第一章 魔術師〈3ー2〉
隊舎に戻ったセルフィナは王妃への報告を済ませたことを知らせるため、訓練場のアルフレッドの元を訪れた。
班長の彼は受け持ち班で訓練を仕切っているところだった。実のところ、セルフィナは彼が班長の仕事をしているのを目にするのはこれが初めてだった。すぐに声を掛けようと思っていたのだが、暫し、アルフレッドの班長ぶりを見物と決め込んだ。
そのうちに、セルフィナに気付いた騎士の視線を辿って、アルフレッドが振り向いた。そっと手招きをすると、彼はそのまま続けるよう言い残してその場を離れた。
「どうだった」
案配を尋ねるアルフレッドを訓練場の壁際まで引き連れて、セルフィナは小声でフローディアから聞いた、内乱当時の大臣のことを掻い摘んで話した。
「セラムから詳しく聞きたいってさ。すぐに俺たちに指示がくるように手配するって」
周りに聞き取られないよう配慮しつつ、最後にそう告げた。
「わかった。案内するよ」
簡潔に答えると、彼は班へと戻ろうと体を反転しかけた。それをセルフィナは「あと、王子のことは否定しなかった」と、引き止めた。
「でも、死んだって言い張るんだ」
アルフレッドは足を止め「そうか」と腑に落ち切らない様子で、再びセルフィナに向き直った。
「もし、それが本当なら、大臣もいまさら捜したりはしないよな」
本当ならば、わざわざ王子の存在を隠す必要はない。公表したところで、既にこの世の者でないのなら、実質的な影響はないのだ。
女に一蹴されはしたが、年月を経てもなお、大臣は執拗に出生の事実さえ伏せられた王子を捜している。フローディアの言葉が事実ならば、とうの昔に大臣の耳に入っていてもおかしくはない。
「ああ、俺もそう思う」
やはり、フローディアは嘘をついている。セルフィナはそう確信していた。
「いずれまた同じような奴らが出てくると思うんだ」
セルフィナがそう言い始めると、アルフレッドが表情を曇らせた。彼女の思考など容易に想像のつく彼は、続きを言わせまいと小さく頭を振って見せた。
それでも彼女は言葉を止めなかった。
「俺も王子を捜そうと思う」
アルフレッドはやれやれといった具合に肩を落とした。
「任務外だろ。それに、勝手な行動は規律違反だ」
言い出したら聞かないセルフィナを思い留まらせようと、騎士団の規律を持ち出した。だが、彼女はもっと先の懸念を述べ始めた。
「国王陛下は来年五十歳だ。そろそろ後継者がいないままじゃまずい」
年明け早々には祝賀行事が予定されている。節目の年齢ということもあって、国民の注目も高い。その矛先に、後継者問題も含まれていることは火を見るよりも明らかだ。
「どうまずいっていうんだよ」
しかし、アルフレッドは全く考えが及ばない様子だ。
「考えてみろ、騎士団は国王の直轄だ。この先、後継者のないまま国王になにかあったら、騎士団はどうなる」
自分で言っておきながら、セルフィナは背筋に虫が這うような嫌な感覚が走って、身を震わせていた。
「王妃陛下が仕切るんだろ」
なんの疑いもない答えだった。それどころか、セルフィナになにを馬鹿なことを言っているんだというような視線さえ投げつけた。
「ああ、フローディアが立場を維持できるならな」
アルフレッドは「どういう意味だ」と更に怪訝な顔をした。
「内乱の原因は、フローディアの出自だ」
いまだに元は宮廷占星術師の王妃を疎ましく思っている者もいるだろう。だから、国王に何かあれば、王妃を叩き出す絶好の機会になるのだ。
「もし、大臣みたいな奴らが強引に新国王を据えてみろ。俺たちはそいつの命令をきかないといけなくなる」
アルフレッドもようやく、セルフィナの言いたいことを理解した。
つまりは、昨日まで忠誠を誓っていた王妃でも、騎士団が新たな君主の配下になり刃を向けろと命じられたならば、従わねばならないのだ。
「それと、現国王夫妻にの周りの人間も容赦なく排除される。権力争いってのはそういうもんだ。お前は俺を介して王妃と個人的に面識がある。わかるか?」
アルフレッドも王妃の息のかかった者として、排除される危険がある。セルフィナは暗にそう示した。
「お前はまだこの先、何十年もここでやってかなきゃならない」
含みのある言い方に、アルフレッドは眉を歪めた。
「だけど、そうなるとは限らないぞ」
「後継者問題で一波乱くるのは確実だ。いまのうちに自分の居場所を確保しておくに越したことはない」
「そのために、俺たちが先に見つけて保護するって事か」
セルフィナは頷いた。
「王妃陛下を疎んじる側に育っている可能性もあるぞ」
「ああ。でも、どっちだとしても、見つけるのが先だ」
アルフレッドは暫く黙っていた。彼の忠誠心が、任務外の行動をするのを躊躇わせていた。
すらりとした顎を、滑り止め用の薄い皮の指なし手袋をした拳で支えて思案していたが、ふと何かを閃いたように、青い瞳を数度、瞬かせた。
「セラムに頼んでみよう。どうせ、あいつも乗りかかった船だ。あいつなら俺たちと違って自由に動ける」
名案だとばかりに言う彼に、セルフィナは面食らった。彼女の受けた印象では、セラムはとてもそんなことを承諾するように思えなかったのだ。
「大丈夫か?」
不安を露わにしたが、アルフレッドは「あいつはあれで結構要領いいんだぜ」と太鼓判を押した。提案をした以上、セルフィナもそんな理由で取り下げるわけにいかなくなった。
「それなら、俺たちは城の敷地内で集められる情報を集めよう」
一転して、彼は乗り気な姿勢を見せた。
セラムは城へ自由に出入りができない。隊舎の来訪者応対室でお互いの情報を遣り取りすれば、きっと効率も良いだろう。
「よし。そうと決まれば、このあと迎えに行くついでに頼んでみよう」
セルフィナが「ああ」と答えるのを聞くと、アルフレッドは「じゃあ、後でな」と片手を挙げ、今度こそくるりと踵を返して、自分の班へと戻っていった。




