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プレシア  作者: 南条祝子
〔大臣の陰謀編〕第二章 盗賊オルフェ
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第二章 盗賊オルフェ〈1〉

 セルフィナの母国、ヴァルカス王国はプレシア大陸の南西に位置し、国土の多くに田畑の広がる農業国家である。


 大陸のほぼ中央のウレア湖に近い多くの実りをもたらす肥沃な東側の土地と、相反する荒涼とした砂漠が国土の北西部に広がっている。そして南側には海。


 王都のセーバリストに国王の居住する城があり、グリーンラームの王都ラリンスからは片道三日半ほどで辿り付ける距離だ。移動だけならば往復で七日かかる。


 怪しげな女の示した期限、満月の日まで数日を残して戻れる予定でセルフィナたちはヴァルカスへ向かうこととなった。


 得体の知れない連中に襲われたセラムを残していくわけにもいかず、王妃の伴という名目で同行させることにした。また、フローディアの留守中は以前と同じようにマリッタを影武者にし、国王の身辺警護も密かに強化することになった。


 国交はラーシオンのように厳しくない。セラムに発行された身分証も、グリーンラーム国民であることを示すだけの物だった。


 ずっと以前にアルフレッドの練習に付き合わされた経験から、セラムは覚束無いながらも馬に乗ることができた。彼はすこぶる勘が良いようで、出発から半日もすれば遜色なく騎乗できるようになり、旅の行程は順調だった。



 そうして、四日目の昼過ぎ、一行はセルフィナの故郷に到着した。


 王都セーバリストはグリーンラームの王都ラリンスの町並みに比べ、建物も低く、岩のような印象を受けるものばかりだった。赤褐色に統一された屋根がずらりと居並ぶ、そのほぼ中央に王城は建っていた。


 市街地に入ると、セルフィナを先頭に街の中を進んでいった。


「本当、グリーンラームの城に比べると地味だよな」


 王城に近付くほどに、セルフィナは忌々しそうにその外観を嘆いた。高さを抑えた、どっしりとした構えの城壁と城を「まるで牢獄だよ」と彼女は評した。


「そんなこと言っていいのかよ」


 アルフレッドが顔をしかめたが、セルフィナは「構うもんか」と、取り合わなかった。


「セルフィナさんの言っていた、交渉する相手のいる場所というのは、どこなんですか?」


 出発前に、セルフィナは行き先の詳細をアルフレッドとセラムには明かさなかった。二人には、ただ、ヴァルカスの王都へ着いたら、後は案内するとしか伝えなかったのだった。


 市街地に入ってから、もう随分と進み、王城は刻一刻と目の前に迫っていた。セルフィナはその岩窟のような王城を真っ直ぐに指さした。


 その指先を目で追ったセラムは「え、あれは城ですよね?」と目を丸くした。


「あとは黙って付いて来いって」


 そう告げて、彼女はそれきり口を閉ざした。



 王城の正門には向かわず、通用門へとやってきた。セルフィナは番をしている若い衛兵に話し掛けた。


 彼はセルフィナが出奔した後に兵になった者のようだった。彼女の顔を見ても、当然のように城の外部の者として「ご用の向きは」と尋ねた。


「レーベ伯爵令嬢だ。第一王女の側近に取り次ぎを」


 国王がいくつか所有する称号のうちで、セルフィナがかねてからお忍びで城下に出掛ける際に好んで使用していた偽名を名乗った。


 衛兵はこれと言って疑う様子もなく、「お待ちを」と言って、取り次ぎ係を城内に向かわせた。


 その様子をアルフレッドは無言で見守っていた。彼の周りに漂う重い空気に耐えかねて、セラムが「本当に貴族のご令嬢なんですね」と暢気(のんき)を装っていた。


 その場で待っていると、年の頃はアルフレッドより(とお)は上の、土色のジャケットを着た男が走ってきた。


「なにがレーベ伯爵令嬢ですか! 一体いままでどちらに?」


 転がるように門の外へ飛び出してくるなり、男はそう言ってセルフィナに掴み掛かった。


 その場にいたセルフィナ以外の人間は呆気にとられていたが、彼女は男の手を押し戻し「すまなかった」と素直に詫びた。


「さあ、両陛下とリアナ様がお待ちですよ」


 側近に促され、セルフィナは「ああ」と、溜め息にも似た声で返事をした。


 彼は門の内側に「姫様とお連れの馬を」と声を張り上げた。


 アルフレッドが耳を疑ったように「姫様?」と小さく反応した。その声はセルフィナの耳にも届いたが、彼女は振り返らなかった。


「伯母上と、その伴の者だ。私の客人として部屋を用意してくれ」


「かしこまりました」


「それと、父上に話がある」


「お伝えいたします」


 セルフィナと側近のそんな会話の間、フローディアが心配そうにアルフレッドの表情を視界の端で見守っていた。



 第一王女、つまりセルフィナの側近に(いざな)われて、四人は王城内へ入った。


 客間が用意できるまでの間、セルフィナの部屋で待つことになった。


 三年ぶりに自分の部屋に入ったセルフィナは、室内をぐるりと見渡した。掃除が行き届いている以外は全て、彼女が出奔した日のままだった。


「寝室係は暇を出されましたので、お召し替えならすぐに手の空いた者を呼びますが」


 側近の言葉に「いや、このままでいい」と返したセルフィナは、眉を下げた。


「そうか、私のせいで寝室係にも悪いことをしたな」


 仕える主が姿を消したのだから、仕事のない彼女たちを留め置くわけにもいかない。セルフィナの気持ちを察した側近は「ご安心を。暇を出されたのはまだ昨年の不在発表以来ですし、口止めのために万策打ってありますから、いつでも呼び戻せます」と笑顔を見せた。


「しかし、本当にようございました。もう少しお戻りが遅ければ、私も居なくなるところでしたよ」


 冗談のように側近はうそぶいたが、恐らくはなんらかの期限を切られているのだ。彼の場合は王女の出奔の責を問われていてもなんら不思議ではない。


「すまなかった」


 他に適当な言葉が見つからず、セルフィナは側近にただ謝ることしかできなかった。それに対して、側近はにこやかな笑顔で「滅相もございません。では、ただちに手配して参ります」と会釈して退出していった。


 側近の姿が部屋の外に消えると、セルフィナはみなの方に振り向いた。


 セラムの横で、「……貴族どころか、王族かよ」と、アルフレッドは独りごちて目を閉じ、片手で顔を覆った。酷く落胆した様子で深く長く息を吐き出していたが、やがて、手を下ろした。


「ずっと、嘘ついてて、ごめん」


 彼の目の前に行き、そっと詫びると、セルフィナは手を取ろうと腕を伸ばした。けれど、彼はするりとそれを避けた。一歩下がって「いえ。これまでのご無礼、お許しください」と一礼した。


「……アルフ」


 突然、他人行儀になったアルフレッドに、セルフィナはどう反応すればいいのか分からなくて、彼の名を呟いた。


 ほんのついさっきまで、互いに想い合う恋人だったというのに、途端に彼は臣下の者の顔付きになっていた。


 彼の性格から予想していた反応だったが、セルフィナは心臓を握り潰されるような思いだった。


 だが、これは彼への想いを断ち切るためにセルフィナが自ら仕向けたことでもあった。アルフレッドの性格を利用し、彼の態度が変われば、自分も諦めがつくという姑息な手段だった。


 自らが蒔いた種で自分が苦しむのは当然の報いだが、そのせいで大勢に迷惑をかけ、挙げ句に、愛しく思う彼の性格まで利用するなど、どこまでいっても自己中心な己の行いにセルフィナは密かに下唇の内側を噛んだ。


 けれど、そうでもしなければ、もう、セルフィナは彼を思い切ることができなかったのだ。


 フローディアもセラムも口を挟むことができずに、二人の遣り取りをただ静かに見守っていた。




 半刻ほどして、国王との面会が許された。


 謁見室に呼ばれ、セルフィナが皆の先に立って国王の前に進んだ。


 部屋の奥にアーチ状の装飾があり、その下の一段高い場所に王座はあった。セルフィナの父、国王ルースはそこに座し、獲物を狩ろうとする獣のように厳しく鋭い目つきで入室した一行を睨んでいた。殆ど白髪の頭と同色の髭が国王然とした印象だったが、その隣に座る王妃に比べ、明らかに年齢が上であるのが誰が見てもひと目で分かるほどだった。


 事実、ルース王は王妃よりも一回りも年上だった。更に、義理の兄にあたるグリーンラーム国王よりも八つも上だった。


「セルフィナ、王位継承者としての自覚が足らぬな」


 王座の前に来ると、ルース王は低い声で静かに叱責の言葉を発した。


「申し訳ありません」


 セルフィナは真っ直ぐに王を見て謝罪の言葉を口にした。


 次に、視線をフローディアに移したルース王は「義姉上が同伴ということは、グリーンラームにいたのか」と玉座の肘置きを指で鳴らし、苛立ちを露わにしていた。


 なるべく表情を崩さぬようにするため、セルフィナは「はい」とだけ返事をした。


「ふん。それならそうと義姉上も知らせをくださるべきでしたな」


 小馬鹿にしたような口調でフローディアから視線を外した。セルフィナには父のそんな態度がどうにも我慢ならなかった。つい、「私が口止めしたのです。伯母上は悪くありません。私に戻るように説得さえしてくれました」と反論をした。


「口を出すな。義姉上に申し上げている」


 そんな風にセルフィナを叱りつけるものの、ルース王はたった一度、フローディアの姿を確認してからは、彼女からすっかり顔を背けていた。


「わたくしの不徳の致すところ、お詫び申し上げます。ルース王、どうぞ、セルフィナを責めたりなさらないでください。彼女なりに、反省しているのです」


 フローディアの言葉に、ルース王は答えるどころか、なんの反応も示さなかった。セルフィナに父のあからさまな非礼が耐え難かった。


「我が儘ついでに、父上にお願いしたいことがあります。そのために、戻って参りました」


 いくら王とはいえ無礼にも程がある父の前から少しでも早く立ち去りたかったセルフィナは、さっさと用件を済ませようとした。


 ところが、彼女の思惑は容易くかなうものではなく

「頼みがあるのならば、余所者の出で立ちではなく、ヴァルカスの王位継承者に相応しいなりですることだ。出直すがいい」

と、会話はそれきり、打ち切られてしまった。



 謁見室を出たセルフィナは怒り心頭といった勢いで上着を脱ぎ、それを力いっぱい床に叩きつけた。


 脇からすっと現れた側近が「お客様のお部屋がご用意できております」と伝えながら、彼女が打ち捨てた上着を拾い上げた。


 その様子に、セルフィナはっと我に返り「すまない」といつになく小さな声で謝ってから「客人の案内を。私は着替えてから父上と食堂で話す」と伝えた。


 それから、くるりと体を翻し「また後で経過を報告するよ」とフローディア、セラムと視線を移し、最後にアルフレッドの青い瞳を見詰めた。


 無言だったが、彼の瞳はしっかりしろとセルフィナを叱咤しているようだった。

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