフィナが支えるようにして立ち上がった。


 連れ去られた日のままの衣装は、可憐な装飾もろともにうっすらと砂埃で汚れていたが、きちんと整ったままだった。それは後ろ手に縛られていたこと以外に危害を加えられていないと知るには充分で、セルフィナは改めて安堵の息を漏らした。


 しかし、完全に安心できる状況ではない現実に、すぐに引き戻される。


 靴の踵が鳴る音が石畳に響いた。扁平な旅装用の靴の音ではない。


「姫様」


「セルフィナさん」


 入ってきた扉の方から、オルフェとセラムが呼び掛ける。声のした方へ振り返ったセルフィナは、一瞬、目を疑った。


 漆黒の外套に流れる金髪。夜空に広がる星の川を思わせる佇まいの女が立ちはだかっていた。


 女の顔を、瞼を数度瞬かせてよく確かめた。それでも、セルフィナは「オル……フェ……?」と声に出さずにはいられなかった。


「似ているか?」


 声質は似ているのだろうが、邪気を含んだ言い方と冷たい微笑を浮かべた口元を見れば、全くの別人であると認識できた。


 俄にリアナが震えだす。妹の体を支える腕からそれを感じ取ったセルフィナは、そっと妹を背後に匿った。


「案ずるな。もう、王の娘に用はない」


 ゆっくりと、勿体ぶった口調とともに、セルフィナの背後を覗くように視線を投げる。警戒の眼差しを向けるセルフィナにも、いま一度、冷酷さを切り取ったような微笑を向けると、扉側に振り向いた。


 女は布にくるんだままの鏡を抱えるオルフェを()め付ける。


「あんたが、フィーラかい」


 オルフェの方も、負けじと気丈な態度で女の正体を問う。


 ただ一言、「そうだ」と女は答えた。


 その二人の顔を、オルフェの隣でセラムが戸惑いを隠すことなく見比べる。


「不思議か? 私とその女が似ているのが」


 喉の奥でくくっと笑い声を鳴らし、フィーラはセラムを一瞥した。蛇に睨まれた蛙のごとく、セラムは口を閉ざし、動きを止めた。その様子を、フィーラは「ふふ、怖じ気付くとは他愛のない」と、嘲笑った。


 再び、オルフェに視線を向け「言われるがままに、のこのこと持ってくるあたり、お前の家系では鏡のことは正しく伝わっていないようだな」と眉を上げた。


「家系もなにも、あたしは孤児として育ったんだ。国王の許可も貰ってんだ。こんな薄気味の悪い言い伝えのある鏡、欲しけりゃくれてやるよ!」


 布にくるんだままの状態で、オルフェは腕をぐいと前に突き出し、鏡をフィーラに向かって差し出した。その様子に、フィーラはやれやれといったように肩を竦めて、小さく頭を振った。


「薄気味が悪いとは、先祖が泣くぞ」


「知ったこっちゃないね」


 馬鹿にしたような言い方に、オルフェは眉をひそめた。


「とにかく、受け取りな。あたしたちは帰らせてもらうよ」


 オルフェが言いながら歩み始めると、数歩のところでフィーラは「そうはいかん」と拒否した。


「他の連中はともかく、お前には残ってもらう」


 今度はフィーラが数歩だけ、オルフェに歩み寄った。


「どういうことだい」


 魔女の言い分がさっぱり理解できないとばかりに、オルフェは更に怪訝な表情になって首を傾げる。


「……なんだ、本当に知らぬのか。それならば、鏡に眠る魔女の力の取り出し方も知らぬと言うのか」


「魔女の力を、取り出すだって? 鏡が闇の魔力を吸い取るとかなんとかじゃないのかい」


 オルフェがしらを切っているのではないことを理解すると、フィーラは「同じ偉大な血筋にありながら、なんというざまだ」と、忌々しそうに、石畳を靴の踵で大きく一度打ち鳴らした。


「……偉大な、血筋……」


 セラムが青い眼を丸くして復唱する。当のオルフェの方は「同じって、なんだよ」と、最初の単語の方に反応していた。


「私は魔力の継承者の血筋。お前は鏡の継承者の血筋だ。先祖は同じ」フィーラはそこで一旦言葉を区切り、オルフェに言い聞かせるように、たっぷりと間を取ってから、「魔女だ」と告げた。


「魔女だって?」


「そう。その鏡に封じられた魔女こそ、我々の先祖。末裔の我々は鏡の鍵そのものだ」


 妹を背に見守っていたセルフィナが、「……継承者って、そういうことか」と独りごちる。


 冷笑を浮かべ、フィーラは背後の姉妹に一瞥を送る。


「我々は、現王家の始祖よりも古くから続いている。いまや伝承として名を残す魔女と女神の、まさしくその血脈。魔力の継承者の血筋の私こそ、統治者に相応しい」


「馬鹿馬鹿しい。なにが統治者だい。魔女は人々を苦しめた悪い奴じゃないか」


 怒りも露わに言葉を投げつけたオルフェは、最後に「あたしの先祖が、そんな奴だなんて」と、瞼の裏の、不鮮明だが優しい母の面影にしがみつこうとばかりに、堅く目を閉じ、何度も大きく首を振った。


 フィーラは高めの声で、蔑むような笑いを漏らした。


「魔女が人々を苦しめたのではない。人々が、非凡なる一人の女を苦しめて、魔女にしたのだ」


 誰もが「え?」と困惑の声をあげていると、フィーラは闇を思わせる黒い外套を翻し、窓へ足を向けた。六度ほど踵の音を響かせてから、再び闇の色を宙に舞わす。その場から、部屋の奥のセルフィナたちと姉妹と、扉の前のオルフェとセラムを見渡した。


「そうだな。ここまで鏡を持ってこられたくらいだ。なにか鏡について思い出すかもしれぬ。教えてやろうか。王家によって都合よく歴史から改竄された、古代ヴァルカスの地に魔女と女神が誕生した話を」


 オルフェに似た顔ににたりと不気味な笑顔を張り付けて、フィーラは語り始めた。

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