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プレシア  作者: 南条祝子
〔大臣の陰謀編〕第三章 継承する者
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第三章 継承する者〈4ー2〉

 王城内の自室にやってくると、セラムとオルフェを休息兼応接用の長椅子に座らせ、セルフィナは扉のない続き部屋へと姿を消した。そこは書斎に近いもので、彼女のお気に入りの本や画集が収められた書棚と文机、その他学問に必要な物が置いてある場所だった。そこから、長い筒状に巻かれた紙を持ち出してきた。地図だった。


 応接用の背の低い机の上いっぱいにそれを広げる。プレシア大陸の全域が描かれている地図のある一点をすっと指差した。彼女の形の良い、つる薔薇の花びらのような爪が置かれた先には、城を示す図案が記されていた。


「俺たちが今いる、ヴァルカスの王都セーバリストはここだ」


 その言葉に誘われるようにして、オルフェとセラムも金色の髪を垂らし地図を覗き込む。


 地図上の大陸のほぼ中央にはウレア湖が描かれていた。そこから視線をやや左に動かしていくと、グリーンラームの王都ラリンスが記され、更にやや左寄りの下方に、セルフィナが指差す場所があった。


「リアナの侍女が魔女から告げられた場所、レーン砂漠はここだ」


 セルフィナは王都を示していた指を左上に滑らせた。


 グリーンラームとの国境に近い位置だ。ラリンスからほぼ真西の何も図案の描かれていない空間の中央に、レーン砂漠、と文字が置かれているだけだった。


 その、国境を跨いでいるかどうかというくらいの位置の砂漠の端に、僅かに木と小さな池が描かれている。他にそのような図案は描かれていない。魔女が指定したオアシスだ。


「この辺りだな」


 図案を指でとんとんと叩いて、セルフィナは嘆息した。


「ラリンスに戻るのと同じくらいの時間が掛かりそうですね」


 同じように溜め息をついて、セラムは独り言のように呟いた。


 セルフィナは亜麻色の長い髪を無造作に掻き乱すと、側近を「おい」と呼び付けた。


「はい、姫様。神殿からお戻りになるまでにご用意は整えておきます」


 側近は主の言わんとすることなど、手に取るように理解している風で受け答えた。彼の反応の良さに、セルフィナも「頼むぞ」満足気に頷く。


「それと、じきに伯母上がここへ来る。もし、私と入れ違いになったら、お前が行き先を伝えてくれ」


「かしこまりました」


 側近の返事を聞くと、セルフィナは地図をそのままに「慌ただしいが、いまから神殿に行ってくる」と告げた。


「いってらっしゃいませ」という側近の言葉を背中で聞き、セルフィナはセラムとオルフェに「行こう」と呼び掛け、足早に部屋を後にした。





 セルア神殿は、王都のほぼ中央に鎮座する城から、徒歩で四半時ほどの距離にあった。馬ならば、そうたいした時間も掛からない。大仰ではあるが、ひとときも無駄にしたくはなかった。


 神殿へやってきた三人は、馬から降りた後も歩調を早めて入り口の石段を上った。


 応対に出てきたのは若い女の神官だった。まだ神殿へ上がって間もないことを示す水色の神官着の女に、ルース王がしたためた手紙を見せる。


 神官は手紙が国王直筆のものであると知るや、セルフィナに礼を見せるべく、改めて深々と身を屈めた。声は落ち着いた調子だったが、「神官長さまにお取り次ぎします。少々お待ちを」と、慌てて奥へと小走りに消えていった。


 ほどなく、最高位の者にのみ着用が許される白い神官着を纏った中年の女がやってきた。儀礼的だが優雅な身のこなしで、「王女殿下」とセルフィナの前で身を屈めた。


 姿勢を戻した神官長は「国王陛下からのお手紙があるとか」と提示を促した。


「ああ、これだ。折り入って頼みがあるのだ」


 そうセルフィナが渡した手紙を広げ、神官長は目を走らせた。


 内容を読み終えると顔を上げたが、「リアナ様のためです。快くお貸しする、と言いたいところですが……」と、表情を曇らせる。


「なにか問題でも?」


 セルフィナの脇で成り行きを見守っていたセラムがそう眉を寄せた。神官長は彼に目をやると「あの鏡はとても人の手で持ち上げられるようなものではないのです」と目蓋を軽く閉じ、俯き加減にそっと頭を振った。


「そんなに大きなものなのかい?」


 今度はオルフェが眉間に深く皺を寄せた。


 その問いにも神官長は首を横に振る。そして、一瞬の沈黙をおいて、ただ一言「重いのです」と答えた。


「重いって、どのくらいだ」


 運ぶことを考えると、それは大変な問題だった。思わぬ事実に、セルフィナは身を乗り出した。自分たちで運べぬ重さと大きさならば、荷馬車なども用意せねばならなくなるし、人手も必要になってくる。レーン砂漠までの距離は決して近いとは言えないものだ。


「残念ながら殿下、鏡の重さは誰にもわからないのです。大きさこそ、両腕に収まるほどですが、男手五人でも、持ち上がらなかったくらいですから」


 申し訳なさそうに明かす神官長の話に、セルフィナたちは勢い付いていた肩をがっくりと落とした。


 フローディアの談では、女神セルアの鏡は闇の魔女には触れることができないということだったが、どうやら、それだけでは済まない代物らしい。これでは闇の魔女どころか、魔術と関わりのない者でさえ運搬すらかなわない。


 鏡がそんな物であったとは、言い伝えはひと通り知っているセルフィナさえも初耳だった。ルース王もこのことは知らなかったのだろう。もし知っていたならば、いくら第二王女のことで動揺していても、細かいことにもうるさいルース王があのようにあっさりと神殿へ持ち出しを依頼する手紙を書く筈がない。


 暫く頭を悩ませたセルフィナは、「……とにかく、その鏡を見せていただきたい」と、願い出た。まずは現物を見て、それからどうするか考えればよい。取り敢えずの人員の目算もしたかった。


「かしこまりました。では、こちらへどうぞ」


 神官長は承諾して、三人を神殿の奥へと(いざな)った。


 アーチ型に連なる白い柱に支えられた開放的な通路を、神官長の後に続いて進んでいく。燦々と陽の光が射し込む通路から見える外には、外壁まで青々とした芝生が続き、よく手入れされた低木が外壁に沿って植えられていた。


 神聖な場所に相応しい眺めだ。


 そんな清々しい景色から一転した薄暗い通路に入る。灯りとして壁に松明が数歩間隔で三つほど並んだその奥に、かんぬきに鍵が掛けられた鉄でできた扉があった。


 神官着のいずこからか鍵の束を取り出した神官長は、その中から装飾のない鍵を手にすると解錠して、かんぬきを外した。


 たとえ重くて持ち上げられない、盗難の心配もいらぬ品であっても、言い伝えのある貴重な物だけに丁重に扱われていることが窺われた。


「この部屋に、鏡があります」


 そう告げて、神官長は部屋の扉を押し開いた。

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