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プレシア  作者: 南条祝子
〔大臣の陰謀編〕第一章 魔術師
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第一章 魔術師〈4ー2〉

 城へ戻ると、今度はセルフィナの先導でセラムを客間に案内した。


 王妃とはここで面会することになっている。


 王妃の部屋に比べれば華やかさには欠けるが、落ち着いた紺色の壁と白い腰壁は優美なしつらいだ。時間の経過とともに思わぬ凶行に遭遇した三人の気持ちも平静を取り戻していったが、今度は、若者二人が居心地悪そうに部屋の中をきょろきょろと忙しなく見渡し始めた。


 さほど待たずして、フローディアは現れた。


「そのままで結構です」


 神妙な面持ちで足早に入室すると、敬意を示そうとしたアルフレッドとセラムの動きを手で制した。


 三人の目の前を通り過ぎ、部屋の中央の長椅子に着席して、「あなたたちもお掛けなさい」と促した。


 セルフィナはさっさと王妃の向かいに座った。だが、アルフレッドとセラムは王妃と対等に着席するのを躊躇って、お互いを一瞥してから「しかし、恐れながら……」と辞退しようとした。


 やむを得ないとばかりに息をついたフローディアは「ならば、命令です。お掛けなさい」とセルフィナの横を指し示した。


 命令と言われればやむを得ない。二人は恐縮しつつ、壁と同色の天鵞絨(ビロード)が張られた座面に腰を下ろした。


「あなたがセラムですね」


 皆が座ると、フローディアはそう呼び掛けた。セラムは緊張で上擦った声で「はい、セラム・キロバードと申します。アルフレッドとは幼馴染みです」と自己紹介をした。


 フローディアが「よく来てくれました」と微笑みとともに返していると、セルフィナは長椅子の間のテーブルに頭巾と巾着を乱暴に載せた。


「なんですか、これは」


 突然の思いがけない荷物に、フローディアはぱっちりとした瞳をさらに大きく見開き、長い睫毛を揺らした。


「セラムがこの頭巾を被った男たちに襲われた」


「襲われた? どういうことか詳しく説明なさい」


 要領を得ない説明にも冷静に対応するのだが、彼女は頭巾と巾着には手を触れようとはしなかった。ただ、よからぬ物を見る目つきで、頭の位置を動かすことなく、目線だけを動かしてテーブルの上の荷物を観察していた。


「迎えに行ったところへ、ちょうど出くわした。この頭巾を被った男二人が、セラムに剣を向けようとしたんだ。巾着にはそこそこの金と、三人の人の名前が書かれた紙切れ。その中にセラムの名前もあった」


 名前が書かれた紙を巾着から取り出し、テーブルの上に広げた。それを見たフローディアは、小さく「まあ、なんてこと」と驚嘆し、手で口元を隠した。


「それは危ないところでしたね、セラム」


 セルフィナたちの到着がもう少し遅ければ、どうなっていたかは想像に難くない。王妃は予期せぬ凶行に遭遇した彼を心からいたわった。


「二人が来てくれたので事なきを得ました」


 そう答えるセラムにそっと頷いて、彼女は再びテーブルの上の物に視線を落とした。


「セラムだけを狙った凶行ではなさそうですね。ほかの名前に見覚えは?」


 王妃の質問に、彼は背筋を伸ばして「いいえ、ありません」と答えた。


「そうですか。後の二人は何者なのでしょう」


 紙切れに書かれた名前とセラムとの繋がりは、これだけでは全くわからない。


 暫く紙を見つめていたフローディアは「これはマリッタに調べさせましょう」と、ひらりとテーブルの上からそれを摘み上げた。マリッタは彼女の影武者だが、普段は侍女の立場を利用した情報収集を任せているのだ。


 それから、当初の目的の通り、セラムから昨夜の様子を詳しく聞き取ったフローディアは、

「いま、あなたが自宅に戻るのは危険です。暫くここに泊まるといいでしょう。見張りはアルフレッドに任せます」

と、拒否させぬ威厳を込めながらも、優しい口調で寄留(きりゅう)を勧めた。


 次いで、話題は(くだん)の大臣バルディに転じた。


「実は、さきほど二人への指示を頼むときに、不穏な動きがあることをディオルスに話したのです。今のところ、城の中ではこれといって変わった様子はないようです。ただ、昔のこともありますから護衛はいくらか強化することにしました」


 勿論、よからぬことを企てている者が、あっさりと尻尾を掴ませてくれるような間抜けであるはずがない。セラムが偶然に立ち聞きでもしなければ、誰にも知られることなく計画は進んだのだろう。


「叩けば埃が出るんじゃないのか? これもマリッタに頼んだらどうだ」


「一度にいくつもは無理ですよ」


「じゃあ、俺がフローディアの侍女として潜り込んで、大臣の周りを探ろうか」


 フローディアが拒絶する前に、アルフレッドが「お前がか」と爆笑を堪えて肩を震わせていた。セルフィナが偽の侍女としてうまく立ち回れるわけがないと全身で言っているようだった。おまけに、そんな彼の様子を叱咤するどころか、フローディアも「恐ろしいことを」と長椅子の背に脱力した背を預ける始末で、セルフィナはまるで立つ瀬がなかった。ただ一人、セラムだけは気まずそうに俯いていた。


 寄ってたかって、そんな反応を示されたセルフィナは、ついには面白くないと頬を膨らませてそっぽを向いた。


 だが、すぐに「そうだ」と手を打って姿勢を戻した。


「俺、忍び込むのが得意な奴を知ってる。うんと前に、俺が捕まえた盗賊なんだけど」


 三人は一斉に怪訝な顔でセルフィナを見た。


「捕まえたということは、今は牢の中ですね」


 また突拍子もないことを言い出したという雰囲気をあからさまに表情に出して、フローディアは「ヴァルカスの、ですか」と場所を確認した。


「そうだ」


 当然とばかりにセルフィナが返事をすると、彼女はどうしたものかと言いたげに肩を下げて目線をわずかに上げた。


「情報収集役に余所者の盗賊を使うことないだろ。わざわざ何日も掛けてそんな遠くまで行かなくても、王都内でまかなえばいいじゃないか」


 アルフレッドの言うとおりだと、他の二人も頷いた。


 しかし、セルフィナは退かなかった。


「少し日にちは掛かるけど、余所者の方が大臣側に寝返られる心配がない。もし、俺たちが大臣の企みを知ってるとばらされてみろ。いっぺんに形勢を逆転されちまう」


 その言葉に、フローディアは指の背を口許に当てて思案し始めた。


 アルフレッドはなんとか彼女を思い留まらせようと「投獄されてるものをどうやって連れてくるんだ」と食い下がった。


「ちょっとした取り引きで、特赦を頼んでみる。まともに暮らせてたら面倒見のいい奴なんだ。俺に借りができれば、しっかり仕事してくれるさ」


 納得のいくような、そうでないような理屈に、アルフレッドは頭を掻いて低く唸った。その横で、セラムは静観の姿勢を貫いていた。


 ただ一人、フローディアだけが彼女をまっすぐ見詰めていた。


「セルフィナ、それがどういうことか、分かっていますか?」


 そんなことをすれば、これを機にヴァルカスへ帰らなくてはならなくなるのだと、フローディアの青い瞳は力強く、そうセルフィナに訴えかけていた。


 静かに、ゆっくりとした口調で「……わかってるよ」とセルフィナは一言で返した。


 軽い気持ちで言い出したのではないと理解したフローディアは、

「なら結構です。検討しましょう。ただし、ディオルスの許可次第にします」

と告げて、ついと立ち上がった。


「それでは、わたくしは今の話を詳しくディオルスに伝えてきます」


 話を締め括り、フローディアは入室時と同様、足早に客間を出ていったのだった。

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