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プレシア  作者: 南条祝子
〔大臣の陰謀編〕第三章 継承する者
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第三章 継承する者〈2〉

 城内の牢に入れられたオルフェは、恐らくはこれでうまくいったのだと安堵していた。


 ヴァルカスよりも都会的で洗練されたグリーンラーム王国の王城内の牢は、ついこの間まで収監されていた牢に比べれば快適さすら感じるほど清潔だと、彼女はのんびり寛いでさえいた。灯り取りの格子窓も、鉄格子をはずすことが出来れば通り抜けられそうなくらいの大きさだ。だが、裏を返せば、それだけ腕の立つ兵が多いことの証でもある。


 迂闊にもとろとろと微睡んでいると、「まあ、牢で居眠りとは」と、呆れた様子のマリッタの声が響いた。


 警護兵が牢の鍵を開け、出るように促すので、オルフェは夢現のままに従った。


「ご苦労さま」と、警護兵を労うと、マリッタは「さあ、陛下がお待ちです。私と一緒にいらっしゃい」とオルフェの背を押した。


 牢のある棟を出て、広い城の中を縦横にどんどん進んでいく。オルフェにも見覚えのある場所までやってくると、マリッタはある一室の扉を開けた。


「ああ、マリッタ、オルフェ、本当にご苦労でした」


 入室と同時に、フローディアが二人の側へ駆け寄った。


吃驚(びっくり)したよ、あたし、あのまま本当に投獄されちまうかと思った」


 王妃の部屋に入ったことで、やっと大役から解放されたと知ったオルフェは大きく息を吐きながら胸を撫で降ろした。


「迫真の演技だったと聞きましたよ。侍女頭が褒めていました」


 悪戯っぽく笑うマリッタの言葉に、オルフェが首を傾げる。


「侍女頭も私と同じく罰せられた強硬派の身内がいて、王妃陛下の計らいで出仕している身の上なのです。普段、彼女は穏健派の動きを探るべく、王妃陛下の恩情に仇して彼らに傾倒し、穏健派の密偵である振りをしています。だから、あの場は私よりも彼女の方が適任だったのですよ」


「全く、為政者の争いってのは騙し合いばかりもいいとこだね」


 乱れた金色の髪を整え直しながら、オルフェは厭なものをみたと言いたげに頭を振った。


 大きな窓の外では、既に、夕陽も今日の最後の輝きを僅かに残すばかりだった。少しずつ藍色に呑まれていく風景を背に、「疲れたでしょうから、今日はもう下がってお休みなさいな」と優しい顔で微笑んだ。会議室で、最後に大臣は王妃のことを魔女と罵っていたが、オルフェは笑みを湛える王妃にまるで正反対の感想を抱いていた。禍々しい魔女とはほど遠い。さながら、慈愛に満ちた女神のようではないかと、つい、見惚れていた。


「明日の朝、またセラムのいる客間で集まることにしてありますから、マリッタと一緒においでなさい」


 そう言い含める王妃に「はい」と短く返事をし、オルフェは王妃の部屋を退出した。




 翌朝を迎え、セラムの寄留する部屋に集まった一同に、フローディアはまず、オルフェとマリッタの策が成功し、大臣はその日のうちから尋問が始まったことを報告した。


「今のところですが」


 そう前置いて、フローディアは今朝までの状況を説明した。


「数々の証拠から、王子の行方を追い、暗殺を目論んでいたことはあっさりと認めました。まだ、昨日の一覧の件の聞き取りが完全に終わっていないので、国王暗殺計画や魔女については今後、関連して追求していければとディオルスも考えているようです。いずれにしても、近頃、城下で問題になっていた若者を狙った事件の首謀者として投獄は確実でしょう」


 大臣の逮捕は昨夜のうちに城内の隅々にまで知れ渡っていた。ただ、又聞きの悪い傾向として、様々な 尾鰭が付いていたため、正しく詳細な情報を得られて、ようやく、セルフィナたち待機組は安堵することが出来た。


 新入りの侍女がほんの出来心で盗んだものが偶然にも大臣の謀略の証拠だっただのと、付則の情報も飛び交っているが、擁護派や穏健派といった長年の遺恨の話はあくまでも大臣その人に関してしか囁かれていない。


「オルフェに頼んで正解だったな」


 わざわざヴァルカスに出向いてまで彼女を連れてきたのが功を奏したのだと、セルフィナは得意気に胸を張った。


「姫様のお役に立てて何よりだよ。これであたしも無罪放免にしてもらえるし、万々歳だね」


 真の自由を得られると、オルフェも嬉々とした。しかし、「それにしても、王様もよかったのかね。あんなにあっさりと実は王子がいるなんて言っちゃって。今朝、控えの間でも噂になってたよ」と、すぐに表情を固くした。


 城内を駆け回る噂話の中には、奇しくも、これによって国王が明かした、誕生の事実さえ伏せられていた王子の存在に関するものも含まれていた。白日の下に晒されることになった秘密は後継問題も左右しかねない。この手の話は矢のように素早く城下へも広まってしまう。


「そのうち、王子を(かた)る偽物が出るんじゃないのか」


 控えの間で噂になっていることをセルフィナはそう懸念した。


 それだけではない。この機に乗じて、バルディという穏健派の象徴がいなくなった残党が、偽の王子を仕立ててくる可能性も考えられる。


「その心配はありません」


 頭を小さく振って、フローディアはその可能性を否定した。


「心配ないって、暢気なこと言ってていいのかよ」


 セルフィナがやきもきしながら言うと、「勘違いしてはいけません。実は、息子の行方は分かっているのです」という答えが返ってきた。


「……え? それならそうと……。それに、一体、いつの間に?」


「計画如何によっては、こうしてあなたたちにも明かせるようなことではありませんからね。あらゆる障壁がなくなったということです」


 明確なようでそうでない答えの中から、セルフィナはオルフェを潜入させる前には既に分かっていたのだと読みとった。アルフレッドたちと計画していた王子探しはもう必要ないとなれば、この件はもうこれで終わりだと彼女は複雑な心地でいた。


「復権させるんだよな」


「審議はかなり厳しいものになりますけれどね」


 口調は重かったが、フローディアの青い瞳は力強い光を帯びていた。王子当人の意志を含め、審議に掛けられるだけの材料が揃ったということだ。そのように解釈することで、セルフィナは伯父ディオルスが王子の存在を口にした訳が腑に落ちた。


 話題を切り替えるべく、「それと、もうひとつ報告があります」と、フローディアはセラムに視線をやった。


「城下で若者を襲っていた連中を捕らえるよう、昨日の会議直後から動いています。既に数人の暴漢を捕らえましたが、尋問をしたところ、その中にセラムを襲った二人組がいました」


 みなの安堵した視線がセラムに集まった。当のセラム自身も、ほっとしたように顔に筋肉を弛ませていた。


「これで安心して戻れますね」


 にこやかな王妃に、「はい、ありがとうございます」とセラムは少女のような笑顔を見せて、頭を垂れた。


 王妃は急いで去る必要はないと、週末までのあと二日の滞在をセラムに許可すると告げると、マリッタとオルフェを伴って退出していった。

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