第一章 魔術師〈4ー1〉
午後。国王ディオルスからの勅令が出た。
アルフレッドとセルフィナはいつかのように、ひと目では騎士と解らないような出で立ちに身を包んで、城下へ向かった。王城の通用門を出て、徒歩で市街地の外れを目指す。
アルフレッドは入団後に数回、セラムの自宅を訪ねたことがあるというので、セルフィナは彼に半歩遅れてついて行った。
多少距離はあるが、かといって馬に乗って行くのは大業だ。アルフレッドの記憶では徒歩でも四半時も掛からない距離だった。
街の中心地を抜けると、徐々に人も建物も疎らになっていった。代わりに、真夏の日差しを受けて青々と輝く葉を茂らせた木々が増えていく。
きちんと補整された道も、中心地から離れるほどに外の街道の方がましと思うくらい、踏み心地が悪いものになっていった。
そんな道の先に、木々に紛れるようにして年季の入った木造の家が建っていた。家の後ろに広がる森がのんびりとした空気を醸し出している。
「あれだ」
そうアルフレッドが指で示した時だった。
二頭の馬が家の戸口に駆けてきて、そこからひらりと降りた人影が乱暴に扉を蹴破った。
「なんだ、あいつら」
明らかにただ事ではない。
二人は同時に走り出していた。
「大丈夫か?」
家の中に入るなり、アルフレッドは大きな声で叫んだ。
外観同様、屋内も少しくたびれた感じの木造だった。入り口からすぐは、これまた程良く古びた長椅子とテーブルが据えられた居間があった。その奥には勝手口と台所。しかし、そのどこにも、セラムの姿も、侵入者の姿もなかった。
侵入者が何者かわからないので、二人は細心の注意を払って家の奥に進んだ。
と、慌ただしい複数の足音が二階から響いてきた。侵入者とセラムは二階だ。
「こっちだ」
アルフレッドが駆け出した。返事をする暇すら惜しんで、セルフィナもそれに続いた。
急いで二階へ駆け上がると、部屋逃げ込もうと扉を必死に引くセラムと、それを無理矢理こじ開けようとする侵入者の姿が目に飛び込んできた。
階段から数歩のところには、もう一人の侵入者がいて、今まさに腰に下げた剣を抜こうというところだったが、二人が階段を上がってきたのに気付き、振り向いた。
侵入者は二人とも黒い頭巾を被っていて顔は分からなかった。しかし、体格は間違いなく男のものだ。衣服の上からでもかなり鍛えているのが分かるほどに筋骨隆々として、背丈もグリーンラームの男子では平均的な身長のアルフレッドよりも少し高い。
男は二人の姿を見ると、あからさまに鼻で笑った。
無言のまま、勿体ぶるようにして剣を抜き、アルフレッドに切りかかってくる。
「狭いところで物騒なもん出すなよ」
言うや否や、彼も剣を抜いた。男の剣に巻き付けるようにして腕を振って、下方へ引いた。
体格差にすっかり油断したのも手伝って、男はあっさりと剣を取り落とした。
勢い余って階段の上がり口までよろけてきた男をセルフィナはひょいと避けると、階下に突き落とした。男は派手な音を発てて一階まで転げ落ち、階段の前の壁に頭をしたたかに打ち付けて気絶した。
その様子を見たもう一人の男が、扉をこじ開けるのを中断して同じように剣を抜いた。
「お前ら、何者だ」
もう一人の男も、アルフレッドの問いに答えることはなかった。
無言を貫く頭巾の下の表情は伺いしれなかったが、男は迷わず、アルフレッドに切り掛かった。
ところが、男は剣を振り上げたところで鈍い音とともに前へ突っ伏した。
廊下の床にうつ伏せに倒れる男の後ろには、木製のスツールを持ったセラムが立っていた。
色白の顔をさらに蒼白させて、彼は肩で息をしていた。数回、大きく息をして呼吸を整えると「アルフ、大丈夫か」と少女のような細い声を出した。
「それはこっちの台詞だ」
呆れたように笑って、アルフレッドは剣を元通り鞘に収めた。
セラムの方もスツールを脇へ置く。そして、恐る恐る侵入者の頭巾を剥ぎ取った。
頭巾の下から現れたのは一言で言えば、ならず者といった人相の男だった。岩のような造形の顔に無精髭。とてもセラムと繋がりがあるとは思えない。
「こいつに見覚えは?」
セルフィナが問いかけると、彼はますます困惑したように「さあ……」と首を傾げた。
「でも、こいつら、僕の名前を知ってたんです」
いかにも薄気味悪そうに言うセラムの向かいで、二人は顔を見合わせた。
「入ってくるなり、名前を確認されました。答えずに用件を聞いたら、突然、掴み掛かってきたので、つい、二階へ逃げて……」
「そこへ俺たちが来たってことか」
セルフィナがそう締めくくると、彼は「そうです」と、ようやく安堵の表情を浮かべた。
「気絶してるうちに縛っとくか」
いつ男たちが目を覚ますかわからない。彼らが何者かも、目的さえも解らないが、自分たちの身の安全を確保するのが先決だ。セラムに縄を用意してもらうと、手分けして二人の男を自由が利かないように縛り上げた。
「あの話は俺たち以外にはしてないよな」
三人で一階の居間に男たちを運ぶと、彼らの持ち物を探りながらアルフレッドが確認した。
「ああ。今朝、あそこで話した以外、喋ってないよ」
作業を見守りながらセラムは答えた。
アルフレッドと同様に、階段から突き落とした方の男を探っていたセルフィナが懐から金貨と小さな用箋の入った巾着を見つけた。金額はざっと騎士の給金の半年分といったところか。
巾着を持ち上げると、彼らの行いに似付かわしくない澄んだ金属音がした。その音にアルフレッドとセラムが振り向いた。
「金で雇われたのか」
「ああ。結構いい金額だぜ」
巾着をそのままアルフレッドに手渡すと、彼は中身を改めてから「前金ってとこか」と呟いた。それから、その中に不用心に入れられた用箋を取り出した。
そこには三人分の名前が記載されていた。そのうちの一人がセラム。後の二人は知らない人間のものだった。
「頭巾とこれは証拠品として持って行くか」
あとは男たちをセラムの家から放り出すことにした。捕らえたところで、極秘任務の内容がゆえにかえって厄介でしかない。もしも雇い主が大臣ならば、こちらの存在を明かしてしまう危険もある。
三人掛かりで男二人を、彼らが乗ってきた馬の背に括り付け、鞭を打って走らせた。
「それでだ、王妃陛下が話を聞きたいそうだ。どっちにしても危険だし、一緒に来てくれ」
段々と遠ざかっていく馬の後ろ姿を見送って、アルフレッドは本来の訪問理由を告げた。
このような事態にセラムも了承するよりなかった。
念のため、厳重に戸締まりをした彼は、二人とともに家を後にした。




