第三章 継承する者〈1ー2〉
オルフェは息を呑んだ。彼女とマリッタが予め打ち合わせた手筈とは異なる展開になったが、一覧は大臣の部屋にあったものとして国王の手に渡った。
会議室にいる者はみな、国王がどんな沙汰を出すかと成り行きを見守っていた。
国王はもう一度、一覧に視線を落としてからオルフェを見遣り、「ならば、この一覧は私が買い取ろう」と宣言した。
「えっ、王様が?」
思い掛けない国王ディオルスの言葉に、オルフェは身動きを封じられていながらも驚きで肩を跳ねさせた。彼女のみならず、その場にいる者はみな目を丸くする。驚きの声さえも漏れる中で、ただ一人、大臣のバルディだけは「陛下、お戯れにも程がありますな」と、冷笑していた。
しかし、国王は「戯れているのはバルディ、そなたの方だ」とそれまでとは打って変わって、厳しい口調で一喝した。
書面を隣に座す大臣に見えるように翻す。
「バルディ、そなた、投書のような事件が城下で起きていること、初めて知ったと驚いていたな」
掲げられた一覧に、大臣のみならず、全員の視線が集まった。
「ならば、この娘がそなたの机から盗もうとしたこれは、一体なんだ。報告で上がった犠牲者の氏名が記されているが、どう説明する。まるで、既に独自で調査をしていたかのような詳細さではないか」
王は髪と同じ色の眉を片方だけ吊り上げた。
「お言葉ですが陛下、これは何者かが私を陥れるために仕組んだに違いありません」
顔色ひとつ変えることなく、大臣は平然と言い返す。対する王は「ほう。陥れられるような心当たりがあるのか」と問い質した。
「いえ。しかし、そのような物、いくらでも偽装できましょう」
大臣の筆跡をよく知る国王でさえ欺くことが出来るほど書体を真似た代書の技術を持った者が存在するかのような口振りで、王の挑発に大臣は白を切り通す。
「そうかな」
ひと呼吸置いて、王は大臣に射抜かんばかりの鋭い眼差しを向けた。穏和な人柄を思わせる顔立ちから放たれたそれは、他の者に畏怖を感じさせる迫力があった。
ついに、大臣は流暢に反論していた口を閉ざした。
「この一覧には、限られた者しか知り得ぬ情報が含まれている。そなたとこの一覧の関係が明確になるだけで、これ以上城下で罪もない若者が凶行により命を落すのを直ちに防げるのならば、この度の事件の発端たり得る秘密を明かすことな、私は躊躇わぬ」
会議室内の空気が揺らいだ。
王は大臣に答えを促すべく、その双眸を覗き込んだ。加齢によるもの以外の澱みを帯びた眼は反撃を諦めていない様子だった。だが、きちんと整えられた白髪の混じりの口髭は動く気配がない。
一覧を円卓の中央に向けて差し出し、「私と王妃の間には、出生したことさえ公表していない息子がいる。ここに記された者の生年月日はその王子の出生時期と前後するものばかりだ」と、王は畳みかけた。
王の言葉に、一瞬、室内は水を打ったように静まりかえった。誰もが耳を疑い呆然としていたが、誰ともなく、発言の重大さにどよめき始めた。国家の今後も左右しかねない事実に、要職にある者たちが穏やかでいられる筈もない。
ざわめく会議室内に、「静まれ」と威厳の籠もった国王の声が走った。
「内乱の最中、極秘のうちに王子が生まれた事実、その時期も、そなたは知っているはずだがな、バルディよ」
「それが、私が陥れられようとしている理由ですか、陛下」
大臣はあくまでも姿勢を崩さなかった。
「陥れられるのでない。粛清されるのだ。そなたの目的は私の息子、すなわち、この国の王子を抹殺することなのだろう。そのために、生まれの近い男子を片っ端から片付けようという腹積もりなのだ。違うか?」
「なんと。私を陥れようとしているのは国王陛下、あなたでしたか。まさか、そのような憶測の域を出ない話で粛清などと、君主としていかがなものか」
国王の傍若を演じ、同意を求めるような語り口で大臣は円卓を囲む者に順に視線を送っていった。しかし、皆の関心は、国王の明かした重大な秘密へすり替わっていた。
「二十一年前、そなたは表向きには強硬派を糾弾しておきながら、裏で王妃もろとも生まれてくる子も亡き者にしようと画策していた。必要とあらば、当時を知る者を召喚することも可能だ。そして、そなたが今の位置にいるのがなによりの証拠。あの時の取り引きを忘れたとは言わせぬぞ」
誰の支持も得られずに、大臣は顔の皺を一層濃くし、歯噛みした。
「ほとぼりが冷めれば再び動く気で取り引きに応じたのであろう。言っておくが、貴様が機をうかがっている間、私とて芯から暢気に構えていたわけではない。よって、推測ではない。証拠ならば法廷でいくらでも示してやろう。この度の件と二十一年前の件、ともにな」
応酬の末、最後通牒を突きつけた国王は、もう片方の隣にいる騎士団長に合図した。団長は音もなく立ち上がると急ぎ大股に国王の後ろを通り過ぎ、大臣の背後に移動した。
慇懃に「ご同行願います」と団長が促すと、これまでと悟ったのか大臣はおもむろに立ち上がった。
連行されようという瞬間、目線のみを国王に向け「私は魔女を妃にするような君主を戴く国の行く末を憂いたまでだ。魔女の血を引く者が玉座に着くような未来など、おぞましい」と、捨て台詞を会議室に残していった。
扉が閉められた後、会議室内はもと以上の静寂に支配された。室内の者は一様に口を閉ざしたまま、国王に注目していた。
「さて……」
独言のように声を漏らし、国王は警護兵に捕らえられたままのオルフェに顔を向けた。彼女に対しては「そなたの取り調べは後程行うこととしよう」と、打って変わって機械的に告げると、警護兵に「この者の持ち場の責任者を呼んでおけ」と指示を下した。
再び、オルフェが警護兵に身を引かれ会議室を出る瞬間、国王が微かに笑みを見せた。彼女は視界の端でそれをしっかりととらえていたのだった。




