第二章 盗賊オルフェ〈4〉
牢から解放されたオルフェは城に連れて行かれ、セルフィナの指示で身支度を整えた。
どれだけぶりかの汚れを全て落とし切り、用意された衣服に着替えた彼女は恐ろしいほど美しかった。長く伸びた金髪をひとつに縛り、女性用の旅装を身に纏うと、足が長く高身長なのが更に際だった。
セルフィナやフローディアも大概美人の部類に入るのだが、二人の健康的なそれとは違う、蠱惑的な美しさだった。
そんな彼女が収監された理由は、窃盗だった。
物心ついたとき既に彼女は王都の裏通りで一人で暮らし、そこで育った。十代の早いうちから裕福そうな屋敷に忍び込んでは金品を盗み、それで得た金で食糧を買って、同じ裏通りで暮らす自分よりも幼い子供たちの面倒を見ていたのだ。
ヴァルカスはグリーンラームと違って孤児院の数も少ない。貴族の庶子でもない限り、そういうところに預けることも出来なかった。親を亡くし、引き取り手もない一般庶民の子供たちは裏通りで暮らすことを余儀なくされ、学ぶ機会も失われる。そのため、盗みを働いたり、他人から後ろ指をさされる方法で命を繋いでいたのだった。
そんなオルフェが収監されたのは四年前。たまたま、ふらりと城下へお忍びで出掛けたセルフィナが、ひと仕事して出てきた彼女と出くわしたのが運の尽きだった。問答をしているうちに、追いかけてきた伴の者によって捕らえられてしまった。
そんな出会いだったが、出奔するまでの間、セルフィナはときおり監獄へ彼女を訪ねていた。面会室でつれづれな会話をし、ひとときを過ごしたものだった。
父王は彼女の行動を酷く咎めたが、古臭く排他的な考えに反発するかのように、オルフェの元を訪ねるのをやめなかった。王都の治安の悪さは身分至上主義の父や先代のせいだと、セルフィナは考えていた。
四カ国の人々が行き交う、あのコーマス村の方が安全で都会的だ。それに比べて、ヴァルカスは緑豊かな農業王国という評価の裏で、身分による貧富の差が激しい。
身分に拘らず、勉学や出世の機会を与えたが故に国内の自給率が落ちたグリーンラームのやり方を、父王は酷く馬鹿にしていた。階級こそが全てで、己は城でのうのうと暮らしている。城下では年端も行かない子が盗みを働いたり、色を売っているが、それを黙認しているのだ。全ては、階級社会を崩さないため。
そんな城下の路地にあって、十代のうちに既に完成された美しさを備えていたオルフェは、下卑た連中に媚びを売るよりも盗みをはたらく方を選んだ。
彼女を捕らえた当時、まだ十五のセルフィナには監獄へ会いに行く以上の父に逆らう方法はなかった。それから一年と経たぬうちに、父の選んだ貴族の男と結婚させられそうになっての出奔だった。
あれから時を経て、アルフレッドとの別離の辛さに比べれば、父など恐れるに足らないと彼女は思い至っていた。ヴァルカスしか知らない父より、この数年で多くのものを見た自信がセルフィナにはあった。女王になった後も、グリーンラームとは友好的な関係であり続けたい。そして、国の在りようも変えていくのだと、今ではそんな思いが彼女を動かしていた。
「いきさつと内容は説明した通りだ。そういうことで、これを持って行ってくれ」
セルフィナは自らしたため、ヴァルカス第一王女の紋章で封印をした、グリーンラーム王妃宛ての推薦状を手渡した。留学中の自分の侍女を伯母の元で雇って欲しいと記したものだ。
「仕事の内容はわかったけどさ、あんたも知ってる通り、あたしは文字が読めない。用のある物とない物と区別が難しいよ」
受け取った手紙の宛名の文字に目を落とし、オルフェは苦い顔をした。彼女は自分の名前すら文字で書き記すことができなかった。
しかし、すぐに「じゃあ、僕が教えます。時間は限られるので、必要最低限になりますけど」とセラムが名乗りを上げた。
皆の視線が集中すると、途端に彼は出しゃばった恥ずかしさに肩を窄めた。
「そうだな、お前、教えるのうまいし」
適任とばかりにアルフレッドが太鼓判を押した。
セルフィナがオルフェに同意を求めて顔を向けると、彼女は微かに笑みを浮かべて頷いた。
それを受け、セラムに向き直ると、「じゃあ決まりだ、頼んだぞセラム」とセルフィナは彼の肩を軽く叩いた。
役目を得た彼は、「よ、よろしく」とオルフェと握手を交わしたのだった。
ヴァルカスの王都セーバリストから、グリーンラーム王都ラリンスへの帰路、オルフェは手始めに自分の名前の書き方を覚えた。そして次に、セルフィナたちの名前と、必要最低限の物の名前の表記を覚えた。
期間が短いこともあり、あやふやな部分が目立つが、それが精一杯だった。とはいえ、彼女は感がよいのか、それでも三日にしてはかなり覚えた方だった。
ラリンスの王城に帰り着くと、オルフェはセルフィナが書いた推薦状を提示して、ともに王城内に入った。
そのまま全員で王妃の部屋に行き、フローディアは早速オルフェに侍女に相応しい衣装に着替えさせようとマリッタを呼んだ。
とんぼ返りよろしく一旦退出した彼女は、すぐに自分の衣装を持って戻ってきた。
それをオルフェに手渡した後で、「それから、陛下、先日の件。共通点が分かりました」と、袖の中からあの紙切れを取り出した。
差し出された紙切れに手を伸ばし、フローディアは「共通点があったのですね」と続きを促した。
「ここに記されている三名は実の親の存在が不明確で年齢はいずれも二十一歳。残念なことに、他の二人はあの日より以前に何者かによって殺害されていました」
フローディアが「気の毒に」と俯く後ろで、四人は顔を見合わせていた。
もしもあの時、運良くセルフィナとアルフレッドがセラムを訪ねなければ、彼も殺されていたであろうことがはっきりしたのだ。
マリッタの報告はそれだけでは終わらなかった。
「実は、陛下がお留守の間にも、城下では現在二十一歳の男子ばかりが狙われる事件が数件起きています。よくよく調べてみましたら、どうやら、もう少し前からあったようですが、ここ二週間ほどは特に頻繁なようです」
そう言って、やはり袖の中から、更に別の便箋大の紙を取り出した。
「被害にあったのはみな、里子や孤児だったなどの理由で、実の両親の所在が不明確な者ばかりでした。念のため、被害者の情報と襲われた日、落命か存命かの一覧を作りました」
紙の正体を説明し、それを主に差し出す。
彼女から一覧表を受け取り、「ご苦労でした」と労うと、フローディアは一覧に目を走らせた。
「よく調べられましたね」
資料内容の詳細さに、フローディアは感嘆の言葉を漏らした。
「はい、後でなにかと両陛下のお役に立つかと」
マリッタは主とよく似た面差しに笑みを浮かべて答えた。
後で役に立つというのは、つまり、この一連の凶行が大臣の差し金であると暗に示していた。
仮に国王暗殺の証拠が得られなくとも、これらの事件の首謀者である証拠を得られれば、取り敢えずは大臣を捕らえる大義名分になる。そこを切り口に、国王暗殺計画や魔女について口を割らせていくこともできる。
「どうして、二十一歳の男ばっかりなんだい?」
そこへ、オルフェが誰にとなく質問を投げ掛けた。
それに答えようとセルフィナが口を開きかけたが、「わたくしの産んだ子と同じ年齢だからです」とフローディアの言葉が飛んだ。
あれだけ王子の存在をうやむやにしていたというのに、ここへきて、彼女は子供を産んだと皆の前で明言した。
城下で存在を明かされていない王子と同じ年齢の男子が次々と狙われているとなれば、首謀者は大臣だと考えるのが妥当なのだ。もはや、否定している場合ではないということだった。
「まさか、こんな風に、少しでも疑わしければ全てを手に掛けるような真似、いくらわたくしが疎ましいからとはいえ、許せません」
怒りにうち震えた声で手の中のマリッタが作った一覧を力一杯握っていた。年齢と親がはっきりしないという理由だけで、関係のない人間までもが襲われたのだ。それが、フローディアを怒り心頭とさせていた。
彼女はおもむろに振り向くと「必ず、大臣の尻尾を掴みましょう」と全員に訴えかけた。
オルフェが大臣の周りを探る間、セラムはまた客間に寄留することになった。彼を襲った連中に再び襲われることがないとは言い切れない。
また、セルフィナとアルフレッドの二人は隊舎へ戻り、通常の生活をして待つことになったのだった。




