第三章 継承する者〈4ー1〉
片道三日半。出来うる限りで休憩の時間を少なくし、日の出から日没ぎりぎりまで移動をしても、半日程の短縮が限界だった。
ヴァルカスの王都セーバリストへ辿り着くと、セルフィナたちは脇目も振らずに王城へと急いだ。
通用門の衛兵に帰還を告げ、厩舎へと向かう。
厩番に馬を引き渡していると、「姫様、お戻りをお待ちしていました」と、いつかのようにセルフィナの側近が転がるようにして駆けてきた。
「ああ。父上は?」
「執務室でございます」
手短に必要な遣り取りを済ませると、セルフィナは「こっちだ」とセラムとオルフェに合図し、城内を足早に進んでいった。
二人を伴って父王の執務室に急ぐ。半歩先を側近がやはり早足で先導し、執務室の前へ来ると扉をノックした。
「王女殿下がお戻りになりました」
側近が告げるや否や、扉が開き、国王の侍従までもが待ちわびたと言わんばかりの表情で入室を促した。
よく見れば繊細な細工が施されているが、頑丈に見える造りの執務机の向こう側で、ルース王は娘の姿を目にすると、すっくと立ち上がった。
「父上、何故こんなことになったのですか」
机の前まで歩いて行くほんの僅かな間さえ惜しむように、セルフィナは父に問い質した。
「待っておったぞ」
気難しく厳格なルース王だが、さすがにその頭髪と髭さながらに血の気の引いた白い顔でひと言そう発した。そして、すぐにそのまま、よろよろと椅子に崩れ落ちてしまった。
幼い頃から何でも父の意に素直に従ってきた第二王女のリアナを、ルース王はそれは可愛がっていた。本来、セルフィナにも娘として与えられるべきものの全てを、リアナに注いでいたと言っても過言ではないくらいの溺愛ぶりだった。セルフィナには馬や剣を与える一方で、リアナには小鳥だの宝石だのを与えていた。まるで、この国に王女はリアナしかいないような、そんな扱いだった。
そのように妹を溺愛しているとはいえ、甚だしい父の憔悴ぶりにセルフィナは面食らった。しかし、今は姉妹でこれほど扱いが違うことを憂いている場合ではない。セルフィナは気を取り直して、もっと詳細な経緯を聞き出すことにした。
「魔女が城内に進入したのですか?」
「いや、リアナが城下の医療施設に慰問に出掛ける途中、馬車が魔女に襲われ、連れ去られたのだ」
「リアナが、慰問に……」
「そうだ。そろそろ公務を手伝っていきたいと言い出したのでな」
机上で頭を抱えてルース王は最後に「あれを外に出したのが間違いだったのだ」と深く嘆いた。
そうして魔女が現れたのは偶然だったのか。とにかく、何かその野望に適ううまい手を眈々と考えていたところに、慰問へ出掛けるリアナがいて、使えるとひらめいたのだろう。その結果の現在ということらしかった。
「では、父上はその魔女の姿は見ていないのですね」
「ああ。魔女はリアナの侍女に、手紙に記したように儂に伝えるよう言い残すと、風のように消えたというのだ」
風のように消えた、と聞いて、セルフィナは背後に付いてきているセラムに振り向いた。彼はセルフィナの視線を受け止めると、間違いないと頷いた。
セルフィナは再び父の方へ向き直る。
「リアナの侍女からも話を聞いてきます。その間に父上、神殿へ鏡を借りられるように一筆お願いします」
娘の言葉に、ルース王は「分かった」と短く答えただけだった。
執務室を出て、次はリアナの部屋へ向かう。その道すがら、オルフェが「姫様の親父さんは随分なお人だね」とセルフィナの背中に呆れたと言わんばかりの声をぶつけた。
セルフィナが答えないでいると、「姉妹で扱いが随分と違うのは国民みんな知ってるけどさ、いくら魔女が継承者に来させろって言ったからって、当然のように姫様に行かせるんだね」と怒りとも同情ともつかない声音で続けた。当のセルフィナはそれに対して、振り向きもせずに左の手をひらひらと振ってから「構うもんか。親父が対処する方がかえってリアナが危険だ」と軽くあしらった。
傍で聞いていた側近はオルフェを咎めることはなかったが、「姫様、口が過ぎますよ」と主を叱責した。だが、セルフィナはそれさえも受け流し、どんどんと廊下を歩いて行った。
第二王女リアナの部屋に入ると、予め呼び出しておいた侍女が待機していた。
侍女はセルフィナは入室するなり低く屈み、「王女殿下、私が付いていながら、申し訳ありません」と謝罪した。王から余程きつく咎められたのが容易に察しが付くほどに、侍女は怯えて身を震わせていた。セルフィナが戻るまでの間、地下室に軟禁でもされていたのか、衣装はうっすらと埃にまみれて汚れていた。
「いや、相手は魔女だ。よく無事に戻って知らせてくれた。他にも伴がいたんだろう?」
セルフィナがそう言うと、侍女は両手のひらを胸の前でしっかりと握りしめ、黙って何度も小刻みに頷いた。彼女の日常において想像だにしなかったであろう出来事の連続に、セルフィナは深く同情を込めた声で「お前を咎めにきたのではない。リアナを救うため、襲われたときの話を詳しく聞きたいのだ」と、安心させようとした。
ようやく、安堵したように眉間の力を僅かに緩めた侍女は「なんなりとお訊ねください」とセルフィナを見上げた。
「ありがとう。では、城を出てから、お前が戻るまでの一部始終を教えてくれ」
やっと話を聞ける様子になり、再び侍女が萎縮してしまわないよう、セルフィナは微かに口角を上げ、更に優しい口調で話を促した。
「はい、王女殿下。昼過ぎの出立でした。私はリアナ様のお伴で同じ馬車におりました。施設までは四半時もない距離です。その半分もない距離だったと記憶しています。突然、馬車が止まったのです」
その時の光景が脳裏にありありと浮かんだ様子で、侍女は顔をしかめた。そこから、口調も苦しげに「外の様子を見て我が目を疑いました」と、ゆっくりと喉の奥から絞り出すように続ける。
「御者の姿が消えていました。それだけではなく、馬車の脇に従っていた護衛の者の姿も、馬たちの姿さえも見当たらなかったのです。私は驚いて、リアナ様にその場を動かないようお伝えし、御者たちがどうしたのか確認しようと外へ出ました。けれど、一歩外へ出た途端、何か見えない力に弾き飛ばされてしまいました」
軟禁されていた以前に、侍女の衣装の汚れている理由の大部分はその時のものと考えてよさそうだった。
「起き上がり、馬車の方へ振り向いた時にはもう、リアナ様は長い金髪が印象的な、黒ずくめの女の手に捕らえられていました。何をされたのか、おいたわしいことに、ぐったりと気を失っておいででした。そうして、女は自らをフィーラと名乗り、リアナ様のお命と引き替えに、セルア神殿の鏡をレーン砂漠のオアシスまで継承者に持って来させるよう言い残して……」
侍女は言葉を詰まらせた。記憶の中の光景を否定するように、何度も小さく頭を振り、なんとか、「消えたのです。リアナ様もろとも、忽然と。魔女です。あの女は、魔女です」と言葉にした。
忽然と姿を消したといえば、セラムが見た魔女と同じ。名前も、特徴も、聞く限りではやはり同一人物だと思われた。
侍女の話から考えるべきことはたくさんあったが、ちょうどそこへ、ルース王の遣いがセルア神殿への依頼書を持ってやってきた。
セルフィナは妹の侍女に丁寧に礼を述べて労うと、今度はオルフェとセラムとともに、自分の部屋へと向かった。




