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プレシア  作者: 南条祝子
〔大臣の陰謀編〕第一章 魔術師
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第一章 魔術師〈4ー3〉

 部屋に残された三人は自分たちで王子捜索をする話を始めた。しかし、ヴァルカスへ行くことが決定になった場合は戻ってから手分けして行動することであっさりとまとまってしまった。


 話が終わると、盗賊の件などを聞き出されないうちに、男二人を残してセルフィナはさっさと客間から出た。一人、隊舎に戻ろうとしたところへフローディアの侍女が現れ、私室へ連れて行かれた。


 フローディアの方も国王との話を早々に切り上げての呼び出しだった。


 侍女たちを下がらせ二人きりになると、伯母の顔に戻ったフローディアは「セルフィナ、よいのですか」と今までに見せたことのない、厳しい顔付きでセルフィナに詰め寄った。


 質問の意味を彼女はよく解っていた。だから、「もう、終わりにしなきゃ」と答えて、ひしと抱きついた。フローディアが纏っている優しい柑橘系の香りで、セルフィナの目頭は熱くなった。


「いつまでも隠れていることはできないって言ったのは、フローディアだろ」


 勝ち気な姪の頼りなげな姿に、フローディアは慈しむように、彼女のすっかり長く伸びた亜麻色の髪を何度も何度も優しく撫でた。


「だからといって、なにもこんな強引なやり方をしなくてもいいでしょう」


 伯母は全てお見通しなのだと、セルフィナはつくづく思い知った。


「あの話が、あなたにそう決めさせたのね」


 セルフィナは鼻をすすって、「うん」と返事をした。


 昨年、ついに故郷のヴァルカスで第一王女の不在が発表された。ただし、体面を重んじる父王によって、王位継承者教育の一環で極秘留学ということになっている。出奔していなければセルフィナは故郷で十八歳を迎え、成人の祝いをするはずだったが、この行事ばかりはさすがに影武者を使うわけにもいかず、思いついた苦肉の策だったようだ。


 第一王女の成人の祝賀は、留学を終えて戻った祝いと同時に盛大に執り行うと発表されたのだ。


「親父のことだ。いまのうちに戻れば、出奔について不問にするっていう意味だよ」


 どこにいるかも知れぬ娘への伝言を載せた公式発表だと、フローディアから聞かされた時点でセルフィナは気付いていた。思えば十六歳で故郷の城を飛び出し、グリーンラームの騎士団に居着いて、既に三年もの月日が流れたのだ。


 これ以上、行方を眩ましたままはよくない。今朝からの一連の出来事が彼女に決断させた大きな要因だった。国のことも、アルフレッドとのことも宙ぶらりんのまま、悪戯に年月を経ていけばどうなるか。もう、懇々と説明をされるまでもなく彼女ははっきりと理解していた。


 後継者の自分が消えるというのがどういうことなのか、やっと、真に理解が及んだのだ。王家の娘として、王位継承者としての責任から逃れることで、無用な争いの種を祖国に蒔いてきてしまったのだ。厳しい父王に不満を持っている者の心当たりくらい、セルフィナにもあった。


 幼いながらも破天荒で分け隔てなく臣下に接してきたセルフィナを時期王に期待する者が多いのも分かっていた。思えば、無茶をするにもかかわらず、姫様、姫様と、みな可愛がってくれた。城下へ抜け出すのを見逃してくれることもしょっちゅうだった。


 出奔した日も、ひょっとしたらそうだったのかもしれなかった。そんな人々にも背を向けてしまったのだ。王家を存続させるためだけの結婚を実力行使で拒んだために、自分に仕える者たちを失望させたと、セルフィナは激しい後悔に襲われた。


 今は健康で絶対的な父だが、このまま何年も過ぎていけば、いずれ衰えるときがやってくる。そうなれば、ヴァルカスもグリーンラームの二の舞になってしまう。


 妹がいるとはいえ、王女教育しか受けていない彼女に虎視眈々と玉座を狙う輩を見分け、餌食にならぬよう生きることを押し付けるのだ。姉が行方不明のままとなれば、彼女には退路などない。


 そうなってから戻ったところで、一体なんになろうか。


 自分のしたことの軽率さに、セルフィナは恐怖していた。それを打ち砕くため、決意を言葉にした。


「戻る口実が必要なんだ。こんなことでもなけりゃ、何年もここに居続けるだろうし……」


 伯母の肩に預けていた額を持ち上げた。セルフィナの青みの強い緑色の瞳が、伯母の顔を映し出す。


「戻って……ちゃんと、ヴァルカスの女王になって、なにかあったら伯父上や、フローディアの力になるよ。俺、グリーンラームが好きだもん」


 自分の祖国を守り、血縁者としてグリーンラーム王家に協力するのだ。彼女は心の中で自分に言い聞かせていた。一介の騎士に身をやつしていてはできないことでも、女王であれば可能なこともある。


 しかし、フローディアは寂しげに微笑んで「違うわ。あなたは、アルフレッドのいるグリーンラームが好きなのよ」と諭した。


 伯母の言葉に彼の姿が脳裏に浮かぶのを振り払おうとした。けれど、拒めば拒むほどに、強く、意識がとらわれていく。


 ほんの少し躊躇してから「そう……そうだね」と、心の底に封をしかけたもうひとつの理由さえも見透かされていたことを認めた。


 セルフィナは知らぬ間に涙が零れていた目を手のひらで拭った。


「俺は帰る場所があるけど、あいつの居場所は騎士団だけだ。だからもう二度とグリーンラームで内乱なんかあっちゃいけない」


 そこから先は口を噤んだ。王子捜索はフローディアには秘密だ。 けれど、セルフィナはしっかりと己の心に、まずは大臣の尻尾を掴み、フローディアが死んだと言い張る王子を見つけ出して復権させると誓っていた。


 将来、女王になったセルフィナと同じ時代にグリーンラームを治める者が、フローディアを排除する者であってはならない。また、内乱なども起こさせてはならない。


 ずっと彼の側にいたいなどという甘ったるいわがままは捨てる時だと、セルフィナはもう一度、伯母に抱きついたのだった。

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